貴公子ノーゼン対剛腕のベアル

バッドスカルの帰還は瞬く間に市内に広まった。勿論マネッティアが新聞で大々的に報じた影響でもあった。市内はバッドスカルの噂で持ちきりだった。そして何故かカズマが帰ってきた事も噂になった。カズマはまだ表舞台に上がってないのだが不思議とその噂も流れた。


 執務室のセスメントは市内の盛り上がりを報告で聞いて一安心した。

 ――これで闘技場に人が戻る、カズマ殿ありがとうございます

 しかしセスメントは疑問に思っていた。何故カズマはヘルウォーリアーズなどと言う悪役をやっているのか。カズマ自身が出ればそれで人気が戻るはずのにわざわざ市民に喧嘩を売るような事をしたのか理解できなかった。

「これが流れの知恵なのか……」

 セスメントは勝手に納得してしようとした。やはりプロレスはこの世界の人にとってまだまだ理解されていなかった。

 セスメントは机の上の工事計画書を手に取った。そこには闘技場の改築計画が記されていた。改築と言っても簡易的なもので次の休日までには完了する。大した予算もかけずにできる工事であり、なりよりそれは実に魅力的な計画であった。セスメントは闘技場の復興を確信した。

 セスメントは一つ大きく息をした。まだ微かに葉巻の匂いが残っていた。その匂いで捕まった父の事を思う。

 ――きっと父はカズマ殿に頼り頭を下げた私を怒るだろ。でも今は貴族の矜持など言ってる場合ではない。なんとしても歴史あるベニヤー家を存続させなければならない

 セスメントは窓から闘技場を見た。必ずや市民はカズマを支持する。その時セスメントの立場は確実に危うくなる。セスメント自身は何もしていないが確実に市民には貴族への不信感がある。その時に市民は英雄を求める。これはモルダーが恐れていたことだ。

 カズマからは闘技場の改築の他にもう一つ頼まれごとをしていた。正直これがよく分からなかった。カズマは自分を嵌めようとしてるのではないかとさえ疑っていた。しかし何でも頼んでいいと言った手前断らなかった。それはセスメントの人の良さにも起因している。

 ――カズマ殿本当にこれでいいのですか。これが流れの知恵というものなのですか?

 セスメントは領主の仕事に取り掛かる。しかし心ここに在らずといった具合で全く進まなかった。


 休日の闘技場は人で溢れていた。復帰したバッドスカルを観ようと市民が詰めかけていたのだ。

 ノーゼンも闘技場に到着するとすぐに人だかりができた。ノーゼンは闘技場の外では市民とそれほど変わらない格好だが汚れひとつない服とその立ち振る舞いは市民とは全く服を着てるかと錯覚させるほどであった。

 こんなにも人が集まったのはノーゼンにとっても久しぶりだった。ノーゼンにファンは応援の言葉を次々に口にした。

「頑張ってください!」「応援してます!」

 ノーゼンもファンに笑顔で対応する。このファンサービスもノーゼンが人気である理由の一つであった。

 闘技場の周りには屋台が出ており皆観戦するためのつまみや飲み物を買っていた。その一つに多くの人だかりができていた。

 ノーゼンもその人だかりに気付いた。

 ――随分と人気な屋台のようです、そんなに美味しいのでしょうか

 屋台に列ができるのは珍しくない。だがここまで人が集まっているのは見たことがなかった。これもバッドスカルのおかげなのかもしれない。

 ノーゼンは屋台が気になったがこの後すぐに試合がある。ノーゼンは気になる気持ちを抑えつつ選手専用の入り口に入って行った。


 控室で待機していたノーゼンの心中は複雑であった。闘技場に客が戻ってきたのは素直に嬉しかった。しかしノーゼンも何もしていなかった訳ではない。試合の外ではファンと交流し、試合の中では磨き上げた技でファンを沸かせていた。そうやって観客を闘技場に留めていた。それを2年間姿を消していた人間が好き勝手に荒らして行ったのだ。それにノーゼンは納得出来なかった。

 ――おそらくあの悪役の様な振る舞いも演技なのでしょう。騎士団長を解放した時も自ら悪役になりわざと反感を買っていた。ならば私のやることは一つ、正義らしく悪を蹴散らしてやりましょう

 ノーゼンはバッドスカルの意図を理解していた。しかしその全容はノーゼンには見えていなかった。無理もないノーゼンはプロレスを知らないからだ。

 控室の扉を叩く音がした。

「ノーゼンさん時間です」

 闘技場の人間がノーゼンを呼び出した。ノーゼンは立ち上がり髪をかきあげた。扉を開き舞台へと向かった。

 ――嫌々ながら踊ってあげましょう。そして最後に立っているのは私です

 ノーゼン身体を白い煙が包む。煙が消えると緑のコスチュームに身の包んだノーゼンが現れた。その顔はファンに向ける爽やかな笑顔ではなく鋭い冷たい目をしていた。

 

 闘技場にマネッティアの実況が響く。

「皆様大変長らくお待たせしました。本日の実況は私マネッティアが務めさせて頂きます」

 マネッティアの実況に歓声が上がった。観客席は待ちきれないようだ。

「本日は電撃復帰したバッドスカル率いるヘルウォーリアーズ対今をときめく闘技場の人気レスラーノーゼンによる試合となっております。この試合の結果によってはこの闘技場の行末が大きく変わることでしょう。皆様待ちきれないようなので早速いってみましょう。選手入場です!」

 闘技場は大いに盛り上がった。何処からか煌びやかな音楽が鳴り闘技場に響くわたる。ノーゼンの入場曲「サンクチュアリ」だ。

 その入場曲が流れノーゼンのファンは黄色い歓声を上げた。ノーゼンがコスチュームに身を包み颯爽と入場してきた。ノーゼンの姿を見てファンは一層大きな声で歓声を送った。

 入場したノーゼンは驚いた。闘技場の変貌ぶり。観客が舞台まで降りてきていたからだ。選手たちの通路と観客席は柵で仕切られておりこちら側に入れない様になっている。ノーゼンも事前に舞台を見たがまさかこれ程まで観客が近くにいるとは想像出来なかった。

 ノーゼンの入場を間近で見た観客の声がすぐ隣で聞こえてくる。非常に臨場感のある闘技場に生まれ変わった。

 ――これはいい。観客も近いし、より多くの人が闘技場の中に入れる

 これもバッドスカルの知恵であろう。ノーゼンは敵ながら感心した。

 ノーゼンが舞台中央に歩きながら手を伸ばす観客に応えてハイタッチしていく。手が触れるたびに闘志が湧いてくる。触れることができた観客は喜び飛び跳ねている。

 舞台中央には土でできた六角形のリングができていた。舞台に降りた観客が見れるように六角形のリングは盛り土になっていてた。その上に6本のポールが六角形の角に配置され、ポールをぐるりと包囲する様に三本のロープが上中下段に張り巡らされていた。

 これを見たノーゼンは奇妙な舞台を作ったものだと思ったがリングに上がるとバッドスカルの意図を理解した。

 ――なるほどこのリングとやらに上がると下の観客も見えるし、ロープで落下防止と観客の見やすさを両立しているのですね

 これは魔獣と戦っていた頃には設置できなかった代物であった。人間同士の戦いの為に作られた舞台である。

「さあノーゼンが颯爽と舞台に上がり声援に答えます。さあ次はヘルウォーリアーズの入場です!」

 闘技場はバッドスカルの入場を心待ちにしていた。ヘルウォーリアーズの入場曲「ヘカトンケイル」が闘技場に響き渡る。

 舞台の入り口から黒煙が噴き出す。黒煙の中に三つの影が見える。黒煙を振り払いヘルウォーリアーズが入場した。しかしその中にバッドスカルの姿は無かった。

 グルニエを先頭にエルロンとクリーソーが堂々と歩いてきた。そのことに観客は野次を飛ばした。

「ふざけるな!バッドスカルはどこだ!」「バッドスカルをだせ!」「帰れお前ら!」

 闘技場はブーイングに包まれた。先ほどの歓声は何処へやら闘技場の空気は一変した。バッドスカルを楽しみにしていたのに知らない男たちが出てきたのだから。

「ブーイングの嵐であります。何とバッドスカルの姿がありません!どうした事でしょうか!これでは観客は納得できません!」

 3人はそんな事を気にせずリングに上がった。

 リングで待っていたノーゼンは明らかに不機嫌そうだった。

「君たちどういう事だい?バッドスカルはどうしたのですか?」

 ノーゼンは3人に話しかけた。ちなみにリングのポールには風魔法が施されておりリングの中の会話はすべて観客に聞こえる様になっていた。

 ノーゼンの問いにグルニエが答えた。

「思い上がってはいけません。我が盟主があなた如きをいきなり相手するわけないでしょう。それに市民どもも何を期待していたのか」

 グルニエの言葉にさらにブーイングが激しくなる。

 何故グルニエが喋っているのか、何故ヘルウォーリアーズに加わっているか単純な疑問がある。

 それは後ろに控えているエルロンとクリーソーがお喋りが苦手であったからだ。カズマとの特訓中2人はマイクの練習をしたが全くダメであった。エルロンは弱気で強い口調でしゃべれずクリーソーは上手く言葉が続かなかった。そこで闘技場で働いてたグルニエに喋らせたところ出るわ出るわ悪口の数々。元々グルニエは商人であり貴族を口で騙して壺を売り捌いてた。そのためグルニエの口は大変よく回った。それで2人の代わりにマイクをする特別顧問としてヘルウォーリアーズに加わった。

 ノーゼンは冷たい目で3人を見ている。

「そんな事許されると思うのかい?観客は納得しないよ」

 ノーゼンは当然の反応を示した。観客からはそうだそうだとノーゼンに賛同する声が上がった。しかしグルニエは笑いながら続けた。

「いいえ、貴方が許さなかろうが市民が許さなかろうが関係ありません。我々は許可されたのです」

「一体誰に許可されたって?まさか盟主様とか言うじゃないだろうね?」

 ノーゼンはイラついていた。すぐにでもこのむかつく小悪党顔を蹴り飛ばしたかった。しかし明らかに選手ではない人間を蹴り飛ばすのは流石に世間体が悪かった。

「私が許可した」

 誰かの威厳のある声が闘技場に響いた。観客たちはキョロキョロ辺りを見回している。実況のマネッティアが叫んだ。

「あれは!貴賓席をご覧ください!領主様です!セスメント・ベニヤー様が立っておられます」

 先ほどの声の主はセスメントだった。闘技場は騒然としたまさか領主が出てくるとは思わなかった。観客は皆姿勢を正した。

「私がヘルウォーリアーズに許可したのだ」

 セスメントは改めて答えた。セスメントの表情はいつもの穏やかのものではなく、傲慢そうな顔つきになっていた。

 ノーゼンは膝をつきセスメントに陳情した。

「お言葉ですが領主様。これはあんまりでございます。私も市民も納得できかねます」

「くどいぞノーゼンよ。私はバッドスカルの言葉に従うだけだ。バッドスカルは私に利益をもたらしたからな」

 そう言うとセスメントは赤い布を取り出した。

「それはいったい?」

 ノーゼンはセスメントが取り出した赤い布が何なんか分からなかった。よく見ると観客にも赤い布を腕や首に巻いている者がいた。それに気がつくとノーゼンには闘技場が異様な光景に見えた。いったいあの赤い布はなんなのだろうかノーゼンは不安になった。

 セスメントがノーゼンの問いに答えた。

「物販だ」

「物販?」

 ノーゼンは知らない言葉に聞き返してしまった。


 時を少し遡り闘技場の前の屋台ではグルニエが物販を売り捌いていた。

「こちらバッドスカル様が率いるヘルウォーリアーズの証である赤いのバンダナでございます。これを巻きつけバッドスカル様の配下になりましょう。ご家族で来られた方には2枚目は三割引きでございます。はいありがとうございます3枚お買い上げです。数に限りがありますので欲しい方はお早めにお並びください」

 流石商売人、言葉巧みにただの赤いバンダナを売っていく。先ほどノーゼンが見た人だかりはグルニエの屋台のものだった。


「バッドスカルは物販によりこの闘技場に多大な利益を生み出した。ならばバッドスカルの願いを少しでも叶えてやろうと思うのが人情ではないのか?」

 セスメントは袋から金貨を取り出しジャラジャラと物販の収益を見せつけた。

 ノーゼンは何も言えなかった。領主がそこまで言うのなら従う他なかった。

「そういう事だ自称人気者」

 バッドスカルの声がする。バッドスカルが当然の様に貴賓席から現れた。その姿を見た観客は歓声を上げた。

「バッドスカルです!何とバッドスカルが貴賓席に現れました!」

 前回闘技場にいなかった観客は本当に復帰したのだと喜んだ。もちろん先日見た観客もまた会えた喜びを噛み締めていた。

 バッドスカルはノーゼンを挑発する。

「だから言ったろ?闘技場はヘルウォーリアーズが支配すると?俺と戦いたきゃまずは俺の配下、剛腕のベアルを倒してからだ。お前如き俺が相手するまでもない」

 クリーソーは前に出た。クリーソーだと思われていたマスクマンはベアルという全くの別人であった。

「ベアル!そいつを処分してヘルウォーリアーズの力を示せ」

 バッドスカルがベアルに命令し貴賓席にある椅子にふんぞり返りながら座った。ベアルは雄叫び上げてそれに応えた。セスメントも椅子に座り試合を観戦する。グルニエとエルロンはリングが降りた。リングの上にはノーゼンとベアルだけが残された。

「領主様が出てきたら従うしかないね。さっさと君を倒してバッドスカルを引き摺り出そうじゃないか」

 ノーゼンはやる気に満ち溢れていた。ここまでコケにされたらタダで帰るわけにはいかなかった。

「それでは試合のルールの確認をします。この度闘技場は大きく改築されたことにより新たなルールが加わりました。まず勝利条件は変わらず相手をノックアウトかギブアップに追い込むかです。選手はリングの上で試合をしリングから落ちたら10秒いないにリングに上がらなければその選手は失格となります」

 マネッティアが実況席でルール説明をする。実は実況席も舞台におりてリングに最も近い場所に設置されていた。マネッティアの横にはタイムキーパーが座っておりゴングとカウントを担当する。闘技場はどんどんプロレス会場に近くなっていった。

「それでは両者いつでも始められるようです。それでは貴公子ノーゼン対剛腕のベアルの試合を開始いたします!」

 ゴングの音が高らかになった。両者ファイティングポーズをとり試合が始まった。観客はノーゼンの応援をしている。それもそのはずベアルなんて選手は誰も知らずバッドスカルを見にきた観客はがっかりしているのだから。

「さあゴング高らかに鳴り響きます。何度もコケにされているノーゼンとしては絶対に負けられない戦いでしょう。そして相対するはドワーフのマスクマン、剛腕のベアル。こちらの選手の情報はなく何をしてくる全く分かりません。しかしバッドスカルの仲間と言うことは油断ならないでしょう」

 ノーゼンが動き出した。一気に片をつけるつもりだ。ノーゼンは走り出し横に向きベアルの顔面目掛けて蹴りを入れた。


 トラースキック、身体を横向きにし足を真っ直ぐ伸ばして相手を蹴り倒す蹴り技。その美しい体勢から繰り出される技を顔面に受けた相手はその衝撃で倒れることになる。


「トラースキックが決まった!ノーゼンのトラースキックがベアルの顔面に突き刺さる!ベアルは顔面にもろに喰らってしまった!美しい技とは裏腹に何という威力でしょう!」

 ノーゼンのトラースキックは美しかった。その真っ直ぐ伸びた長い足とバランス崩さず片足で立っている姿は彫刻のようであった。体勢が綺麗という事はそれだけ技のキレもあり細身のノーゼンから繰り出される蹴りは見た目以上の威力があった。

 何とか堪えたベアルにノーゼンは追撃をいれる。その場で飛び上がり両足でベアルを蹴っ飛ばした。

「ノーゼンのドロップキックが炸裂!ベアルが倒れ込みます!これはとんでもない威力だ!高い打点から下に向けての蹴り!これは危ない!ベアルなす術がありません!」

 2人の身長差からノーゼンのドロップキックは斜め下に突き刺すように蹴られた。当然通常のドロップキックより威力は増しベアルは吹き飛ぶように仰向けに倒れた。

 ――なんだあっけない、簡単に倒れてた

 ノーゼンは心底がっかりした。バッドスカルが差し向けた選手だからどんなものかと思ったら簡単に倒された。

 倒されたベアルを見て観客は盛り上がった。

 ベアルは仰向けになりながら思い出した。カズマと過ごした特訓の日々を。


 カズマの特訓は技を受ける受け身の訓練から始まった。何度も自分から飛び上がり受け身をとり、何度もカズマに蹴られては受け身をとり。特訓というより虐待に近かった。

「何でこんなに受け身をするんだ?」

 ベアルはカズマに質問をぶつけた。突然の質問であった勝つ為の特訓をしていると思ったら技の練習をしないのだから。カズマはベアルの質問に答えた。

「プロレスは攻めと受け二つの要素を組み合わせて初めて完成する。観客は選手の攻防を観たいのであって一方的に技をかけて勝てばいいってもんじゃない。不満があるならベアル俺に技をかけてみろ」

 カズマは両手を広げて待ち構えた。ベアルは遠慮なくラリアットをかました。

 ラリアットを受けたカズマは地面に叩きつけられた。その動きから凄まじい威力と推察された。横で見ていたエルロンの顔が青ざめるほどだった。しかしベアルの顔は納得いってない様だった。

 ――確かにラリアットは決まった。しかし何だこんなにも吹き飛ぶのか?まるでワシが強くなった様だ

 カズマは起き上がりベアルに説いた。

「これがプロレスの受けだ。相手の技を際立て自分は衝撃を受け流す。受けは相手の為であり自分の為でもある」

 それからカズマによる受けの訓練は続いた。特訓期間は十数日であるがベアルとエルロンの受けは中々様になってきた。


 ベアルは起き上がった。

 ――流石ノーゼンだ、しかし受けを覚えたワシをそれだけで倒す事はできん!

 起き上がったベアルを見てノーゼンは少し驚いた。確実に決まったと思っていたからだ。

「君しつこいね」

 ベアルはノーゼンに向かって突っ込んでいった。ノーゼンはまたトラースキックの体勢に入った。今度こそベアルを仕留める為に手を抜くつもりは無かった。

 しかしノーゼンの右足から放たれたトラースキックは空を刺す。ベアルは大きく身を屈めてタックルの体勢でノーゼンの懐に入りノーゼンなら左足を捕まえ、上に向かって放り投げた。

「ノーゼンが投げ飛ばされた!ベアル何て馬鹿力でしょう!成人男性を軽々と放り投げてしまった!」

 上に放り投げられたノーゼンは空中で一回転して仰向けに地面に激突した。ノーゼンは完全に油断しており呆然と空を眺めた。

 ベアルの攻撃はここからだった。ベアルは地面を蹴りノーゼンの腹目掛けて尻から落ちていく。


 ヒップドロップ、地面に倒れた相手目掛けて尻から落ちていく技。その間抜けそうな見た目とは裏腹に相手の全体体重が一気に落ちてくるため侮れない技である。


「ヒップドロップが決まった!ノーゼンの腹目掛けてベアルのヒップドロップがのしかかる!これは痛い!ノーゼン悶絶しております」

 ベアルは立ち上がり両手を上げて咆哮を上げた。その咆哮に観客は盛り上がっている。最初の反応とは大きく変わった。

 ノーゼンはフラフラになりながら立ち上がった。ノーゼンは完全に不覚をとられた。ノーゼンは髪をかきあげた。髪から見えたノーゼンの表情は険しくベアルを完全に敵とみなしていた。

 ノーゼンとベアルは再び相対した。試合の始めと違い2人の間の空気は張り詰めていた。

「さあ仕切り直しです!ノーゼンの華麗な蹴り技にベアルの怪力が立ちはだかります!リングの上では猛獣狩りが行われております。狩るか狩られるか真剣勝負!一瞬の油断が命取りです!」

 ベアルは再びノーゼンを掴みにかかる。ベアルのやり口を知ったノーゼンはヒラリとベアルをかわした。そこからノーゼンは飛び上がり延髄斬りを打ち込む。

「まさに一閃!ノーゼンの延髄斬りがベアルを切り裂く!切れ味鋭いその蹴りにベアル堪らず膝をつきます」

 しかしベアルは倒れない。今度はノーゼン着地を狙って両足を掴んだ。足を掴まれたノーゼンは仰向けに倒れ込んだ。ベアルは足を抱えてその場で回り始めた。


 ジャイアントスイング、相手の両足を脇に抱えて回転する大技。非常に派手な技であり喰らった相手は平衡感覚を失う恐ろしい技である。


「回る回る!ジャイアントスイングであります!ベアルがノーゼンの足を抱えて回っております。リング上に地獄の大車輪が現れました!この大車輪に巻き込まれたら誰も逃れる事はできない!」

 10回ほど回してベアルはノーゼンをコーナーポスト目掛けて放り投げた。ノーゼンはなす術なくポストに激突した。

 ジャイアントスイングは小さく目立たないベアルの為にカズマが出した答えだ。ベアルも豪快なこの技が大好きでありお気に入りの技になった。その練習に付き合わされたエルロンはそれはボロボロの姿になった。

 ベアルはノーゼンに向かって走った。観客はとどめをさすと思って盛り上がった。しかしベアルは攻撃せずポスト上によじ登った。

「おおっとベアルは何をしているのでしょう。ポストの上に登っております。ポストが設置された初めての試合であり何が起きるか分かりません!」

 ポストの最上部でベアルは咆哮を上げ観客にアピールした。そしてポストからノーゼンに向かって飛び込んだ。


 フライングボディプレス、ポストの上段から相手目掛けて飛び込む大技。体重が重ければ重いほど威力が増し、直撃すれば大ダメージを受ける。


「フライングボディプレスだ!ベアルが宙に舞う!とてつもない衝撃がノーゼンに襲いかかる!何という破壊力!何という衝撃!これを喰らえばひとたまりもありません」

 ベアルは両手を上げてその日1番の咆哮を上げた。観客は新たなスターの誕生を歓声によって盛大に祝った。今まで見た事ない力強い技の数々に観客は魅了されていた。

 しかしノーゼンは立ち上がった。苦悶に歪んだ顔は優雅のかけらも無く、美しい技を繰り出した肉体は激しく肩で息をしていた。髪を整える余裕さえなかった。度重なる攻撃にフラフラになりながらもノーゼンの目は鋭くベアルを睨み、内なる闘志は燃え尽きていなかった。

 両者向かいあった。しかし明らかにノーゼンの方がダメージがあり圧倒的に部は悪かった。

 ベアルはもう一度ノーゼンに突進した。

「またそれか!なめるな!」

 ノーゼンはベアルの突進に合わせて右足でハイキックをした。ハイキックはベアルの右側頭部を蹴り抜いた。しかしベアルは倒れない。

 ノーゼンの攻撃は続く。後ろに振り向き回転しながら右足の踵で蹴った。


 ローリングソバット、回転して踵で相手を蹴り抜く蹴り技。使いこなすのは非常に難しい技であるが完璧決まれば相手の顎に回転し威力が増したかかとが突き刺さる危険な技。


「ローリングソバットがベアルの顎を捉えた!ノーゼン起死回生の一撃!ベアル堪らず膝をつく!これはいくら頑丈なドワーフと言えど耐えきれません!何と言う技の精度でしょう!満身創痍ながら技のキレは一向に落ちません!」

 ノーゼンは大きくバックステップしてベアルと距離をとる。ベアルは片膝をついて動けない。ノーゼンはベアルに向かって走り出した。ベアルの膝を踏み台にしてノーゼンの膝がベアルの顎に蹴りを入れた。


 シャイニングウィザード、片膝を立ちをしている相手の膝を踏み台にして膝蹴りを相手に当てるプロレス技。顔面に膝蹴りを当てるため非常危険な技である。


「シャイニングウィザードが決まった!ノーゼンの膝がベアルの顔面を蹴り抜いた!地獄の闇を浄化する閃光が悪魔の野望を打ち砕いた!これは立てない!ベアルは立てない!天を仰ぎ手を広げ倒れて動かない!この激闘の勝者はノーゼン!闘技場の貴公子ノーゼンが勝利を収めました!」

 ゴング音が高らかになった。ノーゼンに歓声が飛ぶ。それはノーゼンが味わった事ない熱狂ぶりだった。ノーゼンの顔が穏やかになり観客の声に手を上げ応えた。

 ノーゼンは貴賓席で高みの見物をしていたバッドスカルを睨みつけた。その目は次はお前だと確かに言っていた。

「エルロンやれ」

バッドスカルはエルロンに指示した。その声を聞くとエルロンはリングに上がりノーゼンを襲撃した。

「何と言う事でしょう!襲撃です!ノーゼンの勝利に水を差す何と言う愚行でありましょうか!ヘルウォーリアーズにルールなど通用しないのか!」

 ぼろぼろのノーゼンにエルロンの襲撃は対応出来なかった。倒れていたベアルも起き上がりノーゼンを襲撃した。2人でノーゼンを襲う光景に観客からはブーイングが出た。

「2人がかりです!これはひどい!何と非道でしょう!バッドスカルはノーゼンの勝利に納得がいかないようです!いくら何でもこれはひどい!」

 グルニエが笑いながら喋る。

「ヘルウォーリアーズに逆らうからそうなるのです。大人しく負けておけば怪我をせずに済んだものを」

 ヘルウォーリアーズが襲撃しているとどこからともなく声がした。

「その辺にしときな」

 そして壮大な音楽が闘技場に流れ始めた。

「この声は!そしてこれは入場曲ブルースカイ!まさかあの選手がきたのか!」

 観客はどこだどこだと辺りを見回す。風を切る音と共に空から大鷲の翼を持つ男が降りてきた。

「カナードだ!トライストームズのリーダー!カナードが駆けつけました!」

 カナードの登場に闘技場は大いに湧いた。まさに物語の英雄の様な登場であった。

 カナードはリングに降り立った。カナードの登場にエルロンとベアルは後退りをした。明らかにまずいといった表情であった。

「大丈夫か?ノーゼンちゃん」

 カナードはノーゼンの腕を引っ張り上げ立たせた。

「恩に着ると言っていいのかな?このタイミングは?」

 ノーゼンはヘルウォーリアーズの襲撃にタイミングよく登場したカナードを怪しんだ。

「それは後で話そう。今はあいつらだ」

 カナードとノーゼンはヘルウォーリアーズの2人を睨みつけた。カナードとノーゼンは勢いよく走りだし2人同時にトラースキックをそれぞれ決めた。

 トラースキックが直撃したヘルウォーリアーズはロープまで吹き飛んだ。その光景に闘技場は拍手送り喜んだ。

「2人同時のトラースキックキックが決まった!2人の英雄が地獄の軍団に裁きを下しました。なんという熱い共闘!」

「まずい!」

 グルニエが逃げ出そうと振り返るとそこには隼の翼のジャイロに、白鳥の翼のバフェットが立っていた。

「どこに行くんだ?」

「私達は話し合いにきたんです」

 ジャイロとバフェットがグルニエに詰め寄る。

「ヘルウォーリアーズが追い詰められました!今まで人数で圧倒してきましたが形勢逆転であります!」

 グルニエの抵抗虚しく2人はグルニエを脇に抱えてリングに連れて行った。

 リングにはノーゼンとトライストームズ、そしてヘルウォーリアーズが集まった。

「バッドスカルちゃんよ流石にやりすぎだぜ?」

 カナードが貴賓席にいるバッドスカルに話しかけた。

「今度はお前らか。ワラワラと鬱陶しいやつらだ。なんだ?なんのようだ?」

 バッドスカルは立ち上がりリングを見下ろした。

「こんな楽しそうな祭りに俺らを呼ばないなんて。俺らも混ぜろって、いけずだぜバッドスカルちゃん」

「そこのキザ野郎を倒したらお前らの番だから安心しろよ。それまでお家で大人しく寝てな」

 カナードとバッドスカル、両者一歩も引かない。

「そんな順番だなんてケチ臭いこと言うなよ。これでも我慢したほうだぜ?」

「まどろっこしい奴だ。言いたいことがあるならはっきり言いな。それともなんだ?ビビってんのか?」

 バッドスカルがカナードを挑発する。するとカナードから笑顔が消えた。

「降りて来いよ。さっさとやろうぜ?この玉無し野郎」

 闘技場はカナードの挑戦に盛り上がった。

「宣戦布告です!カナードがバッドスカルに挑戦状を叩きつけました!」

 バッドスカルとカナードは睨み合った。リング内にも緊張が走る。今にも殴り合いが始まりそうな空気がリング上に漂い始めた。

 そんな緊張感の中口を開いたのはセスメントであった。

「丁度いいではないかヘルウォーリアーズもトライストームズも3人いる。それぞれ1人づつ試合をして決着をつければ」

 セスメントの提案にカナードは乗った。

「領主様聡明なご決断誠に感謝します。て言うことだバッドスカルちゃん文句はねーよな?」

 バッドスカルも笑いながら頷いた。

「いいだろう。相手してやるよ。だがベアルは試合をした後だこれじゃあフェアと言えねーよな?」

「なるほど確かにバッドスカルの言う通りだ。ならば1週間後試合を行う事にしよう。皆のものそれで構わないな」

 セスメントが勝手に試合の日程を決めた。領主の決定に逆らうものはいなかった。それどころか領主には拍手が送られ歓声が飛んだ。

「じゃあ帰るぞ」

 バッドスカルが言うとリングに上がっていたヘルウォーリアーズはリングから降りそそくさと帰っていた。その姿は登場の威圧感は感じられなかった。バッドスカルも貴賓席から姿を消した。

 やれやれとカナードたちも帰ろうとするとノーゼンが呼び止めた。ノーゼンは納得いってない様子だった。

「カナード待ちなさい」

 ノーゼンの声かけにカナードは口に指を当て小声で喋った。

「後でな、今はファンの歓声に応えようぜ」

 カナードたちは手振りながらヘルウォーリアーズとは別の出口へと去っていく。ノーゼンもカナードの後をついていく。通路脇にいるファンから惜しみない賛辞の言葉をノーゼンはかけられた。

 ノーゼンは笑顔で声援に応えた。しかし胸の内は闘志が湧き上がっていた。

 ――バッドスカル、どうやらあなたが全部仕組んだのでしょう。いいでしょうせいぜい華麗に踊ってみましょう

 ノーゼンは笑顔を崩さない。ノーゼンはその姿が見えなくなるまで笑顔を続けた。暗い通路に入っても実況が聞こえてきた。

「来週はトライストームズとヘルウォーリアーズの全面戦争です!どうぞ皆様お楽しみください!」

 その言葉を聞きノーゼンは壁を殴りつけた。ノーゼンは未だかつてここまで怒ったことはない。

 ――必ず借りは返します

 ノーゼンは決意し暗い通路に消えていった。

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