軍団抗争編
帰還
また異世界に戻ってきた坂東カズマは悩んでいた。せっかく闘技場で殺し合いを終わらせプロレスを流行らせたのにそのプロレスがあまりに酷かったからだ。
圧倒的強者が弱者をプロレス技で痛めつける、いじめのようなプロレスをしていた。いや、もはやそれはプロレスとは言えない。
プロレスとは攻めと受けの技の攻防。それが魅力であり一方的に技をかけ相手に何もさせず倒すなど言語道断でありカタルシスの欠如でもあった。
カズマはまず何をするべきか悩んでいた。カズマが出て試合をすればそれでプロレスになる。ただそれだけじゃ駄目で、もしまた突如元の世界に帰ることになったらここの選手はまた同じように一方的な試合をすることになるだろう。その為には観客と選手の価値観を変えプロレスといったい何なのかを広めていかなくてはならない。
――しかしどうやってそれを理解させるか、プロレスの構造自体少し難しいからなぁ
カズマは頭を悩ます。弱者は受け入れてくれるだろう技をかけることができ活躍の場が増えるからだ。しかし強者は違う。好き好んで技をかけられる奴などいない。お願いしたところで快諾されると思えない。
「選手の育成か……」
カズマは呟いた。カズマレベルじゃなくても選手を鍛えてプロレスを教えるしか近道はない。現状勝てずに燻っている選手は必ずいるはずでありその選手をスカウトする事にした。
無言で考えているカズマにグルニエが話しかけた。
「旦那マネッティアにあって欲しいです。あいつもきっと喜びます」
マネッティアはカズマのそしてプロレスのファンであり実況を担当してくれた男だ。
「今いるのか?」
「はい、プロレスが好きすぎるあまり闘技場の一室を占拠してそこで新聞を書いてます」
それは暁光であった。マネッティアなら選手にも詳しいし何よりプロレスの事を深く理解している為現状に不満を抱いているに違いなかった。何よりカズマのファンでありカズマの言う事なら何でも受け入れるはずだ。
「よし、じゃあ全ての試合が終わって観客が帰ったらマネッティアの部屋に向かおう。それまでここで試合を見ている」
「分かりました。マネッティアに帰らないように伝えときます」
グルニエが部屋から出て行こうとする。
「待ってくれ、おれが帰って来たことはマネッティア以外誰にも言うな」
カズマがグルニエを呼び止めた。
「分かりやした絶対に言いません。マネッティアにもそう伝えときます。部屋の前に清掃中の看板を出しとくのでゆっくりしてくだせぇ」
グルニエは扉を閉めて出て行った。元々牢屋だったこの部屋も鉄格子は外され簡易ながら壁と扉が付けられていた。カズマはこの部屋の小窓から舞台のプロレスを観戦した。そしてやらねばならない事を頭の中で挙げていった。
全ての試合が終わり観客はみな帰路についた。そんなに観客は多くないのでカズマが戦っていた時と比べると皆スムーズに闘技場から出ていく。
空が茜色に染まったころ部屋の扉が叩かれた。
「旦那、グルニエです」
グルニエが扉を開けて顔を出した。
「行きやしょう。ついて来てくだせぇ」
カズマは部屋から出てグルニエについていった。廊下は薄暗く誰もいない。2人の足音が廊下に響き渡る。
「そういえばこっちに来るのは初めてか」
カズマは呟いた。闘技場で戦っていた頃は戦いが終わるとすぐに牢屋に連れていかれた。なのでカズマは闘技場を歩き回るのは初めてであった。
少し歩くとマネッティアが占拠しているという部屋の前についた。扉には「記者室 関係者以外入室禁止」と書かれた看板が下げられていた。勝手に占拠しているくせに随分と図々しい看板だった。
グルニエが扉を叩く。
「マネッティア、連れて来たぜ」
グルニエが部屋の外から言うと中からドタバタと大きな音がして勢いよく扉が開かれた。
「どうぞ!お入りください!」
マネッティアが大きな声で部屋に招き入れた。
マネッティアの記者室は散らかっていた。あちらこちらに紙の束が積まれており机の上も紙で埋め尽くされていた。これでもカズマが来ると知ったマネッティアは紙をまとめ椅子を準備して向かい入れるように片付けていた。片付けてこれなのだ。
カズマたちを椅子に座らせるとマネッティアが涙目で喋り出した。
「お久しぶりですカズマさん。もう会えないかと思ってました」
マネッティアは感極まっている。憧れのヒーローを目の前にした少年のよう顔をしていた。
「すまんな、俺も突然元の世界に戻ってな」
「はい聞いております。カズマさんは流れなのでいつかは元の世界に帰ることもあるかと覚悟してしてましたが、まさか戦いの後お話も出来ないなんてあんまりでした」
マネッティアは涙で濡れた眼鏡を拭いた。
「そうだな、いつも終わった後感想戦をしていたからな」
「そうですよ、旦那はいつも魔獣にやった技をあっしにかけて。痛かったんですからね」
カズマとグルニエ、そしてマネッティアは思い出話に花を咲かせた。カズマにとっては1日も経っていないがこの世界の人間にとっては2年も前の話になる。尽きぬ話題と思い出を語らいいつしか外はすっかり暗くなっていた。
マネッティアが部屋に灯りをつけた。何を燃料にしているか分からないがマネッティアの魔法でランプに明かりを灯した。部屋は明るくなりカズマは本題を話し始めた。
「マネッティア。今の闘技場の試合をどう思う?」
カズマは真剣な表情でマネッティアに質問した。その顔を見てマネッティアの顔は引き締まった。
「その質問をしたという事は試合を見たんですね」
「ああ」
カズマはマネッティアの質問に頷いた。
「カズマさんが見た通りです。現状プロレスの人気は下火です。カズマが戦っていた時はもっと盛り上がりを見せていましたが日に日に観客は減っています」
「原因は何だと思う?」
カズマは試すように質問した。
「はい、単純に試合が面白くないからだと思います。強い選手が弱い選手を痛めつけるだけでワクワクや興奮がないんです」
――流石マネッティアよく分かっている
カズマは感心した。しかしそこまで分かっていながらマネッティアには解決策が思いつかなかったようだ。
「俺もこのままではいけないと思う。だから俺も試合に出る事にする」
その言葉を聞きマネッティアは喜んだ。
「またカズマさんの試合が見れるなんて感激です!すぐにでも広告をうって……」
「待てまだ早い、準備が必要だ」
急くマネッティアをカズマは止めた。
「準備ですか?何を準備しましょう?」
「まずは今闘技場にいる人気レスラーを教えてくれ」
カズマが言うとマネッティアはゴソゴソと紙の束を漁り始めた。いくつかの紙を取り出し汚い机の上に並べた。紙にはレスラーの絵姿が描かれていた。
「まずはこちらの高耳族いわゆるエルフのノーゼンです」
マネッティアが見せた紙には金色の長髪で何ともかっこいい耳の長い男が描かれていた。
「ノーゼンはその顔から特に女性人気があります。もちろんプロレスも強く、その長い足を使った蹴り技を得意としています」
次にマネッティアが指を差した紙には翼の生えた3人の男が描かれていた。
「こちらは有翼族の3人組のレスラー、トライストームズです。一番人気の大鷲の翼を持つリーダーのカナード、素早い攻撃を得意とする隼の翼のジャイロ、2人の人気に劣りますがしっかりと実力のある白鳥の翼のバフェットです。この3人組は子供からの人気が高く、空まで飛んで戦う派手なプロレスをします」
まるで戦隊ヒーローのような3人で子供からの人気の高さも頷けた。
最後の紙にはドレッドヘヤーの黒人が描かれていた。
「最後に人族のバンカーです。おそらくこの闘技場の一番人気でカズマさんを超す身長に鍛え上げられた筋肉が特徴です。どんな技でも使いこなす万能なレスラーです」
絵に描かれた姿の筋肉は非常に大きくこれが本当ならカズマより一回りもでかい事になる。
「こちらが今の闘技場のスターです。他のレスラーとの人気は頭1つ抜き出ています」
マネッティアの解説が終わった。
「ボルガンはいないのか?」
カズマと激闘したボルガンの名前が上がらなかった事にカズマは疑問を感じた?
「ボルガンさんはカズマさんがいなくなって直ぐに何処かに旅に出ました。カズマさんが戻って来たと知ったら帰ってくると思います」
「じゃあいいか、再戦の約束をしたが居ないなら」
続けてカズマはマネッティアにお願いした。
「じゃあ次は人気がなくて燻っているレスラーはいるか?2人ほどで。それと俺の要望に従うような素直な奴がいいな」
マネッティアはカズマの要望に頭を悩ます。
「うーん、レスラーはそこそこいますが皆んな我が強い人ばっかりですし。少し調べてみますね」
「ああ、頼む」
マネッティアとの相談は終わった。後日マネッティアが2人のレスラーを紹介する事になりこの日は解散する事になった。
「ところでカズマさんは何処に泊まるのですか?」
マネッティアは心配そうに質問した。
「今日は牢屋だったとこでいい。捕まっていた時より快適になっているし」
「そうですか。こちらでいい物件がないか調べてみますね。いつまでも個室ではお身体にさわります」
「何から何まで悪いな」
カズマはマネッティアの好意に甘えた。続けてマネッティアはカズマに言った。
「カズマさんの事は黙っておきますが流石に闘技場の責任者には話を通しておきます」
闘技場の責任者。かつてのトップは領主モルダーであった。しかしモルダーは汚職により国王直々に逮捕を言い渡された。そのため新しい領主と責任者が任命されたがカズマは知らなかった。
「今は誰がやってるんだ?」
「前領主モルダー様のご子息で現ベニヤー領の領主のセスメント・ベニヤー様です。」
カズマは不安になった。
――あいつの息子か。正直やな予感しかしない
カズマは珍しく怪訝な顔をした。それを見たマネッティアは慌てて付け加えた。
「カズマさんが心配するのは分かりますが大丈夫です。セスメント様は聡明でお優しい方です」
マネッティアがそう言うのなら大丈夫だろうとカズマは納得した。
翌日カズマが部屋で待機していた。待機している間もトレーニングは欠かさなかった。誰かが扉を叩いた。
「カズマさん、マネッティアです」
カズマは扉を開けてマネッティアを部屋に招き入れた。マネッティアの顔は少し不安げであった。
「選手の選定は済んだか?」
「はい、2人条件に合いそうな選手を、この後会う予定です」
「ありがとう」
マネッティアは続けて不安そうな顔で喋った。
「それと領主様にカズマさんの事を話したところ是非会いたいとおしゃいまして。この後直ぐに闘技場の執務室まで行くことになりました」
「まあここで活動するなら会わない訳にはいかないだろう」
「ありがとうございます。それでは直ぐにでも、領主様がお待ちです」
マネッティアはカズマを急かして部屋を出た。新たな領主はいい人らしいが貴族である事は変わらない。そのご機嫌を損なえばどうなるか分からないためマネッティアは非常に不安になっていた。それにカズマは結果的に言えば前領主を捕まえるのに一役買った形になってしまった。もしセスメントがその事を根に持っていたら会わせることは非常に危険であった。
そんなマネッティアの心配をよそにカズマは素知らぬ顔で歩いている。肝が据わっているのか現状を理解していないのかマネッティアには分からなかった。
マネッティアは心配していたが執務室の前に着いてしまった。目指して歩いて行けば着く、それは必然なことであった。扉の前には兵士が2人警護に就いていた。2人の兵士はカズマの顔を見て声は出さないが驚いた顔をした。まさか居るはずないといった顔だ。
「領主様、マネッティアです。カズマさんをお連れしました」
マネッティアが緊張した面持ちで扉の向こうにしゃべりかけた。カズマという名前を聞き兵士たちは顔を見合わせた。
「入室を許可する」
扉の向こうから男性の声が聞こえた。
「失礼します」
マネッティアの声は上擦っていた。扉を開けて入室する時カズマは人差し指を口に当て、黙っててくれと2人の兵士に合図した。兵士は首を縦に振り承諾した。
執務室に入ると現領主セスメント・ベニヤーと高耳族の女性である神官アベリアが立っていた。
セスメントはさっぱりとした短い黒髪の青年であった。ただ領主とだけあって綺麗に身なりを整えて高級そうな服を着ていた。しかしモルダーと違いゴテゴテと宝石や装飾品の類は身に付けていなかった。
領主が立って客人を迎えるなどというあり得ない対応にマネッティアは驚いた。カズマは特に分かっておらず何も思わなかった。
「マネッティアご苦労でした。初めましてカズマ殿私が現ベニヤー領領主のセスメント・ベニヤーです」
セスメントがカズマに挨拶した。
「お久しぶりですカズマさん、覚えているでしょうかアベリアです」
アベリアは相変わらずオドオドしながら挨拶した。
「どうぞお座り下さい」
セスメントはカズマとマネッティアを長椅子に座るよう促した。カズマとマネッティア、セスメントとアベリアが隣り合いテーブルを挟み向かい合うように座るとセスメントが突然頭を下げた。
「まずは我が父モルダーの度重なる無礼をお許しください」
横にいるアベリアも一緒に頭を下げた。その様子にマネッティアはあたふたしていた。そこでもカズマは慌てる事なく
「顔を上げてください。私は何も怒っていませんし復讐しようなど考えていません」
カズマは丁寧な口調で喋った。カズマは常識人であり大人の対応ができるプロレスラーだ。
「そう言ってもらえると助かります」
セスメントの顔は安堵の表情になっていた。
セスメントはカズマがいなかった二年間を語り始めた。セスメントの話によると連行されたモルダーは王都で裁判にかけられ島流しの判決を言い渡された。島流しと言っても無人島ではなく王国が管理する小さな島で質素に暮らすものだった。庶民にとっては非常に甘い判決に思えるが贅沢な暮らしをしてきた貴族にとって身の回りの雑事を全て自分で行うのは耐え難い屈辱であった。
本来ならベニヤー家はお取り潰しになり別の家の貴族が領主になるところだがモルダーは自分自身の為だけにお金を集め贅沢をしていた。ベニヤー家には金貨一枚たりとも渡さず私利私欲を尽くしていたので家族はお咎めなしとなった。その為モルダーの実の息子であるセスメントが新領主に就任する事になった。
身内の恥を喋るセスメントは辛そうで居た堪れなかった。ひとしきり話したところでセスメントの表情が変わった。
「カズマ殿をお招きしたのは謝罪もありますがもう一つ相談があるのです」
セスメントの声は真剣そのものだった。
「解決出来るか分かりませんがお話しください」
カズマの対応は紳士的であった。
「ありがとうございます。相談というのはベニヤー領の現状についてです。ベニヤー領は現在財政難に陥っています。ベニヤー家はお取り潰しにならなかったのですが王家に賠償金を課せられその返済に追われています。この事で税を上げる訳にもいかず、かと言って織物くらいしか産業のないベニヤー領が払い切れるとは到底思えません。そこで闘技場をベニヤー領の目玉にしようと考えたのですが客席にも限りがあり入場料を上げれば市民の不満も募るでしょう。そもそも最近では観客が減る一方なので値上げは闘技場離れに拍車をかけるだけなのです。カズマ殿は流れだと聞きました。流れはこの世界に無い知識を持っていると聞きます。お恥ずかしい話ですがその知識でどうにかベニヤー領主を救って頂けないでしょうか?」
セスメントの立場はかなり危ういようであった。そして闘技場もまたその存続が危ぶまれていた。せっかく殺し合いを終わらせたのに闘技場自体無くなるのはカズマの努力が無駄になってしまう。カズマはこの地でプロレスを根付かせるという個人的な使命に燃えていた。
しかしカズマはプロレスラーだ。プロレスに関係ないことはできない。
「申し訳ないですが私はプロレスラーです。プロレスのことしか分かりません。ただ闘技場を盛り上げる為に私が必要なら是非とも力をお貸ししたいと思います」
カズマの目は真剣そのものだった。その言葉を聞きセスメントはホッと胸を撫で下ろした。セスメントから長々とお礼の言葉が送られた。
「あの私からも一ついいでしょうか?」
セスメントの隣でずっと黙って座っていたアベリアが口を開いた。
「カズマ様のプロレス魔法についてです」
プロレス魔法とはカズマが何となく使っていた魔法でありその全容をカズマは全く知らなかった。
「カズマ様が何度も戦ってくれたおかげでプロレス魔法の解析が進み今や誰しも使える魔法になりました。闘技場ではプロレス魔法を使うことが義務化されており選手たちの怪我なく今は運営されております」
あの便利な魔法が誰でも使えるならカズマにとって願ったり叶ったりだった。確かにカズマが小窓から観戦した時皆プロレスのコスチュームを着ていた。カズマにとっては当たり前すぎて気付いてなかった。
「そしてプロレス魔法にはまだ解明されてない効果があるらしく、プロレスの事を深く理解しているカズマ様でなければ発動出来ないのではないかと」
プロレス魔法使うと耐久力と筋力が上がった。そしてコスチュームへの変身と入場曲が流れる。正直意図的に使っている自覚はカズマには無かった。勝手に変身して勝手に曲が流れた。どうやらカズマも知らない能力がまだあるそうだがプロレスに関係する事には違いない。
応援されるほど能力は増えていった気がするのでカズマは気にせずプロレスをするだけだった。
「分かりました。何か新しい事が分かったらお伝えします」
カズマはとりあえず了承した。
「聞けば住むところがないとか。差し支えなければこちらでご用意しましょう。何か要望があれば遠慮なさらずに言ってください」
セスメントは住むところを用意してくれるそうだ。モルダーと違い本当に良くできた領主だった。
カズマはトレーニングする為に郊外の住居を希望した。その内容は住居というより合宿所であった。セスメントも本当にそれでいいのかと念押ししたがカズマは構わなかった。
セスメントには次の予定が入っているため解散する運びとなった。
「今日はお会いできて本当によかったです。マネッティアもありがとう。カズマさん何か私に出来る事があれば何でも言ってください」
カズマはセスメントの言葉を聞き逃さなかった。
「はい、何かあれば直ぐに伝えます」
カズマの表情は変わらず喋っているが心の中ではニヤついていた。
セスメントは最後まで丁寧な姿勢を崩さずカズマを送り出した。マネッティアがいい人と言っていたがどうやらそのようだった。これから伸び伸びとプロレスができる事にカズマ喜んだ。
セスメントとの会談も終わりマネッティアが陣取っている記者室でカズマは待機していた。マネッティアは紹介する2人の選手を迎えに行っていた。
カズマはマネッティアが帰ってくるまで次の計画を考えていた。領主の協力を取り付けられたのは非常に大きな成果だった。しかし問題は山積みである。
――ベニヤー領の財政は厳しいようだ。となると闘技場の閉鎖もあり得る、プロレスの観客動員だけではなく他の収入がなければな
本来ならベニヤー領の財政などカズマにとっては知ったこっちゃないのだが闘技場の存続がかかっていた。それに賠償金の原因は前領主のモルダーだが、少なからずカズマもモルダー逮捕の立役者であったためセスメントに対して少し追い目を感じていた。あそこまでぺこぺこされると協力しないといけないような気がしてきたのだ。
記者室の扉を誰かが叩いた。
「マネッティアです。お連れしました」
扉が開きマネッティアと二人の選手が入ってきた。
一人は背中からカラスの翼を生やした小柄な青年であった。髪は短めで少し気弱そうな顔つきだ。
もう一人は更に小さかった。しかしその腕と足は太く顔は黒いヒゲで覆われており年齢は想像もつかなかった。
「まずこちらが有翼族のエルロンさんです」
エルロンと紹介された青年は背筋を伸ばし勢いよく頭を下げた。
「エルロンです!カズマさんお会いできて光栄です!」
エルロンはカズマを憧れの眼差しで見つめた。
「そしてこちらが矮人族のドワーフ、クリーソーさんです」
クリーソーと紹介されたドワーフも頭を下げた。
「クリーソーと言う。闘技場の英雄に会えて感激だ」
クリーソーは右手を出してカズマと握手をした。その手はゴツゴツしており力強くカズマの手を握った。カズマも負けじと握り返し二人はニヤリと笑った。
エルロンも慌てて両手出してカズマと握手をした。エルロンは感激しながら握手をしてその光景は完全にプロレスラーとそのファンであった。
4人は椅子に座りながら他愛もない話を混ぜつつカズマは二人と面談をした。
エルロンが自身の現状を語った。
「僕はカズマさんに憧れてレスラーになりました。小柄なので仲間から馬鹿にされていた僕はカズマさんの噂を聞きました。闘技場で自分よりも大きな魔獣相手に素手で戦っている人間がいると。闘技場は観客でいっぱいでいつも外で実況を聞いていました。ボルガン戦でようやく中に入れてカズマさんが戦っているところを初めて見てこんなすごい人がいるんだと憧れるようになりました。カズマさんみたいに戦ってみたいと。でも有翼族は重い筋肉をつけると空を飛べなくなるので鍛える事ができず小柄な僕は闘技場で負け続けました。それでも諦めずもがいているのですがほとんど勝ったことはないです」
エルロンは暗い顔をしながら話してくれた。
「今日マネッティアさんから声をかけて頂き本当に嬉しかったです。カズマさん僕頑張りますのでよろしくお願いします」
エルロンは立ち上がり頭を下げた。エルロンの必死が伝わってくる。エルロンを落ち着かせ今度はクリーソーが喋り始めた。
「ワシもカズマの噂を聞いて力試しのつもりで闘技場にやってきた。ドワーフは力持ちで本来大きな武器を持って戦うんじゃが素手ではからっきしじゃった。手足が短く動きも遅いから文字通り手も足も出ないで負け続けた。このまま終わるのも悔しくてな、カズマにプロレスを教えてもらってなんとか勝ちたいんじゃ」
クリーソーも真面目なようでその熱意がカズマには伝わってきた。
カズマの考えは決まった。この二人を鍛え上げて立派なプロレスラーにしようと。そしてその勝ち負けにこだわる凝り固まった考えを変えさせて本当のプロレスを教えようと。
「マネッティアこの二人と一緒にプロレスをする」
カズマの言葉にマネッティア大きく頷き、エルロンは立ち上がり、よろしくお願いしますと頭を下げた。クリーソーも頭を下げ、よろしく頼むと深々とお願いした。
二人の面談から十数日経った。その間もカズマが帰還したことはごく一部の人間しか知らない。
闘技場では人気レスラーであるエルフのノーゼンが勝利を収めて観客の歓声に応えるところであった。
ノーゼンのコスチュームは緑のロングタイツを履いており割れた腹筋を出した緑の長袖を着ていた。ノーゼンの顔同様コスチュームも華やかであった。観客席をぐるりと回りファンに手を振っていると不気味な音楽が闘技場に流れ始めた。
この日の実況はマネッティアが担当しており、マネッティアがこの不穏な状況を実況し始めた。
「何だこの不気味な音楽は?誰か入場してくるのか?」
その実況にノーゼンは不快感を示した。
「全く人のショーを邪魔するなんて」
ノーゼンは舞台の入り口を睨みつけた。暗い通路から3人の男達が出てきた。エルロン、クリーソー、そしてグルニエだ。
エルロンは黒のロングタイツに裾を切り込みを入れたものを履いており、上着は黒色のノースリーブを着ていた。そして赤のバンダナがエルロンの口元を隠していた。
クリーソーは黒のショートパンツと黒のロングブーツをだけを履いており口元と目の周りだけ開けられた黒のマスクを被っていた。クリーソーは右手に赤のバンダナを巻いていた。
グルニエはいつも違い綺麗な格好をしており、赤い布をスカーフのように首に巻きつけ、指にはいくつもの指輪がはめられていた。
3人は堂々とノーゼンの舞台に乱入してきた。観客席から野次が飛ぶ。
「誰だよ!」「邪魔するな!」「帰れ!」
当然の反応だった。
「おおっと謎の3人組が乱入してきました。観客席から野次が飛びます。当然でしょうノーゼンが勝利した晴れ舞台に水を差したのですから。これはいけません。闘技場のルールを知らないのでしょうか」
マネッティアが観客を煽った。そして実況で使う風魔法で作られた風の渦をノーゼンと3人組に送った。
ノーゼンは3人に不満を口にした。
「君たち少々無礼じゃないか?人の舞台を邪魔するなんてどういうつもりだい?」
ノーゼンの問いにグルニエが答えた。
「そんな口を聞いてもいいのかね?これよりこの闘技場は我らヘルウォーリアーズが仕切る事になりました。逆らわない方が身のためですよ」
観客席からさらに野次が飛ぶ。
ノーゼンは呆れていた。
「君たちねふざけるのもいい加減にしなよ?後ろの2人は見た事あるけど君は誰だい?そんな細腕で戦うのかい?」
「私はヘルウォーリアーズで特別顧問を務めるグルニエです」
「ヘルウォーリアーズとか特別顧問だとか訳のわからない事を言ってないで早く帰りな」
ノーゼンは明らかに不機嫌であった。訳の分からない連中が訳の分からない事を言っていたからだ。
「我々はこの闘技場に秩序をもたらしにきたのです。今この闘技場は紛い物の連中が幅を利かせて偉そうにしている。愚かな市民はその事に気付いていない。だから我々がそいつらを1人残らず粛清してこの闘技場をヘルウォーリアーズが支配し愚かな市民を正しい方向に導いてやると言っているのです」
観客の野次が一層激しくなる。
「すごい野次です!すごいブーイングです!ここまで荒れた闘技場は未だかつてあったでしょうか!ヘルウォーリアーズ!一体何をするつもりなのでしょうか!」
ノーゼンも流石にジッとしていられなくなった。
「好き勝手言って。いいよ試合後だけどやってあげるよ。後ろの2人がやるんだろ?どっちが先に戦う?」
ノーゼンはグルニエの挑発に乗ってしまった。グルニエは待ってました言わんばかりニヤリと笑った。
「何か勘違いしているようですが我々は3人だけじゃない。我らの盟主がこれより登場なさる」
ノーゼンはさらに呆れた。まだ増えるのかと。
「じゃあ早くその盟主とやらを早く呼んだら?」
ノーゼンの言葉にグルニエは笑いながら応える。
「そうやっていられるのも今のうちにですよ。盟主様!この愚か者に地獄の裁きを!」
グルニエの言葉を合図にクリーソーとエルロンは道を開けた。闘技場に不気味な音楽が響き渡る。入場曲ヘルズゲートが鳴り響く。入り口から黒い煙が噴き出す。
「何だ誰が出てくるのか!そしてこの地獄の底から響いてくるような恐ろしい音楽は何だ!いや私はこの音色を知っている一度だけ聞いた事がある!そして地獄の業火の煙を思わせる黒煙を私は見た事がある!この脳裏に焼きついている!かつてこの闘技場で非道の限りを尽くしたあの男のものだ!」
闘技場はざわざわし始めた。誰が出てくるか分からないがマネッティアが煽っているせいだ。
黒煙の中からドクロマスクを被った男が姿を現した。右腕には赤い布を巻いていた。
マネッティアが絶叫する。
「バッドスカルだー!かつてこの闘技場で騎士団長と激闘を演じたバッドスカルであります!バッドスカルが地獄の底から舞い戻ってまいりました!何という事でしょう!地獄の軍団ヘルウォーリアーズの盟主はバッドスカルでありました!これは事件です!信じられません!」
観客席から歓声が上がる。もう帰ろうとした観客が急いで戻る。階段を降りて最前列に人が詰めかける。この実況は外まで聞こえており外にいた市民が闘技場に入ってきた。
ノーゼンは驚いた。闘技場の伝説が目の前に現れたからだ。
「バッドスカルが歩いております!夢ではありません!堂々と不敵にノーゼンの前へ歩いて行きます」
バッドスカルがノーゼンの前で止まると風の渦に向かって話し始めた。
「ベニヤー領の辛気臭せー市民ども調子はどうだ?バッドスカルだ」
バッドスカルの言葉に市民は盛り上がった。確かに2年前に聞いたバッドスカルの声であった。
「どうやらその小せー脳みそにしっかりと刻まれてたようだな、でかした褒めてやろう」
バッドスカルが貶そうとも観客は喜んだ。
「さっきうちの特別顧問が言った通りこの闘技場は俺が支配する。手始めにノーゼン、人気者気取りのテメーから潰そう」
バッドスカルとノーゼンの試合に闘技場の期待は膨らんだ。
ノーゼンもまたとない機会に笑った。
「闘技場の伝説であるバッドスカルと戦えるなんて光栄だね」
ノーゼンはファイティングポーズをとった。それを見てバッドスカルは笑った。
「おいおい焦んなよ、今じゃねぇ。こっちにも準備ってもんがあるんだよ。今日はヘルウォーリアーズの顔見せだよ。試合は次の休日だそこでヘルウォーリアーズがてめーを潰す、逃げんなよ?」
バッドスカルはノーゼンを宥めた。
「逃げる訳ないでしょう。その日を楽しみにしています」
ノーゼンはファイティングポーズを解いた。
「ていうことだ観客どもこれからヘルウォーリアーズが闘技場を仕切るから身の振り方を考えとけよ?」
バッドスカルは振り向き帰っていく。ヘルズゲートが鳴り響く。その後を続くように3人がついて行った。
バッドスカルの退場にも歓声が飛んだ。しかしバッドスカルは応えない。大きく口を開き舌を出して挑発した。それすらも観客は喜んだ。
「バッドスカルいやヘルウォーリアーズが帰って行きます。突如現れた地獄の軍団に貴公子ノーゼンが挑みます!」
ノーゼンももう一つの出口に向かって歩いてく。そちらの観客席からはノーゼンを応援する声が聞こえる。その声にノーザンは笑顔で手を振り応えた。
しかしその目は笑っておらず決戦の日を見据えていた。バッドスカルと戦えることは光栄だがノーゼンにもプライドがあった。このまま挑発されてばかりでは収まらなかった。ノーゼンは未だかつてないほど闘志が燃えていた。ノーゼンもまたプロレスラーであった。
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