騎士団長戦


牢屋の前にはマネッティアが立ちカズマにプロレスについて詳しく聞いてた。カズマは身振り手振り教えているがグルニエは長々質問するマネッティアにうんざりしていた。カズマはプロレス技を教えるためグルニエに技をかける。これが痛いのだ。だから早く帰って欲しかった。

 取材もひと段落しマネッティアがカズマの去就について話をした。

「カズマさん外ではいつカズマさんが解放されるか話題になっています」

「本当に解放されるのか?」

 牢屋に入っているカズマは外の様子が分からないので実感はない。しかし先日のゴーレムの事を考えると奴隷から解放する気は無いのではないかと思っていた。

「闘技場の決まりではそうなっていますが具体的に何回勝てばとは記されていないんです」

 ――やはりそうか、その気になれば勝ち続けても一生解放しない事もできるのか

 カズマの考えは当たっていた。

 カズマの考えをよそにマネッティアは話を続ける。

「でもカズマさんが解放されるともうプロレスを見る事はできないんですよね。カズマさんは解放されて欲しいのですが少し複雑です」

 マネッティアは残念そうに言った。同室のグルニエはできれば闘技場に残ってほしかった。カズマがいなくなれば次に魔獣と戦うのはグルニエになるからだ。

「心配するなたとえ解放されてもプロレスは辞めない。俺はプロレスラーだからな」

 カズマはドンと自分の胸を叩く。その誇らしげな顔にマネッティアに笑顔が戻る。

「はい!期待しています!」

 マネッティアが元気に返事をすると奥の方の扉がバンと開く音がした。それと同時に誰かが走って来るような音が聞こえてきた。

「大変だ!領主様が来る!マネッティアお前はどこか隠れてろ!」

 いつも軽口の兵士が取り乱しながらマネッティアの腕を引っ張る。マネッティアは本来牢屋に入る事はできない。それを黙認していた兵士には必ずや何らかの罰があるのは明白だった。

 マネッティアを適当な牢屋に閉じ込め藁を被せる。

「お前は今だけ奴隷だ分かったな」

 マネッティアは兵士の言葉に従うしかなかった。

 グルニエが疑問を口にする。

「なんで牢屋に領主様がそんな事今まで無かったはずです」

「何かやな予感がするな」

 カズマはボソリと答えた。

「ちょっと黙ってろ」

 兵士は慌てて命令すると身だしなみと息を整えて大きな声で叫ぶ。

「モルダー様お入りください」

 その声に反応し遠くで扉の開く音が聞こえた。コツコツとゆっくりと足音が近づいて来る。

「相変わらずカビ臭い所だ」

 遠くから文句の声が聞こえる。カズマの牢屋の前に領主モルダーが葉巻の煙を撒き散らしながら歩いてきた。モルダーはカズマを見るなり

「この者がカズマか?犯罪奴隷風情が随分と調子に乗っているそうだな」

 性格の悪そうな顔から嫌味な言葉が飛び出す。カズマは顔を見た瞬間から気に食わない奴だと思ったがモルダーの発言により確信に変わった。

「喜べ今日の戦いに勝利したらこの牢屋から出し犯罪奴隷から解放してやる」

 モルダーの発言に皆驚いた。特にカズマはこの悪人顔がそんな事を提案するはず無いと思っていたからだ。 モルダーは大きく葉巻を吸って口から煙を吐き出すと続けて喋り始めた。

「ただし今日の相手は魔獣では無い。ベニヤー領の元騎士団長トライグリフだ」

 カズマは誰だか分からなかったが兵士やグルニエの驚きようを見るに意外な人物なのかもしれない。

「今やあの者はお前と同じ犯罪奴隷だ。なのでお前とトライグリフで解放をかけて戦ってもらおう」

 モルダーは終始ニヤニヤしながら喋っている。何か裏があるのは見え見えだ。この性格の悪そうな男が今まで魔獣と戦ってきたのに突然人間と戦わせるなんて何らかの意図があるに決まっていた。

「まあ勝てたらの話だがな。勝てれば解放しそのプロレスなどと言うふざけた遊びもやらなくて済むぞ」

 モルダーはカズマの地雷を踏んだ。モルダーはプロレスを馬鹿にしたのだ。カズマはこの不遇な状況でも決して怒らなかった。しかし人生をかけてきたプロレスを馬鹿にされるのは許さなかった。

 カズマはモルダーに近寄り鉄檻越しにモルダーの服を掴もうとする。しかし腕を伸ばした瞬間身体が動かなくなった。首元の隷属紋がうっすらと光る。

「無駄無駄。何が気に入らないか分からんが隷属魔法によりこの闘技場の主である私に逆らう事など出来ないのだよ」

 モルダーは手を広げカズマを挑発する。

 カズマは今で反抗的な行動をしなかったので分からなかったがこれが隷属魔法の効果のようだ。モルダーを掴む意思はあるが身体が動かずモルダーに触れることさえ出来ない。

「この薄汚いネズミの巣から出たければ必死になって戦うんだな」

 モルダーは火のついた葉巻をカズマの顔に投げつけた。葉巻の熱さにカズマは思わずよろける。

「行くぞ」

 モルダーは兵士に命令し歩き出した。兵士は慌ててモルダーの後を着いていく。兵士は一度振り返り申し訳なさそうな顔をしてカズマに無言で謝った。

 扉が閉まる音が聞こえた。その音が聞こえた瞬間グルニエがカズマに駆け寄る。

「大丈夫ですか旦那」

「ああ、問題ない。マネッティアもう出てきていいぞ」

 その声を聞き隣の牢屋に隠れていたマネッティアが飛び出してきた。

「トライグリフ団長が相手なんて大変ですよ」

 トライグリフという名前に皆が驚いていたがカズマは誰だか分からない。

「そのトライグリフという奴は誰なんだ?」

 カズマの質問にグルニエが答えた。

「このベニヤー領を守る騎士団の団長で、旦那と同じく1人で魔獣を倒せちまう剣の使い手でさぁ。市民からの人気も高く騎士達の手本になるようなそんな人間です」

 この世界に来た時から牢屋にいるためそんな人間がいるとは全く知らなかった。

「そんな奴が何で犯罪奴隷になっているだ?」

 カズマの疑問はもっともだった。

「それはあっしより記者のマネッティアの方が詳しいでしょう」

「どうなんだマネッティア?」

 マネッティアがモルダーが出ていった扉の方を見て言いづらそうに口を開けた。

「公にはトライグリフ団長の罪状は国家反逆罪になっています。他国に騎士団の情報を流して戦争を仕掛けるつもりだとか」

「そんな事を本当にしていたのか?」

「もちろん公にはそうなっているだけです。私も噂程度にしか知らないのですがどうやら領主の不正を告発しようと動いていたらしいです」

 ――なるほど合点がいった。

「それであの悪人がバレる前に罪をでっちあげたのか」

 マネッティアは再度扉の方を見て誰もいない事を確認して頷いた。

「おそらく、だから誰も騎士団長のことを犯罪者だとは思っていません」

 ――自らの保身のために罪なき人間を牢に入れるとはなんて最低な人間なんだ

 カズマは怒っていた。なんとかあの悪人を懲らしめられないかと思考する。

 カズマが黙っているとグルニエが口を開いた。

「旦那と騎士団長を戦わせて領主様は何を考えてるんでしょうね」

 カズマはモルダーへの怒りで忘れていたが疑問に感じていたことだった。何かしら裏があるはずだ。

 マネッティアが何か思いたようだ。

「もしかして領主様はカズマさんのプロレス魔法について知っているのでは?プロレス魔法は応援されるとその効果が更に強くなります」

「なるほど、騎士団長相手ならみんな素直に応援できなくなるのか」

 カズマは何となく理解した。

「はい、それに騎士団長は剣の達人です。なのでカズマさんとってかなり分が悪い戦いなるかと」

 マネッティアは深刻そうな顔をしている。しかしカズマは違かった。

 ――なめられたものだな

 カズマは不敵に笑った。今の話を聞いてなお笑っていられるカズマにグルニエもマネッティアも驚愕した。

「奴にプロレスのもう一つの顔を見せてやろう」

 そう言うとカズマの周りに黒い煙が立ち込めた。黒い煙はカズマの全身を包みその姿は見えなくなった。

 煙が徐々に薄くなり黒いシルエットがぼんやりと見え始めた。

「旦那その姿は」

 グルニエは戸惑いを隠せなかった。煙から現れた姿は……


 闘技場は今日も満員だった。しかし観客たちの顔は曇り戸惑いの表情を浮かべている。これまでの戦いを楽しむような明るい顔では決してない。それもそのはず今日のカズマの対戦相手はトライグリフ騎士団長と告知されたからだ。トライグリフは市民からの人気が高くカズマとの殺し合いを受け入れなれなかった。

 闘技場の一番高いところにある貴賓席にモルダーは座っていた。その顔は実に満足げで自ら考えた策の素晴らしさに酔いしれていた。

 ――プロレス魔法とやらは応援されて力を出すそうじゃないか。必ずや2人の英雄の応援は二分する。そうするとカズマの魔法は弱くなるはずだ。トライグリフのやつは気に食わないがその実力は認めてやろう。素手の戦いにこだわるカズマに剣の達人のトライグリフが負けるはず無い。そうすれば闘技場の英雄を殺した悪党としてトライグリフの人気は地に堕ちる。その後は簡単だ。適当な理由をつけて殺せばいい。遠征中の事故でもこの戦い大怪我したとでも。今まで市民に支持されていたから手を出せなかったがそれも今日でお終いだ。万が一カズマが勝っても問題ない。邪魔なトライグリフを殺してくれてその人気は地に堕ちる。プロレス魔法も使えなくなるだろう。後はトライグリフ同様適当な理由で殺せばいい。どちらに転んでも1人の英雄と1人の悪党が死ぬだけだ。市民の中に英雄はいてはいけないだ。

 モルダーは闘技場に来ない。犯罪奴隷の生死などどうでもいいからだ。ただ今日は違う貴賓席に座り戦いの行末を見下ろす。どちらが勝っても構わない出来レースをまだかまだかと楽しみにしていた。

 マネッティアの実況が闘技場に響く。

「皆様大変お待たせしました。もう間も無く戦士が入場いたします」

 モルダーは久しぶりに闘技場に来たので実況のことは知らなかった。

「これは何だ、誰がこんな事を許可した」

 モルダーは秘書官を問いただす。

「どうやら市民が自発的にやってるものかと」

「私の闘技場で好き勝手やりおって」

 モルダーは葉巻に火をつけた。葉巻を吸い口から煙を出す。

 「まあいい、どうせ今日でこのごっこ遊びも終わりだ」

 マネッティアの実況がモルダーを紹介する。

「本日は特別な戦いのため領主であり闘技場の最高責任者モルダー・ベニヤー様が観戦されます。皆様起立し拍手を持ってお出迎えください」

 観客達が一斉に立ち上がり貴賓席にいるモルダーに向かって拍手した。

「ふむ、これはこれで悪くないな」

 モルダーは立ち上がり市民の拍手に手を上げて答えた。モルダーの機嫌はすこぶる良くなった。こんなことなら毎回闘技場来てもいいかと思った。

「本日は奴隷解放をかけた特別な戦いになっております。その戦いに身を投じる戦士の入場です。ベニヤー領騎士団の元団長!他国と共謀し謀反を企てようとした大罪人!果たしてその罪を償いまたこの国のため戦う事を許されるのか!堕ちた英雄トライグリフの入場だ!」

 舞台に姿を現したのはかつての英雄の姿ではない。ボサボサの黒い髪は肩まで伸び目も髪で隠れて見ることはできない。口の周りの髭も手入れもされず伸びている。服はぼろぼろで悪臭を放っている。使い古された剣を持っているがその姿は騎士には到底見えない。

 そのあまりの変貌に観客は声を出すことができず哀れ悲しんだ。闘技場に動揺が広がる。

 観客の小声に小声が重なりザワザワと大きくなってきた。すると観客の中から一際大きな野次が飛んだ。

「恥を知れ国賊!」

 その声に続くように野次が飛ぶ。

「死ね!」「裏切り者!」「恥知らず!」

 聞くに耐えない野次が闘技場を飛び交う。もちろん野次を最初に飛ばしたのはモルダーの回し者だ。しかし回し者は数名だけで関係ない者も野次を飛ばす。

 モルダーは市民を馬鹿にした。

 ――本当に市民共は愚かで助かる。少し煽るだけでこれなのだから

 ここまでモルダーの策は完璧に事を運んでいた。後はトライグリフがカズマを殺すだけだった。

 モルダーがニヤついていると闘技場に不気味な音楽が鳴り響く。モルダーは貴族なので音楽に精通していた。しかしこんな音は聞いた事がなかった。

「何だこの不快な音は!早く止めさせろ!」

 モルダーは秘書官を問いただす。

「えっと入場曲だそうです。これもプロレス魔法らしく何処からか曲が流れてくるそうでだれが演奏してるかも分かりません」

「またプロレス魔法か!何でもかんでもプロレス魔法!いい加減にしろ!それに聞くに耐えない品のない雑音だ」

 モルダーは初めてカズマの戦いを観戦する為ある変化に気づく事が出来なかった。

 観客たちは気付いていた。カズマが入場曲はニューフロンティアだ。曲名は知らずともその聞いたことのない心昂る音色は観客を夢中にさせていた。しかし今闘技場に流れているのはニューフロンティアではない。観客の野次は止みまたざわつき始めた。

 マネッティアの実況が闘技場に響き渡る。

「なんだこの不気味な曲は!まるで地獄の悪魔が奏でる背筋が凍るような旋律は!恐ろしい!」

 舞台の入り口から黒い煙が噴き出す。これもまた観客は見たことのない光景だった。

「煙が立ち込めております。まるで地獄の門が開き魂をも焼き尽くす業火の煙が溢れ出ているような異様な光景であります」

 黒煙が揺らめき中から人影が見えた。ズズズと何かを引きずるような音が聞こえる。その人影が黒煙から抜け出し姿を見せた。その姿に皆絶句した。

 赤のズボンの裾に黒い炎の模様をあしらい、両腕には黒のバンドを巻いている。そしてなにより異様なのはその顔だ。口の周りと目しか出ていない黒のマスクを被り、マスクの正面には大きくドクロが描かれていた。

 歩き方も大きく腕を揺らし何とも偉そうだ。そして右手には足のついた黒い板のようなものを持ち引きずっていた。

 観客は皆疑問に思った。

 ――あれは誰だ?

 どこからどう見てもカズマに見えた。その背丈も筋肉もカズマの特徴にそっくりだ。あれがカズマだとしたら何でそんな事をしているのか分からなかった。あまりにもその歩き方や雰囲気がカズマと違うため別人のように見えた。

 モルダーは身を乗り出しマスクの男を見た。

「あれは何だカズマの奴はいつもあんなふざけた格好で戦っているのか」

 秘書官も慌てている。

「いえ、報告とは明らかに違います私も何が何だか」

「何一つ分からないではないか」

 モルダーは煮え切らない返答をする秘書官にイライラした。

 マネッティアはこんな状況でもしっかりと実況した。

「おおっと入場してきたのは誰だ!ドクロのマスクを被った謎の乱入者だ!いったいカズマはどこに行ってしまったのか!……はい、はい、ただいま情報が入りました今入場した戦士の名はバッドスカル!カズマの代わりにこの戦いに名乗りをあげたらしいです」

 謎のマスクマンの正体はバッドスカルであった。バッドスカルは入場曲「ヘルズゲート」と共に歩いている。

 バッドスカルとはカズマがメキシコに2年ほど修行にでていた時代に突如メキシコのプロレス界に現れたヒールレスラーである。そのファイトスタイルは野蛮そのもので反則技に場外戦術に集団リンチと悪逆の限りを尽くした。バッドスカルの行方が分からなくなった時期とカズマが日本に帰ってきた時期が重なっており、ファンの間ではバッドスカルの正体は坂東カズマではないかと噂されたがカズマは正式否定した。つまりバッドスカルと坂東カズマは同一人物説は根も葉もないデマであった。

 そんなメキシコのレスラーであるバッドスカルもまたこの異世界に来ていたのだ。何という奇跡、何という運命のイタズラであろう。そんなバッドスカルがカズマの代わりに闘技場に現れたのだ。

 バッドスカルは最前列にある実況席に向かいマネッティアに何か合図した。

「何でしょうバッドスカルが俺に喋らせろと言っています。何か伝えたいことがあるのでしょうか。今声をお届けします」

 マネッティアの口元にあった風魔法できた風の渦がバッドスカルの前に飛んでいく。バッドスカルが風の渦に向かって喋り始めた。

「辛気くせーベニヤー領の市民ども俺の名前はバッドスカルだ。何やらこの戦いに勝った方がこの豚箱から出れるらしいじゃねぇーか。だからよ入り口んとこでカズマを襲い俺が出ることにした。そこいるカビとクソの匂いがへばりついたドブネズミを殺してすぐに外に出てやるからよ待ってろ」

 バッドスカルは全方向に毒を吐いた。

「ああそうだカズマの奴はもう一度牢屋にぶち込んでやったから安心しろ今頃ママに抱かれる夢を見ながらアホズラで寝てるからよ」

 闘技場は何とも言えない空気になった。いったいどういう感情でこの状況を見たらいいのか分からなかった。バッドスカルと名乗るカズマにそっくりな男が突然乱入してきて散々悪口を言っているのだ。怒るべきなのか心配するべきなのかそれともいつものように応援すればいいのか迷っていた。

 それはモルダーから指令を出されていた回し者たちも同じであった。

 ――モルダー様は闘技場の様子を見ながら両方に野次を飛ばせと言ってた。だけどこれはどっちだ黙っておくべきか野次るべきか

 モルダーも状況が分からず指示が出せなかった。あの男が何をしているか理解をすることが出来なかった。

 バッドスカルは闘技場の空気など気にせずズルズルと黒い板を引き摺りながら舞台の真ん中に歩いていく。トライグリフの前に立つと舌を出し挑発した。

 こんな混沌とした状況でもマネッティアはしっかりと実況した。

「どうやら言いたい事は全て言ったようです。バッドスカルがトライグリフの前に立ち挑発しております。まさに一触即発!今にも戦いが始まりそうであります。大罪人トライグリフと極悪人バッドスカルによる奴隷解放をかけての大一番が始まります!」

 観客はマネッティアの実況により目を覚ました。とりあえず応援はしないが歓声を上げて拍手はした。もはやどちらに対しての拍手か分からないが一応盛り上がりはみせた。

 今まで一言も口を開かなかったトライグリフが喋り出した。

「何のつもりかは分からないが私はここから出なければならない。殺されたとしても悪く思うな。お前もその覚悟でこの場に出ているのだろう」

 トライグリフの目は髪で隠れているがときおり見せるその瞳の輝きは気高き騎士のものだった。

「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと来いよ元騎士団長様よー」

 カズマは左手でクイクイとトライグリフを誘う。

 トライグリフは両手で剣を握った。

「トライグリフが剣を構えた!ついに始まります命と自由をかけた戦いが!」

 マネッティアの実況に力が入る。

 トライグリフがバッドスカルとの距離を一気に詰める。一撃で終わらせるつもりであった。剣を振りかぶりバッドスカルの肩目掛けて振り下ろそうとする。

 しかしその剣はバットスカルを切り裂く事はなかった。剣を振りかぶった瞬間バッドスカルの口から緑色の霧が吹き出された。


 毒霧、口から霧を吹き出し相手の顔面に吹きかける。直撃した相手の視界は奪われてなす術なく転げ回る。ヒールレスラーだけが使用する反則技である。

 

「毒霧だ!なんとバッドスカル、トライグリフの顔面目掛け毒霧を吹きつけた!トライグリフ手で顔を覆う!目が潰されてしまったこれでは前が見えない!まさに悪逆非道!勝つためなら手段を選びません!」

 マネッティアの実況によりバッドスカルが何をしたか観客は理解した。熱い戦いを期待していた観客はバッドスカルの行為に怒りを覚えた。

「ふざけるな!」「ちゃんと戦え!」「卑怯だぞ!」

 次々にバッドスカルに野次が飛ぶ。バッドスカルはその声に聞きヘラヘラと舌を出しながら観客を挑発した。

 トライグリフは予想だにしなかった攻撃に怯んでいた。片手で顔を覆い動くことが出来ない。そんなトライグリフにここぞとばかりにバッドスカルは黒い板で攻撃した。

「バッドスカル黒い板でトライグリフを叩きつける!トライグリフ堪らず膝をつきます!それでも非常な攻撃は止みません!背中にめった打ちだ!これはひどい目が見えないトライグリフに拷問のような攻撃を続けます」

 トライグリフは激しい攻撃で剣を離してしまった。バッドスカルはそれを見逃さずその剣を闘技場の壁際まで蹴っ飛ばした。

「ああっと!トライグリフの剣が離れていく!唯一の騎士の証が無情にもその手からこぼれ落ちた!まさにトライグリフの人生のようであります!となるとバッドスカルは地獄に引き摺り下ろす悪魔の使いなのか!いや悪魔そのものでありましょう!」

 バッドスカルはひとしきり攻撃すると黒い板を広げた。そう足のついた板はパイプ椅子だったのだ。バッドスカルは疲れたと言わんばかりに座った。

「なんとあの謎の黒い板は椅子であります!バッドスカルは椅子で攻撃していたことになります!何という屈辱!剣を持った騎士相手に椅子で戦うとはトライグリフにとってあまりに屈辱的であります!」

 バッドスカルは足を上げトライグリフの上に乗せた。トライグリフを足置きにして両手を頭の後ろに回してくつろぎ始めた。

「なんとトライグリフを足置きにしている!この闘技場の真ん中でリビングでくつろぐが如く足を伸ばしている!こんなこと許されていいのだろうか!」

 観客の野次はさらに大きくなった。しかしバッドスカルはそんな野次をものともせず耳に手をかざし、聞こえないような素振りを見せた。その挑発に野次はまた一段と激しさを増す。

 トライグリフの目は徐々に見えるようになってきた。トライグリフは背中に乗せてある足を払いのけ座ってるバッドスカルに渾身の蹴りを入れる。パイプ椅子に深く座り背もたれにもたれかかっていたバッドスカルはパイプ椅子ごと後ろに倒れ込んだ。

「トライグリフの反撃だ!バッドスカルの胸にトライグリフの蹴りが炸裂する!バッドスカルは椅子ごと後ろに転げ落ちた!トライグリフの怒りは収まりません!倒れたバッドスカルを踏みつける!これが正義の鉄槌だ!バッドスカル身の縮めることしかできない!」

 トライグリフの反撃に闘技場は盛り上がった。トライグリフはその日初めて応援された。悪魔のような相手を懲らしめる正義の騎士の構図が生まれたのだ。

 トライグリフの激しい攻撃は止まった。体力の事を考えず攻撃したため疲れが出て肩で息をしている。

 その隙にバッドスカルは地面を転がりトライグリフと距離をとり立ち上がった。バッドスカルも肩で息をしている。

「両者睨み合います!相手の出方を伺っているのでしょう!その間合いを構えながらジリジリと詰めていきます。さながら獲物を狙う獅子であります。そしてどちらが獲物でどちらが獅子か分かりません。それはこの戦いの勝者のみぞ知るところでしょう」

 バッドスカルが先に動き出した。顔面に向けてパンチを繰り出す。しかしトライグリフは左手でガードし右手でカウンターのパンチをバッドスカルの腹にお見舞いした。

 腹を押さえうずくまるバッドスカルの後ろに回り込みトライグリフは後ろから手を伸ばして腕で首を絞めた。


 チョークスリーパー、相手の背後から腕で首を絞める絞め技。頚動脈と気管を絞めあげるこの技は非常に危険であり。10秒もしないうちに相手を失神させることができる。


 騎士団の任務は何も魔獣の討伐だけではない。それより多くの時間を街の見回りに費やしており暴漢の制圧などが主な仕事になる。そのためトライグリフは制圧術を使うことができた。その技は剣同様に洗練されており無駄な動きなくバッドスカルの首を絞めることができた。

「チョークスリーパーががっしりと決まった!これは逃げられない!あまりの鮮やかな絞め技にバッドスカルなす術があるのか!残された時間は少ないぞ!今にも失神しそうだ!」

 バッドスカルは絞め技には慣れているため絞まる瞬間に顎を引き首を守った。とっさの判断がバッドスカルを救う。怒りに狂ったトライグリフは絞めるどころか首を折るぐらいの力で絞めている。

 バッドスカルはトライグリフの股の間に右足を入れ全力でトライグリフの右足を後ろから蹴り上げた。

 蹴った反動でバッドスカルの両足は宙に浮き後ろに身体を預ける。足を蹴り上げられ片足立ちになったトライグリフはバランス崩した。そしてバッドスカルが体重をかけたことにより背中から地面に激突した。トライグリフの腹にバッドスカルの体重がのしかかる。

 一瞬息ができなくなったトライグリフは腕を緩めてしまった。バッドスカルは腕から抜け出して距離をとる。

「チョークスリーパーから抜け出した!トライグリフ苦しそうだ!呼吸が荒いぞ!バッドスカルは距離をとり走る構えをしている!しかしトライグリフは立ち上がれない!危ないトライグリフ立ってくれ!バッドスカルが来るぞ!」

 トライグリフは何とか立ちあがろうと膝と手をつき四つん這いの状態になるが息が苦しく思うように力が入らない。

 そこにバッドスカルがトライグリフ目掛けて走り込んできた。右足を大きく上げトライグリフの後頭部を踏みつける。


 カーブストンプ、相手の下がった頭を踏みつけるプロレス技。シンプルながら強力であり、くらった相手は顔面から地面に激突することなる。


「カーブストンプが炸裂する!何と無慈悲な一撃!トライグリフは立つことさえできない!頭を踏みつける屈辱的な技の前にトライグリフは倒れ込んでいる!」

 バッドスカルはトライグリフの頭をぐりぐりと踏みつけ勝負があったと言わんばかりに両手を広げている。その光景はかつての英雄をする観客にとっては許せなかった。

「トライグリフ動けない!立ってくれトライグリフ!ここで終わっていいはずないだろう!ここで終わっていいはずないだろう!」

 マネッティアが叫び。その実況に呼応するかのように闘技場からトライグリフに声援が送られる。

「立って!」「頑張れ!」「お願いだ!」「倒してくれ!」

 闘技場はトライグリフへの声援に包まれた。誰もが英雄の復活を望んでいた。

 トライグリフの拳が強く握られる。トライグリフのふらつく足が大地を踏み締める。髪をかきあげスカルバッドを見る瞳に輝きが戻る。

 英雄が立ち上がった。

 観客は少年のように熱狂した。

「立ち上がった!まだ終わらない!その闘志の炎は消えていない!どんなに肉体が傷つこうともどんなに魂が磨り減ろうともトライグリフは何度でも立ち上がる!それは彼が不屈の英雄だからだ!」

 トライグリフはバッドスカルを睨みつける。バッドスカルはニヤリと笑う。バッドスカルは拳を握り渾身の力を込めて顔を殴りにいく。それに合わせてトライグリフもバッドスカルの顔面を殴りにいく。

 両者の拳が顔面に突き刺さる。リーチの差であろうトライグリフの拳がより深くバッドスカルの顔面を捉えていた。

 バッドスカルは足の力が抜けて膝に手をつく。バッドスカルの下がった頭をトライグリフは左手で掴み無理やり上げさせた。

 トライグリフは最後の力を右での拳に込めてバッドスカルの顔面を殴りにいく。しかし度重なる攻撃でダメージが蓄積されたのかトライグリフの足に力が入らず態勢を崩してしまった。

 しかしトライグリフは止まれない。崩れた体勢から肘をバッドスカルの顎に目掛けて突き上げる。


 スマッシュエルボー、相手の顎を下から突き上げるように肘で打つ技。硬い肘で顎を打つため非常に危険であり。その破壊力は言わずもがな顎を砕くことさえある。


 もちろんトライグリフはスマッシュエルボーなど知る由もない。しかしそれは紛れもなくスマッシュエルボーであった。トライグリフの執念が生んだ技であった。

「スマッシュエルボーが決まった!最後の力を振り絞りトライグリフが渾身の一撃を決めてみせた!バッドスカルが仰向けに倒れ込む!バッドスカルが大地に沈む!立てない!立たない!立てるわけがない!英雄の鉄槌が地獄の悪魔を打ち破った!悪魔を地獄に送り返してみせた!勝者は不屈の英雄トライグリフ!」

 闘技場は割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。皆英雄の勝利と帰還を喜んでいた。ただ1人モルダーを除いては。

 ――いけないトライグリフが勝ってしまった。そしてなんだこの熱狂はこのままではダメだ、トライグリフを釈放する訳にはいかないではないか。英雄が帰ってきてしまう。これではいずれ不正が告発されてしまう。市民がトライグリフの味方になってしまう。

 モルダーは焦っていたがあることに気づいた。

 ――まだ勝負はついてないあのふざけた輩は死んでないはずだ。ならトライグリフに無抵抗のカズマを殺させればいい。そうすれば市民どもも目を覚ますはずだ

 モルダーは冷静になった。

 トライグリフは顔を上げ観客の声援を浴びていた。するとトライグリフの首筋にある隷属紋が光りだした。光が消えると隷属紋が消えていた。

「トライグリフの隷属紋が消えました!これでトライグリフは解放されます!英雄の凱旋です!」

 観客は飛び上がり喜んだ。トライグリフは隷属紋が消えたことに動揺を隠せなかった。

「どうした喜べよ、釈放だぜ?」

 バッドスカルは倒れながらトライグリフに言った。

「何故だまだ勝負はついていない、なのに何故隷属紋が消えたのだ」

「勝負はついたろ、俺はお前にプロレスで負けたお前は勝ったそれだけだ」

 バッドスカルは嫌そうに答えた。

 プロレス魔法は隷属魔法にまで影響を及ぼしていた。闘技場の殺し合いによる決着ではなくプロレスの決着により隷属魔法は解除されたのだ。

「それより早く行かなくていいのか?めんどくせぇ奴が騒いでるぜ?」

 バッドスカルはそう言いながら貴賓席に顔を向けた。そこでは何やら怒鳴り散らしているモルダーの姿があった。偶発的に釈放されたトライグリフにどんな言いがかりをつけられか分からない。

「恩に着る」

 そう言うとトライグリフは駆け出して出口に向かって行った。解放された英雄を観客は喜びながら送り出した。

「早くあいつを捕まえろ!何をしている!」

 モルダーは周りの兵士たちに命令している。額に血管を浮かべながら怒鳴り散らしている。

「捕まえろと言われましてもなんの罪で?」

 兵士たちはどうすることもできなかった。領主の命令と言えど罪なきトライグリフを捕まえることはできない。それにこの観客が熱狂してる状況で英雄に手を出すことなどできなかった。

「なんでもいい!とにかくトライグリフを私の目の前に連れてこい」

 モルダーは怒鳴り兵士たちを追いやった。モルダーの息は荒い。

 ――こんなことになったのも何もかもカズマのせいだ。ふざけた戦いをしよって

 モルダーが舞台を見下ろすとバッドスカルが立ちこちらを見ている。バッドスカルはモルダーがこちらを見たのを確認すると大きく口を開けて舌を出した。そして親指を突き立て首を掻っ切るように腕を振った。

 モルダーの血管が切れる音がした。

 あのジェスチャーの意味はモルダーは分からなかったが自分を馬鹿にして挑発していることだけは確かに理解できた。

「カーズーマー!」

 モルダーは怒りに身を任せて闘技場の室内に入っていく。室内の階段を落ちるように下っていく。兵士たちの静止を振り切り勢いそのまま舞台に現れた。ズカズカとバッドスカルの前まで歩いていく。

 モルダーが突然舞台に現れたことに観客は驚いた。

「領主様がなんと舞台の中央に向かって歩いております。いったいどうしたのでしょうか!」

 マネッティアも想定してない事態が起きどうしようとキョロキョロと辺りを見回している。

「カズマ!貴様この私を侮辱したな」

 モルダーの顔は怒りで真っ赤に染まっている。そんな顔を見てバッドスカルは鼻で笑った。それを見てまた一段とモルダーの顔が赤くなる。

「カーズーマー」

 バッドスカルはマネッティアの方を見て口をパクパクさせて合図を送った。

「えっとバッドスカルが何か言いたいそうです。聞いてみましょう」

 マネッティアの前の風の渦が舞台中央に飛んでいく。渦がつくとバッドスカルは喋り始めた。

「おいおいさっきからカズマ、カズマって俺の名前はバッドスカルだって何度も実況が言ってるだろ?聞いてなかったのか?その下品な耳飾りがついてるそれは何だ?そっちが飾りか?」

 バッドスカルの声は闘技場に響き渡った。バッドスカルの発言に闘技場は凍りついた。領主にあんな事を言えばただじゃ済まないはずだ。

「どうやら自分の置かれている状況が分かってないようだな。お前には隷属紋がついている。それがついている限りお前は私に従うしかないのだよ」

 モルダーは怒りに声を振るわせながら必死で余裕そうな態度をとった。

「状況が分かってないのはお前の方だ成金髭野郎。その小さな脳みそでも分かるように丁寧に言ってやろう。ここはリングの中央そして俺はプロレスラーだ。これがどういう事か分かるか?」

「それがどうした!リングとかプロレスラーとか訳のわからない事を言いよって!」

バッドスカルが歯を剥き出しにして笑う。

「まだショーは終わってねぇってことだよ」

 バッドスカルはモルダーの腹に蹴りを入れた。モルダーは腹を抑えてうずくまる。

 その光景に観客は驚いた。領主にしかも隷属紋があるはずの人間が蹴りをいれたのだ。

 バッドスカルは後ろに振り向きうずくまるモルダーの顔を肩に抱えた。バッドスカルがモルダーの頭を抱えたまま飛び上がる。


 スタナー、相手の頭を肩に押し当て尻餅をつくように落下し肩に相手の顎を打ちつけるプロレスの技。この技を受けたものは物理法則を無視し飛び上がり脳震盪を起こす常識外れの技である。

 

 坂東カズマの常識はこの世界では通用しない。それと同時にこの世界の常識もプロレスには通用しないのだ。

 モルダーがスタナーの衝撃で仰け反るように宙に浮く。バタンと力無くモルダーは大地に倒れ込んだ。マネッティアは慌てて風の渦を口元に作って実況した。

「スタナーが決まった!何とモルダー様相手にスタナーを決めてみせた!信じられませんこれは夢なのでありましょうか!モルダー様は白い目を剥いて倒れている。泡を吹いている!バッドスカルに怖いものはないのか!まさにルール無用の非道のレスラー、バッドスカル!」

 観客たちはモルダーが気絶しているのをいい事に好き勝手に騒いだ。その多くはモルダーへの悪口や悪態、圧政への不満だった。

 慌てて兵士たちが槍を構えバッドスカルを囲む。バッドスカルは両手をあげているが大きく舌を出している。しかし強がっているがバッドスカルは激闘により立っているのがやっとだった。

 ――流石にやりすぎたか

 バッドスカルは内心反省したが後悔は無かった。夢にまで見た絶対悪への本気のスタナー。その心の中は清々しい気持ちで満たされていた。

 ――まあこれで終わるのも悪くない、こいつの処理はあの騎士団長様がやってくれるだろう

 泡を吹いているモルダー見てバッドスカルは笑った。本気のプロレスができたことに満足したバッドスカルは覚悟を決めた。

 兵士たちの槍が喉元まで迫っている。

「待ちな!」

 闘技場に野太い声が響いた。出口の暗がりからのしのしと大男が歩いてきた。その姿を見てマネッティアは叫んだ。

「ボルガンだ!闘技場の絶対王者ボルガンが乱入してきました!」

 ボルガンと言われた大男の身長は2メートルを超えておりその肌は真っ赤に染まっていた。下顎から生えた2本歯に白い髪からはみ出し額から突き出した2本の角はまさに鬼のようだった。

「そいつを殺すのは俺がやろうじゃないか」

 ボルガンは兵士たちを押し退けバッドスカルの前に立つ。ボルガンとバッドスカルが対峙することによりボルガンの大きさが際立った。

「お前が最近闘技場で暴れてるカズマだな。噂は聞いていたが中々来れなくてよ。ようやく顔を出してみれば何やら面白そうな状況じゃねえか」

 ボルガンの言葉にバッドスカルは構えた。この状態でこの男と戦うのは厳しいがやるしかなかった。

「おっと今じゃねえよボロボロのお前と戦ってもしょうがねえだろ?後日万全な状態でやろうぜ」

 ボルガンは笑いながら言った。

「俺の名前はバッドスカルだ覚えておけ。ただカズマとやりてーならそう伝えてやるよ」

 バッドスカルは余裕の態度を崩さない。

「何だかオメー面倒くせぇことやってんな。まあ戦えるなら何でもいいや。そういう事だ俺たちが戦うまで手出すんじゃねえぞ」

 ボルガンは兵士たちを威嚇した。兵士たちは身を縮める。

「何という事でしょう!次の対戦が決まりました。なんと闘技場の覇者ボルガンと超新星カズマの一騎打ちだ!これほど盛り上がる組み合わせはないでしょう!今から待ちきれません!」

 マネッティアは必死で煽る。この対戦が実現しなければほぼ確実にカズマは殺されてしまうからだ。それに気付いたのか分からないが観客も盛り上がった。

「中々盛り上げてくれるじゃねえか。じゃあ楽しみにしてるぜ」

 ボルガンは兵士たちを睨みつけ去っていった。兵士たちはバッドスカルを殺そうにもボルガンから報復を恐れ動けなかった。更に闘技場の熱気がそんな事を許さなかった。兵士たちはモルダーを抱えてボルガンの後をついていく。

バッドスカルも振り向き出口に向かって歩き出した。バッドスカルに歓声が飛ぶ。しかしバッドスカルは決して声援に応えない。偉そうに肩で風を切り我関せずと堂々去っていく。出口の一番近くの観客がバッドスカルにお礼を言う。

「騎士団長を助けてくれてありがとう」

 お礼を言った観客はまだ小さな男の子だった。その目に涙を浮かべている。この少年はトライグリフに助けられたことがあった。だから命の恩人であるトライグリフの釈放を誰よりも喜んでいた。

 バッドスカルは大きく舌を出した。男の子はバッドスカルに驚いたが一緒になって大きく舌を出した。バッドスカルはニヤリと笑う。

 バッドスカルは振り向き観客席を背にした。そして上に向かって真っ赤な毒霧を吹いた。本日2度目の毒霧に観客は大いに盛り上がった。

 バッドスカルはまた振り返ると出口に向かって歩いていく。バッドスカルは右手を上げヒラヒラさせながら何も言わず去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る