最強位決定戦編

カズマ対喧嘩屋リチア

遂に王国プロレス最強位決定戦の開催日となった。

 競技場は蟻一匹入る事すら出来ない程の人が入り、貴族や豪商が座る特別観客席も即日完売となった。競技場の外でも魔法により映し出された試合を見る事ができ、そこも立ち見の観客で溢れかえっていた。

 大市に合わせて開催された事により既に選手達のファングッズも販売され飛ぶように売れていった。

 他にも中継が見れる酒場や闘技場でも人が入り、初めての大会、その初日にも関わらず異様な盛り上がりを見せていた。

 競技場内にマネッティアの実況が響き渡る。

「皆様、大変ながらくお待たせしました、遂にこの王国で最も強いプロレスラーが決まります。ファンなら誰しも考え議論したでありましょう。一体誰が一番強いのか。誰が頂点に君臨するのか。それもこの大会で証明されます。そう、この王国プロレス最強位決定戦で!この素晴らしい日を迎える事が出来たのも全ては国王陛下の取り計らいによるものです。それでは国王陛下に開会のお言葉を頂きます。皆様ご起立してお迎え下さい」

 全ての観客がその場で起立し競技場で一番高い位置にある貴賓席に注目した。

 国王が前に出てた。国王の言葉に皆が黙り耳を傾けた。

「多くは言うまい。皆試合を観たくて我慢出来ないであろう。……ワシもその一人だ。今すぐに始めようではないか。これより王国プロレス最強位決定戦の開催を宣言する!」

 競技場は歓声に包まれた。

「実況は私マネッティア」

「解説を担当します、サルビアです」

 マネッティアとサルビアは並んで座っている。サルビアは男のエルフであり、その知識量の多さから解説に抜擢された。

「それで早速行きましょう!第一試合に出場する選手の入場です!」

 競技場に入場曲「ニューフロンティア」が流れる。その音を聞き観客は一斉に叫んだ。入場曲だけで誰が出て来るのか瞬時に分かった。

 入場口からスモークが溢れ出し一人の人影が見えた。

「この王国にプロレスをもたらし、数々の伝説を築き上げてきた流れの男!彼無くしてプロレスは語れまい!語れる訳がない!優勝候補筆頭!プロレスの伝道師!バンドーカズマの入場です!」

 スモークの中からカズマが歩いてきた。その姿が見えると更に大きな声援が飛んだ。花道の観客は手を伸ばし必死にカズマに触れようとする。カズマも手を伸ばして歩きながら観客達と触れ合っていく。

「カズマがゆっくりとリングに向かって行きます。これがプロレスを背負って立つ男の姿です」

 カズマはリングに上がり観客の声援に応えた。カズマの一挙手一投足に観客は興奮して声を上げた。

 カズマの入場が落ち着くと、入場曲「ダウンタウンヒーロー」が流れた。

「さあ、続いては王都予選を勝ち抜いた期待のエルフ!下町の悪どもを纏める兄貴分!今日もその喧嘩殺法で成り上がってみせるぞ、この王国で!喧嘩屋!リチアの入場だ!」

 入場口からリチアが太々しく現れた。ジーンズを履き、黒のグローブをはめて悠々と歩いていく。決してファンサービスが良いとは言えないが王都出身とだけあって観客からの声援も大きい。

 リングに上がるとカズマを睨みつけた。

「おまえがカズマか。優勝候補だか何だか知らないがこの王都でデカい顔をするなよ?」

「した覚えはないな。するとどうなる?」

「お前が観衆の真ん中で恥をかくだけだ」

「お前はデカい顔をしてないのか?」

「もちろん俺はしてるぜ、俺は王都の下町を仕切ってるからよ」

「すると恥をかくのはお前のなんじゃないか?」

「ぶっ殺す」

「やってみろ」

 リチアは目玉が飛び出るくらい睨みつけた。額には血管が浮き出ている。そんな形相が目の前にいてもカズマは一歩も引かない。

「リチア選手!相手が誰であろうと一切怯みません!お前の時代は終わりだと言わんばかりに睨みつけています!まさに一触即発!もう待ちきれません!始めるか!始まってしまうのか!記念すべき王国プロレス最強位決定戦の初戦!カズマ対リチア!試合開始です!」

 ゴングが鳴り響いた。その音を掻き消すくらいの観客の声が会場を埋め尽くした。

「さあ!最初に仕掛けたのは喧嘩屋リチア!得意の喧嘩殺法で先制します!パンチ!パンチ!パンチ!プロレスの流儀など知った事かと殴り続けます!」

「リチア選手は打撃に定評がある選手です。王都予選でも打撃により相手をリングに沈めています」

 強烈な打撃を連打されるカズマはガードに徹していた。

 ――確かに予選を勝ち抜いただけはある。プロレスどうかはともかく、よく鍛えられていて良い選手だ

 カズマは新たな選手の登場に喜んだ。

 リチアは乱撃の最後に一回転して裏拳をカズマの側頭部に喰らわした。

「出た!リチアの裏拳が炸裂!完璧に極まってしまったか!」

「この裏拳はリチア選手の得意技です。最初から様子見なんてしないで一気に方をつけるつもりです」

 強烈な裏拳をもらったカズマだけがその違和感に気付いた。それは何人もの選手と試合をしてきたカズマだから分かったのかもしれない。いや、これに気付いた者はそのまま気を失ってしゃべる事すら出来なかったのかもしれない。

 ――コイツ、グローブに細工してやがる、硬すぎる……

 そう、リチアのグローブには鉄板が仕込まれていた。その強烈な裏拳の正体は凶器によるものであった。

「おおっと!カズマ思わず膝がリングについてしまった!開始早々波乱の予感です!」

「あれを喰らって気絶しないなんてカズマ選手もすごいです」

 それでもリチアの攻撃は止まない。カズマの顔面に蹴りを突き刺した。

「ケンカキックだ!これもモロに喰らってしまった!カズマが仰向けに倒れる!」

 この攻撃にもカズマは即座に気付いた。

 ――靴底にも仕込んでやがる!

 カズマはリングに仰向けに倒れたがそのまま転がりリング外に脱出した。

 リチアは早々に勝利を確信したのか両手を広げて挑発している。

「これは予想外の展開です!リチアがカズマを圧倒しています!波乱の一回戦です!」

 カズマは観客と選手を隔てる柵にもたれ掛かり息を整えた。

 リチアはエルプロンサイドに出るとカズマに向かって両足を突き出して飛び込んだ。

 カズマがリチアに迎え討とうすると後ろの観客がカズマのロングタイツを引っ張った。それにより一瞬カズマは後ろに気を取られてしまった。

 ――そんな事しなくても逃げねーよ

 カズマは心の中で呟いた。リチアの両足がカズマに突き刺さる。

「ドロップキックが極まった!カズマ!柵とキックに挟まれてしまった!」

「エプロンサイドからの飛び乗る様なドロップキックです。これは通常より威力があります」

 リチアはカズマを引っ張りリングに上げた。

 リングの上でふらふらになりながらも必死にカズマは立っている。リチアはトドメの裏拳を極めようと回転した。

 しかしカズマはその隙を見逃さなかった。裏拳に合わせてカズマはリチアの顔面に蹴りを入れた。

「カウンターのトラースキックが炸裂!カズマ!ただじゃ終わりません!」

「リチア選手は完全に油断してましたね」

 リチアはまさか反撃に思った以上のダメージを喰らいロープまで後退りした。カズマはリチアに向かって腕を横に突き出して走り込んだ。

「今度はラリアットだ!リングの外に突き落とした!」

「リチア選手が一回転しましたよ。物凄い威力です」

 リングの外に落とされたリチアは立ち上がるとカズマは反対側のロープに向かって走っていた。

「これは行くのか!行くのか!行くのか!」

 ロープの反動をつけてリチアに向かって走って行く。リチアも身構えたがカズマは両足から突っ込んだトップロープとサードロープの間をぐるりと回転しながら潜り抜けリング中央に戻ってしまった。

 そして挑発するのに手のひらをクイクイと曲げてリチアに笑いかけた。リチアは一瞬何が起きたか分からなかった、観客達は歓声と笑い声を上げた。その声を聞きリチアは理解した。

「テメー舐めやがって!」

 リチアは絞り出すように声でカズマに向かって吠えて睨みつけた。

「なんと挑発しております!格の違いを見せつけて余裕の態度でリングに上におります!」

「これはリチア選手も黙っていられないでしよう」

 リチアはカズマのお望み通りリングに上がりカズマと対面した。

 リチアはカズマの顔面を殴った。お返しとばかりにカズマはリチアの首にエルボーを当てる。

「パンチ!エルボー!パンチ!エルボー!両者一歩も引きません!」

「信じられません、リチア選手の喧嘩殺法にカズマ選手は真正面から対抗してます」

 どちらが根を上げるかは明白であった。過去この様な打撃の応酬を繰り広げず凶器で勝ち進んでいたリチアには攻撃を耐える事が出来なかった。

 ――コイツ!なんで倒れねーんだよ!

 次第にリチアは押され始めた。

「これはリチアがバテてきてます!しかしカズマは手を緩めない!」

 リチアは力を振り絞り回転した、必殺の裏拳である。

「渾身の裏拳が炸裂!しかしカズマ微動だにしない!全く効いていない!」

 カズマはリチアの頭を持ち、勢いよく自分の頭を叩きつけた。

「ヘッドバットだ!カズマの頭がリチアの顔面にめり込んだ!」

 リチアは手を膝につけて肩で息をした。体力も底をつき顔を上げる事すら出来ない。

 カズマはリチアの背中から腕を回してリチアを逆さ吊りにして持ち上げた。

「ちょっと待て!俺が悪かった!俺の負けだ!負けたから!」

「それじゃあ観客は納得しない」

「もういいだろ!謝るから!」

「別に怒ってはいない。お前は良いヒールになれる。ただ一つアドバイスするなら凶器を使う時はこっそり堂々と使え」

「それってどういう!ちょっ!まっ!」

 リチアの命乞いは無視され、カズマはリチアを脳天からリングに叩きつけた。リチアはその衝撃で白目を剥いた。

「パイルドライバーだ!リチアをリングに突き刺した!リチア!力無くリングに倒れ込む!起きれない!動きません!決着です!第一試合の勝者はバンドーカズマ!」

 カズマはコーナーポストに上り観客の声に応えた。

「流石優勝候補、力の差を見せつける様な圧巻の試合運びでした」

「初めてカズマ選手の試合を観ましたがすごいですね」

 カズマはわざとロングタイツを引っ張って妨害した観客の前に降り立った。その観客は周りの人と違って苦笑いしか出来ない。

 カズマは特に何もしなかったが相手は恐怖し怯えている。

 ――まあ、こんだけ怖がっているなら大丈夫か

 カズマは放っておき周りの観客とハイタッチした。

 カズマは堂々と花道を歩いていき入場口へと帰っていった。そこにはストロンガーが待っていた。

「流石カズマだ。序盤の劣勢からの巻き返し。憎いことするじゃないか」

 カズマとストロンガーは固い握手をした。

「まあな、良い選手だった」

「じゃあな次は俺の出番だ。これに勝ったらカズマとの試合だ」

「負けるなよ」

「馬鹿言うな、俺だぞ。負けるはずないだろ」

「じゃあ敵情視察だな。しっかり観てるからよ」

「見逃すなよ、俺の美技を、俺の勇姿を」

 そう言うとストロンガーは入場口へと歩いていった。その自信満々な態度はカズマですら持ち合わせていない特殊な才能でもあった。

 

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