ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ

カズマ達は撤去作業を終えて村の小さな酒場で遅めの夕食を食べていた。

 少しずつ巡業の試合に慣れて来た一行は試合の反省をしつつも楽しく賑やかな食事ができた。

「やっぱり顔面への蹴りは心配されますね」

 エルロンが試合の反省をする。

「うむ、歓声じゃなくて悲鳴が上がるのは本望ではないな」

 ベアルは納得はいっていないが酒をグビグビと流し込んでいく。

「延髄蹴りも反応はイマイチでしたね。やはり首から上はプロレスを見た事ない人には刺激が強すぎるのでしょう」

 バフェットが試合を振り返り考察する。

「バフェットさんのレッグシザーズドロップは好評でしたよ」

「確かに、でもあれは投げ技だから」

 ロイドやフランクといった研修生も反省会に参加する。

 カズマは自分がいなくなった事を心配していたが、それは近いうちにそんな心配事は無くなるだろうと確信した。こうやって仲間同士が意見を言い合いプロレスを高めていく、その光景はカズマがなりより尊い物だと感じていた。

 そんな風にカズマが反省会を眺めていると一人の老婆がカズマに話しかけてきた。

「お食事中にすいません、少しお話をよろしいですか?」

 やたらと低姿勢の老婆の話をカズマは断る筈なく聞く事にした。

「なんでしょう?」

「先程の格闘術を拝見して名のあるお方だと思いお声をかけました。皆様にこの村の畑を荒らす魔物の討伐をお願いしたいのです」

 老婆の依頼は全員で聞いていた。その依頼に質問したのはバフェットであった。

「魔物って、騎士団には相談したのですか?」

「はい、しかし今の騎士団は大きな街道に出る魔物を討伐を優先してこちらまで手が回ってこないのです。この時期は王都で大市が開かれるのでどうしても村の依頼は後回しにされるのです」

 その言葉にカズマは自分の浅はかさを恥じた。大市により魔物の駆除が遅くなる、大市にはプロレスの大会が開かれる。つまりこの老婆の悩みの種の一端をカズマは担っているのだ。

 カズマは大会の開催に際してセスメントと多くの意見を交わした。しかしそれはプロレスの事だけでその周りで起こるであろう問題を見ていなかったのだ。

 そもそも日本に魔物はいない、それならばカズマがその事を危惧する事など不可能に近いのだ。カズマは闘技場でしか魔物に対峙していない。その後も街の中でしか生活をしていない為、魔物が出現するという発想がそもそも無いのだ。この巡業で初めて街から出たカズマに魔物の心配等砂粒すら持ち合わせていなかった。

 それでもカズマは自分を許せなかった。自分のプロレスを突き通す事で周りに悪影響が出ることはあってはならず、その状況でプロレスをやるなど言語道断である。

 それならば老婆の依頼に対する答えは一つである。

「分かりました。かならず退治してみせます」

 そう、カズマは魔物退治を引き受けたのだ。その言葉にエルロンは驚いた。止めようとしたが老婆頭を下げてお礼を言い、最早やっぱりやめますなんて言えるはずも無かった。

 そんなカズマもしっかりと老婆を見つめていて、必ず仕留めてやるとその目が物語っていた。


 翌日、その日は休養日だが一行は森の中にいた。最初はカズマが一人で行こうとしていたところを全員で止めて、研修生を除いて魔物の討伐に出かけたのである。

「カズマさん、本当にやるんですか?やるにしてもカズマさん素手は危ないです」

 エルロンは村から借りた弓矢を持ちカズマの後をついて来ている。バフェットも弓矢を持ち、ベアルは斧を持っている。その中でカズマだけが素手で森の中を歩いている。まるで近所に散歩に出掛ける様に手ぶらである。

「俺は武器を使えない。ならいつもの戦い方をするしかない。闘技場でも素手で戦ったから心配するな」

 カズマは真剣な表情で言うがエルロンはそれでも安心出来ない。

「カズマさんが素手で魔物を倒したのは本当の事ですし否定は出来ませんが」

「はっは!諦めろエルロン。ウチの大将は言って聞くようなタマじゃねぇ」

「ふふ、またカズマさんの魔物の退治が見れるなんて嬉しいですね」

 ベアルとバフェットは何だか乗り気である。生で魔物と戦っているのを見た事があるバフェットにとって実に二年ぶりのカズマの魔物退治である。カズマのファンとしては堪らないのだろう。そしてこの事をジャイロに自慢してやろうとさえ思っていた。

 エルロンはボルガン戦しか観戦していないので魔物と戦っている所は見た事がないのである。それがバフェットととの心境の差であろう。

 ベアルに関しては何も考えていない。カズマがやるならやれるだろうぐらいである。

 最早援軍は望めずエルロンは一人ビクビクするしか無かった。

「ブウォォ」

 森の奥で何か聞こえた。鼻息の様なその音に一行は臨戦態勢をとる。

 エルロンとバフェットは空を飛び木の太い枝に降り立った。二人は周囲を見渡した。

「いました、ビッグボアです。あれが依頼の魔物です」

 バフェットが見つめる先に大きな猪がいた。凶暴な顔をしており立派な二つの牙を持っている。そんなビッグボアはまだこちらに気付いておらず森の中を我が物顔で歩いている。

 エルロンは弓を構えて狙いを定めた。

 ――僕がやらなきゃ

 そう一人で背負い込んでいた。しかし、

「よし、やるぞ」

 そうカズマが言うと何処からともなく入場曲「ニューフロンティア」が流れた、いや流れてしまったと言うべきかもしれない。その音は勿論ビッグボアも聞こえておりカズマ達の存在に気付いた。

 カズマはいつものコスチュームに変身してビッグボアと対峙した。勿論頭を抱えたのはエルロンである。最悪ビッグボアと出会っても自分とバフェットで矢を放てばどうにかなるんじゃないかと思っていた。

 そんな浅はかな考えはカズマの前では無意味であった。まさか入場曲を流して正面から向かっていくなんて、命が幾つあっても足りない暴挙である。

 ビッグボアはカズマに向かって突進して来た。流石のカズマも巨大な牙の前には避けざるおえない。ビッグボアを横に転がる様に避けて直ぐに態勢を立て直す。

 エルロンはビッグボア相手に受けの美学を持ち出すのでないかとヒヤヒヤしていたが一先ず安心した。しかしこうもカズマとビッグボアが近いと矢は放てない。木の上から傍観するしか出来なくなってしまった。

 ビッグボアは振り返りカズマは見た。そして自慢の牙で横薙ぎしてカズマの腹にぶち当てた。

 顔を振っただけでかなりの威力があり、カズマは転がりながら何とか受け身をとった。

 ビッグボアは余裕の足取りでカズマに近付いていく。その油断が命取りであった。カズマは足を突き立てビッグボアの鼻目掛けて踏み抜いていた。


 ケンカキック

 またの名をヤクザキックと言う。相手の顔面目掛けて蹴る技。最早プロレス技と言うより暴力と言った方が相応しいかもしれない。


 弱点である鼻を思い切り蹴られたビッグボアはブウオオと悲鳴を上げた。思わぬ敵の出現に警戒するビッグボア。カズマも次の攻撃に備えて構える。

 その時ビッグボアがとった行動はカズマを失望させた。

 ビッグボアは逃げ出したのだ。元々気性は荒いが臆病な性格のビッグボアは勝てぬ敵に出会うと直ぐに逃げてしまう。

 その逃げた先はカズマ達が滞在している村の方向である。このビッグボア、見かけによらずちゃんと状況が分かっている。村には自分の天敵はいないと分かっているので逃げ込むつもりであった。

 たった一発蹴られたくらいで逃げ出すビッグボアにカズマは吠えた。

「逃げてんじゃねぇぞ!」

 その声は森中に響いた。それはエルロン達でさえ震え上がらす様な咆哮である。

 ビッグボアはそれでも走るのをやめない。そんなビッグボアの前に突如壁が現れた。いや壁ではない何か鉄製の綱の様な物にエルロンは見えた。

 ビッグボアがその綱に当たると綱は爆発した。

「え!?」

 誰もが爆発に動揺した、これもカズマのプロレス魔法なのは確かだが見た事が無かった。そんなカズマでさえ驚いて立ち尽くしている。

「これはノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ……」

「え?ノーロープゆうし……何ですか?」

 バフェットですらカズマの言っている意味が分からない。そうビッグボアが激突してしまった綱の正体は名勝負を生み出した触れば爆発する有刺鉄線であったのだ。

 爆発をモロに喰らったビッグボアが動き出した。また逃げるつもりである。

 まずい、と思ったカズマは走り出してビッグボアに近付く。カズマがビッグボアに近付くと両者をぐるりと囲む様に有刺鉄線ば張り巡らせられていく。ベアルは有刺鉄線の向こう側に置いてかれてしまった。

「触るなよ!爆発するぞ!」

 ベアルは立ち止まり外から見守る事しかできない。

「逃げ場はない、正真正銘のデスマッチだ」

 カズマは改めてビッグボアと向かい合った。

 ビッグボアは逃げる事は不可能だと悟ったのかカズマに向かって突進してきた。しかし有刺鉄線への恐怖かそれともダメージかは分からないが、先程に比べて明らかに走りに勢いが無い。

 カズマの前で急停止すると前足を上げて、体ごとカズマに叩きつけた。

「ぐうおぉ!」

 カズマはビッグボアの下敷きになりながらも腕で支えて何とか踏み止まった。巨体なだけあって凄まじい威力と重量である。決定打ではないが確実にカズマにダメージを与えた。

 ビッグボアは後ろに下がり距離をとる。そしてもう一度カズマに突進してきた。今度は正真正銘の体当たりである。

 カズマはビッグボアの突進を真正面から受け止めた。有刺鉄線に恐れて減速したとは言え巨大な猪の突進である。カズマは必死で踏ん張るが徐々に後退させれていく。

 カズマの後ろにはもちろん自分で出した有刺鉄線が張られている。有刺鉄線のリングにいる以上カズマも危険なのは言うまでも無い。

 徐々に近付く有刺鉄線にカズマは焦りを覚えた。

 ――なるほど、初めてやるがこれは緊張感がある

 カズマは体の力を抜き仰向けに倒れた。突如力の行き場を失ったビッグボアは誰もいない前方に突き進むしかない。カズマはビッグボアの下に潜り込み両足を突き立てた。柔道の巴投げを両足で行ったような状態である。

 ビッグボアは真下からの衝撃になす術無く空中で回転しながら背中から有刺鉄線に突っ込んだ。

「ブウオオオオオォォォォ!!」

 ビッグボアの悲鳴を掻き消す程の激しい爆発、そして体を覆い隠す程の大量の煙でビッグボアの姿は見えなくなった。

 煙が晴れるとそこには仰向けで倒れ白目を剥いているビッグボアがいた。

「勝っちゃった……」

 エルロンは唖然とした。噂には聞いていたが本当に素手で魔物を倒す人間がいたのだと。

 そんなはカズマはあまり納得していない表情をしている。

「どうしたカズマ。何処か怪我したか?」

 有刺鉄線が消えたのでベアルが近付いてきた。

「うーん、初めてやってみたが何か違うな。これじゃあプロレスで勝ったと言えるのか?」

 どうやらカズマはビッグボアへの勝ち方に納得出来ていない様である。

 確かにビッグボアは技で仕留めたのではなく爆発によって倒れたのである。これではカズマとしては不完全燃焼である。

 その言葉にエルロンは恐怖した。プロレスで勝ち方に拘るのは当然だが、魔物相手、それに観客もいない森の中でその考えは常軌を逸している。

 エルロンは自分が師事している人間は実は危ない奴なのではないかと不安になってきた。


 その日の夜は村で猪鍋が振舞われた。勿論カズマが狩ったビッグボアの肉である。

 大量の肉を村総出で調理をして全員で食べている。まるで今まで畑を食い荒らしてきた恨みを晴らすように誰もが猪鍋を思い切り食らった。

 そんな中でエルロンはカズマが少し離れた席でバフェットと話しているの見かけて近付いた。その会話の内容にエルロンは凍りついた。

「やっぱり俺も爆破された方が良かったかもしれない。それがあのルールでの正しい受けじゃないのか?」

「確かにロープワークが出来ず、リングアウトも出来ないとなるのと必然的に技の種類も限られますし。観客は爆発を観たいならそうなりますかね」

「一回目の爆発は良いとして二回三回となると印象も薄れるよな」

「同時に爆破されるとか?」

「それだ!」

 エルロンはその場から逃げ出した。また宴から少し離れた所にベアルがいた。ベアルは何やら手を伸ばしたり引っ込めたり何か不思議な動きをしている。

「何やってるんですか?」

 エルロンは恐る恐るベアルの奇行を尋ねた。

「いやな、ワシもあの有刺鉄線とやら出せないか試しとるんじゃ。あんなもん見た事ないからのう」

「へぇ、そうですか……」

 エルロンは立ち尽くした。

 エルロンもプロレスが好きでやっているのだがあの爆発だけは受け入れられなかった。何度もカズマが喋るプロレス観には驚かされてきたが今回ばかりはいつまで経っても理解が出来なかった。

 ――僕がおかしいのか?それとも周りがおかしいのか?

 エルロンはカズマがノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチに自分を誘わない事を祈るしか出来なかった。

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