隼のジャイロ対堕天使バフェット
対抗戦の詳細はマネッティアの新聞にて明かされた。まずバンカー、ノーゼン、カナード、ジャイロのチームを連合軍と呼称する事になった。そして試合の形式は1戦目がシングルマッチ、2戦目が2人組で戦うタッグマッチ、そして最後の3戦目がシングルマッチになり2勝したチームが対抗戦の勝者となる。
国王も観戦することからこの対抗戦はベニヤー領の内外から多くの関心が寄せられ王都では魔法による特別中継が実施される事になった。
そしてヘルウォーリアーズからは1戦目の出場者が予告された。白鳥のバフェット、トライストームズを裏切りヘルウォーリアーズについた男。出場順は当日決める予定だったがヘルウォーリアーズは挑発ともとれる予告を敢行した。そして必然的に2戦目はエルロンとベアルのタッグチーム、そして3戦目がバッドスカルになる事が確実視された。
試合当日、闘技場の周りは祭りの様であった。観客はそれぞれファングッズをつけて応援に駆けつけ、屋台は今まで以上に出店していた。それぞれ選手の応援グッズを販売している屋台はどれも盛況で特に今回初めて出店するバンカーの店は長蛇の列になっていた。この事からバンカーが闘技場で一番人気なのが目に見えて分かるのであった。
そしてバンカーの屋台の横には当てつけのようにグルニエが店頭に立ち応援グッズを売っていた。
「あんな暴力男の品など買う必要などありません!見てくださいこの包帯をバンカーにやられたのです!だから買うなら今一番熱いヘルウォーリアーズです!どうぞお客様こちらにおいでください!ありがとうございます3点のお買い上げです!」
グルニエの店もバンカーの店同様に盛況でグルニエが喋る度にどちらの列の客も笑っていた。選手同士は敵対関係を構築しているが観客は皆プロレスを楽しみに来ている同士であった。これがカズマが目指していたプロレスであった。
連合軍の控え室には既に全員集まっていた。そこの空気は決して良いものではなかった。
それぞれが身体を動かしてウォームアップをしている。そんな中ジャイロが口を開いた。
「初戦は俺が行く、俺がバフェットと戦う」
ジャイロは自ら先鋒を志願した。それに対してカナードは
「俺は構わない。ノーゼンちゃんとバンカーちゃんは?」
カナードは了承した。カナード自身もトライストームズのけじめをつけるために志願しようと思っていたがジャイロが行くと言うなら身を引く事にした。
「僕も構いませんよ」
「俺もいいぜ」
ノーゼンとバンカーも了承して初戦はジャイロ対バフェットになった。対戦相手が決まった事によりジャイロの目は更に鋭く熱く燃えていた。しかしそれは憤怒や怨嗟による禍々しい熱であった。
そんな重苦しい空気の中バンカーは喋り始めた。
「それにしてもお前らは散々だったな。バッドスカルにいいようにやられてよ」
バンカーのデリカシーのない発言に3人はピリついた。
「そう言う君はどうなんだい?今までどこで何をしていたんだい?」
ノーゼンがバンカーに聞き返した。
「俺はよカズマいやバッドスカルか?まあどっちでもいいや、あいつに頼まれてよ出場を控えてたんだ。なんせヒーローは遅れてくるもんだろ?そのおかげでどうだ凄い盛り上がってたろ?最高に気持ちよかったぜ」
カナードはバンカーの発言にイラついたが顔には出さずに対応した。
「バンカーちゃんは随分余裕だな?勝つ自信があるのか?」
「カズマから聞いたんだよプロレスってのは攻めと受けの攻防だってな。お互いがお互いを引き立てながら勝負していく。いいじゃねえか盛り上がって。俺は目立ちたがり屋なんだ。大観衆の前で国王陛下の前で試合をするんだ最高じゃねーか」
バンカーの発言にジャイロが立ち上がり反論した。
「それじゃあ負けてもいいってのかよ!」
ジャイロはバンカーを睨みつけた。バンカーは臆する事なく笑いながら答えた。
「そりゃ勝てるなら勝ちてーよ。ていうか勝つつもりだぜ俺は。だが必要なのはこの観客の熱を維持することだ。カズマは観客の熱狂を作り上げた。あいつはまだ試合すらしていないのにだ。こいつはやべーぜ俺らには出来なかった事だ。だがカズマ1人でも出来ない事だ。だから俺らが奴らと対立して試合して盛り上げ続けようぜって話だよ」
バンカーの言葉にジャイロは納得したかは分からないが無言で座った。頭では理解しているつもりだがどうしても感情が優先してしまう。そんなジャイロを見てカナードは声をかけた。
「別に私利私欲の為に戦っていいんだろ?盛り上がれば。だからジャイロ、お前のその感情をそのままバフェットにぶつけてこい」
カナードはジャイロの肩を叩いた。カナードの言葉にノーゼンも賛同した。
「そうですねそれがいいでしょう。カズマもそれを狙っているのでしょう。そうでなければわざわざ我々を怒らせるような真似をしないで最初から打ち合わせをすればいいのですから。お互いの本気の感情をぶける為に仕込んだと見て間違い無いでしょう」
控え室の扉が叩かれた。
「連合軍の皆さんお時間です。入場口までお越しください」
闘技場の人間が連合軍を呼びに来た。
「よっしゃみんな行くぞ」
バンカーが立ち上がり声をかけた。
「何であなたが仕切っているのですか」
ノーゼンも小言を言いながら渋々立ち上がりバンカーと部屋を出た。
「よし行くぞジャイロ」
カナードも部屋を出た。ジャイロは1人ゆっくりと立ち上がり部屋を出た。
ジャイロは3人と少し距離を空けて歩いていく。ジャイロは少し冷静になっていた。この1週間バフェットを怒りに任せて倒す事だけ考えた。しかしジャイロは考えた。何故これほどまでに自分は怒っているのだろか。試合を壊されて負けたから?トライストームズを裏切ったから?そうぐるぐると考えているうちにジャイロは気付いた。自分は怒っていたのではない失望したのだと。
ジャイロとバフェットは同じ村の出身であった。同い年の2人は子供頃からいつも一緒に遊んでいた。いい事も悪いことも2人は一緒にやっていた。大人になっても2人の関係は続いた。
そんな2人は2年前ある噂を聞いた。闘技場で素手で魔獣を倒す人族がいると。2人は嘘だと思った。村では誰も敵わない2人でさえ魔獣相手には槍や弓を使って狩をしていたからだ。
バフェットがジャイロを誘い噂の真相を確かめるべく領都に向かった。闘技場は人で溢れかえり2人は入る事が出来なかった。そこで2人はこっそりと闘技場の上に飛び屋根から観戦する事にした。こっそりのつもりであったが屋根には同じことを考えた有翼族たちが何人も隠れていた。
闘技場に聞いたことない音楽が響いた。そして1人の男が歩いてきた。その男は本当に武器を持っておらず素手であった。それでもまだ2人は信じられなかった。何か仕掛けがあるに違いない。
上から監視する様に見ていると戦いが始まった。カズマと呼ばれた男は本当に素手で戦っていた。噂は本当だったのだ。2人はこっそり見ているのを忘れて夢中で観戦した。見たことない技に心震えた。まるで魔獣ではなく我々に向けて技をはなっているようであった。
2人はそれから休日には必ず闘技場に通う様になった。そしてその日見た技を忘れないうちに村でお互いに掛け合い練習した。別にプロレスラーになるつもりはないただカッコよかったから練習していた。
カズマがボルガンと戦い奴隷から解放された。勿論その日も二人は観戦していた。外でカズマが出てくるのを待っていたがカズマはついに現れなかった。闘技場から声が響いた。カズマが行方不明になったと。
2人は喪失感に包まれながら村に帰った。お互い無言であった。いつもなら今日見た技を言い合い戦いの感想を話し合っていたのに何も言葉が出なかった。
そんな無言が続く中バフェットが口を開いた。
「プロレスをやるよ、お前は?」
ジャイロは驚いた。いつも一緒にいてバフェットの考えは手に取るように分かるはずだった。しかしバフェットの言葉はジャイロの想像を超えていた。
ジャイロは驚きはしたが拒否しなかった。2人はいつも一緒であった。だからジャイロはバフェットとプロレスをやる事にした。
村に帰った2人は本格的にプロレスの練習に励んだ。仕事が終わると集まり体を鍛えて技を磨いた。そうして半年が過ぎた頃闘技場が再開する事になった。プロレス魔法を覚える事で闘技場でプロレスができた。カズマの試合を見ていた連中がこの半年間プロレスを練習していた為選手もすぐに集まった。
闘技場は長らく閉鎖されていたがすぐに活気を取り戻した。休日になると人で溢れ盛り上がりを見せた。
ジャイロたちはそこでカナードに出会った。人気も実力も持ち合わせたカナードに二人は何度も試合を挑み負け続けた。そうしてるうちにカナードからチームを組まないかと誘われた。勿論断る筈もなく3人はトライストームズを結成した。これからこの3人で闘技場を盛り上げようそう思ってた。
プロレスは飽きられて闘技場から観客が減って厳しい現状が続く中ある知らせが届いた。
バッドスカルが闘技場に現れた。その知らせは瞬く間に広がり闘技場を満員にした。そしてトライストームズの前にカズマが現れて提案をされた。
ノーゼンを襲撃するからその時助けに来てくれ
何故そんな事をするのかいまいち分からなかったが憧れのカズマの言う事に従った。そしてその作戦は闘技場を熱狂の渦に包み込んだ。カズマの狙いがその時完全に理解した。
ジャイロはプロレスの再興を確信した。これからはまた大観衆の前でプロレスが出来るだと喜んだ。
そしてバフェットが裏切った。
それから1週間ほとんど覚えていない。怒りや恨みがジャイロを支配した。だが控え室の会話でようやく自分の感情が分かった。
――何で自分も連れて行ってくれなかった
いつも二人でいたのに何でバフェットだけ裏切ったのかそれが知りたかった。共に悪さをし夢を語り鍛えてきた二人が何故別れなければならなかったのか。
ジャイロはその答えを知るためにリングに向かった。
闘技場は今日も満員で領外から来た観客も多くいた。通路の各所には兵士が警護しており万が一に備えていた。それぞれの入場口には連合軍とヘルウォーリアーズの旗がかけられており闘技場の中は賑やかで華やかなものになっていた。
闘技場にマネッティアの実況が響く。
「皆様本日はお越しいただき誠にありがとうございます。本日は闘技場の連合軍対ヘルウォーリアーズの軍団対抗戦が行われます。今まで散々闘技場を荒らしてきたヘルウォーリアーズに連合軍が制裁を下すのか、それともヘルウォーリアーズが連合軍を下し闘技場を支配するのかの大一番であります。それでは選手入場の前に国王陛下からの開会の挨拶があります。皆様ご起立下さい」
マネッティアの言葉に観客全員が起立し貴賓席を見た。貴賓席から国王、後からセスメントがいつも以上に豪華な服を着て顔を出した。
「今日この日を迎えられた事を神に感謝する。ベニヤー領の新たな産業として生まれ変わったこの闘技場は今や王国中からその戦いを見るために国民が集まっている。前領主モルダーの治世からよくぞここまで成長した。これからも王国の名に恥じぬよう日々励むように。選手も皆死力を尽くし健闘する事を願っておる。それではこれより軍団対抗戦の開催を宣言する!」
国王の言葉に観客は歓声を上げた。国王は椅子に座りその後にセスメントが座った。セスメントは明らかに緊張していた。カズマには陛下がいるから無礼のないようにと言っていた。わざわざ念を押した理由は父モルダーが現役の領主だった頃バッドスカルにスタナーを喰らわされたからだ。今回カズマはバッドスカルとして出場する。一体何をしてくるか分からなかった。
――お願いだカズマ、ここで不敬があれば今度こそベニヤー領はお取り潰しになる
今日はセスメントにとっても人生を左右する大一番であった。
「さあそれでは選手入場です!まずは闘技場の人気レスラーで組織された連合軍の入場です!」
闘技場に闘技場テーマが流れた。そもそも闘技場にテーマなど存在しないのだが連合軍の入場には誰の入場曲でもない曲が流れた。それを闘技場のテーマと呼称する事にした。
入場口からスモークが吹き出し連合軍が入場してきた。先頭をバンカー、ノーゼンそしてカナードとジャイロといった順番で歩いていく。四人は花道沿いの観客に手を合わせ、遠くの観客には手を振った。まさに人気レスラーの鑑のような対応だった。
4人はリングに上がった。リングから国王に頭を下げバンカーが喋り始めた。
「今日全てが決する。闘技場連合軍か勝つか、それともヘルウォーリアーズが勝つかだ。勝負は始まるまで分からない……嘘だな連合軍が勝つ!裏でコソコソ悪巧みをしている奴らに俺たちが負ける訳ない!負ける筈ない!負けていいわけない!今日俺たちはヘルウォーリアーズを断罪してこの闘技場に秩序を取り戻しそして……」
バンカーの演説をぶった斬る形で闘技場に入場曲ヘルズゲートが流れた。バンカーは不服そうだが観客は歓声を上げた。ヘルウォーリアーズ側の入場口から黒煙が噴き出される。
「バンカー選手の話の途中ですがヘルウォーリアーズが入場してきました。やはりマナーも道徳も何もありません。闘技場が自分の庭かの様に我が物顔で歩いております」
入場口からバッドスカルを先頭にヘルウォーリアーズか入場してきた。その顔は実に太々しく憎らしいものであった。観客の声援に応えずヘルウォーリアーズはリングに上がった。リングに上がると国王に礼をした。それの礼もなんともわざとらしいものだった。
当然のようにバッドスカルが喋り始めた。
「べらべら、べらべら喋りまくって、お茶会をしに来たのか?だったらその汗臭いコスチュームをさっさと脱いでドレスを着てこいよ。何だったらダンスも踊ってやるぜお嬢様」
バッドスカル腰を振りながら踊る真似をした。観客からブーイングが飛ぶ。
「我が盟主にブーイングなんて身の程を知りなさい!これだから田舎者は嫌いなのです」
グルニエは観客に文句を言っているがリングには上がらず場外のリング真下に居た。
「おお!生きてたのかお前。そんなに丈夫なら今度は頭から落としてやるよ」
バンカーがグルニエに笑いながら言うとグルニエはリングから見えないように身を屈め姿を消した。
「ははっ調子出てきたじゃねぇか。それじゃあベニヤー家がお取り潰しになる前にさっさとやろうぜ。こっちは予告通りバフェットがやる」
バッドスカルの言葉にバフェットが前に出て観客は歓声を上げた。一方貴賓席に座るセスメントは気が気でなかった。
――カズマ殿あまり挑発しないでくれ陛下の御前だ
カズマがいつ国王の機嫌を損ねるか分からなかった。そもそもカズマは流れでこちらの常識に疎い。ことの重大性を理解していなかった。
セスメントは国王の顔を横目で見た。国王は穏やかな表情で笑っていた。セスメントは早く試合が始まってくれと神に祈った。
バフェットが先鋒なのは既に予告されていた。観客は連合軍の誰が出場するか期待していた。
「俺がやる」
返事をしたのはジャイロであった。元仲間の対決に闘技場は盛り上がりを見せた。
「対戦カードが決まりました。なんとトライストームズ同士の対決となりました。まさに因縁の対決!これは荒れる事間違い無いでしょう!」
バフェットを残しバッドスカル達はリングから降りた。それを見て連合軍もジャイロを残してリングから降りた。両陣営それぞれの入場口へと去って行った。
リング上にはバフェットとジャイロだけが残された。二人は睨み合い一言も喋らない。沈黙を破ったのはジャイロだった。
「バフェット、どうして裏切った」
「ジャイロあなたといたら叶わない事があるのです」
「それは何だ?俺やカナードじゃなくてバッドスカルじゃないとダメなのか?」
「答える義理はありません」
「義理はねえ?二人でここまでやってきて、それで俺を裏切って義理がねえだと?ふざけるな話ならねえ、ゴングを鳴らせ!ボコボコにして聞き出してやる!」
半ばジャイロに脅されるかたちでゴングが鳴った。
「さあ!ゴングが鳴りました!第一試合ジャイロ対バフェット!試合前からバチバチにやり合っております!」
ジャイロはバフェットの胸目掛けて力任せにチョップした。
「チョップです!ジャイロのチョップ!これは痛い、しかしバフェットは微動だにしません」
バフェットもジャイロの胸目掛けてチョップした。バフェットのチョップはジャイロのと違いキレのある鋭いものだった。
「バフェットもチョップをやり返す!痛い筈ですそれでもジャイロは動かない!両者チョップの応酬です」
チョップをされたらチョップをやり返す。パンチをされたらパンチをやり返す。お互い避けずにお互いの技をぶつけ合った。
ひとしきり技を打ち合うとジャイロはその場で飛び上がりドロップキックをはなった。バフェットは耐えきれず大きく後ろに仰け反りながら下がっていった。ロープまで下がると反動を利用して大きく弾みをつけた。その勢いでバフェットはジャイロに走り出しドロップキックを決める。
ジャイロは勢いづいたドロップキックを受け止める事が出来ずに大きく仰け反り膝をついた。
ジャイロは顔を上げるバフェットの膝が目の前まで迫っていた。
ランニングニーバット、走り込み折りたたんだ膝を突き出すように顔面や胸を蹴る技。走り込んで硬い膝で蹴るためその威力は高く。決して真似してはいけない危険な技。
「ランニングニーバットがジャイロの顔面に捉えた!これは凄まじい!元同士と言えど遠慮がない!ジャイロは仰向けに倒れ動けない!」
バフェットは翼を広げ空高く飛び上がった。リングに横たわるジャイロを見て狙いを定める。そしてジャイロの喉元目掛けて降下していった。
ギロチンドロップ、飛び上がり相手の喉元目掛けて伸ばした足を落とす技。喉元への攻撃は非常に危険であり体重も乗るためその威力は計り知れない。
「有翼式ギロチンドロップだ!天から落ちてく姿はまさに堕天使!リングの上が断頭台に変わってしまった!執行人は堕天使バフェット!振り下ろされた足がジャイロの首を切り落としました!」
バフェットはジャイロに背を向けて観客にアピールした。勝利を確信した様な振る舞いに観客はバフェットに声援を送った。しかし何人か声援ではなくて必死に何かを訴えていた。
「舐めんな!」
ジャイロは叫んだ。バフェットの側頭部に衝撃が走る。
「ジャイロのハイキックが背後から襲いかかる!バフェット完全に油断してました!ジャイロは立ち上がりました!あれだけの大技を喰らってなお立ち上がりました!」
ふらつくバフェットをジャイロは後ろから抱きついた。そして身体を反らして思い切りバフェットを持ち上げた。バフェットの脳天が地面に衝突する。
「ジャーマンスープレックスが決まった!バフェットの脳天がリングに突き刺さる!こちらも容赦しません!裏切り者に制裁を加えます!」
これは二人で何度も練習した技であった。
――そういえばこの技失敗してお前死にかけたよな
ジャイロが抱えたバフェットを離してしまい。バフェットは脳天から落ちて脳震盪を起こした。後日バフェットからジャーマンの使用を禁止された。そんな試合に関係ないことを思い出した。
ジャイロは翼を広げ一気に天に昇った。リングではフラフラになりながらも立ち上がるバフェットがいる。そこに目掛けてジャイロは急降下した。そしてリングスレスレで方向転換しリングと水平になりながらバフェットに襲いかかる。
「有翼式急降下スピアーが炸裂!バフェットの腹にジャイロが突き刺さる!闘技場でジャイロしか出来ない大技です!天から貫いたその攻撃は堕天使への裁きの槍と言ったところか!」
ジャイロが見せたスピアーはバフェットが考えてくれたものだ。
――お前が俺にしか出来ないこの技を考えてくれたな
今までジャイロが使った技の全てはバフェットとの思い出があった。ジャイロの技にバフェットが知らないものなんてなかった。
大技を決めたジャイロだがまだ手を緩めない。仰向けに倒れたバフェットの腹を踏みつけた。
「おおっとジャイロのストンピング!ストンピング!バフェットの腹を踏みつけます!勝負は決まった様に見えますが追撃をやめません!」
ジャイロは執拗にバフェットに蹴りを入れた。その蹴りの一つ一つに言葉にできないジャイロの感情が込めらていた。
――絶対に勝ってお前を連れて帰る!
ジャイロにとってこの試合はバフェットを取り戻す戦いになっていた。そんな約束もしていないはずなのに。勝ったところで戻る確約も無いのに。
そして大きく足を振り上げたその時バフェットは片足立ちしている足に蹴り入れた。ジャイロは大きくバランスを崩して仰向けに倒れた。バフェットはその隙に立ち上がりジャイロの腹に肘を突き立てる。
「ニードロップが決まった!ジャイロに足払いをしてからのニードロップ!バフェットピンチを脱しました!」
バフェットはロープに向かって走り出し、ロープに当たり反動をつけて倒れているジャイロに向かった。そして両足を伸ばし地面を滑る様にジャイロを蹴る。
「スライディングキックがジャイロに突き刺さる。キックの衝撃でジャイロがリングから滑る様に落ちてしまいました」
リングとロープの間から下に落ちたジャイロは起き上がれなかった。なんともない高さではあるが無防備で落とされてしまい全身に衝撃が走った。、
――何をしてくるあいつはどこだ
ジャイロは必死で考えた。ジャイロはリングでの試合は初めてであり、勿論リングから落ちる事も経験した事が無かった。
上を見るとバフェットがトップロープに立っている。トップロープはバフェットの体重で弓の弦の様に弧を描いてた。バフェットはトップロープから飛び上がった。
――何だよそれ知らねーよ
ジャイロは霞む意識の中で思った。それもそのはずこの技はバフェットがカズマから教えられた技であった。
スワンダイブ式、トップロープの上から反動を使って行う技の形式。ロープの反動を得ることにより強力な技へと進化する。
「スワンダイブ式ミサイルキックだー!トップロープから放たれたバフェットの両足がジャイロの腹に突き刺さる!」
ジャイロは今度こそ立ち上がれなかった。バフェットはリングに上り両手と翼を広げた。
「ジャイロ立てない!場外カウントを数える必要もありません!この因縁の対決を制したのはヘルウォーリアーズ!堕天使バフェットです!バフェットの勝利です!」
バフェットの勝利に闘技場は大いに沸いた。この激闘に両チームのファンは惜しみのない拍手をバフェットとジャイロに送った。それは二人にとって久しぶりの大歓声であった。
二人の激闘に国王も満足気に拍手を送った。セスメントも国王を横目で見つつ拍手を送る。
フラフラになりながらもジャイロは立ち上がり退場しようとした。それを見たバフェットはジャイロを呼び止めた。
「ジャイロ!」
「言うな!」
バフェットの呼びかけにすぐさまジャイロは反応し遮った。バフェットは何も言えずに黙ってしまった。ジャイロはバフェットの方に振り向き言った。
「またやるぞ、今度は俺が勝つ」
そう言い残しジャイロは去って行った。ジャイロの言葉は多くのファンを魅了し近い将来行われるだろう二人の試合に期待で胸を膨らませた。
ジャイロは通路を歩きながら考えたもしかしたらジャイロを引っ張ってくれたのはバフェットだったかもしれない。闘技場に行こうと誘ったのもバフェットであり、プロレスをやろうと言ったのもバフェットであった。そして裏切りジャイロをリングに連れ出したのもバフェットであった。
だからであろう最後のバフェットの言葉を遮ったのは。あの言葉ジャイロが言わなければならなかった。そんな気がしていた。
ジャイロが選手専用通路をフラフラと歩き控え室を目指しているとカナードが立っていた。
「お疲れさん、いい試合だったぜ」
カナードはそう言うとジャイロに肩を貸し歩き出した。カナードは質問した。
「どうだ?気持ちは晴れたか?」
「そうっすね、分からねーっす。とりあえずバフェットの野郎と話してみます」
カナードの質問にジャイロは答えた。するとカナードはジャイロから離れた。カナードが突然居なくなりジャイロはズルズルと壁にもたれかかり地面に座り込んだ。
「そういう事なら俺は先に行ってる」
カナードはジャイロを置いてさっさと行ってしまった。ジャイロが慌てていると通路の向こうからバフェットが現れた。どうやらカナードは気を使ってくれた様だ。
「先に退場したのにまだこんな所にいたのですか?」
バフェットが小言を言うとジャイロと一緒に壁にもたれながら隣に座った。
「うるせー手加減しないで見た事ない技を使いやがって死ぬかと思ったわ」
ジャイロはバフェットの頭をこづいた。二人は笑い合った。それは村にいた頃の悪ガキのような表情であった。ジャイロがバフェットに裏切りの真意を問いただした。
「何で裏切った。そんなに頼りなかったか?」
ジャイロは真剣な目でバフェットを見た。
「何でしょう色んな理由があります。闘技場にはすごい選手が沢山います。このままでは私達は他の選手に喰われてしまう。そう感じました。私が敵対すれば必ず注目される。闘技場の中心になる、そう思っていたのですが現実は中々厳しいですね。やはり本物の人気者には敵いませんね。話題の中心はいつもバッドスカルです」
バフェットは寂しそうに語った。
「お前も人気者に成りたかったのか?」
ジャイロが意地悪そうに質問した。
「私は偉そうに仕切っている自信に満ち溢れている貴方を見ていたいのです。一生村に居て燻っている貴方を見たくなかった。トライストームズの二番手に甘んじている貴方を見たくなかった。闘技場の中心で勝ち誇っている貴方を自慢したかった。私の親友はこんなに強いんだぞと」
バフェットは本当の思いを語った。本当は照れ臭かったがそんな事は顔に出さず淡々と語った。
「じゃあ負けろよ」
「それとこれとは話は別です。私は負けたくないのです」
バフェットはニヤリと笑った。村でよく見た悪ガキの笑顔だ。
「その見かけによらず強情な性格は治らないのな」
ジャイロは呆れながら笑った。二人で笑い合った。二人でこんなに笑い合ったのは久しぶりであった。
笑い声が止みバフェットは立ち上がった。
「対抗戦はまだ終わっておりません。私達の抗争もまだ決着はついてません。それまでお別れです」
バフェットはヘルウォーリアーズの控え室へと向かった。その後ろ姿にジャイロは声をかけた。
「じゃあな堕天使」
「今度それを言ったらぶっ殺しますよ」
ジャイロは笑いバフェットは振り返らずに去って行ってしまった。ジャイロはジッとバフェットが去って行った通路を眺めた。そして誰にも聞こえない声で言った。
「あばよ相棒」
ジャイロは立ち上がり歩き出した。バフェットを追いかけない。ジャイロは連合軍の控え室へと帰っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます