バンカー対バッドスカル

連合軍の控え室はバンカーが騒いでいた。

「凄かったぜお前ら、カナードの最後のパワーボムは強烈だったな、それにノーゼン、何だあの足で投げる技は?見た事ないぜ俺は、あんな身軽な動き俺には出来ないな」

 バンカーが一人で喋っておりカナードは苦笑いしノーゼンは呆れていた。そしてジャイロは満身創痍のところバンカーが応援に連れ出してもう動けなくなっていた。  バンカーの応援は何かある度にジャイロを叩き揺さぶり興奮するものだった。あと少し試合が長ければジャイロは気を失っていた。

「そうだレッグシザーズホイップだっけ?あれは何だ?カズマに習ったのか?」

 カナードは試合中の疑問をノーゼンにぶつけた。

「そうです、カズマと悪巧みをした時に私にピッタリな技として教えて貰いました。それなのにすぐ貴方は真似して節操がない」

 ノーゼンは答えるついでに愚痴をこぼした。技を初披露した直後に真似されては技の衝撃が霞んでしまう。

「俺の試合に乱入した罰だ。これでチャラにしてやる」

 カナードはニヤニヤ笑った。ノーゼンはため息をついた。

「それを言うなら貴方が先に乱入したんですから、私の乱入はチャラになってるはずです」

 カナードとノーゼンは相性が悪い。というよりノーゼンと相性がいい人間が少ない。

 そんな言い争いをしている間にバンカーが割って入った。

「せっかく勝ったのに野暮な事言うなよ、今は仲間同士仲良くしようぜ?」

 バンカーの発言にカナードは笑顔を見せて納得した。ノーゼンは面倒くさいので引くことにした。ノーゼンは特にバンカーと相性が悪い。バンカーがいい奴なのはノーゼンも知っているが大きな声と大雑把な性格がノーゼンに合わなかった。

「さて俺は早めに行ってるぜ。応援よろしくな」

 バンカーは言いたい事だけ言ってさっさと出て行ってしまった。バンカーが居なくなり控え室は驚くほど静かになった。

「先に行ってるってまだ試合まで時間があるのに」

 ノーゼンはバンカーの気持ちが分からなかった。するとカナードは思い出したように喋り出した

「ああそうかノーゼンちゃんは知らないのか、バンカーちゃんの儀式」

「バンカーの儀式?」

 ノーゼンはバンカーについてあまり知らなかった。今回は控え室が同じだがノーゼンはバンカーを避けていたので闘技場でも会わないようにしていた。

「なんか試合前は緊張するから一人で緊張をほぐす儀式をしてるんだってさ」

 あまりに意外な答えにノーゼンは驚愕した。

「緊張?あの男が?冗談でしょ?」

 別に試合前緊張するのは誰だってそうである。しかしよりにもよってバンカーが緊張し、そして謎の儀式をする程とは思ってもいなかった。

「壁にデコつけて目を瞑るのがバンカーちゃんの試合前の儀式らしい。俺も見たことあるけどその時は話しかけられなかったぜ。いつもと雰囲気が違いすぎて」

 カナードの目撃談によりノーゼンは益々バンカーという男が分からなくなった。

「まあ人を詮索なんてするものではないですし、あの人にもそういう一面があるという事でしょう」

 ノーゼンは勝手に納得した。

「そうそう、それにみんな何かしら思いを持ってプロレスをしてるからな、バンカーちゃんにも何かあるんだろ」

 カナードの発言はその通りであった。

 目立ちたい、強さを証明したい、プロレスをしてみたい、誰しも何らかの理由を持ってリングに上がっていた。それはバンカーにとっても同じであった。


 バンカーは入場口付近の通路にいた。目を閉じて壁におでこをつけて静かに息をしている。

 バンカーは緊張していた。試合の相手がバッドスカルだからではない。国王が観戦しているからでもない。

 バンカーは観客に緊張していた。

 2年前バンカーは何処にでもいる青年だった。他の男達と違かったのは身体が大きく逞しい筋肉があった事だ。その大きな身体を持つバンカーは周りの人間に頼られていた。荷物を運んだり、畑仕事の手伝いをしたり、困った事があれば呼び出されてバンカーは頼りにされた。

 バンカーは心優しい青年だったので断らず全ての仕事をこなした。周りはそんなバンカーを心から愛しておりお礼にご飯を奢ったり作物をタダであげたりしていた。バンカーの周りにはいつも誰かがいて笑っていた。

 そんなバンカーにも嫌な事があった。それは闘技場であった。罪人と言えど苦しんでいる姿を見るのが嫌であったしそれを見て喜んでいる友人を見るのも耐えられなかった。そのため闘技場に誘われた時は何かに理由をつけて断っていた。

 そんな風にバンカーが過ごしていたある日友人からまた闘技場に誘われた。バンカーは見たくなかった、しかし幸か不幸か闘技場の中に入れず外で実況を聞くことになった。

 戦いが始まり実況が響いている。その声に周りの観客は一喜一憂していた。バンカーが周りの観客の顔を見てみると魔獣に殺される罪人を見ているこの前までの表情とは別物であった。その目を輝かせ英雄の活躍に心躍らせている。その表情はバンカーがどんなに荷物を運んでも、どんなに畑仕事を手伝っても見せた事のない表情であった。

 バンカーは人が喜んでくれるのが好きであった。誰かが喜んでくれるとバンカーも嬉しくなり幸せだった。だからバンカーは気付いた。プロレスラーこそ自分の天職だと。他の人間とは全く違う志しを持ってバンカーはプロレスラーになった。それは観客の為だけにやる究極の献身的プロレスであった。

 そうしてバンカーはプロレスをやり始めて人生で初めて緊張した。荷物運びは運べば喜んでもらえる。畑仕事は収穫をすれば喜んでもらえる。しかしプロレスは違う自分で考えて観客を喜ばせないといけない。バンカーは観客が盛り上がらない試合を何度も見てきた。いつかそれが自分の事になるのじゃないかと怖かった。技をかけても勝利しても誰も喜ばない、興奮しない、つまらなそうにしている、そんな試合を自分がしてしまうのではないかと。

 バンカーは観客が喜ぶ事を最優先にしていた。それでも勝ててしまうのはバンカーがあまりにも強いからだ。そうして勝ち続けるうちにバンカーには勝利が求められるようになった。

 それがバンカーを苦しめた。いつか負けてしまった時に観客はどうなってしまうのか分からなかったからだ。そうしてバンカーが試合のたびに緊張し苦しんでいる時にカズマが現れた。

 カズマはバンカーに試合を控えて欲しいと頼んできた。そしてあるタイミングで乱入して欲しいと。

 バンカーは意味が分からなかったプロレスラーが試合をしないでどうすると思ったからだ。試合もせずただ入場するだけでいいなどバンカーの常識から掛け離れ過ぎていた。

 バンカーがヘルウォーリアーズの抗争に遅れて参戦することになった。試合を控えていた期間はバンカーは怖かった。皆んな自分を忘れてしまうのではないか、試合をしない自分に怒っているのではないか。そしてそれは入場するギリギリまで続いた。

 そしてバンカーはノーゼンに続きトライストームズの試合に乱入した。闘技場は熱狂の渦に包まれた。誰もが待ち望んだ闘技場の英雄がここぞとばかりに登場したからだ。こんなにバンカーが歓声を貰った事は今まで一度も無かった。

 対抗戦が決まった直後バンカーはすぐにカズマに相談した。どうやったら試合が盛り上がるのか自分は何をすればいいのか。

 そこでバンカーはカズマに本当のプロレスを教わった。攻防と駆け引き。受けの美学。勧善懲悪。そしてなにより試合の結果ではなく試合の内容を観客は楽しみにしている事を。


 バンカーは通路で緊張していた。しかしそれは勝ち負けじゃない自分は観客を盛り上げられるかを。

 バッドスカルはこの抗争で試合をしていない。だから二年前にあった騎士団長戦しか情報がなかった。しかし常に他人の事を考えていたバンカーには何を求められているのか分かった。

 卑怯なバッドスカルをバンカーが真正面から返り討ちにする。それがバンカーに観客が求めている事であった。


 ヘルウォーリアーズの控え室は敗戦後しばらくの間エルロンが泣きじゃくる声が聞こえていたが今は落ち着きを取り戻していた。

「取り乱してすいませんでした」

 まだ鼻声のエルロンが深々と頭を下げて謝罪した。ベアルは初めから泣いていない様な態度でエルロンを笑った。

「安心しろワシなんか二連敗じゃぞ。ワシらはまだまだこれからよ」

 ベアルは自虐を交えつつエルロンを励ました。

「そうだな、プロレスはずっと続く。その中にある一回の負けに過ぎない」

 カズマもエルロンを励ました。皆がエルロンを励ましている中バフェットが口を開いた。

「エルロンさんの事もいいですがカズマさん、次の試合はどうするつもりですか?やっぱりヒールだから負けるのですか?」

 バフェットはこれまでのカズマの行動を予測して疑問を口にした。

「別にヒールは必ず負ける訳じゃない勝ってもいいんだ。だから俺は勝ちに行く!その後の展開は知らん。終わった後に考えよう」

 カズマは半ば思考放棄の様な発言をしたが誰もがそれで納得した。カズマがここまで抗争を作り上げてきた。だからカズマが最後にどの様な結末にするのかはカズマが決めるべきだと考えていたからだ。

 控え室の扉が開きグルニエが顔を覗かせた。

「旦那時間です。入場口前まで来てくだせぇ」

 ついにその時が来た。この長き抗争が終わる最終決戦である。

「よし、行ってくる」

 カズマは控え室に出た。後ろから全員がついて行く。最後は全員で結末を見届けなければならなかった。

 廊下を歩くカズマは黒い煙包まれた。そしてカズマはバッドスカルになった。ドクロが描かれたマスクに脛まで丈のある黒いガウン。赤いタイツには黒い炎が描かれていた。

 バッドスカルは口を大きく開き歯を剥き出しにして笑った。歩き方も全く異なる。この変わり様を見るたびにエルロンもベアルも驚く。さっきまでいた人が全く違う人になってしまったと錯覚するほどだった。それほどカズマとバッドスカルは違かった。

 バフェットも今日初めてカズマからバッドスカルに変わる瞬間を見たが全く同じ感想であった。そしてカズマの徹底したヒールへの拘りは到底自分には出来ないと悟った。


 闘技場の期待は最高潮に達していた。これから最後の試合が、そしてバッドスカルの試合が観れる事に興奮していた。二年ぶりの復帰戦がまさか対抗戦の最終試合とは出来過ぎていた。

「さあ皆様お待たせしました。遂に本日の最終戦。バンカー対バッドスカルが行われます。この長きに渡る抗争に終止符が打たれる大一番であります。果たしてこの闘闘技場の行末はいかに!」

 観客は待ちきれなかった。そして入場曲パワーダイヤモンドが闘技場に鳴り響く。観客は一斉に立ち上がった。

「この曲は!来るか!闘技場の大男が!あらゆるレスラーを蹴散らして闘技場に君臨する筋肉の怪物が!」

 連合軍側の入場口から白い煙が吹き出した。煙が晴れるとそこには両手を天に伸ばしたバンカーが立っていた。

「バンカーの入場です!今日もその鍛え抜かれた筋肉を携えてゆっくりと入場してきます!怪物、魔人、彫刻、覇者、どれも彼を呼ぶ名であります!鋼の肉体を持った男が今日も闘技場を熱く沸かせます!」

 バンカーは歓声に浸りながらゆっくりとリングを目指した。味わった事ない音が割れる様な歓声に心震えた。そしてこの状況を作ってくれたカズマに感謝した。

 リングに上がるともう一度両手を天に伸ばして観客にアピールした。観客は声援でそれに応えた。

 入場曲ヘルズゲートが闘技場に鳴り響く。観客は更に大きな声を上げた。

「さあ入ってくるのか!遂にあの男が!当然失踪し二年間行方知らずだった伝説の悪魔が!」

 ヘルウォーリアーズ側の入場口から黒い煙が吹き出した。煙が晴れるとそこには確かにバッドスカルが立っていた。

「バッドスカルだ!遂に復活!バッドスカルが地獄から戻ってまいりました!夢にまで見た光景!いや誰もが望んでいた悪夢が今現実のものになりました!」

 バッドスカルが両手を横に広げると背後で爆発がした。爆発した理由はプロレス魔法によるものだ。しかし観客も誰もがそんな事はお構いなしにバッドスカルを見て興奮していた。

 バッドスカルがゆっくりとリングに向かって歩き出した。その一挙手一投足に皆が見惚れた。悪のカリスマが闘技場を魅了して止まなかった。リングの上で見ていたバンカーすらも息を呑んでただ見るしか出来なかった。

 ――これがスーパースターか、バッドスカル

 バンカーはまだまだ高みがある事を喜んだ。更に観客を魅了できるからだ。

 バッドスカルがリングに上がった。両者対面したがバンカーは言葉を発する事が出来なかった。

「どうした?今更怖気付いたのか?」

 バッドスカルの発言でようやくバンカーは気を取り直した。バンカーも負けてはいられない。

「すまねぇ驚いちまってよ。まさか本当に出てくるとは思わなくて。なんせ今まで戦いは下っ端に任せてコソコソ逃げ回ってたからよ」

 バッドスカルの挑発に更なる挑発でバンカーは返した。それならバッドスカルも返すまで。

「逃げる訳ねーだろ、さっきの声援を聞いたろ?観客共は俺を待っていたんだよ。そして俺がテメーをぶっ潰すとこを見てぇんだよ。だけどわりーな観客共、楽しみにしてるらしいがおれが強すぎるから試合は一瞬で終わっちまう。まあ、その時はこいつを椅子にしてトークショーでもするからよ」

 バッドスカルの提案に観客は喜んだ。バッドスカルは見てみろよと言ったような表現でバンカーを挑発する。

「言うじゃねぇか。だがそんな妄想は叶わない。一瞬でやられんのはテメーだからよ。だから軍団ごっこは今日で終わりだ。そのふざけたマスクごと墓場に突っ込んでやるよ。墓石には腰抜けの雑魚がビビりながらここに眠るって書いとくか」

 バンカーも先程まで見惚れていたとは思えないほどバッドスカルに悪口を言う。そんな悪口合戦をセスメントはヒヤヒヤしながら見ていた。二人は御前試合という事を忘れているのではないかと。

「いいだろう。そんなに死にてーならルールを変えようじゃねえか。場外カウント無し反則負け無しのデスマッチだ」

 バッドスカルはルール変更を提案した。

「いいぜ、どんなルールでもテメーを負かしてやるからよ」

 バンカーもバッドスカルの提案に乗った。

「なんと急遽ルール変更です!場外カウント無し反則負け無しのデスマッチになりました。勝つためにはノックアウトかギブアップのみ!反則負けが無いとはあまりにバッドスカルに有利なのではないのでしょうか!」

 バッドスカルがガウンを脱ぎ捨てた。ガウンは宙で黒い煙となり消えていった。バンカーも臨戦対戦をとる。どちらもいつでも始められる構えになった。

「さあもう言葉はいりません!あとは拳で語るのみ!何が起こるか分からないデスマッチが始まります!」

 試合開始のゴングが鳴った。観客はゴングの音とともに叫び声を上げた。待ちに待った最終戦である。

「さあ始まりました最終戦バンカー対バッドスカル!この二人が相対して何も起こらない訳がありません!」

 先手を仕掛けたのはバッドスカルであった。

「顔面にエルボー!逆水平!トラースキック!バッドスカルの攻撃にバンカー後ろに下がります!試合開始直後から容赦の無い攻撃です!」

 バンカーは後ろに下がる事で距離を取りそこからバッドスカルに向けて肩を突き出して走り出した。

「ショルダータックルだ!バンカーがバッドスカルを吹き飛ばしました!あの巨体のタックルは強力過ぎる!」

 バッドスカルは仰向けに倒れたが飛び跳ねて起き上がった。そして手をクイクイと曲げバンカーを挑発した。

「バッドスカル効いておりません!まだまだ余裕の態度です」

 バンカーは笑いながらバッドスカルに近づき腕を畳みながら振りかぶった。

「エルボー!エルボー!エルボー!三連続のエルボーがバッドスカルを襲う!バンカーは余裕なら受けてみろと言ったところか!」

 バンカーはトドメの蹴りをバッドスカルに入れようととした。しかしその足をバッドスカルはガードし両腕で抱えた。そして一気に足を抱えたままバンカーの足を内側に捻る様に回転した。


 ドラゴンスクリュー、相手の足を抱えて回転する事により相手を投げ飛ばす投げ技。相手は回転に合わせて倒れなければ足を損傷してしまい転がざるおえない危険な技。


「ドラゴンスクリューだ!バンカーが回転し地面に落ちる!なんて事だ!バッドスカルがあの巨体を投げてしまった!バンカー何が起こった分かっていない!唖然としている!」

 バンカーは受けたことの無い技に驚愕した。まだプロレスにはこんな技があるのかと。

「続けて顔面に膝蹴りだ!」

 バンカーは油断してしまった。そして背後から腕が伸びバンカーの首を締め付ける。

「チョークスリーパーだ!バンカーの首をバッドスカルが極めている!これは逃げられるか!」

 しかしバッドスカルのチョークスリーパーはバンカーの太い首と鍛えられ盛り上がった肩により完全には極まらなかった。バンカーは首を絞められている状態で立ち上がった。そしてバッドスカルの頭を手で押さえて空中で前転しバッドスカルをリングに叩きつけた。

「なんという力技!バンカーがバッドスカルを投げて下敷きにしました!まさかそんな返しがあるとは!」

 バンカーはバッドスカルが手を離した隙に立ち上がり距離をとった。バッドスカルも立ち上がりロープにもたれかかった。その時目の前にバンカーの山のような上腕二頭筋が迫っていた。


 アックスボンバー、腕を曲げて相手に腕を叩きつける技。ラリアット同様に強力な打撃であり。体重がある選手ほど破壊的な威力になる。


「アックスボンバーだ!顔面にもらった!バッドスカルがトップロープを乗り越えて場外に落ちる!あの腕の筋肉は最早凶器であります!バッドスカル無事で済みません!」

 バンカーは両手を上げて観客に向けてアピールした。自分の筋肉を見せつける様に上腕二頭筋に力を入れて力瘤をつくっている。

 その隙にバッドスカルは場外からバンカーの両足を掴み引っ張った。両足を不意打ちで引っ張られた事によりバンカーは前のめり倒れた。バッドスカルは倒れたバンカーをエプロンサイドまで引っ張った。バンカーはエプロンサイドから足だけ垂れ下がった状態になった。そして無防備なバンカーのもも裏に蹴りを入れた。

「おおっとバンカーのももに強烈なキックだ!すごい音がしました!これは悶絶ものでしょう」

 バッドスカルは後ろからバンカーの腰を持った。そして身体を逸らして後ろに放り投げた。


 バックドロップ、後ろから相手を抱えて身体を反らしながら後ろに投げる技。相手は後方を確認できず更に頭から突っ込む危険な技である。


「バックドロップだ!またしてもバッドスカルがバンカー投げた!バンカーは実況席前の柵に衝突しました!今私の目の前です!」

 バッドスカルはバンカーの真似をして両手を上げて力瘤をつくり大きく舌を出した。バッドスカルが調子に乗っていると背後からバンカーが抱きついてきた。先程のバックドロップの構えと同じであった。

 バンカーはバッドスカルを抱えてたまま腰を反らした

「ちょっと待て!危ない!危ない!危ない!」

 マネッティアが実況を忘れて慌てふためいてる。バンカーはバッドスカルを後方に投げ飛ばした。それはマネッティアのいる実況席でもあった。

「バックドロップだ!バンカーが実況席にバッドスカルを投げ捨てた!机が衝撃で壊れました!とんでもない!私もギリギリで逃げましたがこれは危ない!」

 バンカーはバッドスカルを無残にバラバラになった実況席から引き摺り出した。そしてリングにあげようと担ぎ上げた瞬間バッドスカルがバンカーの顔を見た。そして口から赤色の霧をバンカーの顔面目掛けて吹きかけた。

「毒霧だ!バッドスカルの毒霧が出ました!バンカー前が見えません!騎士団長トライグリフも苦しめた毒霧を今度はバンカーに吹きかけました!」

 バンカーが顔を押さえて必死に毒霧を拭っているとバッドスカルは実況席にある木の椅子を持ってきてバンカーに振り下ろした。

「椅子だ!バッドスカル椅子で殴りつけております!めった打ちです!バンカーは前が見えずただ打たれるだけであります!木の椅子がどんどんと壊れて原型をとどめておりません!もはや木の棒です!」

バッドスカルの持っていた椅子は壊れて木の棒になり、その木の棒も折れて使い物にならなくなった。椅子だった残骸をそこら辺に投げ捨てているとバンカーが立ち上がりバッドスカルの頭を手で押さえた。そしてそのまま頭をエプロンサイドに叩きつけた。顔面をエプロンサイドに強打したバッドスカルはくの時に折れ曲がりエプロンサイドに倒れかかった。

 バンカーはエプロンサイドに上り更にコーナーポストの上まで上った。そしてバッドスカルの背中目掛けて両足から飛び込んだ。

「ミサイルキックだ!バンカーのミサイルキックがバッドスカルの背中に突き刺さる!これはバンカーキレております!バッドスカルの卑怯な攻撃の代償がこのミサイルキック!バンカーの裁きの鉄槌であります!」

 バンカーはバッドスカルの背中から場外に降りた。次はどんな技を使おうか一瞬でもだけ考えた。その一瞬だった。

 バッドスカルがバンカーの股間を蹴り上げた。

「股間蹴り!痛い!これは痛い!バッドスカル容赦ありません!勝つ為には手段を選びません!バンカー悶えております!」

 バンカーが股間を押さえて悶えているとバッドスカルはバンカーの頭をエプロンサイドに叩きつけた。そして首根っこを脇に抱えてバンカーを連れて歩き出した。

 バンカーはまだ回復しておらずバッドスカルのなすがまま歩かされた。そうしてバッドスカルは花道を歩いていきヘルウォーリアーズ側の入場口までやってきた。そこでバンカーの腹に膝蹴りを入れて地面に仰向けに横たわらせた。

「おおっとバッドスカル何をするのでしょう全く予想後つきません。入場口前で何をするつもりだ!」

 バッドスカルは花道沿いの柵の上に乗り更に二階席から掛けられているヘルウォーリアーズの旗にしがみつきよじ登っていった。そして二階席に着くと入場口の真上の手すりに立った。真下にはバンカーが倒れている。

 闘技場の二階席は舞台に席を設置する前は最前列であった。そして魔獣が上ってこれない様に十分な高さがあった。

 バッドスカルは真下のバンカーを見た。バンカーも真上の二階席の手すりに立っているバッドスカルを見た。

 ――おいおいマジかよ、すげーじゃねーか

 バンカーはバッドスカルが何をするか一瞬だ分かった。そして身の危険が迫っているのに関わらず心の底から感心した。

「本当なのか!やるのか!やってしまうのか!その高さから飛んでしまうのか!」

 バッドスカルが大きく手を広げると手すりから足が離れた。

「飛んだー!バッドスカルが二階席から飛びました!バンカーの上に落ちました!これは何だ!イカれております!」

 地面に落ちた事で二人の周りには砂煙が舞った。砂煙が落ち着くとそこにはバッドスカルが立っていた。

「無事です!バッドスカル立っております!不死身がこの男は!地獄から来た化け物です!地上に居てはいけない!」

 バッドスカルは立ちあがろうとするバンカーの腕を持ち引き摺りながらリングに向かった。バンカーはまだまだやる気である。それならバッドスカルは技をかけ続けなければならない。

 バッドスカルの背中に衝撃が走る。バンカーがバッドスカルの背中に肩をぶつけた。そしてバッドスカルを両腕で掴み走り出した。バッドスカルを抱えたままバンカーは走りエプロンサイドに突っ込んだ。バッドスカルはエプロンサイドとバンカーに挟まれた。

「バッドスカルをエプロンサイドにぶつけました!バンカーはまだやれます!最早身体はぼろぼろでしょうしかしその闘志は燃え尽きていない!」

 バンカーはバッドスカルを肩に乗せて担ぎ上げた。そしてそのまま連合軍側の入場口前まで歩いて行った。バッドスカルは必死に抵抗するがバンカーはバッドスカルを背中から地面に叩き落とした。そして仰向けに倒れるバッドスカルにエルボードロップをかました。

 バッドスカルは入場口前に仰向けで横たわっている。バンカーは花道沿いの柵を上り連合軍の旗にしがみつき上っていった。それは先程バッドスカルがやった行動と全く同じであった。

「おいまさか!バンカーもやるのか!お前がやるなら俺もやるという事か!男同士の意地の張り合いか!止めれるぞ!今ならまだ止めることが出来るぞ!」

 バンカーは二階席の手すりの上に立った。下にはバッドスカルが仰向けに倒れている。闘技場はざわめきと声援で音が割れる様であった。

 そんな中バンカーは口を開いた。

「避けてくれるなよ」

 それはこの声援の中決して誰にも届かない小さな独り言であった。しかしバンカーはバッドスカルが口を開いた様に見えた。

「当たり前だろ」

 バッドスカルは笑った。バンカーも笑った。バンカーもバッドスカルが何を言っているか分かった様な気がした。

 バンカーはバッドスカル目掛けて飛んだ。

「飛んだー!バンカーが飛びました!あの巨体が二階席から飛び降りました!下にはバッドスカル!どちらも無事なのか!生きているのか!」

 大きく衝撃音と共に砂煙が舞い二人の様子は誰にも分からなかった。歓声を上げていた観客は誰しも息を呑み煙が晴れるの見守った。

 煙の中から一人の影が見えた。

「誰かが立っております!どっちだ!誰が立っているんだ!」

 砂煙が晴れそこに立っていたのバンカーであった。バッドスカルはバンカーの足元で倒れていた。

「バンカーです!バンカーが立っております!バッドスカルは立ち上がれません!ピクリとも動きません!これは決着と言ってもいいでしょう!この長きに渡る抗争を制し対抗戦最後の試合の勝者は!バンカー!連合軍代表バンカーです!」

 闘技場は歓声に拍手、口笛、ありとあらゆる方法でバンカーの勝利を祝った。バンカーは観客に応える為にリングに向かった。バンカーはリングに上り国王に一礼した後観客に手を振りリングを回った。

 バンカーはこれまでに無いほどの幸福感に包まれた。そしてプロレスをやっていて、バッドスカルと試合が出来て本当に良かったと心の底は思った。

 バンカーが場外を見るとバッドスカルの姿は消えていた。退場したのかそれとも二年前みたいに失踪したのか分からない。バンカーは全力で試合をしてくれたバッドスカルに感謝した。そしてこんなに声援が飛び交う闘技場にしてくれた事を。

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