プロレス巡業編

開催決定

軍団対抗戦から数ヶ月、カズマは相変わらず異世界に居た。異世界だろうと関係なくカズマはプロレスをしていた。

 カズマの訓練所は多くの選手が訪れてプロレスを教わり技を磨いた。カズマはプロレスの普及を目的にしていたので誰にも分け隔てなく自身の持てる技の全てを教えるつもりであった。

 今日も多くの選手が訓練所に訪れて練習している。そこにはヘルウォーリアーズのメンバーであるエルロンとベアルは勿論バフェットも依然カズマの下に居た。

 皆汗と土で汚れている。この世界にはまだマットレスの様な物が無く土の上で練習する為プロレス道場と言うよりは相撲部屋のような雰囲気であった。

 カズマ達が練習に励んでいると屋敷の執事が訓練所の戸に開けた。

「カズマ様、セスメント様の使いの者よりお手紙をお預かりしました。お早めにご確認ください」

 そう言うと執事は戸を閉めて下がっていった。

 カズマはここで渡せばいいのにと思ったが領主からの手紙を誰でも見れる場所で開ける訳にはいかなかった。

 カズマは少し外すと周りに言ってから訓練所を出た。訓練所の外で執事から手紙をもらい封を開けた。勿論カズマには文字は読めないので執事に読んでもらった。

 手紙には始めに長々と挨拶が書かれていた。貴族には必要な書き出しらしいがカズマはさっさと本題に入って欲しかった。

 要約すれば王都で王様がプロレスの大会を開くから次の闘技場の開催日に相談したい、との事だ。

 ――王都でプロレスの大会か、それも王様直々に。王様はプロレスファンなのか?

 王様は二年前のボルガンとの戦いも観戦し対抗戦も全て観戦した。即ちただのプロレス好きのおじさんである。

 ――でも何で俺に相談するんだ?開催するのは王都だろ?うーん……まあいっか、聞けば分かるか

 カズマは考えるのを止めた。今考えたところで何にもならない。

 カズマは執事にお礼を言いまた訓練所に向かった。


 二日後、闘技場は今日も人で溢れていた。大きな催しが無くとも領の内外から多くの人が集まり観光名所にもなっていた。

 連合軍とヘルウォーリアーズの抗争も一時的に落ち着き今では多くの軍団が結成された。勿論その中にはヒールの軍団も存在しており、様々な抗争が展開され人気を博していた。

 カズマが目指していたプロレスはこの地に根差した。しかしカズマは元の世界に帰れていない。一体カズマが帰る為には何が足りないのか分からなかった。闘技場にある領主の執務室でカズマは椅子に座りながらぼんやりとそんな事を考えていた。

 ぼんやりカズマが考えていると執務室の扉が開きセスメントが入ってきた。後ろにはアベリアもいる。

「すまない、少し遅れた」

 そう言ってセスメントはカズマの正面に座った。アベリアは後ろで立っている。

「早速だが王都でプロレスの大会を開く事になった」

「手紙にも書いてあったな」

「そうだ、そして私が大会の運営を仰せつかった。私としても父の失態を拭う願ってもない機会だと考えている」

「それはよかった」

「しかし問題がある」

 セスメントの顔つきが険しくなった。

「王都ではプロレスがそこまで認知されてないのだ。我が領では人気があり物好きな人間はわざわざ足を運んでくれるが、王都ではプロレスの試合自体やっていない」

「え?じゃあ何で王都で大会を?」

「陛下の思いつきだ」

 唖然である。確かに国王は面白そうだから闘技場に足を運び、面白そうだからバッドスカルがセスメントをしばく許可を出した。

 上が思い付きで行動するとその皺寄せが来るのはいつも下の人間である。セスメントは領主と言えど所詮王国の一貴族に過ぎない。国王の提案を簡単に断れる立場では当然ないのだ。

「思いつきと言えど陛下の願いだ。何としても成功させなければならないのだ。空席だらけの会場を陛下に見せる訳にはいかないのだ」

 セスメントは机に手をつき頭を下げた。ここには領主ではなく王命に怯えるか弱い成人男性しかいない。

「分かったから。それで他に決まってる事はあるか?」

「大会は二ヶ月後だ。その時期に開かれる大市に合わせて行われる。試合をする会場は王都にある競馬場で、そこを改装する。規模としては闘技場より大きい」

 なんと会場と日時だけは決まっているのだ、見切り発車にも程がある。

「そうなると小さ過ぎて見えなくないか?」

「そういう細かな所を指摘してほしい」

「大会は何をするんだ?」

「それも決まっていない」

 セスメントは本当に申し訳なさそうな顔をしている。後ろにいるアベリアも頭を下げている。カズマもセスメントには色々良くしてもらっているので何とか力になりたいので知恵を振り絞る。

 そこでカズマが前々から欲しかったが実現しなかった事を思い出した。

「チャンピオンベルトを作ろう」

 そうチャンピオンベルトである。この闘技場にはチャンピオンがいない。それぞれ勝手に試合を組んでいるので組織としては纏まりが無いのだ。ファンの間ではあいつが強いこいつの方が強いなど談義を繰り広げているが、正式にチャンピオンはいないのである。

「何だそれは?」

「最も強いレスラーの証だ。王都の大会では一番強いレスラーを決める大会にしよう。そして優勝者が初代チャンピオンとして君臨する事になる」

「それは盛り上がるのか?」

「盛り上がる。最強の証だ」

「分かった。君を信じよう。陛下にはそう伝える」

「後は大会の形式だな」

 そうしてカズマが案を出して王都での大会の内容が決まっていった。

 そして一週間後、王都でプロレスの大会が開催される事が大々的に発表された。

 初代王国プロレス最強位決定戦と銘打って開催される大会は十六人の選手がトーナメント方式によって初代チャンピオンを決める。ちなみに最初は王座とカズマが説明したが本物の国王がいるので却下された。

 十六人の内半分の八人は対抗戦に出たメンバーで残りの八人は王都とベニヤー領の闘技場で予選を勝ち抜いた者に出場権が与えられる。

 これもカズマは全員予選から始めればいいと言ったが、試合を作れる者がいないと怖いという理由からセスメントが拒否した。

 予選も大々的に行われて対抗戦でも使用された謎の中継魔法で各地に放映される。

 国王直々の大会であり王国中に放映させる事から多くの反響を呼び、腕に覚えがある者がこぞって参加を表明した。


 闘技場では本戦出場を懸けて一ヶ月にも及ぶ予選会が行われていた。予選会でも闘技場には観客が来ており、応援やただのプロレス好きが楽しそうに観戦していた。

 カズマ達は予選会をやっている為試合が無く、リングの近くで予選会を観戦していた。

「こんな近くで観戦していいんですか?」

 エルロンは周りをキョロキョロ見ながら不安そうに聞いてきた。

「ここは関係者席だ。俺も運営に携わってるから問題ないだろ」

「僕はあんまり関係ないのですが……」

「はっは、役得じゃの!」

 不安そうなエルロンをよそにベアルはご機嫌に観戦している。バフェットも予選会に出場する選手表を見ながら観戦していた。

 試合が終わり次の試合の呼び出しが行なわれている。

「続きまして本日の六試合目に出場する選手を紹介します。まずはドワーフのグラニット選手の入場です」

 入場口からグラニットが入場してきた。黄色のショートタイツにブーツを履いており、ドワーフなだけに背は小さいがその両腕は太く、ブンブン振り回しながら歩いてくる。

 リングに上がると雄叫びを上げた。気合いは充分と言ったところである。

「続きまして、自称完璧超人、ストロンガーの入場です」

 実況の紹介に観客席からクスクスと笑い声が漏れた。

「ストロンガー?知らない選手だな。遠くから来たレスラーか?」

 カズマは選手表を見て確認する。

「ああ、多分バンカーさんのとこの選手です」

 バフェットがカズマに説明するがカズマは納得していない。

「バンカーのとこにも行った事あるがそんな奴いたか?」

 カズマが選手表を確認してしている間にストロンガーが入場してきた。

 さっぱりとした短い金髪に赤いショートタイツにブーツとオーソドックスなコスチュームである。

 ストロンガーは入場に観客は声援を送る。トップレスラーではないがそれなりにファンはいる様で手を伸ばすファンにしっかりとタッチをして花道を歩いてくる。

 ストロンガーはリングに上がるとカズマの方を見て、ニヤリと笑った。カズマは何の事は分からなかったが、カズマはトップレスラーなので挑発であったり、宣戦布告であったりと色々されているので今回もそれかなと思った。

 ゴングが鳴り試合が開始された。

 お互い腰を低くし手を伸ばし相手の出方を窺っている。

 まずは仕掛けたのはグラニット、ストロンガーの手を弾き胸に強烈なチョップを浴びせた。バチンと大きな音が鳴りストロンガーは苦悶の表情を浮かべた。

「おおっと凄い音だ!ストロンガーこれは痛そうだ!しかしグラニット追撃の手を緩めない!チョップ!チョップ!チョップ!」

 チョップに押されながらストロンガーはロープまで後退することになった。グラニットの渾身のチョップに堪らずロープにもたれかかる。

 好機と見たグラニットは走りながら反対側のロープに突っ込み、反転してロープの反動を利用してストロンガーに向かって走り出した。

「これはラリアットの構えだ!」

 腕を横に突き出してストロンガーの喉を狙う。しかしストロンガーは立ち上がり大股開きで上に跳びグラニットのラリアットを避けた。

 グラニットは勢い余ってロープに突っ込みリング下に落ちてしまった。

 ストロンガーはリング下で立ち上がり顔を覗かせたグラニットにスライディングドロップキックを顔面に浴びせる。

 勿論グラニットは顔面に強烈な蹴りを入れられて仰向けに倒れたが、ストロンガーも勢い余ってリング外に落ちてしまった。

 エプロンサイドに頭を打ちつけた落ちたストロンガーはグラニットの上で頭を押さえながら悶えている。

 グラニットも腹の上にストロンガーが落ちてきたので、腹を押さえながら悶えている。

「おおっと!これはストロンガー自爆です!しかしグラニットにも結果的に強烈な一撃が腹に突き刺さる!二人とも悶えております!」

 謎の攻防に闘技場は笑いの渦に包まれた。

「これは試合なんですか?」

 バフェットは初めて見る試合の様な何かに呆れている。しかしカズマは楽しそうに一連の流れを見ていた。

「いいじゃないか、これもプロレスだ」

 バフェット、それにエルロンもカズマのプロレス観に疑問を持ちつつも試合は展開していく。

 先に立ち直ったグラニットがストロンガーを持ち上げてリングに上げた。

 そしてグラニットはストロンガーの股の間に右手を入れて、左手で肩口を掴み持ち上げた。

「これはボディスラムの体勢か!軽々とストロンガーを持ち上げた!」

 持ち上げられたストロンガーは手や足をバタバタさせて必死に抵抗している。ポカポカと殴りつけるがグラニットには全く効いていない。

 グラニットはストロンガーを力任せにリングに叩きつけた。

「ボディスラムが決まった!ストロンガー打ち上げられた魚の様にのたうち回っています!」

 ストロンガーの受け身にまたもや笑い声が聞こえる。

 グラニットが勝負を決めようとストロンガーに近づいたその時、ストロンガーはグラニットの足に足を絡ませてた。

 突然の事にグラニットはうつ伏せで倒れてしまった。その隙にストロンガーはグラニットの上に乗っかりグラニットの両足を脇に抱えて持ち上げた。


 逆エビ固め

 ボストンクラブとも言い、うつ伏せの相手の両足を持ち上げて腰を反らせる技。一見簡単そうなだが加減を間違えた素人が使用して死者を出す程の危険な技で、簡単に見えても決して真似してはいけない技である。


「逆エビ固めだ!これは痛い!グラニット苦悶の表情です!ロープブレイクは出来るか!いや届かない!届かない!」

 ストロンガーは手を緩める事なく技を極めていく。グラニットは遂に観念しリングを叩いた。

「タップ!タップ!タップ!グラニット、ギブアップです!勝者、ストロンガー選手!逆エビ固めで勝利をもぎ取りました!」

 ゴングが鳴り響き、拍手がストロンガーに送られる。

 ストロンガーは両手を上げて観客の声援に応えた。そしてリングから降りるとカズマの下へ近づいてきた。

「どうだカズマ!中々様になってるだろう!」

 カズマに妙に馴れ馴れしく話しかけてきたストロンガーだが、カズマはストロンガーが誰だか分からない。

「誰だ?何処かであったか?」

「おいおい、カズマが捕まってる時あんなに世話したじゃないか」

 この馴れ馴れしい話し方に態度、そして牢屋にぶち込まれていたカズマを知る人物は一人しかいない。

「お前看守か?」

「そうだよ、今は牢屋が無くなったから看守じゃなくて普通の兵士をやってるがな」

 実はカズマは長いこと一緒に過ごしてきた看守の名前を知らない。看守は釈放された奴隷に逆恨みされ襲われる可能性がある為、奴隷には名前を明かさないのだ。その為カズマは探そうにも中々見つけられずにいたのだ。

「久しぶりだな、レスラーやってるなんて知らなかった。なんで会いにこなかった?」

「そりゃお前、びっくりさせたいからに決まってるだろ?こうやってカズマが見てる前で衝撃的に正体を明かすんだよ」

 衝撃的かはともかくストロンガーは得意げに語っている。

「バンカーのとこにいるんだろ?その時にはいなかったが」

「来るのを知って隠れてたからな。それにグルニエにもマネッティアにも口止めしてたし」

 ストロンガーの謎のこだわりによってカズマは今まで見つける事が出来なかったのだ。そんな多分感動の様な再会を噛み締める二人に水を差すように実況から注意された。

「ストロンガー選手、退場して下さい。次の試合が始まりますよー」

「おっと!じゃあな!王都で戦おう!」

 そう言い残してストロンガーは足早に去っていった。勿論観客にファンサービスは欠かさない。握手したりハグをしてる。

「早く退場してください!」

 またもや実況に注意されたストロンガーは渋々退場していった。ストロンガーは愛されているのか観客達は笑顔で手を振って見送った。


 試合後カズマは闘技場の執務室に居た。これからの予定をセスメントと話し合っているのだ。

「競馬場の改修工事も進み、王都での予選会も好評の様だ。マネッティアが向こうに行ってくれて助かった」

「あいつならしっかり盛り上げてくれるだろう、ただ……」

「何か不安でも?」

「少し気合いを入れ過ぎて空回りする所があるからなぁ」


 その頃王都の予選会場では。

「リング上はまさにダンスホールであります!筋肉と筋肉が奏でる逞しく美しい響きに合わせて両者が舞い踊る!二人のプロレスというワルツはまだまだ終わらない!」

 マネッティアは領主からの依頼と国王直々の大会という事でいつも以上に気合を入れて実況していた。

 それはカズマの不安が当たらずとも遠からずと言った具合である。

 

「それでこっちの予選会は?」

「なんせ参加人数が多いからまだまだ続くが、問題無く進行している」

 セスメントの報告に安心したカズマは次の計画を話した。

「巡業をしようと思う」

 セスメントは聞き慣れない言葉に戸惑った。

「巡業とは?」

「旅をしながら色んな街で試合をするんだ」

「それは旅一座の様なものか?」

「まあそんなとこだ。これから一ヶ月かけて王都に向かいその道中で試合をしてく。そうやって宣伝しようと思う」

「闘技場ではないところで試合は出来るのか?」

「リングの設営さえ出来れば問題ない。普通はあんな大きな会場で試合するより巡業での試合の方が多いんだ」

「そうなのか。分かった馬車を手配しておこう」

「ありがとう」

 二人の話し合いは進み、旅順などの計画も打ち合わせた。


 後日屋敷の前には二台の馬車が停まっており巡業の為の準備が進められていた。馬車には「王国プロレス最強位決定戦、開催」と書いてある。

 巡業に同行するのはエルロン、ベアル、バフェットに加えて訓練所で練習に励んでいる四人の研修生である。三人は人族だが一人はエルフであり、魔法が使える事から同行することになった。因みに四人とも早々に予選会では敗退しており暇を持て余していた。

 一台の馬車に椅子や机など巡業に必要な物を積めていく。全ての準備が終わりカズマは最後に執事に屋敷の事を頼んだ。

 御者台にはそれぞれ研修生が座り馬車を操ってくれる。二人は元々行商人としてあっちこっち馬車で回っており、馬の扱いには慣れていた。

「それじゃあ出発してくれ」

「はい!」

 カズマの指示で馬車は出発した。これから一ヶ月の巡業の始まるである。

 ――そういえばこの街から出た事なかったな

 カズマはプロレス漬けの生活を送っていた為街から出た事がない。

 ――観光も巡業の楽しみだからなぁ

 カズマは胸躍らせて馬車に揺られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る