タッグ戦

連合軍の控え室は試合前と比べて空気は軽くなっていた。険しい顔をしていたジャイロの顔が憑き物が落ちた様に爽やかになりピリついていた空気が一変した。

「すいません負けちゃいました」

 ジャイロは椅子に座りながら頭を下げて謝った。負けたというのに悔しさは無かった。

「いい試合だったぜ、やっぱり翼があると派手だよな、いいよなぁ」

 バンカーが試合の感想を言う。お世辞でなく本心の感想であった。それに続き全員で試合の感想を言い合った。思いは違えどここに居る全員がプロレス好きなのだ。

 そうやって話し込んでいるとノーゼンがタッグマッチについて切り出した。

「さて試合の感想もいいですけど次の出場者を決めないといけませんね」

 ここが問題であった。残ったバンカー、カナード、ノーゼンはそれぞれ人気があり最後に出てくるであろうバッドスカルとの試合がメインイベントである事は誰しも分かっていた。全員がメインを飾りたいのは当然の事だった。何よりこれは二年間行方不明であったカズマの復帰戦でもある。そこに出場できる事はなによりの栄光だとさえ思っていた。

 そんな中カナードが決心した。

「俺が次に出る。エルロンにはジャイロを負かした借りがあるからな」

 そしてノーゼンも続いて口を開いた。

「私も次の試合に出ます」

 バンカーは驚いた。あまりにもあっさり出場者が決まったことに。

「おいおい、いいのか簡単に決めて?せっかくのメインイベントだぜ?お前らだって出たいだろ」

 バンカーは仲間思いの人間であった。二人にもカズマに対して並々ならぬ思いがあるはずだ。

「確かにバッドスカルちゃんとはやりたいぜ。でもよ今回じゃねえ」

「カズマはバンカーを最後まで隠していた訳ですし、おそらくそれが望みなんでしょう」

 二人は最終戦をバンカーに託した。悔しいが本人も現実は分かる。闘技場の一番人気はバンカーである。バンカーが出なければ観客も納得しないはず。そしてもし自分達が出た時納得しない観客を沸かせるほどの実力がまだ足りないと思っていた。

「ありがとう、オメーら本当にいい奴だ」

 バンカーはお礼を言い泣きながら二人に抱きついた。カナードは笑いながら背中を叩いているがノーゼンは本気で嫌そうに背中を叩いている。

「離しなさい!これから出番ですからもう行きます」

 バンカーを振り解きノーゼンは逃げる様に控え室を出た。カナードもノーゼンを追う様に出て行く。

「じゃあなジャイロ、バンカーちゃん応援よろしくな」

 カナードはそう言うと控え室の扉を閉めて行ってしまった。バンカーはジャイロの隣に座りながら喋った。

「本当に俺は幸せ者だ。いい仲間に恵まれて。あいつらだってバッドスカルと試合をやりたい筈なのに譲ってくれるなんて。なんていい奴らなんだ。そう思うだろ?ジャイロ。そうだよなジャイロ」

 バンカーはジャイロにお構いなしに勝手に喋っている。ジャイロは気のない返事を繰り返す。正直試合の疲れで横になりたかった。

「よし入場口のところで応援しに行くぞ」

 バンカーはそう言うとジャイロを引っ張り上げて引き摺りながら控え室を出た。ズルズルとバンカーに引き摺られるジャイロには抵抗する力は残っていなかった。


 ヘルウォーリアーズの控え室は連合軍ほど騒がしくは無かった。カズマがエルロンとベアルに最後の意思確認をしている。

「それじゃあ予定通りエルロン、ベアル二人でタッグ戦に出場してくれ」

 カズマの言葉にエルロンは緊張気味にはいっと返事をし、ベアルはおうっと力強く返事をした。エルロンは試合の流れをカズマに確認した。

「それで僕たちは負ければいいんですよね?それで対抗戦は一勝一敗になってカズマさんが最後に出て試合をする」

 エルロンは試合に負ける気でいた。エルロンの発言にベアルも納得していた。

「負けるのは悔しいが対抗戦の盛り上がりを考えるとそれがいいだろう。まあこれもヒールとやらの務めじゃ」

 ベアルも当初勝ち負けに拘っていたのがカズマと練習に励むうちにそれ以上に大切な物が分かってきた。

「いいや、勝ってこい」

 カズマの返答は意外なものであった。

「それは勝ちに行くつもりで試合をしろって事ですよね?」

 エルロンはカズマに質問した。観客の事やプロレス事を考えると負けた方がいいと思っていたからだ。

「だから全力で勝ってこい。対抗戦なんて試合をする口実だ。観客は対抗戦の結果を観たいんじゃなくて、いい試合が観たいんだ。それができたら全敗しようが構わない」

 カズマの発言にベアルは質問した。

「本当に勝っていいのだな?言われた通りワシは全力で勝ちに行くぞ」

 ベアルの目は本気であった。それもそのはずベアルはこの前の試合に負けたばかりであった。だから勝てるなら勝ちに行きたかった。

「いいぞ、そうしたら最終戦は俺が勝ってヘルウォーリアーズの全勝で圧倒的強さで盛り上がるし、負けても連合軍が一矢報いた形になって盛り上がる。それだけだ」

 カズマの理屈は通っているような通ってない様な気がしエルロンは困惑した。本当に都合よくそんなに盛り上がるのか。それはエルロンにとって仕方ない事であった。

「まあ結局は試合の内容次第だ。いきなりチョークスリーパー極めて失神KOじゃ勝っても誰も納得するしないだろ?抗争もマイクも試合を盛り上げるための手段でしかない。俺たちはプロレスラーだ最後はリングで沸かせるしかないんだよ」

 それはカズマの理念であった。

 控え室の扉が開かれバフェットが入ってきた。

「次の出場者は入場口に来てくださいと」

 バフェットは伝言を伝えた。

「よし、勝ってこい!」

 カズマがエルロンとベアルの背中を叩き気合を注入した。エルロンは顔は覚悟決めた様で引き締まっていた。ベアルも勝っていいと分かり嬉しそうだった。

 控え室にはカズマとバフェットだけが残された。バフェットはカズマに質問した。

「勝てると思いますか?私は何度も試合をしてきましたからノーゼンもカナードさんの強さも知っています」

 特にカナードの強さを間近で観てきたバフェットの疑問は当然のものだった。

 大鷲のカナード、有翼族の中でも数少ない人を持ち上げて空を飛ぶ事ができる男である。掴み技、投げ技を空中から行い恐ろしい威力を発揮する。

 勿論カズマはその事を知っていた。バフェットがカズマの顔を見ると自身に溢れていた。

「何か秘策があるのですか?」

「無い」

 カズマの答えは意外なものだった。バフェットは大きく目を開いて聞き返した。

「無いんですか何も?じゃあなんでそんな堂々と?」

 カズマは笑った。

「戦う前から負ける事を考えてどうする」

 カズマの言葉は当たり前のことであったがバフェットには深く突き刺さった。バフェットは試合前からどこか諦めていた。あの選手には勝てる、あの選手には勝てない。そうして試合の結果を始まる前から受け入れていた。客観的に物事を見ることに長けたバフェットだからこそ変わらない現状に納得してしまっていた。

 バフェットも笑った。やはりカズマはこの闘技場の現状をぶち壊してくれると思った。

「そうですね、初めから負けるつもりの奴なんて馬鹿野郎ですね」

 バフェットはそう言うと控え室の扉を開いた。

「行きましょうカズマさん、二人を応援しに」

 バフェットの言葉にカズマは頷いた。

「おう、あいつらの活躍を間近で観ないとな」

 カズマとバフェットは控え室から出て入場口に向かった。


「さあお待たせしました、対抗戦の2試合目が始まります。1試合目はバフェット選手がジャイロ選手の猛攻を耐えきり華麗な技で勝利を収めました。波乱の対抗戦の2試合目はタッグマッチです。改めてタッグマッチのルールを確認しましょう。タッグマッチとは2対2で行われる試合形式で一人がリングの上にもう一人はロープの外側のエプロンサイドで待機することになります。エプロンサイドにいる仲間にタッチする事で試合権が移り交代となります。勝利条件は試合権を持っている選手をノックアウトするか場外10カウントさせるシングルマッチと変わらないものとなっております」

 タッグマッチの説明をしているが観客は浮き立つ気持ちが抑えきれず半分も聞いていなかった。

「さあそれでは選手入場です!」

 闘技場に入場曲サンクチュアリが流れた。

「この曲はサンクチュアリです!連合軍の一人目は貴公子ノーゼンです!」

 ノーゼンの入場に黄色い歓声が飛んだ。ノーゼンは観客に手を振り花道沿いにいた女性ファンの手の甲にキスをした。女性は叫びながら飛び跳ねている。ノーゼンがリングに上がると入場曲スカイハイが流れた。

「おおっとこの曲はスカイハイ!と言う事は出てくるのか!あの男が!大鷲が!カナードが!」

 カナードは入場すると大きく翼を広げてアピールした。その姿を見て歓声が飛ぶ。花道を進んでいくとカナードのファングッズである大鷲の羽根を持った少年が柵を挟んで必死に手を振っていた。カナードは自分の羽根を一つ抜き少年に渡した。少年は羽根を頭上に掲げて喜んでいる。周りの観客は少年に拍手を送った。

 ノーゼンとカナードの所作はまさにスーパースターであった。

 カナードはリングに飛びながら上がった。

「ノーゼン選手とカナード選手がリング立っております!闘技場のスターによる夢のタッグです!この様な光景未だかつてあったでしょうか!まさに無敵のタッグです!」

 マネッティアの実況が終わると入場曲ヘルズゲートが響き渡った。入場口から黒い煙が吹き出した。煙の中からエルロンとベアルが現れた。

 二人の入場に観客は歓声を上げた。それは二人が試合をして観客に認められた証拠であった。歓声を上げた観客の中にはエルロンと同じ様に口元を赤いバンダナで覆っている子供やベアルと同じ様に右手に巻いている人もいた。

 エルロンは泣きそうだった。入場でこんなにも歓声を自分に送られた事など無かったからだ。ベアルも歓声を聞いてよりやる気がみなぎった。

 しかし二人はヒールである。過度なファンサービスはせず伸ばされた手を見もせず無愛想に叩いていくだけだ。

 二人はリングに上がった。エルロンとベアルは二人を睨みつけた。しかしカナードもノーゼンも怯まず笑って余裕の表情であった。

「さあ四者揃い踏みであります!前代未聞のタッグマッチが今始まろうとしています!さあ最初に戦うのはいったい誰になるのか」

 ノーゼンとベアルがロープを跨ぎそれぞれの入場口側のコーナーポストに待機した。

「リング中央大鷲のカナードと漆黒のエルロンが残っております!これは準備が出来た様です!お互い気迫で溢れております!」

 試合開始のゴングが鳴った。

「さあ試合開始です!後のない連合軍は絶対に負けられない試合となっております!それともヘルウォーリアーズが連勝するのか!」

 先手を仕掛けたのはエルロンであった。

「エルロンの挨拶代わりの逆水平です!」

 逆水平水平チョップから流れる様に次の技に繋げた。

「続いてサマーソルトキック!本日も美しい円を描きながらカナードへ強烈な蹴りを喰らわせます!」

 サマーソルトを喰らったカナードは笑っていた。

「いいねエルロンちゃん」

 今度はカナードの攻撃であった。カナードも身体を捻り腕を突き出した。

「カナードも逆水平チョップだ!お返しと言わんばかりの逆水平!これは痛い!しかしエルロン耐えております!」

 カナードは止まらない。勢いよく地面を蹴り上げた。

「ムーンサルトキックだ!カナードのキックがエルロンの顎に入りました!」

 エルロンは膝をついてしまった。技は同じと言えどカナードとエルロンの体格差は歴然であった。まるで互いの実力差を見せつける様なカナードの攻撃はエルロンに肉体的そして精神的にもダメージを与えていた。

 カナードは膝をついたエルロンの首と腰を持った。そして翼を広げてリングの真上に飛んだ行った。

 カナードは首を持ちエルロンを下に向けて一気に急降下しそのまま背中からリングに叩きつけた。

「大鷲式チョークスラムです!エルロンが天から落とされました!カナードにしか出来ない大技に闘技場は騒然です!これはすごい衝撃だ!」

 エルロンは叩きつけられた衝撃で仰向けに倒れている。

「あんまり俺だけでやるとノーゼンちゃんの活躍の場が無くなるから交代しよう」

 そう言うとカナードはエルロンに背を向けてノーゼンに向かって歩き始めた。ノーゼンは右手は上げてタッチの構えをしている。カナードがノーゼンとタッチしようとした瞬間ノーゼンの身体がリング真下に落ちていった。ノーゼンもカナードも一体何が起きたか分からなかった。リング真下にはベアルがいった。ベアルがこっそりリングを回りノーゼンの足元まで来てノーゼンの足を引っ張りリング真下に引き摺り下ろしたのだ。

「おおっとタッチ失敗!なんとベアルがノーゼンの足を引っ張り落としました。ノーゼン顔面をエプロンサイドにぶつけて悶えております!場外戦術を駆使するヘルウォーリアーズ!なんと汚いのでしょう!」

 カナードが心配して場外を覗き込む。

「大丈夫か!ノーゼンちゃん!」

 今度はカナードの背中に衝撃が走った。

「ドロップキックです!エルロンがカナードの背後からドロップキックをお見舞いしました!カナードは勢いよく場外に落ちてしまいます!」

 エルロンのドロップキックは完全に油断したカナードを場外に落とした。カナードはロープに引っかかりながら一回転して背中から地面に落ちていった。

 エルロンはカナードが落ちた反対側のロープまで走りそのロープの反動を使ってカナード目指して走った。そしてロープの手前で踏み切り両手を広げてトップロープを飛び越えた。


 トペスイシーダ、場外に出た相手をトップロープに触らず飛び越えてボディプレスをするプロレスの大技。頭から場外に突っ込んで行く為非常に危険でスイシーダはスペイン言で自殺行為という意味になる。


「トペスイシーダだ!エルロンがリングから飛び降りた!カナードを下敷きにしてのしかかる!エルロンの技が今日も観客を沸かせております!」

 観客は見たことのない技に熱狂した。直前のベアルによる卑怯な行為も忘れてしまうほどだった。

 エルロンはトップロープに上り観客にアピールした。そのアピールに観客は歓声で応えた。トップロープからバク宙をしながらリング中央に降り立った。まさに魅せるプロレスであった。

 エルロンはいつの間にかヘルウォーリアーズのコーナーポストに戻っていたベアルとタッチし交代した。

 ベアルは雄叫びを上げてリングに入ってきた。場外では顔面を打ったノーゼンがカナードとタッチをしてエプロンサイドに登ってきた。

「全く、何でもありだね君たちは。だけどいつまでも好きにやらせは……」

 ノーゼンがやり返してやろうとロープに掴まった時目の前に太い腕が現れた。それは走り込んできたベアルの腕であった。

「ラリアットだ!ベアルのラリアットがノーゼンを場外に叩き落とした!これは辛い!ノーゼンはリングにすら上げてもらえない!」

 ベアルはノーゼンに向かって吠えた。流石のノーゼンも殴られっぱなしでは気が済まない。リングに向かって走り出し地面を蹴りドロップキックの体勢になった。そしてリングと一番下のロープの間に滑り込みながらベアルの脛を蹴った。

「場外からのスライディングキックです!ノーゼンがやり返しました!ベアルも顔面からリングに倒れます!」

 ノーゼンは直ぐに立ち上がりトップロープまで駆け上がりベアル目掛けて飛んだ。ノーゼンの膝は突き立てられベアルの背中を狙っていた。

「ダイビングニードロップです!ノーゼンの膝がベアルの背中にめり込みます!これはノーゼンを完全に怒らせてしまったか!」

 苦しみながら立ち上がったベアルはノーゼンを睨みつけた。そしてノーゼンに走り出し大ぶりのラリアットを繰り出す。

「そんな大ぶりじゃ当たらないよ」

 ノーゼンはバックステップしながらベアルのラリアットをかわしていく。余裕の態度で避けて行くと突然ノーゼンの足が止まった。左足が動かなくなってしまった。足元を見るとエプロンサイドから這いつくばりながらノーゼンの左足首をエルロンが掴んでいた。

「な!今度は君か!」

 ノーゼンは油断してベアルから目を外してしまった。しまったっと思った時にはもう遅い。ベアルが腹目掛けて突っ込んできた。

「スピアーだ!ベアルのスピアーがノーゼンに突き刺さります!串刺しであります!ヘルウォーリアーズなんて巧みで姑息なタッグプレイでしょうか!」

 エルロンとベアルは事前にヒールのタッグマッチのやり方をカズマから教わっていた。実力差のある二人は様々な手段を用いて勝ちに行っていた。

 ベアルとエルロンがタッチした。エルロンはエプロンサイドから一気にコーナーポストに上った。勝つためにここで大技を決めるために。

――勝つんだ!ここで!

 リングに背を向けてエルロンはコーナーポストから飛び上がった。

「ムーンサルトプレスだ!」

 エルロンのムーンサルトは美しい弧を描き宙を舞った。

「いかん!エルロン!」

 聞こえたのはベアルの声だった。視界の端に映るベアルが何かを訴えていた。回転し頭が真下になった時目の前にノーゼンの靴底が見えた。

「ドロップキックだ!ノーゼンが空中にいるエルロンに向けて撃墜のドロップキックを放ちました!地獄のカラスが撃ち落とされました!」

 エルロンは空中で顔面にドロップキックをもらった。エルロンの身体がバランス崩してリングに落ちる。リングに落とされたエルロンは必死で立ち上がりノーゼンを見た。ノーゼンは間髪入れずに次の攻撃を繰り出した。

「ハイキックだ!しかしこれはエルロンがガードします!読んでいたのでしょう!」

 エルロンは右のハイキックをギリギリでガードした。しかしノーゼンは止まらない。

「ローリングソバット!エルロンの腹に蹴り込まれました!ノーゼン得意の流れでエルロンを追い詰めます!」

 エルロンはノーゼンの連続攻撃に対応出来ていない。必死で立ち続けノーゼンの動きを追う。ノーゼンはエルロンの目の前で飛び上がっていた。エルロンは度重なる技にダメージが蓄積されておりただノーゼンを見る事しか出来なかった。エルロンの頭をノーゼンの足が挟み込む。ノーゼンが身体を反らしその反動でエルロンの足がリングから離れた。


 レッグシザーズホイップ、相手の頭を足で挟み投げ飛ばす投げ技。頭から投げられ前方に回転するように落とされるため非常に派手危険な技である。


「レッグシザーズホイップが決まった!エルロンがリングに叩きつけれられます!初めて見る大技であります!まさかノーゼンこんな隠し手を持っていたとは!侮れません!」

 見た事ない派手な技に闘技場は興奮した。

 倒れたエルロンは動かない。

「まずい!」

 ベアルは必死に手を伸ばしてエルロンの手を掴み場外に引きずり下ろした。そしてベアルが代わりにリングに上がった。

 ノーゼンは気が済んだのかカナードの下に向かい交代のタッチをした。

「なんだあの技!カズマに習ったな!ずるいぞ!」

 カナードがノーゼンに文句を言う。

「はいはい、話は後で聞きますよ」

 カナードがリングに上がりベアルを迎え討つ。ベアルはラリアットの構えで突っ込んできた。カナードは飛び上がりベアルの頭に両足を挟んだ。そして翼を広げてベアルの頭を軸にグルリと一周してベアルを投げ飛ばした。

「レッグシザーズホイップだ!なんとカナードまで!そして回転する事で更に威力が増しております!ベアルがリングに激突しました!」

 飛び上がったカナードはまだリングに降りない。勢いそのまま空に飛び足を横に伸ばして急降下してきた。

「有翼式ギロチンドロップだ!ベアルの首にカナードの足が振り落とされる!これは効いた!耐えられません!」

 カナードは翼を広げて観客にアピールした。油断ではなく完全に勝負あったと思っていた。しかしカナードの背後で音がした。振り返るとベアルが満身創痍ながら立とうとしていた。

「やるじゃん、ベアルちゃん」

 軽い口調だがカナードの本心であった。ベアルは最後の力を振り絞り身を屈めてカナードに突っ込んできた。

「スピアーだ!最後の力を出し切りベアルのスピアーがカナードに突き刺さる!悪魔の最後の一撃は大鷲の腹を貫いた!」

 ベアルはカナードの腹にしがみついたまま走り続けてカナードの背をコーナーポストに激突させた。

 ベアルの呼吸は目に見えて乱れている。最後の最後の力を絞り出して渾身のスピアーを放った。

 しかしカナードは笑った。

「効いたぜベアルちゃん。だけど万全ならな」

 カナードはベアルの背中から腕を伸ばして抱え込んだ。そして天高く飛び立った。ベアルは逆さまのままカナードに抱えられ、その手は力無くぶらり垂れ下がっていた。ベアルはカナードにしがみつく力はもう残っていなかった。

 ――すまんなエルロン、出し切ったんじゃがな

 カナードがベアルを抱えたまま急降下する。ベアルは背中からリングに叩きつけられた。その衝撃は凄まじく闘技場に大きな衝撃音が響き渡った。

「大鷲式パワーボムが決まったー!恐ろしい攻撃力!無慈悲な鉄槌!ベアルは力無く倒れ込んでおります!」

 エプロンサイドではなんとか復帰したエルロンが必死で手を伸ばしている。

「ベアルさん!手を!」

 必死にエルロンは叫ぶがリング中央に横たわるベアルに手は届かない。エルロンにも力は残されておらず伸ばした手は悲しくも空を掴んだ。

「エルロン必死で手を伸ばしております!しかし届かない!ここでゴングです!勝利はその手に握られなかった!連合軍の勝利です!圧倒的実力差を見せつけノーゼン、カナードペアが勝利を収めました!」

 ノーゼンもリング内に入りカナードと一緒に手を広げた。観客は二人の勝利を祝福して歓声を上げた。

 エルロンはベアルを引っ張り下ろして肩を貸しながら去っていく。今にも泣きそうだしそうだった。しかし心の中で折り合いをつけた。これで対抗戦の勝敗は一対一になり最終戦までもつれ込んだ。最初からこれで良かったのだと。そう自分に言い聞かせて涙を堪えていた。

 入場口に近づくと通路の奥にカズマとバフェットが立っていた。その姿を見てエルロンは泣きそうになった。その時歓声で何も聞こえないはずなのに口を開いたカズマの声が聞こえたような気がした。

「まだ泣くな観客が見ている」

 横に目をやると花道沿いにいるエルロンのファンの少年が心配そうにこちらを見ていた。エルロンに力は残されていない。だから必死で大きく舌を出して子供に見せた。これがエルロンにできる精一杯の強がりでありファンサービスであった。

 少年の表情は晴れ目を輝かせた。エルロンはニヤリと笑う。そして入場口の奥へと去っていった。

 観客から見えなくなる所までくるとエルロンの力が抜けてしまった。倒れそうになるエルロンをカズマが支えてベアルをバフェットが支えた。二人を支えながらゆっくりと控え室へ戻って行く。

「すいませんカズマさん勝てなかったです。全然通用しませんでした」

 エルロンはカズマに支えられながら謝った。その声はか細く外の歓声にかき消されそうであった。

「いい試合だった。勝利への執念が見えた」

 カズマは答えた。カズマは試合に関してお世辞は言わない。

「そうでしたか、カズマさんありがとうございます。カズマさんのおかげでこの場で戦うことができました。ずっと負けてて相手にされなかったのにカズマさんのおかげで大勢の前でプロレスができました、自分は幸せ者です」

 エルロンの頭は疲れでほとんど回っていない。それでも溢れ出る気持ちを言葉にした。

「勝ちたかった、みんなの前で試合をするだけじゃダメでした、カズマさんはプロレスは勝ち負けじゃないって言ってました、だけど勝ちたかった、カズマさんは勝ってこいって言ってました、だから勝ちたかった」

 エルロンから堪えていた涙が溢れ出した。バフェットに支えられているベアルも無言で涙を流している。

「そうだな、また修行するか」

 カズマは答えた。慰めの言葉など不要だった。

「はい、お願いします」

 エルロンは泣きながら返事をした。

 通路には勝利したカナードとノーゼンへの歓声だけが響き渡った。

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