筋肉の化身バンカー対隼のジャイロ

試合は順調に消化されていった。大方の予想通りノーゼンやカナードは一回戦目を難なく勝利して準々決勝に駒を進めた。

 リングではバフェットが勝利して試合が終わり帰ってきた。入場口近くで観戦していたジャイロはバフェットを出迎えた。

「お疲れ」

「これで後は貴方だけですよ」

「へ、そうだな……」

 ジャイロは煮え切らない返事をした。それにバフェットは質問する。

「勝つと言わないのですか?」

「勝つさ、必ず」

「私も観てますから恥ずかしい試合をしないで下さいよ」

「分かってるって」

 二人が話していると一人の選手が入場の為やってきた。

「おう!もういるのか。はえーな」

「バンカー、お前もな」

 バンカーである。そう、ジャイロの一回戦の相手はバッドスカルと死闘を繰り広げ勝利したバンカーその人であった。

「今日も盛り上げて行こうぜ」

「ああ」

 会場にバンカーの入場曲「パワーダイヤモンド」が流れる。

「じゃあ先に行ってくるぜ。また会おうや」

 そう言うとバンカーはゆったりとした足取りで入場していった。

「さあ!入場して参りました!見よ!この鍛え抜かれた上腕を!はち切れんばかりの胸筋を!引き締まった腹筋を!鋼の肉体を携えて目指すはチャンピオンただ一つ!筋肉の化身!バンカー!」

 バンカーの入場に観客は興奮した。その肉体を見て本当に同じ人間なのかと疑う者さえいた。

 バンカーは大会の開催前から競技場で働き、酒場に行っては市民と交流して多くのファンを作っていた。この声援はその成果でもある。

 バンカーは筋肉を見せびらかす様にゆったりと歩き、リング上でもその佇まいで観客を沸かせた。

 

 ――盛り上げて行こうか……試合の勝ち負けを気にしていない。そもそも俺なんか眼中に無いんだな。

 ジャイロは最後に交わしたバンカーの言葉に反論できなかった。ただ相槌を打つしか出来なかった。ここまで自分が情けないとは思ってもみなかった

 ジャイロは闘技場の中でもトップの実力を持つ。ただカズマ、ノーゼン、カナード、バンカー、この四人には決して敵わなかった。それは実際に試合をした本人だからこそ身に染みており、超える事のできない壁がそこにあると実感していた。

 ――勝てないのならバンカーの言った通り観客を沸かせるか

 ジャイロの瞳から光が消えたのをバフェットは見逃さなかった。バフェットはジャイロの頬を思い切りビンタした。

「いって!何すんだよ!」

「ジャイロ、貴方最初から諦めていますね」

「諦めるって何を!」

「自分で分かっているでしょ。負けるのも仕方ない、せめていい試合をしようと」

「……」

「私達は村の悪ガキだったんですよ。喧嘩の前に勝てるとか勝てないとか考えた事ないでしょ。ただ目の前の馬鹿をぶっ飛ばす事しか頭になく、そして全員ぶっ飛ばしてここまで来たんでしょ。このままでは地元の奴らに笑われますよ」

 バフェットの言葉にジャイロは思い出した。何度もカナードに敗れてそれでも勝ちに行く為に挑み続けた事を。負ける度に二人でどうやったら倒せるか話し合った事を。

 ――いつからだろう、負ける事に慣れたのは。負ける事に悔しさを感じず淡々と受け入れる様になったのは。俺はそんなやわな人間じゃなかった筈だ。

 ジャイロは自分で顔を叩いた。それはバフェットより強く、不甲斐ない自分を叩き潰す様に。

「うっし!喧嘩しに行くか!」

 ジャイロの瞳には光が戻っていた。

 会場に入場曲「ブルースカイ」が流れた。

「続いて入場するのは!隼の翼を持つスピードスター!闘技場を飛び回り、狙った獲物は逃さない!大鷲のカナードの側近?相棒?いや違う!俺は俺自身の強さの証明に来たのだ!やってやれ!下剋上だ!隼のジャイロ!」

 ジャイロは颯爽と入場した。ジャイロも有名選手であり多くの歓声を貰える。しかし今はそんな事を気にしていなかった。見ているのはリングの上で笑っている大男だけである。

 ジャイロはリングに上がりバンカーと対峙した。

「何だ?顔つきが変わったな」

「ああ、勝ちに来た」

「そう来なくちゃ」

 それでもバンカーは笑っている。

 試合開始のゴングが鳴り響いた。

 先に仕掛けたのはジャイロであった。

「ジャイロが先制の顔面パンチ!続けてキック!キック!チョップ!連打!連打であります!」

「ジャイロ選手は開始早々全力できてますね」

 圧倒的にジャイロが優勢に見える立ち上がりだが焦っているのはジャイロの方であった。

 ――あーくそ!びくともしねー!

 余裕の表情のバンカーはジャイロが一呼吸開けた隙に反撃に転じた。

 バンカーのエルボーがジャイロの首を捉えた。

「バンカーの強烈なエルボー!試合の流れを一発で変えてしまいました!さらにエルボー!エルボー!」

「バンカー選手も連打が止まりません!」

 ――つえー!何食ったらそうなるんだよ!一発がおめーんだよ!

 ジャイロは後ろに下がりロープにもたれ掛かった、そしてその反動を利用してバンカーに突撃する。

「スピアーだ!バンカーが巨体が後退する!」

「流石のバンカー選手もこれは効いたでしょう」

 ジャイロは直ぐに反転してロープに向かって走り出してロープで反動をつけた。

 そしてバンカーにもう一度スピアーを繰り出そうと走り出したその時、ジャイロの目の前にバンカーの巨体が現れた。

「バンカーのショルダータックルが炸裂!これは事故です!猛牛に撥ねられたのと何ら変わりはありません!」

「ジャイロ選手はリング外まで吹き飛ばされてしました」

 ジャイロは飛ばされながらも必死で体勢を立て直す。幸いな事にリング外に落ちた為バンカーからの追撃は来なかった。

 ――どうせ普通の打撃は効かないんだ。ならやる事は一つだ。

 ジャイロはリング外からリングに向かって走り出した。バンカーも何をするのか分からずただ見ているしか出来なかった。

 ジャイロはリングとサードロープの間をすり抜ける様にバンカーの足に向かって突っ込んだ。

「ジャイロの超低空スピアーがバンカーの足を捉えた!バンカー、体勢が崩れロープに顔面を打ち付けます!」

「ジャイロ選手直ぐ立ち上がりましたよ!」

 ジャイロは両膝を立てバンカー背中に突き刺した。

「ダブルニーアタックがバンカーを襲う!バンカー遂に倒れました!」

 バンカーは腰を押さえてうつ伏せに倒れた。ジャイロは徹底的に腰を狙った。

「ストンプ!ストンプ!ストンプ!ここぞとばかりにジャイロのストンプがバンカーの腰を痛めつける!」

「ジャイロ選手、腰を集中的に狙っていますね」

 今までのジャイロの戦い方とは思えない荒っぽい試合運びだがジャイロは何が何でも勝ちたかった。

 ジャイロはその場で宙に飛び一回転をしてバンカーの首に足を叩きつけた。

「空中回転式ギロチンドロップ!ジャイロはここで試合を決めにいくのか!」

「もう一度やりますよ!」

 ジャイロはまた宙に飛びギロチンドロップをバンカーに極めようとした。しかしバンカーは間一髪それを躱して逃れる事ができた。

 バンカーはジャイロの背後から抱きつき思い切り身体を反らした。そしてそのままジャイロをコーナーポストまで投げ飛ばした。

「投げっぱなしジャーマンだ!なんて力だ!ジャイロが軽々と投げ飛ばされてしまった!ジャイロはポストに激突!また試合の流れをひっくり返しました!」

「いや!ジャイロ選手諦めていませんよ!」

 ジャイロは立ち上がり空へと飛んだ。

――ふざけんなよ!本当に人間かよ!だけど俺も負けられないんだよ!

 ジャイロは痛みを堪えて飛んでいく。そして急降下してリングスレスレを滑空してバンカーに襲いかかった。

「喰らえや!」

「ぐうおおおおお!」

 ジャイロの身体がバンカーの腹に突き刺さる。

「有翼式スピアーが炸裂!バンカーの巨体を押し込んでいます!」

「バンカー選手もこれは効いてるみたいです!今度はジャイロ選手がポストにバンカー選手を激突させました」

 ポストに激突してようやく止まったかと思いきや、ジャイロはもう一度空に飛びスピアーの体勢に入った。

「もう一度だ!今度は更に高い!これでは自身へのダメージも馬鹿にならないぞ!やってやるのか!やってやれ!ジャイロ!」

 ジャイロは急降下しバンカーに狙いを定める。

 ――これくらい無茶やらなきゃ勝てねーんだよ。だからさっさとくたばれ!バンカー!

 ジャイロはこの時、時間がゆっくりと流れる感覚に陥った。観客の表情、肌を擦る空気、滴る汗の匂い、全ての感覚が研ぎ澄まされ、脳に送られてくる全ての情報が敏感に感じ処理することが出来た。

 ――なんだこれ、最高に気持ちいいな

 入場口から顔を出して見つめるバフェットの姿も勿論見つけられた。その表情は歓喜とも興奮とも違う鬼気迫る迫力あるものだった。

 ――何を叫んでやがる、勝つから見てろよ

 バフェットは何か叫んでいる様に見えた。しかし、どんなに感覚が研ぎ澄まされても大歓声の中たった一人の声を拾う事は出来なかった。いや、出来たとしてもどうにもならなかっただろう。

 ジャイロはバンカーを見た。バンカーは立ち上がって腕を構えていた。

 ――動けるのかよ……クソが……

 油断していた訳ではない。自身が勝つ為の最適解を導き出したつもりであった。

 ――これは避けれねーな、いや元々そんなつもりはねーか

 バンカーの腕がジャイロを襲う。

「アックスボンバー!!鋼の上腕二頭筋がジャイロを叩きのめした!」

 ジャイロは衝撃で宙で回転しながら仰向けでリングに堕ちた。まるで糸が切れた操り人形の様であった。

 バンカーはジャイロの首を掴んで持ち上げてた。

「さっきのは効いたぜ!お返しだ」

 バンカーはジャイロをリングに叩きつけた。

「トドメのチョークスラム!圧倒的に!ただ圧倒的に!リングの主役は誰かと分からせるが如く!どちらが強いか見せつける様に!筋肉の化身!バンカー!ここにありけり!ジャイロは動けません!これは決着です!」

 試合終了のゴングが会場に響いた。

「勝者!バンカー!自らの実力をまざまざと見せつけました!会場には初めてバンカーの試合を観る方もいるでしょう!これがバンカーです!天性の体格と鍛え抜かれた筋肉!そして磨き上げた技でリングに君臨する怪物!優勝候補の一人!バンカー!難なく一回戦突破であります!」


 ジャイロが意識を取り戻したのは控え室であった。ベッドに寝かされていたジャイロは薄らと目を開けて状況を確認した。

「ああ、やっと起きましたか」

「バフェット、試合は?」

「負けたに決まってるでしょ」

「だよなー」

 ジャイロは負けてしまったがその顔は曇りなど無くスッキリとしたものだった。

「なあ、最後のスピアーの時になんか言ってなかったか?」

「見えてたんですか?」

「不思議とな」

「あの時はそのまま突っ込め!って叫んでました」

「逃げろとか止まれとかじゃねーのかよ」

「あそこで貴方が逃げてたら軽蔑してました」

「ふふ、だよなー突っ込むしかねーよなー」

 二人はその後も談笑した。外で試合開始の合図に合わせて歓声が聞こえた。

「さて、私は観戦に行きます」

「俺は動けねーからここで寝るわ」

「分かりました」

 バフェットが部屋から出て行こうとした時、ジャイロが呼び止めた。

「なあ」

「何ですか?」

「お前の次の対戦相手はバンカーだ」

「それが?」

「勝てよ」

「当然です」

 バフェットはそう言うと部屋から出て行った。部屋にはジャイロだけが残されていた。遠くから歓声だけが聞こえてくる。

「はぁ、悔しいなぁ」

 ジャイロは一人静かに泣いた。それはバフェットには恥ずかしくて絶対見せられない涙であった。

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