再会
一行の巡業は順調に進み、ゆっくりながらも確実に王都に近付いていた。
馬車がゆったりと進んでいると前方に馬車の列が見えた。今までこのような事は無かったのでカズマは身を乗り出して前方を注意深く見た。
「何かあったのか?」
「ああ、関所があるんですよ。多分積荷の検査をしてるんです」
カズマの質問にバフェットが答えた。
同じ王国内と言えど領を移動する為には関所を通過しなければならない。領主には領土を自治をする義務があり、不穏分子を排除する為に関所を設けて身元の確認をしているのだ。県境に関所が無い日本育ちのカズマには中々分からない感覚であった。
「王都での大市があるのでいつもより多くの行商人が移動してるんです。今日中には越えられそうにないですね、これは」
「仕方ないか」
「そんな人のために関所には宿場町があるので今日はそこで泊まりましょう」
バフェットの提案にカズマは同意した。馬車の列は中々進まず何も出来ないもどかしい時間が続いた。
カズマが居眠りをしていると馬車の外から声をかけられた。目を開けると外には数人の兵士が馬車を囲んでおり、初めての状況にカズマは驚いてしまった。
「通行許可証は持っているか?」
兵士の一人が聞いてきた。
――確かセスメントがそんな物くれた様な……
カズマは待ってくれと言い、自分の荷物を漁った。エルロンも一緒になって探してくれている。
ようやく荷物の奥からそれらしき物を見つける事が出来た。カズマは文字が読めないのであくまでそれらしき物だ。エルロンに見せると「これです」と言ってくれたのでそのまま兵士に渡した。
「これは!領主様の!失礼しました!」
兵士は頭を下げてカズマに謝った。そして急いで関所に走っていった。
何が起きたか分からないカズマにバフェットが説明してくれた。
「これは領主直々の通行許可証です。あの兵士達は領主に仕えているのでこんな物見せたら驚くに決まってます。何か領主様から聞いてませんでしたか?」
「確かこれを見れば大丈夫とか、悪用するなとか言ってたな」
カズマとしては高速道路に入る為のカード位の気持ちであったが割と重要な物だったらしい。
カズマがやってしまったなと反省していると向こうから走っていった兵士が誰かを連れて戻ってきた。
「久しぶりだな、今は何と呼んだらいいんだ?バッドスカルか?カズマか?」
カズマに声を掛けたのはトライグリフであった。
かつて闘技場でバッドスカルと死闘を繰り広げ勝利し、前領主ベニヤーを島流しにした張本人である。
「俺はカズマだ。バッドスカルなんて奴は知らん」
「そういう事にしておこう」
思わぬ再会に一番興奮しているのはバフェットであった。傍目には冷静であるがその心中はお祭り騒ぎである。
「セスメント様の許可証があれば直ぐにでも関所を通してあげたいのだが、今から進むと日没までに次の街に着かないがどうする?」
「それなら今日はここで泊まる」
「申し訳ない」
「いや、こちらとしても早く見せるべきだった」
「カズマは王都の大会に出るのだろ?何でこんな所に?」
「王都に向かいながら宣伝も兼ねてプロレス巡業をしてるんだよ」
そうカズマが答えるとトライグリフは考え込んでしまった。何かあったかとカズマが心配しているとトライグリフは口を開けた。
「そのプロレスは今日は観れないのか?」
「今日はやる予定には無かったが、やろうと思えば出来るぞ」
「そうか、実は兵士達にもプロレス好きが多くてな。大会を観たがっているのだが周辺警備があるから行けないのだ。どうだろう?兵士達の為に試合を見せてくれないか?」
トライグリフの思わぬ提案にカズマは即答した。
「分かったやろう。場所さえあれば準備をしよう」
「感謝する。では列から外れて宿場町に向かってくれ」
「分かった。夕方に始めるがそれでいいか?」
「ああ、その頃には関所も閉めるから問題ない」
トライグリフはお礼を言って去っていった。あっという間に決まった兵士達へのプロレス慰問公演。カズマ達は直ぐに打ち合わせを始めた。
「兵士だからこれまでのやり方と少し変えよう」
「それはエグい技を解禁するのかい?」
ベアルが確認する。
「そうですね、子供や老人向けじゃないのでそれがいいかと」
バフェットが同意する。
「プロレス好きって言ってたのである程度分かってる筈ですよね?」
エルロンが質問する。
「なら、ヒールとかは無しにして単純に試合をするか」
カズマが決めた。
急遽決まった試合にもこの巡業で力を付けた一行は動揺しない。それぞれが自分の役割を理解して考え発言をしている。
夕方になり仕事を終えた兵士達がリングの周りに集まってきた。誰もが今日の試合を楽しみにし始まる前からザワザワと騒がしくなっている。
初戦はエルロンとバフェットの空中戦を行い会場を大いに沸かした。選手達も観客が兵士である事から最近自粛していた激しい技の応酬で観客の期待に応えた。
二戦目はカズマとベアルで行った。先程とは打って変わって力強さや逞しさを全面に押し出した暑苦しい試合だがそれも兵士達を興奮させた。
短い間だが兵士達は目の前で行われる大迫力のプロレスを楽しんだ。勿論トライグリフも観戦しており、部下達が楽しんでいる事に満足していた。
「本日は急な要請ながら部下達の為に試合をしてくれて心から感謝する」
トライグリフがリングに近付きカズマ達にお礼を言った。
「気にするな。プロレスラーだからな。頼まれたら試合をするさ」
カズマは笑っている。勿論本心からの言葉だ。
そんな温かな場面に客席から兵士が声を上げた。
「トライグリフ団長の試合も観たいです!」
その声に反応して次々に兵士達が声を上げた。
「俺も観たいです!」「再戦して下さい!」「団長!団長!」
プロレスの熱を真正面から浴びた兵士達は興奮そのままにトライグリフを煽った。トライグリフは困った顔をしている。
「いいじゃないか。やろうぜ」
カズマの一声に会場は更に盛り上がった。もうこの状況ではトライグリフもやらないとは言えない。
「申し訳ない。それではお手合わせ願おうか」
トライグリフがそう言った瞬間、トライグリフの体を白い煙が包み込みその姿が見えなくなった。
何処からともなく入場曲「ナイツプライド」が響き渡る。
「おおっ!これはまさかトライグリフもプロレス魔法を使えるのか!」
「プロレス魔法は騎士団にも訓練などで使用されているらしいです」
慌ててロイドとライトは仕事を思い出して実況と解説を始めた。
煙が晴れるとそこには白のロングタイツ、手には包帯を巻いたトライグリフが立っていた。
トライグリフは颯爽とリングに上がりカズマと対峙した。
「遠慮してた割にやる気満々じゃないか」
「本当はもう一度試合をしてみたかったんだ。何の邪魔も無くな」
「初めて戦うが?」
「ふっ、そうだな、余計なお喋りだったな」
両者の会話は歓声が大き過ぎて誰にも聞こえない。それでも二人がリング上で会話をしているだけでカズマのファンにとっては大興奮のシュチュエーションであった。
兵士の中にもトライグリフとバッドスカルが戦ったのを観戦した者もいる。その者にとっては涙を流す程嬉しかった。勿論エルロンも喜んでおり、バフェットもまたジャイロに自慢出来るぞと内心はしゃいでいた。
「それでは試合開始です!」
ゴングが鳴り両者臨戦態勢になる。
両者の立ち上がりは派手さの無い腕の取り合いから始まった。
お互い構えた手を取ろうと伸ばしては避けられ弾かれ膠着状態が続いた。両者とも相手に腕を取られる危険性は十分理解していたのだ。
緊張感がある攻防は突然終わりを迎えた。カズマが身の屈めトライグリフの腹目掛けて突っ込んだ。
「カズマのタックルです!」
「腕の取り合いの中不意をつきましたね」
仰向けに倒れそうになったトライグリフは何とか持ち堪え態勢を整えようとし顔を上げた瞬間、カズマの腕が目の前に現れた。
「ラリアットだ!トライグリフの顔面にモロに極まってしまった!」
「カズマ選手の流れる様な動きですね」
仰向けに倒れたトライグリフにカズマはゆっくりと近付くと、突然トライグリフはカズマの足に自ら足を絡ませた。
カズマは態勢を崩して前のめりに倒れてしまった。その隙にトライグリフはカズマの後ろに回り込み、右手をカズマの首に回して締め上げた。
「チョークスリーパーだ!カズマの首を締め上げる!」
「流石騎士団長、流れる様な美しい動きで背後をとりましたね」
トライグリフの反撃に兵士達は盛り上がった。
トライグリフの腕の隙間に手を挟んだカズマ、チョークスリーパーは極めきれてないがジワジワとカズマの体力を奪っていく。
カズマは何とか立ち上がりロープに向かってジリジリと歩いて行く。ロープの近くまで行くとその場で跳び、セカンドロープに両足を着地させて反動をつける。勢いそのままバク宙をしてた。トライグリフはこのまま極め続けるとカズマが自分にのしかかる形になる事から、技を解かざるおえなかった。
「何と!チョークスリーパーを外した!」
「こんな外し方があったんですね」
思わぬ返しにトライグリフを応援していた筈の兵士達は驚き、興奮した。
会場の中で一番驚いているのは勿論トライグリフだろう。まさか自身の技がこんな形で外されるとは思いもよらなかった。
「これが本当のプロレスか」
トライグリフは思わず呟いてしまったがその顔は笑っていた。今まで数多くの暴漢を制圧してきたトライグリフでさえカズマの予想外の動きには反応出来ていない。
改めて両者対峙しジリジリとその距離を詰めて行く。
しかし次のトライグリフの行動はカズマも予想していなかった。トライグリフは背にしたロープに向かってバックステップしロープの反動を体全体に受けた。そして勢いよくカズマに体当たりをかました。
「ショルダータックルだ!今度はトライグリフがロープを利用して反撃だ!」
「トライグリフ選手はリング上の戦いを意識しだしましたね」
トライグリフのタックルをモロに喰らったカズマは仰向けに倒れた。またチョークスリーパーが来ると察知したカズマは倒れたままリング上を転がりエプロンサイドまで逃げていく。
トライグリフはカズマをロープまで追いかけるが、カズマはトップロープに飛び乗りそのまま高く跳んだ。そして体ごとトライグリフにのしかかる。
「スワンダイブ式クロスボディアタックが炸裂!これは強烈!」
「待ってください!カズマ選手を抱き抱えました!」
なんとトライグリフはのしかかってきたカズマを胸で受けてそのまま抱き抱えたのだ。そしてそのままリングに叩きつけた。
「ボディスラムだ!手痛い返しを喰らったカズマ!これは強烈だ!」
「まさかカズマ選手の体重を支えられるなんて」
カズマは直ぐに起き上がりトライグリフを見た。トライグリフは既にロープに身を預けている。そのままロープの反動でカズマに突っ込んで来た。カズマは前転して避けるがトライグリフは止まらない。反対側のロープまで行き反転してまたロープの反動を利用して突っ込んで来ようとする。
トライグリフが再びカズマに向かって走り出すとカズマはトライグリフと同じ進行方向に走り出した。
トライグリフは止まった。また何かしてくるかと思い警戒したのだ。
――来い!次は何をしてくる!
トライグリフが警戒しているがその動きはトライグリフの予想を大きく上回るものであった。
カズマはロープに向かって走り出してセカンドロープに飛び乗った。そしてその反動でトライグリフに背を向けたまま跳んできた。
――またボディアタックか!
トライグリフは手を伸ばして受け止めようとしたが、カズマの跳躍は思った以上に高かった。
――跳び過ぎたのか?それとも何をするつもりだ!
カズマは手を伸ばしてトライグリフの首を肩に抱えた。その予想外の動きにトライグリフは全く反応出来なかった。
ダイヤモンドカッター
相手に背を向けた状態で相手の頭を肩に抱えて倒れ込み、相手の頭を打ちつけるプロレス技。相手は顔面を殴打する極めて危険な技である。
「ダイヤモンドカッターが完璧に極まった!」
「まさかの動きにトライグリフ選手は反応出来てませんね」
トライグリフはうつ伏せに倒れた。それでもカズマは警戒を解かない。コイツなら必ず立ち上がる筈だと確信していた。
カズマの予想通りトライグリフは手を震えさせながらもリングに手を付き立ちあがろうとする。立ち上がりリングから手が離れたその時にトライグリフは仰向けに倒れた。
「降参だ。素晴らしい技だった」
トライグリフは降参を宣言した。その顔は満足そうに笑っている。
「降参です!トライグリフが降参しました!この試合カズマの勝利です!」
会場は二人の試合に惜しみない拍手を送った。
カズマはトライグリフに手を伸ばした。
「歓声に応えてやらないと」
トライグリフはカズマの手を握り引き上げてもらった。そして二人でリング上で両手を上げて会場にいるすべての人の歓声に応えた。
騎士団長が負けたのに兵士達の誰もが嬉しそうに笑い、声を上げた。
その日一番の盛り上がりを見せた試合の幕が閉じた。
翌日カズマ達は馬車に乗り関所を通過しようとしていた。
「昨日はありがとう。久々に熱くなる戦いが出来た」
トライグリフは馬車の外からカズマに手を伸ばした。カズマも手を伸ばして固い握手をした。
「まだ動けたろ?何で降参した?」
「翌日も仕事だからな。それにそっちもまだまだ俺の知らない技に使う気だっただろ?あんな技知らず受けていい訳ないだろ」
「騎士団長だろ?」
「騎士団長だからだ。部下にみっともない姿を見せる訳にはいかない。今度はやる時はもっとプロレス技を調べてからやろう。その時は必ず俺が勝つ」
「いつでも来い。また部下の前で倒してやるから」
二人はギシギシと固すぎる握手をして別れた。二人の関係は不思議なものだ。憎き敵でもない、宿命のライバルでもない、切磋琢磨し技を磨いた仲間でもない。
互いを認め合い、しかし負ける訳にはいかない。そんな二人を言い表すなら、かつて同じ闘技場で命を賭けて戦った戦友、それが最も近い言葉であろう。
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