カズマ対完璧超人ストロンガー
「さあ!大会は二日目を迎え、ますます盛り上がっております!本日も実況は私マネッティアと!」
「解説のサルビアでお送りします」
会場は今日も満員であり外にも入れない人で溢れかえっていた。誰もが前日の試合の余熱を残したまま二日目を迎え、そして更なる激闘の予感に胸を躍らせていた。
入場口近くの通路にはカズマとストロンガーが待機していた。二人ともそれぞれ思い思いに体を動かして筋肉をほぐしている。
そんな中、ストロンガーがカズマに話しかけた。
「いよいよだな。カズマとの初めての試合がこの大観衆の前だ。隠れていた甲斐があるってもんよ」
「そんな事しなくてもいつでも試合をするのに」
「カズマなら分かるだろ?相応しい相手には相応しい場所でやらないとな」
「俺とお前の関係を知ってる奴なんていないだろ」
「俺の気持ちの問題だよ、それがなにより大事だろ?観客の為だとか王様の為だとかそんなんじゃない。最初に来るのが自分の思いさ」
ストロンガーは笑っているがその目は真剣そのものである。それはカズマも同い思いである。プロレスを楽しみ、プロレスを楽しんでもらう。いつどんな場所でもそれは変わらない思いである。
「お前そんな奴だったか?」
カズマは笑いながらストロンガーに質問した。
「二年間お前がいなかった間に俺も成長しているのさ。じゃあな先に行くぜ」
「おう、リングで会おう」
会場に入場曲「ファイトフォーユー」が流れる。入場口からスモークが吹き出して一人の影が見えた。
「その軽い言動に惑わされるなかれ!一回戦では巨体のビッグドーザーを見事に投げ飛ばした凄い奴!その実力は本物だと我々に見せつけました!もう自称なんて言わせない!完璧超人ストロンガー!」
会場から大きな声援が送られる。誰もが不可能だと思っていた試合での勝利は大観衆の目にしっかりと焼き付き、昨日よりも更にストロンガーに送られる声援は増えていた。
そんな声援にストロンガーは手を振り、踊り、指を指して応えていく。長々とファンサービスをする入場に誰一人文句も言わず、皆笑顔で声を出して迎えた。
颯爽とリングに上がるとポストに上り手を広げて観客の声援に応えた。それに観客は呼応する様に歓声を上げる。そして飾ってあるチャンピオンベルトを指差した。
「今日もストロンガーは絶好調であります!俺が優勝するんだと言わんばかりにチャンピオンベルトを指しております!今日もやってくれ!ストロンガー!」
ストロンガーがポールから降りると入場曲「ニューフロンティア」が会場に流れ始めた。その曲を聞いた瞬間大観衆は声を上げてカズマを向かい入れた。
入場口の近くでパイロが上がる。入場口からゆっくりとカズマが出てきた。
「熱き闘志を心に宿し、鍛えた身体で今日も行く!見果てぬ荒野に道なき道を、磨いた技で切り拓いたぞプロレス道!プロレスの伝道師!バンドーカズマ!」
カズマは花道はリングを見つめながらゆっくりと歩いていく。花道沿いの観客は手を伸ばしてカズマを迎える。
リングに上がるとカズマはストロンガーの前に立った。リング中央で対峙する二人に観客達は声援を送った。
「さあ!両者臨戦態勢であります!もう待ちきれません!大会二日目の第一試合!カズマ対ストロンガー!試合開始です!」
ゴングが会場に鳴り響く。それの音と同時にストロンガーが両手を差し出した。
「全力で行かせてもらう」
ストロンガーは握手を要求しているようであった。その眼差しはカズマを一点の曇り無く見つめている。
「ああ、臨むところだ。こっちも全力で行くぞ」
カズマは右手を差し出してストロンガーと硬く握手をした。
「言ったな?」
ストロンガーは不敵に笑った。そして左手でカズマの右手首を思い切り掴み、一気に自分に引き寄せた。ストロンガーの横に構えた右手はカズマの喉元に狙いを定めてラリアットをぶちかました。カズマは無抵抗にラリアットを受けて仰向けに倒れ込んだ。
「何と言う事だ!感動の握手をぶち壊したのは握手を求めたストロンガー!カズマはなす術なくリングに倒れております!一体どう言う事だ!これは波乱の幕開けだ!」
思わぬ一撃に動揺したのは観客も同じであった。皆驚きの声を上げている。
「全力で行くと言っただろ!お前には絶対に勝つ!二年も勝手に消えやがって!」
ストロンガーはカズマに指を指して怒っている。
カズマは勢いよく立ち上がり、自身の胸を叩き咆哮を上げて気合いを入れた。その目は完全にストロンガーを敵として睨みつけている。
――初めてお前と戦うがすげーな、流石の俺でもちびりそうだ
ストロンガーは内心やってしまったと思っているが、もう後には引けない。ストロンガーも覚悟を決めた。
カズマはストロンガーの右肩をがっしりと左手で掴み、右手でストロンガーの首元にエルボーを浴びせた。
「エルボー!エルボー!エルボー!カズマ怒りのエルボー連打であります!完全にカズマの心に火を付けました!」
「ストロンガー選手はロープまで後退しました。これでは逃げれません!」
凄まじい威力のエルボーを浴びたストロンガーはやはり後悔した。
――これがカズマのエルボーか。ちくしょういてー、親友なんだから手加減しやがれ
ストロンガーはカズマが腕を引いた瞬間を見逃さなかった。カズマの腰に腕を回して思い切り腰を反らせ、カズマをリング外に投げ捨てた。
「フロントスープレックスだ!何とストロンガーがカズマを放り投げました!カズマはリング外に叩き落とされた!」
「ビッグドーザーを抱えた凄まじい背筋力です」
カズマは空中で回転しながら背中からリングの外に落ちた。その表情は苦悶に満ちていた。
カズマが立ち上がるとストロンガーが反対側のロープに行き、反動をつけて向かってくるのが見えた。カズマが身構えるとストロンガーはトップロープとセカンドのロープの間で619の様な動きを見せてリングに戻った。
「これはカズマがリチアに見せたタイガーフェイントだ!俺も出来るぞ言わんばかりに挑発しております!」
「さっきまでボコボコにされてた筈なのに凄い切り替えの速さですね」
ストロンガーはリングの上でかかってこいとカズマを挑発している。カズマはエプロンサイドに上がると目の前にストロンガーの両足が突っ込んできた。
「ドロップキックだ!ストロンガーの両足がカズマの顔面に突き刺さる!カズマはまたもやリング外に蹴り出された!」
「リングに上って来いと挑発してこれですか!」
ストロンガーは反対側のロープに行き反動を付けて走り出した。
「おおっと!またストロンガーが走り出しました!今度はどうだ?どうだ?どうだ!跳んだ!トップロープ越え!ストロンガーのダイビングクロスボディだ!カズマに直撃!両者リング下!」
「すごい身体能力です!」
会場から歓声が上がる。どんなに卑怯な手を使ってもその技には誰もが感嘆した。
リング下からストロンガーが立ち上がりエプロンサイドに上ると観客席に向かって吠えた。
「投げてよし!跳んでよしのストロンガー!まさに完璧超人!」
「ストロンガー選手は軽い言動に目が行きがちですが、ファイトスタイルはカズマ選手に似ているんですよね」
「今日カズマを倒し名実ともに完璧超人になるのかストロンガー!」
ストロンガーはリングに戻り観客席に向かってアピールをしているがその内心は別物であった。
――これで終わる訳ないだろ、カズマ?
ストロンガーは油断していなかった。常にリング外のカズマを視界に入れて注意していた。それでもカズマの動きには反応出来なかった。
カズマは立ち上がるとポールに向かって走り出した。エプロンサイドに足を掛けて駆け上がり、ポールの側面を蹴っ飛ばすとトップロープに飛び乗った。一瞬の出来事であった。そしてトップロープからの反動をつけてストロンガーに両足に突き出して突っ込んでいった。
「カズマのミサイルキックが炸裂!流れる様な動きでリングに戻って参りました!ストロンガーは突き飛ばされて転がっております!」
「流石カズマ選手、リングの全てを熟知してますね」
カズマの攻撃は終わらない。ストロンガーは突き飛ばされた為カズマと距離が出来てしまった。ストロンガーが立ち上がると目の前に走り込んでくるカズマと横に伸ばした右腕が見えた。
「やば……」
そうストロンガーが呟いたのも束の間、ストロンガーの体は空中で一回転した。
「強烈なラリアットだ!ストロンガーが宙に浮く!あそこまでコケにされて黙っていられる訳がない!」
「カズマ選手!もう一度構えてます!」
ストロンガーが立ち上がるとカズマはラリアットの構えをしながら走り出した。しかしもう一度喰らうストロンガーではない。体勢を低くしてラリアットをかわし、カズマの腰に抱きついた。そのまま後ろに周りこみカズマを持ち上げた。
「流れる様な動きからのジャーマンスープレックス!凄い!凄すぎるぞ!ストロンガー!」
カズマは脳天からリングに落とされ、ストロンガーは綺麗なブリッジの姿勢を維持している。そして腰を締め付けている両腕はガッチリと離していない。
ストロンガーは体を捻りカズマを抱えながら立ち上がった。
「まさか!もう一度やるのか!ストロンガー!」
ストロンガーはカズマを持ち上げて再びリングに脳天から叩きつけた。
「二発目のジャーマンスープレックス!」
「待ってください!また体勢を変えました!」
「まさか!まさか!ジャーマンスープレックス三連打だ!これは恐ろしい!カズマを仕留めにかかっております!」
カズマを投げ捨てたストロンガーは両腕を広げて天に向かって吠えた。観客もストロンガーの咆哮に合わせて歓声を上げた。
しかしストロンガーに余裕は無かった。
「こんなに喰らわしたのに……流石だぜカズマ」
カズマはロープに捕まりながら立ち上がった。三度の脳天への衝撃は確実にカズマにダメージを与えていた。しかしカズマは立ち上がりストロンガーから目を離さない。
ストロンガーは右手腕を横に伸ばしてラリアットの態勢になりカズマに向かって走り出した。
カズマはストロンガーが突っ込んで来る瞬間に右足を伸ばした。
「カウンターのフロントハイキック!ストロンガー油断しました!勝負を焦ったか!」
「ストロンガー選手、顔面を押さえて後退りしています」
ストロンガーは押さえた手を退けると目の前にカズマがいた。カズマは右腕でストロンガーの喉元に叩きつけて、勢いそのまま自ら倒れた。
アームボンバー
喉元に腕を固定してリングに自ら倒れ込むプロレス技。双方の体重が掛かり絶大な威力を発揮する。技の特性上、後頭部からリングに叩きつけられる為受け身が取れないあまりにも危険な技。
「カズマのアームボンバーがリングを揺らす!頭から落ちたストロンガーは動けない!」
「満身創痍の捨て身のアームボンバーですね」
カズマはゆっくりと立ち上がるとその場で跳びストロンガーの腹目掛けて膝を突き立てた。
しかしストロンガーは転がりながらその技を避けた。カズマは次の技へと繋げる為に起き上がりストロンガーを見ると、
「待って!待ってくれ!」
ストロンガーは両手を前に出し、リングに両膝を付きながら攻撃を止めるよう懇願した。
「おおっ!さっきの勢いは何処に行ったのか!ストロンガー命乞いをしています!」
「何でしょう、こういうのが彼の憎めない所なんですよね」
マネッティアもサルビアも呆れて笑っており、観客達も笑っている。先程までのバチバチの戦いが嘘の様に和やかな雰囲気になった。
カズマも構えを解きストロンガーの前に立って呆れている。しかしその隙をストロンガーは見逃さなかった。
ストロンガーは両足に力を込めてリングを蹴っ飛ばした。一気に加速したストロンガーはカズマの腹目掛けて突っ込んでいった。
「スピアーだ!何と油断を誘っておいての強烈なスピアー!なんて卑怯なんだ!ストロンガー!これはいけないぞ!」
「カズマ選手がロープまで吹き飛ばされました!ほぼ助走なしのスピアーなのに凄まじい威力です!」
カズマはロープにもたれ掛かると今度はストロンガーのラリアットがカズマに飛んできた。
「続け様にラリアット!勝負を決めに掛かっております!カズマがリングの外に落ちる!」
トップロープの上からリングの外に叩き出されたカズマは回転して腹から落ちていった。
「はぁ……はぁ……やったか?」
ストロンガーがリングの下を覗き込むとカズマの両手がストロンガーの両足を掴んだ。
「うぉ!」
カズマはストロンガーの両足を思い切り引っ張りストロンガーをエプロンサイドに引き摺り込んだ。ストロンガーは盛大にコケ、後頭部をリングに打ちつけた。
ストロンガーがエプロンサイドで立つと目の前にはカズマが立っていた。
「両者エプロンサイドであります!まさかここで決着を着けるのか!」
「二人ともかなり疲労しています。もう決着も直ぐそこでしょう」
サルビアが言っていることは正しかった。ストロンガーもカズマも満身創痍であった。
――腹を括るか……
ストロンガーはカズマを見た。卑怯な手、一切無しの真剣勝負をこの場でやる覚悟を決めたのだ。それはカズマにも伝わった。
ストロンガーがカズマの胸に逆水平チョップを喰らわした。続けてカズマはストロンガーの首元にエルボーを喰らわす。両者一歩も引かない打撃戦をエプロンサイドで繰り広げた。
「逆水平!エルボー!逆水平!エルボー!乱打!乱打の意地の戦い!鈍い打撃音の一発一発がこの広い会場に響き渡ります!それでもどちらも倒れない!」
カズマの渾身のエルボーがストロンガーの首元を捉えた。ストロンガーはふらつき両手を膝に付けた。この会場に一瞬戦いの音が消えた。
次の瞬間、ストロンガーは低い体勢からカズマの腹目掛けてスピアーをぶちかました。
「スピアーだ!ストロンガーまだ諦めていない!カズマをポストに叩きつけた!」
「これは決まったでしょう!」
ストロンガー渾身のスピアーであった。手応えは十分。これで駄目ならお終いであった。ストロンガーの力は残されない。
ストロンガーは片手をロープに掛けて何とか立っている。ポールに打ち付けられたカズマはその体勢で動かない。
「勝ったか……?」
ストロンガーがそう呟くとカズマの顔はストロンガーを向き睨みつけた。そして最後の力を振り絞りエルボーをストロンガーに叩きつけた。
「エルボーだ!カズマ!まだ負けていない!」
ストロンガーはその場で両手両膝をエプロンサイドに付いた。もう立ち上がる気力も体力も無かった。
「はぁ……はぁ……やっぱりすげーなカズマ……俺の負けだ……」
ストロンガーは顔も上げることが出来ない。
「今!ストロンガーから負けたと!聞こえました!負けを認めたと言う事でしょうか!それとも油断を誘う罠か!」
そんな体力はストロンガーには残されていない。正真正銘の敗北宣告である。
そんなストロンガーをカズマは腰に手を回して持ち上げて宙吊りにした。ストロンガーの足を自分の肩に引っ掛けて、ストロンガーの肩の前に両足を出して宙吊りの状態で固定した。
「え?いや!本当だって参ったって!もう無理だから!」
ストロンガーは必死に弁明しているがカズマは気にしない。ただ一言、
「全力で行くと言ったろ」
そう言いエプロンサイドからリング下に飛び降りた。ストロンガーは絶叫した。
「嘘だろおおおおぉぉ!!」
スタイルズクラッシュ
相手を逆さ吊りの状態で固定して抱えて、自分事リングに叩きつけるプロレス技。相手は両手足を固定されている為受け身を取る事が出来ず、ただ技を喰らうしかない。
「断崖式スタイルズクラッシュだ!カズマ!容赦がない!あんなので終わらせてたまるかと怒りのスタイルズクラッシュ!」
「断崖式は流石にエグいですね」
リング下からエプロンサイドに手が掛けられた。勿論カズマの手である。カズマはリングに上った。
「カズマがリングに戻ってきました!ストロンガーはどうだ!リング下で完全にのびております!動けません!これは決着と言っていいでしょう!大会二日目の第一試合!勝者はカズマ!準決勝に進出です!」
会場のゴングが鳴り響く。観客は拍手と歓声によってカズマを讃えた。カズマは両手を上げて声援に応えた。
リングから降りるとストロンガーはまだ倒れていた。
「カズマ、起こせ、動けない」
「悪かったな。ほらよ」
カズマはストロンガーを助け起こして肩を貸してやった。ストロンガーとカズマは揃って退場していく。
カズマは片手で花道沿いから手を伸ばす観客とハイタッチをしていく。ストロンガーも弱々しく手を伸ばしてハイタッチをしている。
「優勝しろよカズマ」
「当たり前だ」
「そんでもう一度だ、もう一度試合してお前に勝って俺がチャンピオンになる」
「受けて立つ」
「忘れんなよ」
二人の会話はマネッティアには聞こえない。しかしこの場面を観れただけで感動していた。それは闘技場で仕事をしながら観戦していたグルニエもそうであった。
観客はストロンガーの卑劣な行為などすっかり忘れて二人の退場に盛大な拍手を送った。
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