隼のジャイロ対漆黒のエルロン

ベアルとの激闘後の控え室にトライストームズとノーゼンが集まっていた。

「それでは説明してもらいましょう。いったい何処から仕組まれていたのですか?」

 ノーゼンは明らかに不機嫌な顔でカナード達を問い詰めた。カナードはヘラヘラと笑いながら答えた。

「最初からだよ。ノーゼンちゃんに喧嘩売って試合を組んで、そしてノーゼンちゃんのピンチに俺らが駆けつける。そんでもって領主様の提案でトライストームズとヘルウォーリアーズの全面対決に持ち込む。それがカズマちゃんから聞かされた流れよ」

 ノーゼンは察しがよくカナードに聞かなくても裏で何が行われていたか分かっているつもりだったが、改めて聞かさせるとそれはそれで腹が立った。

「私が負けたらどうするつもりだったのです?」

 ノーゼンはカナードに質問した。ここまできたなら全てを理解しようと考えた。

「その時も同じさノーゼンちゃんを粛清とか言って襲撃して俺らが助けに入るって流れ。まあ今回はノーゼンちゃんが勝ったから一緒に蹴っ飛ばす事が出来たんだよね」

 勝敗によってはノーゼンは本当の当て馬にされるところだった。そうなった場合ノーゼンは本気でカズマの事を許せなかっただろう。もしかしたらそれはそれで別の流れを作ったかもしれない。ノーゼンはまだ何かあるのでは無いかと考えた。

「それにしてもカズマは本当に食わせ者だぜ、ここまで人を利用できるなんてな」

 ジャイロの言葉にそれにバフェットも賛同した。

「確かにそうです、それに領主様まで引っ張り出してきました。あれでは我々は従うしかないでしょう」

 カズマの準備は抜かり無かった。ベアルとの試合をノーゼンは拒否する事ができた。しかし領主が出てくれば話は別である。カズマが作った流れは誰にも止める事はできなくなった。

「まあカズマちゃんのことだノーゼンちゃんにも花を持たす試合を組んでくれるさ。だから今回は俺らに譲ってくれよ」

 カナードはノーゼンの肩を組んで言った。

「まあ仕方ないでしょう領主様の決定には逆らえません。仕方なく手を引いてあげましょう」

 ノーゼンはカナードの手を払いのけながら言った。

「ありがとうねノーゼンちゃん」

「ただ貸し一つという事で」

 ノーゼンは付け加えた。カナードはニヤリと笑い了承した。

 トライストームズはワイワイ騒がしく控え室から出て行った。ノーゼンは1人控え室に残り座っていた。まだ昂る気持ちを抑える事が出来ていなかった。

 控え室の扉を叩く音がした。

「ノーゼンさんいらっしゃいますか?マネッティアです」

 実況のマネッティアが控え室に訪ねてきた。マネッティアは試合後インタビューしによく控え室に来る。正直ノーゼンは対応する気になれなかったが扉を開けた。おそらくマネッティアもカズマと繋がっている。少しでも相手の出方を知りたかった。

「ああ、よかったもう帰ってしまったかと」

 マネッティアが紙の束を抱えながら立っていた。

「どうぞマネッティアさん」

 ノーゼンは笑顔で対応した。しかしその心の内ではドス黒いものが渦巻いていた。

 しかしマネッティアはいつも通りのインタビューをしてノーゼンは拍子抜けした。試合の運び方や技の解説に相手の印象について。

 ――なにかしてくると思っていたが警戒のしすぎでしょうか

 ノーゼンの怒りはなんだか収まってしまった。これもマネッティアの純粋にプロレスを楽しむ人柄ゆえなのかもしれない。それにノーゼンもマネッティアにはお世話になっていたので本気で怒ることは出来なかった。

「本日はありがとうございました。それとお手紙を預かっているのでお渡しします」

 手紙を直接渡されるのは初めてであった。手紙の差出人はカズマになっていた。

「カズマ……これを何処で?」

「先程です、カズマさんがノーゼンさんに渡してくれと。中にカズマさんの訓練所の場所が書いてあると言ってました」

 ノーゼンは考えた。自分のテリトリーに敵であるノーゼンを呼び出すなんて何を考えているのか。

 ――新たな悪巧みか

 不思議そうに見つめるマネッティアを無視してノーゼンは考え込んでしまった。おそらくカズマはノーゼンに新たな役回りをしてもらうつもりなのだ。カナード達にしたように。

 ――乗ってあげましょう

 ノーゼンはマネッティアにお礼を言って控え室を出た。その足は手紙に記された場所に向かって行った。


 カズマがセスメントから借りている屋敷は街の郊外にあった。元々は騎士の家系の家らしく広い庭の中に大きな訓練場が立っており天候を気にせず練習できた。そこにも闘技場同様にリングを立ててもらった。これはアベリアの土魔法ですぐに出来た。

 そのリングにカズマとエルロンが立っていた。ベアルは試合があった後なので壁際の椅子に座りながら2人の練習を見学していた。

「言ってた通り次の試合はエルロン、お前が出ることになる」

 カズマはエルロンに対抗戦の先発を務める様に指示した。エルロンの表情は硬い。

「分かりました、頑張ります」

 まだ試合まで1週間あるのにエルロンは既に緊張していた。カズマは少し心配そうな顔をしたがこればっかりはエルロンが乗り越えなくてはならない壁でありカズマは応援することしか出来なかった。

「緊張してるのか?」

 カズマは直接エルロンに聞いた。

「はい、ここまでカズマさんの思った通り進んでます。クリー……ベアルさんも活躍しました。もし僕が失敗すればみんなが頑張ってきたのにぶち壊してしまうかと思うと」

 エルロンの顔は青ざめている。エルロンは今まで闘技場で戦ってきたがそれは1人であった。初めて仲間とプロレスする事にいつも以上に緊張してしまったのだ。

「エルロンよ気にする事はない。お前の技は見事だ。ただから自信を持て。必ず観客は応えてくれる」

 ベアルはたわわな髭を撫でながらエルロンを励ました。

 カズマも自信たっぷりな笑顔で励ます。

「大丈夫だ、勝っても負けてもいい、それがプロレスだ。それに失敗した時は俺達が乱入して有耶無耶にしてやるから安心しろ」

 割ととんでもない事をカズマは言っているがエルロンは気付いていない。カズマはエルロンの不安を払拭するために練習に付き合った。

 しばらくすると訓練場の扉が開いた。

「カズマ様、お客様がお見えです」

 屋敷で働いている執事が客人を案内してきた。

 客人とはノーゼンだった。ノーゼンを見たエルロンとベアルは驚いた。まさか訓練場まで殴り込みに来たと思ったのだ。

「カズマさん!ノーゼンさんです!どうしましょう!」

「まさか殴り込みに来ようとは、もう一度ワシが相手になる」

 エルロンもベアルも勘違いしていた。

「君は本当に何も伝えないんだね、僕はカズマ君に呼ばれて来たんだよ」

 ノーゼンはマネッティアから貰った手紙をヒラヒラと見せつけた。

 カズマがリングから降りてノーゼンの元に歩いて行った。

「まずは来てくれてありがとう。そして利用した形になって本当にすまなかった」

 カズマはノーゼンに頭を下げた。ノーゼンは驚いたが態度は崩さない。

「なんでこんな事をしたの?これじゃあ僕だけ損する形なんだけど」

「一言で言えばプロレスのためだ。どうしても本気で戦ってほしかった。それのお詫びと言っては何だか俺が知るプロレス技を教える。それと必ず活躍の場を作る。だから許しては貰えないだろうか」

 エルロンとベアルはまさかノーゼンと練習する事になるとは思わなかった。正直ノーゼンを襲撃したエルロン

は気まずかった。

「君の技には興味あるけど活躍の場ってどうするんだい?君たちだけで可能なのかい?」

 エルロンはまだまだ納得しない。2回も自分の舞台を邪魔されたのだから。

「それは大丈夫だ、もう1人協力者がいる」

 扉が開きカズマの言う協力者が入ってきた。それを見たノーゼンは驚いた。しかしすぐに理解し声を出して笑った。

「これはいい、本当に君は食わせ者だね。そう言う事なら僕も協力しよう。一緒に踊ってあげようじゃないか」

 ノーゼンはご機嫌になった。それを見たエルロンは怖くなった。ベアルは何が何だか分からなかった。ただノーゼンが嬉しそうなのは理解した。


 軍団対抗戦の日、今日も闘技場は人で溢れかえっていた。バッドスカル達が出る前に他のレスラーが試合をしているがそちらも盛り上がっている。大勢の観客の前に気合いが入っており中々の好勝負を繰り広げていた。

 先週同様にグルニエは屋台を出して物販を売っている。品数は充実してきて赤いバンダナの他にドクロのアクセサリーやタオルを売っていた。グルニエの屋台は繁盛しており売り切れが続出した。

 もちろんトライストームズも黙って見てる訳なく、有翼族の仲間に頼み羽根を加工したものを売っていた。トライストームズのファンは負けじと羽根を買っており、こちらの屋台も盛況だった。

 新たな収入源となる物販にレスラー達は力を入れていた。それぞれが自分のトレードマークを作り物販を売る。そしてその収益の一部を闘技場に収める。カズマがもたらした物販は闘技場の経営状況を大幅に改善し、ベニヤー領の新たな産業として確実に身を結び始めていた。

 トライストームズの3人が闘技場に到着した。3人は瞬く間にファンに囲まれた。ファンはそれぞれ自分達が好きな選手の羽根を身につけている。特に多いのが大鷲の羽根でカナードは一番人気であった。

 3人は笑顔でファンに対応した。闘技場の出場給より収益を上げられる事からより多くのファンを獲得する事が今まで以上に重要になっていた。

 3人はファンに応援されながら選手専用口に入って行った。


 トライストームズの控え室では3人が軽いウォームアップしていた。そんな中ジャイロが口を開いた。

「物販も好調らしい。闘技場の出場給と比べたらかなり儲かってる」

 ジャイロのニヤニヤは止まらない

「カズマさんには感謝しきれませんね」

 バフェットもジャイロの言葉に賛同した。

「そうだな、だが試合は別だ。カズマちゃんには悪いが俺たちトライストームズがヘルウォーリアーズを倒して名実ともに闘技場の頂点に立つ」

 カナードは立ち上がり2人を見たながら言った。

 カナードは油断しない。ヘルウォーリアーズがまた乱入してきても2人が控えている。ノーゼンの様に無様な姿は見せるつもりはなかった。

「奴らは何をしてくるか分からない。試合中もその後も油断するなよ」

 カナードは2人に真剣な表情で言った。その目を見て2人は頷く。

 控え室の扉が叩かれた。

「皆さん出番です。入場口にお越しください」

 闘技場の人間がカナード達に知らせた。3人は顔を見合わせ頷き控え室から出ていく。闘技場の支配者になるために。


 今日も闘技場にはマネッティアの実況が響く。

「皆様お待たせしました。本日最後の試合はトライストームズ対ヘルウォーリアーズの軍団対抗戦です!」

 実況に観客は喜んだ。今日のメインイベントが始まる頃には闘技場は満員になっていた。観客はそれぞれファンアイテムを身に付けていた。闘技場の雰囲気は徐々に現代のプロレス会場に近づいていった。

「それでは空を駆ける3人の勇姿、トライストームズの入場です!」

 入場曲ブルースカイが鳴ると観客は声援をあげた。入場口からカナードを先頭にトライストームズが入ってきた。

 カナードはオレンジ色のロングタイツにオレンジ色のジャケットを着ており。ジャイロは灰色の色違いのコスチュームを、バフェットは青いコスチュームを着ていた。3人は花道沿いの観客に手を振り手を合わせてファンサービスをしていく。ゆっくりと歩いて行き3人はリングに上がった。

「トライストームズへの物凄い声援です!人気の高さが伺えます」

 すると実況の合図を待たず闘技場に入場曲ヘルズゲートが流れ始めた。その音楽を聴き観客はまた盛り上がった。

 反対側の入場口から黒煙が噴き出す。

「おおっと地獄の門が開いてしまった様です!既に臨戦態勢と言ったところか!地獄の軍団ヘルウォーリアーズが入場してきます!」

 黒煙から4人の人影が見える。黒煙からバッドスカルを先頭にエルロン、ベアル、グルニエと続いて入場してきた。

 バッドスカルが降りてきた事に観客は喜んだ。花道沿いの観客は必死で手を伸ばすが誰も相手にしない。バッドスカルが1人の観客にハイタッチするフリをして手を引っ込めた。そして大きく舌を出し馬鹿にした。それすらも近くにいた観客は喜んだ。いやバッドスカルだからこそ喜んだのだろう。

 ヘルウォーリアーズの4人はリングに上がった。両陣営リング内で睨み合う。口を開いたのはカナードであった。

「今日は降りてきたのねバッドスカルちゃん。てっきりまたコソコソと上で見学すると思ってたよ」

 カナードがバッドスカルを挑発する。

「相変わらずピーチクパーチクうるせえ奴だな。テメェなら飛んで来れるだろ?ビビって散らかして羽根が抜けたのか?」

 バッドスカルも喧嘩腰で返した。

「おおっとすでにリング内は言葉による熱い戦いが始まっております。しかし決着は己の肉体のみ。果たしてどちらが最後にリングに立っているのでしょうか!」

 マネッティアも煽りながら実況した。

「エルロンお前が行け。本物の有翼族がどっちなのか教えてやれよ」

 カズマがエルロンに命令してリングを降りた。その後に続きベアルとグルニエもリングから降りた。

「それじゃあ最初は俺が行こう」

 名乗りを上げたのはジャイロであった。

「よろしく頼むぜジャイロ」

「お願いしますよ」

 カナードとバフェットは声をかけてリングから降りて行った。

「さあ対戦相手が決まった様です。トライストームズの先鋒を務めるのは隼の翼を持つバフェット選手です!バフェット選手は空中からの素早い攻撃を得意とする選手であります。ヘルウォーリアーズからはカラスの翼を持つエルロン選手が指名されました。エルロン選手は長いこと闘技場で戦ってきましがバッドスカルの下に行き大分雰囲気が変わりました。一体どんな技を繰り出すか全く分かりません」

 両者リング内で向かい合いファイティングポーズをとった。

「さあ両者臨戦態勢であります!それでは始めましょう第一試合の開始です!」

 闘技場内にゴングの音が響き渡る。闘技場は歓声に包まれた。

「悪く思うなよエルロン。顔見知りだが手を抜くつもりは無いからな」

 ジャイロがエルロンに言った直後チョップを繰り出した。

「おおっとジャイロのチョップがはいりました。まずは挨拶代わりと言ったところでしょうか」

 痛がるエルロンにジャイロは間髪入れずに飛び上がり回転しながら顔面を蹴った。

「続けてローリングソバットだ!ジャイロのローリングソバットがエルロンの顔面を蹴り抜いた。これは痛い!エルロンがリングに倒れ込みます」

 するとリング外のベアルが走ってリングに近寄ろうとする。

「ダメだよベアルちゃん邪魔しちゃ」

 しかしカナードが前に立ち塞がった。ベアルは悔しそうに後退りした。

「おおっと場外でも一触即発のようであります!興奮したベアルが乱入を試みましたがカナードに阻まれました!ヘルウォーリアーズ油断なりません」

 ジャイロは場外のやり取りを横眼で見ていた。

「残念だな助けが来なくて。やっぱりいつものお前だな服装変えただけじゃダメだな」

 ジャイロはエルロンを見下すような発言をした。

 エルロンはもちろん聞こえていた。エルロンは前方宙返りをしながら起き上がり手のひらを前に出し、くいくいと指を曲げジャイロを挑発した。

「エルロン立ち上がりました。そして効いてないと言わんばかりに挑発しております!まだまだ試合は始まったばかり何が起きるか非常に楽しみであります」

 ジャイロはエルロンに向かって走り出した。挑発されて黙っていられる訳がなかった。

 しかしエルロンの行動は予想に反するものだった。ジャイロに背を向けてロープに向かって走り出した。ジャイロは思わず止まってしまった逃げ出したと思ったからだ。

 ロープに向かって走り出したエルロンはロープに当たる瞬間に振り返りジャイロを見た。ロープに背をつけ反動をつける。そして一気にジャイロに向かって走り出した。

 ジャイロは気を取られ反応が遅れてしまった。エルロンは地面に蹴り上げ両足でジャイロを蹴った。

「ドロップキックです!エルロン、ロープを利用してジャイロにドロップキックを直撃させました!その衝撃でジャイロはロープまで吹き飛ばされました」

 ジャイロは油断していた。ジャイロは圧倒的強者だと思っていたがここは初めて戦うリング上、カズマからリングでの戦いを学んでいるエルロンの方が有利であった。

 エルロンは着地後すぐにジャイロに向かって走り出す。ジャイロは次の攻撃に備えて手を前にしてカードを固めた。

 しかしエルロンの行動はまたしてもジャイロの予想を裏切った。エルロンはジャイロの横を通り抜けロープに突っ込んだ。一瞬エルロンを見失ってしまった。その直後背中に衝撃が走った。


 619、トップロープとセカンドロープに腕を固定してロープの間を潜る抜ける様に回転して両足で蹴りを入れる技。全身を使って回転して蹴るためその威力は計り知れない。


「619が決まった!ジャイロの背中をエルロンが蹴っ飛ばした!私自身初めて見ました!美しい弧を描き強烈な蹴りが襲いかかります!素晴らしいロープワークです!」

 観客はエルロンの見たことの無い技に歓声を上げた。そのダイナミックで軽やかな技は確実に少年たちの心を鷲掴みにしていた。


「エルロンお前はルチャドールになれ」

 数週間前、訓練所でカズマはエルロンにそう言った。

「ルチャドール?」

 エルロンは聞きなれない言葉に聞き返してしまった。

「いいか俺の世界にはメキシコって国があってそこではプロレスが大人気だった。そしてメキシコのプロレスをルチャリブレ、レスラーのことをルチャドールって言うんだ」

「はぁ」

 カズマの説明にエルロンは理解が追いつかなかった。

「ルチャドールはロープやポールを巧みに使って観客を沸かせるんだ。今までリングが無かったから出来なかったが今は違う。俺が知っているメキシコの技をお前に叩き込むからな」

 カズマやる気であったがエルロンはよく分からず気のない返事をするだけであった。

 しかしカズマが実演した技の数々にエルロンは少年の様に目を輝かせた。初めて見る技に思いもよらない動き。それは今まで憧れていた力強いカズマとは全く違う俊敏で軽やかなものであった。

「人には向き不向きがある。筋肉をつけようとしてもつかない。身長は頑張っても伸びない。ならファイトスタイルを変えるしかないだろう。エルロン小さい事を強みにしろ。プロレスは必ず応えてくれる」

 エルロンの決意は固まった。

 

 619を直撃したジャイロはうつ伏せに倒れていた。背後から衝撃はジャイロに甚大なダメージを与えていた。

 エルロンのはポストの上に登った。リングを背にして両手と翼を広げて観客にアピールした。そのアピールに観客は声援で応えた。初めてエルロンは自分だけの歓声を独り占めにできた。

 エルロンは宙を飛んだ。歓声の全てをその身に受け止めて。


 ムーンサルトプレス、コーナーポスト最上部からバク転しながら相手にのしかかる大技。その美しい軌道とから繰り出される技は己さえも傷つける事もある非常に危険な技である。


「ムーンサルトプレスが決まった!エルロンがジャイロにのしかかる!エルロンがリングを舞う!エルロンが宙を飛ぶ!漆黒の翼が我々を魅了してやまない!」

 エルロンは初めて闘技場で叫んだ。それはこれまでの憧れを追いかけて負け続けた自分に別れを告げる合図でもあった。

 ――カズマさんありがとうございます。僕はカズマさんの様に戦えないけどカズマさんと同じ位みんなを沸かして見せます!

 ジャイロは肩で息をしながら起き上がった。完全に舐めていた相手にここまでやられたて黙っていられる訳なかった。

「調子に乗るなよ、それくらい俺でもできる」

 ジャイロはエルロンにまたローリングソバットを喰らわした。ジャイロの攻撃は続く。思いっきり地面を蹴り上げバク転をしてエルロンの顎を蹴り上げた。

「ローリングソバットからのムーサルトキックです!ジャイロの激しい攻撃であります!ジャイロのムーンサルトは素早く残像が見えるようであります!」

 ムーサルトキックをモロに受けたエルロンは後退りした。ジャイロは止まらない。一気に加速をしてエルロンの腹目掛けて飛び込んだ。

「スピアーだ!これは強烈であります!ジャイロの翼で加速したスピアーを避ける事は出来ません!エルロン倒れ込みます!これは起き上がれない!」

 ジャイロは地面を蹴り上げて一気に上空に飛んだ。ジャイロの渾身の技でトドメを刺すつもりであった。

「ジャイロが空高く飛びます!これはまさかジャイロのフィニッシュホールドにいくつもりか!」

 ジャイロは両足を伸ばしてエルロン目掛けて垂直落下していく。


 ミサイルキック、ポストの上から相手にドロップキックをする大技。ドロップキックと違い上から落下しながら蹴るので威力が上がり相手を吹き飛ばす事ができる。


「ジャイロ必殺の有翼式ミサイルキックだ!この高さから攻撃はまずいぞ!しかしエルロン起き上がれない!」

 誰もが勝負あったと思ったその時エルロンがロープとリングの隙間から滑る様に場外に落ちていった。

 ジャイロのミサイルキックは不発に終わり誰もいないリングを突き刺した。観客はジャイロを見ていたためどうしてエルロンが動いたのか分からなかった。

 しかしジャイロは上から見ていたので分かっていただれがエルロンを場外に引き摺り下ろしたのかを。

「バフェット!なにをしている!」

 ジャイロの叫び声が闘技場に響く。

 バフェットは倒れたエルロンの傍に立っていた。そうバフェットがエルロンを場外に引き摺り下ろし窮地を救ったのだ。

「どうした事でしょう!トライストームズのメンバーであるバフェットがエルロンを助けました!一体なにが起きたのか分かりません!」

 ジャイロはロープに掴まりバフェットを糾弾した。

「どういうつもりだ!お前!ふざけてんのか!」

 しかしバフェットは何も言わずに笑っている。エルロンはその隙を見逃さなかった。勢いよく飛び起きリングサイドで吠えるジャイロに向かって走り出す。そしてジャイロに向かって高く飛び上がりジャイロに正面から肩車の状態になるように着地した。


 フランケンシュタイナー、相手の肩に膝をかけバク宙の要領で相手を巻き込んで投げる大技。高い身体能力と危険を顧みない精神力が必要で受けた相手は頭から地面に叩き落とされる。


 エルロンは曲げた身体を伸ばして腿で掴んだジャイロの頭を一気に持ち上げた。ジャイロの身体が浮き制御を失う。そのまま弧を描きながら場外に叩き落とされた。

「断崖式フランケンシュタイナーが決まった!ジャイロをリングから一気に場外に投げ捨てました!またもやエルロン華麗な美技!実況だけではお伝えできません!」

 場外に叩き落とされたジャイロは起き上がれなかった。見上げると助けもせず笑っているバフェットが見える。

「……クソ野郎」

 ジャイロは立ち上がれなかった。這いつくばりながらリングに向かった。

「ジャイロリングに戻れない!必死に手を伸ばすが時間の流れは非常であります!10秒です!ジャイロ選手はリングアウトから10秒経ったので負けであります!勝者エルロン!漆黒の翼のエルロンが勝利を収めました!」

 闘技場は歓声と同時にざわざわと驚きに溢れていた。それは見たことの無いエルロンの技に驚愕したのとバフェットがエルロンに協力した事だ。

 カナードがバフェットに詰め寄った。

「バフェット!どういう事だ!」

 カナードがバフェットの胸ぐらを掴んだ。

「どうもこうも、こういう事です」

 バフェットの周りに黒い煙が立ち上る。思わずカナードは手を離してしまった。黒い煙はバフェットの全身を包んだ。

 煙が消えるとそこには紫のコスチュームに身を包んだバフェットが立っていた。バフェットはポケットから赤い布を取り出し腰に巻き付けた。

「お前まさか」

 カナードは言葉を失った。

「そういう事です元リーダー」

 バフェットはリングに上がりエルロンと肩を組んだ。

「何とトライストームズの一員であるバフェットがヘルウォーリアーズの仲間になったではありませんか!これは事件です!まさかの裏切り行為!その微笑の裏には悪魔が住んでおりました!」

 闘技場は更なる驚き包まれた。リングにヘルウォーリアーズの残りの人間が上がった。

「そう言う訳だカナードちゃん」

 バッドスカルはカナードに向かって挑発した。

「それでどうする?そこに転がっている奴は動けない。こっちはまだ3人もピンピンしてるぜ?」

 カナードは圧倒的に不利な状況であった。3対1ではどうする事も出来なかった。まさかバフェットが裏切るとは思いもよらなかった。カナードが諦めかけたその時闘技場に音楽が鳴り響いた。それは入場曲サンクチュアリであった。

「この曲は!まさか来てくれたのか!我らの貴公子が!」

 入場口からノーゼンが現れた。ノーゼンに観客は歓声上げた。これはノーゼンがやられた事をカナードにやり返した形になった。

「そういうことね、やられたよノーゼンちゃん」

 ノーゼンは嬉しそうにカナードの横に立った。してやったりと言った表情であった。

 ノーゼンの登場にグルニエが反応した。

「この前襲撃されたのにも関わらずのこのこと1人で出てきて。もう一度痛い目を見たいようですね?」

 ベアルが構えた。しかし圧倒的人数不利の中ノーゼンは臆する事なく喋り始めた。

「誰が1人で来たって?」

 闘技場に入場曲「パワーダイヤモンド」が響く。

「この入場曲はまさかいるのか!来てくれたのか!あの男が来てくれたのか!」

 入場口から黒人の大男が入ってきた。

「バンカーの入場です!まさに圧巻!今闘技場の圧倒的人気であるレスラー達が揃い踏みであります!」

 バンカーは黄色のロングタイツを履いており上半身は鍛えた筋肉だけを携えて入場してきた。

 闘技場の興奮は頂点に達していた。

 バンカーとノーゼンそしてカナードと起き上がったジャイロはリングに上がった。グルニエを除き鍛えられた男たちがリング上で睨み合う姿は凄まじい迫力であった。

「これで人数は揃った」

 バンカーが喋った。確かに両陣営4対4の構図になっていた。

「これで対抗戦といこうや。別に俺が入っても文句はねーよな?バッドスカルさんよ」

 バンカーはバッドスカルを睨みつけた。バッドスカルは臆する事なく笑いながら

「いいぜ雑魚が何人いようと構わねー。全員ぶっ壊してやるからよ」

 と挑発した。

 観客は熱狂した。人気レスラーの連合とヘルウォーリアーズが真っ向から対決する事に。

「それでもあなた達が不利なのは変わりませんよ。何故なら既にエルロンは勝利しているのです。今更増えたところでこちらが勝つに決まってます!貴方も観客も計算が出来ないのですか?」

 グルニエはバンカーを挑発した。

 「確かにな。俺はやりてーけどよ観客はまだ混乱してる様だからし後日仕切り直しといこーや」

「誰が勝手に決めているんですか?このデカブツ!愚かな市民に配慮する必要などありません」

 グルニエはバンカーの勝手な提案に怒っていた。市民はグルニエの言葉にブーイングした。

「私が許可した」

 その言葉を聞くのは2度目だった。貴賓席を見るとセスメントが立っていた。

「領主様まさか我らを裏切りこの愚か者どもにつくのですか?」

 グルニエはセスメントを睨んだ。

「確かにヘルウォーリアーズには世話になったが今日で対抗戦が終わってしまうと闘技場の収益が減ってしまう。ならば来週に持ち越してまた対戦させるのが経営というものではないか?」

 グルニエは言葉を詰まらせた。

「そして次の試合は国王陛下がご出席なさる。御前試合になる事が決定した」

 セスメントの言葉に闘技場はざわついた。この事はバッドスカルも知らなかった。

「グルニエよ王命であるが何か申す事はあるか?」

 セスメントの言葉にグルニエは頭を下げるしか無かった。

「何もありません。全ては陛下の御心のままに」

 グルニエは従うしかなかった。

「そういう訳だ陛下の前で恥ずべき試合をしない様鍛錬に励むがいい」

 セスメントは言いたい事だけ言って帰って行った。

「何という事でしょう!まさかまた国王陛下が観戦なさる御前試合が開催される事になりました!この対抗戦は闘技場の支配を巡る以上の戦いになることが予想されます!」

 闘技場はバフェットの裏切り、ノーゼンとバンカーの登場、そして御前試合の決定と様々な事が一度に起き混乱していた。

「そういう訳だ文句ねーな」

 バンカーはバッドスカルに喋りかけた。

「仕方ねーな陛下のご意向なら従うしかねぇ、撤収だ」

 バッドスカルの指示にヘルウォーリアーズはリングから降りようとする。

「ああ、ちょっと待てそこの細いの」

 バンカーがグルニエを呼び止めた。

「さっきから俺に向かってデカブツとか計算がどうとか言ってたな」

 バンカーの言葉にグルニエは冷や汗をかいた。周りを見ると他のメンバーは既にリングから降りてしまった。

「それに俺たちの大切な観客にも喧嘩を売ってたな」

 観戦はバンカーの言葉に賛同した。

「俺は出てきただけで物足りねーんだよ」

 そう言うとバンカーはグルニエの首を掴み持ち上げた。

「ひい!」

 グルニエから情けない悲鳴が漏れた。もちろんバンカーとの約束で決めた流れではある。しかし怖いものは怖いのだ。

「お手柔らかに」

 グルニエが囁いた。それをに聞いたバンカーはニヤリと笑いながら言った。

「考えとく」

 バンカーはグルニエを地面に叩きつけた。


 チュークスラム、相手の首元を掴み持ち上げて地面に叩きつける技。長身の選手ほどその威力が増し叩きつけられた相手は全身にダメージを負う。


「チョークスラムが決まった!バンカーが悪の軍団に正義の鉄槌!勝ちっぱなしは許さない!これで対抗戦は免れないでしょう!決定的に対立したと言っていいでしょう!」

 バンカーのチョークスラムは闘技場を大いに沸かせた。偉そうで口の悪い小悪党を叩きつけたのだから。

 グルニエはリング上でのたうち回ってる。グルニエの足をエルロンが引っ張り場外へ救出した。

 エルロンは騒いでいるグルニエを引きずりながら去っていた。リングの上にはバンカー、ノーゼン、そして2人なってしまったトライストームズが残った。

「そう言う訳だ、悪いなみんな。だが来週必ず奴らと決着をつける。それも国王陛下の目の前でだ」

 バンカーが観客に向かって喋り始めた。

「奴らに闘技場を支配させるつもりはない。必ず俺らの手で奴らの横暴を終わらせてやる」

 バンカーの演説に観客は歓声を送った。それを苦い顔で見ているのがカナードとジャイロだ。しかしこれはノーゼンに対してやった事なので彼らは抗議する事はできなかった。

「じゃあな応援よろしく頼むぞ」

 そう言うとバンカーはリングから降りた。続いてノーゼンも降りていく。納得出来ないが渋々カナードとジャイロも降りた。

 花道沿いの観客は手を伸ばして彼らを出迎えた。バンカーもノーゼンもしたり顔で歩いていく。カナードとジャイロは必死で顔を取り繕ってファンに対応した。

 ここまで惨めな状況はカナードにとって初めてであった。しかしカナードはプロレスラーである。リングでの借りはリングで返さないといけない。入場口から去る時にカナードは振り向いてリングを見た。

 ――必ずやり返してやるよ

 そう決心してカナードは去っていた。

 

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