鬼人ボルガン戦

トライグリフとの戦いから数日後、ボルガンとの一騎打ちが始まろうとしてた。

 カズマは牢屋の中で腕立てをしており筋肉をパンプアップしている。その様子を心配そうにグルニエは見ていた。

「本当にボルガンと戦うんですか?旦那」

 グルニエはカズマに質問した。

 カズマは腕立てやめ立ち上がった。

「もちろん、挑戦を受けたら応えないといけない。それに観客が待っている」

 小窓から覗くと闘技場の中は観客で埋め尽くされていた。

「確かにそうですけどボルガンの恐ろしさは言いやしたよね?」

 グルニエはボルガンの素性をすでにカズマに教えていた。

 ボルガンは鬼人族の大男。怪力が特徴で自分の背丈ほどある大剣を振り回す。その怪力と大剣で闘技場の魔獣を葬ってきた。何より恐ろしいのはその好戦的な性格だった。ボルガンは闘技場で戦っていたが隷属紋は刻まれてない。誰に頼まれた訳でもなく戦いを求めてわざわざ闘技場の魔獣と戦っていた。

 グルニエにボルガンの恐ろしさを聞かされてもなおカズマには逃げるという考えはなかった。そもそも闘技場に逃げ場はない。戦いが決まった時点で逃げられない運命なのだ。

 いつもの兵士が牢屋の鍵を開ける。

「カズマ、時間だぜ」

 カズマは牢屋を出て舞台に向かう。

「旦那!ご武運を」

 グルニエはいつも以上に大きな声でカズマを応援した。

「おう」

 カズマはそう一言だけ言って歩いていった。

 いつもは軽口を叩く兵士が今日は無言で歩いていた。鉄檻の前に着くと兵士が口を開いた。

「じゃあなカズマ、勝ってこい」

「らしくないな、どうした?緊張してるのか?」

 カズマも兵士の違和感には気付いていた。

「今更だがお前には感謝してるだ。俺も兵士の端くれ騎士団長は憧れの存在なんだよ。騎士団長を助けてくれて本当に感謝してる。だからよ必ず勝てよカズマ」

 ここにきてそれなりの付き合いになるがこんなに熱い兵士を見たのは初めてだった。

「全力を出す。それだけだ」

「そうだったな」

 兵士は鉄檻を開けた。

 カズマは両手で自分の顔を叩いた。今日も命懸けの戦いにカズマは向かう。


闘技場は今日も満員だ。ただいつもと違い通路に兵士の数がやたらと多い。兵士たちは皆真剣な表情で警備している。このような厳戒態勢には理由があった。

「闘技場にお越しの皆様大変長らくお待たせしました。戦士の入場の前にお知らせがあります。この闘技場で数々の名勝負を繰り広げきたカズマ。その活躍の噂が王城まで届き。この度国王陛下自ら足を運びいただき本日の戦いを観戦することになりました。皆様ご起立下さい。国王陛下のお見えです」

 騒いでいた観客は口を閉ざし一斉に立ち上がり右手を左胸当て貴賓席の方を見た。

 貴賓席から国王が顔を出した。その姿は気品に満ち溢れており絢爛豪華な服には金の刺繍が施され白髪の頭には金の王冠が光り輝いてる。真っ白の長い髭は整えられ国王の威厳を感じられた。

 国王の側近の魔法使いが風魔法で風の渦を作った。その渦に向かって国王が喋る。

「この日を迎えられた事を嬉しく思う。皆私の事は気にせず存分に今日の戦いを楽しむがよい。以上だ」

 国王が話終わると観客は一斉に拍手した。

 国王は備えられた豪華な椅子に座った。その少し後ろにモルダーが緊張した顔で座っていた。

「陛下この度はお越しいただき私は誠に幸せであります」

 モルダーは手を擦り合わせながら喋る。

「なにやらカズマという戦士は奇妙な格闘術の使い手のそうだな」

「はい、どうやらプロレスと言う珍妙なものでして。市民もその珍しさに足を運んでる次第であります」

「ふむ、どんなものか期待しておるぞ」

「はい、必ずやお楽しみいただけるかと思います」

 モルダーはカズマを褒めるは腑が煮えくりかえるくらいに嫌であった。モルダーの首に巻かれた包帯が何よりの証拠だ。スタナーによって痛めた首は完治していなかった。しかし相手は国王陛下、私情を挟むわけにはいかなかった。

 ――陛下も何だってあんな奴のために。またカズマの奴が調子に乗ることになる。トライグリフも見つからないし、ボルガンも余計なことをしおって。どいつもこいつも阿呆ばかりだ

 モルダーの心の中の愚痴は止まらない。

 

「それでは戦士の入場です。まずは突如この闘技場に現れた英雄。その磨き上げられた技の数々は我々を魅了してやまない。今日も熱き戦いを見せてくれ!戦う伝道師プロレスラーバンドーカズマの入場です」

 マネッティアの実況を合図に入場曲のニューフロンティアが鳴りカズマが堂々と入場してきた。闘技場は歓声に包まれた。カズマは手を上げ歓声に応える。その歓声の中にはトライグリフを釈放してくれたお礼が聞こえた。トライグリフを救ったのはバッドスカルのはずだが何故だか観客はカズマに感謝の言葉を投げかけている。

「それでは続いては闘技場の覇者、その大剣で数々の魔獣を地に沈めてきた強者!戦いを求めて現世を彷徨う破壊の権化!豪鬼ボルガンの入場です」

 闘技場はまた歓声に包まれた。久々のボルガンの戦いに胸を躍らせていた。

 ゆっくりとその巨体を揺らしボルガンが入ってきた。しかしその手には大剣を持っておらず。素手で悠々と歩いてきた。

「なんとボルガン素手であります。数々の魔獣を両断してきた大剣を持ってきておりません。これはカズマに合わせたのか!余裕なのか挑発なのかそれとも戦いを楽しむためなのかボルガンの心中はいかに!」

 ボルガンとカズマは舞台の中央で相対した。

 カズマはボルガンを顔を睨みつけたまま

「大剣はどうした?俺に合わせたのか?」

「まあな戦いは楽しまなくちゃな」

 カズマはボルガンが素手な事に安心した。これで少なくとも死ぬことは無くなる。カズマはホッとした……

 そんなわけなかった。カズマは怒っていた。カズマは明らかにボルガンが自分を舐めている事が分かった。ボルガンは正々堂々と戦うために素手ではない。戦いを楽しむと言ったがそれは自分が絶対の強者であり、カズマを格下として認識しているからだ。

 ――俺を舐めるなよ

 カズマはファイティングポーズをとった。ボルガンはニヤリと笑い大きく両腕を開いた。その構えはどこの流派でもなく猛獣が獲物を捕らえる為に大きく口を開けるかのような捕食者のポーズであった。

「両者構えた!今まさに戦いの火蓋が切って落とされました。まさかまさかの素手同士の決闘!その身体に宿す殺人的筋肉のみが己の武器であります!」

 カズマはボルガンの胸目掛けて逆水平チョップを繰り出した。バチンと大きな音がその衝撃の強さを物語ったた。

 カズマの渾身の逆水平チョップ。確かな手応えはあったしかしボルガンは微動だにせず笑っている。

「いってーなー、効くじゃねぇか」

 ボルガンはそう言うが全く効いてるようには見えなかった。逆にカズマの手の平がその衝撃をモロにうけ赤くなっていた。

「何とカズマの逆水平チョップが効きません!あのトロールを苦しめた技が全くボルガンに通用しません!何という男だ!」

 ボルガンは拳を握った。

「終わってくれるなよ?」

 腕を振りボルガンの山のような上腕二頭筋をカズマの胸に叩きつけた。


 ラリアット、腕を横に伸ばしその腕を相手に叩きつける打撃技。単純な技だが鍛え上げられた腕は凶器そのものであり。上半身に当てる為相手は後頭部から地面に激突する危険な技。


 カズマはラリアットの衝撃で地面に後頭部を打つ。ボルガンのラリアットは技でもなんでもない。その膨れ上がった筋肉で相手を叩きつける暴力そのものであった。

「ラリアットが炸裂!凄まじい威力!凄まじい音!くらったカズマは猛烈な勢いで地面に叩きつけられた!大剣など必要ない!その鋼の筋肉がカズマを叩き切った!」

 カズマはとてつもない衝撃に驚愕した。プロレスラーから何度もラリアットをもらってきたカズマだが経験したことのない威力であり、大型トラックと交通事故を起こしたかと錯覚した。

 カズマは立ち上がる為一度うつ伏せに転がり膝をついた。ボルガンが必死に立ち上がろうとするカズマの背後に立つ。

 「確かジャーマン何とかって技があるって聞いたな」

 ボルガンがそう言うカズマの後ろから腕を伸ばしてがっちりと捕まえた。そのままカズマを抱えて持ち上げた。

「いくぞ!」

 ボルガンは腰を大きく逸らした。この速度この威力でのジャーマンスープレックスは命の危険がある。カズマは必死で顎を引き受け身の体勢で抵抗した。

 ボルガンは抱えたまま反らすつもりであったが勢いがありすぎてカズマを離してしまった。

 カズマはボルガンのはるか後方に投げ飛ばされた。

「投げっぱなしジャーマンだ!カズマを後ろに投げ捨てた!とんでもない怪力!カズマはなす術なく宙を飛ぶ!全身を打ちつけながら転がって行く!」

 とんでもない距離を転がされたカズマは土煙の中何とか立ち上がった。ラリアットに続き投げっぱなしジャーマンはカズマの身体に確実にダメージを与えていた。

 遠くでボルガンが走って来るのが見える。その右腕は横に突き出しラリアットの構えだった。

「ボルガン手を休めない!ラリアットの構えで走り込んで行く!その巨体がカズマに向かって突進して行く!これは危険だ!ボルガン一気に決めにいくつもりだ!」

 ボルガンはその巨体の割にとんでもない速さで突っ込んで来る。カズマはそのボルカンを見て逃げるわけでも身を縮め防御姿勢をとるわけでもなかった。カズマはボルガンに向かって走り始めた。

 両者激突する瞬間カズマは身を屈めボルガンの懐目掛けて突っ込んだ。


 スピアー、走り込み相手の腹目掛けて体当たりする技。助走により威力が増し、突撃して来る相手へのカウンターにもなる技。


 ボルガンの腹にカズマの肩がめり込む。ボルガンの口からよだれが飛ぶ。

「スピアーが決まった!ボルガンのラリアットに合わせてカズマのカウンターが炸裂。ボルガン流石に効いたか!完全に油断していたのでしょう、うずくまり腹を押さえております」

 ボルガンは思わず膝をついた。まさか自分が膝をつくとは思ってもいなかった。ボルガンの額に汗が滲む。

 カズマは膝をつき動けないボルガンに覆い被さりボルガンの腰に腕を回して捕まえた。

「うおおおおぉぉぉぉぉ!」

 カズマが叫ぶ。カズマの腕に血管が浮かぶ。太ももが膨れ上がる。

 ボルガンの巨体が逆さに持ち上げられた。誰もがこの光景に驚いたが誰よりも驚いたのはボルガンだった。ボルガンの視界が逆さまになる。

 カズマは身体を反らし反動をつける。カズマは食いしばり目をこれでもかと開いている。カズマは抱えたボルガンを渾身の力で地面に叩きつけた。


 パワーボム、相手を逆さずりの状態で持ち上げて地面に頭から叩きつける大技。高身長なレスラーほどその威力が増し、頭から叩きつけるため非常に危険な技である。


 ボルガンの後頭部が地面に激突した。普通の人間なら失神してしまうような威力だがボルガンの意識は何とかあった。

「パワーボムが決まった!なんとカズマ!ボルガンを持ち上げて叩きつけた!大地を打つ衝撃音がここまで聞こえてくるほどです。何という破壊力!ボルガンに負けず劣らず凄まじい怪力です!」

 カズマの追撃は続く。倒れ込んだボルガンの右足を持ち上げて両腕で捻り上げた。


 アンクルホールド、足首の関節を捻り上げ極める関節技。関節は誰も鍛える事ができずその痛みは計り知れない。鍛えられたプロレスラーでさえもその痛みに悶え苦しむ技。


「ぐあああぁぁぁああぁぁ!」

 ボルガンの悲鳴が響く。観客はボルガンの悲鳴など聞いたことがなかった。それもそのはずボルガンは生まれて一度も悲鳴など上げたことがなかった。生まれついての強者だからだ。しかしそのボルガンが苦痛に悶えて悲鳴を上げた。

「アンクルホールドが極まった!これは痛い!カズマ思い切り捻り上げている!ボルガンの悲鳴が闘技場に響く!足首が曲がってはいけない方向に曲がっている!」

 カズマのアンクルホールドは完璧に極まっていた。本来関節技が極まればそれを解除するのは困難である。しかしボルガンは違った。左足でカズマを力の限り蹴り飛ばし無理やり剥がしたのだ。

「お返しだ」

 ボルガンはそう言うとカズマを抱え上げた。それは先ほどカズマがやったパワーボムの体勢と同じであった。

 ボルガンはカズマを地面に叩きつけた。ボルガンのパワーボムはカズマより破壊力があった。それはボルガンの身長と筋肉がカズマを上回っているからだ。

「パワーボムだ!さっきの礼と言わんばかりのボルガンによるパワーボム!掟破りのパワーボム返し!その巨体から繰り出された技の威力はまさに一撃必殺!カズマ立つことが出来るのか!」

 カズマは仰向けで倒れた。青空が見える。観客の声が聞こえる。心臓は激闘により大きく脈打ち響いている。呼吸は荒く肺が衝撃で潰れているのが分かる。

 カズマは久しぶりにプロレスをしていた。カズマがプロレス技使いボルガンがそれを受ける。ボルガンがプロレス技を使うとカズマがそれを受ける。心の底からプロレスを堪能していた。最初はボルガンに怒りを覚えたが今は感謝さえしている。

 プロレスは1人ではできない。相手がいて初めてプロレスになるのだ。改めてそう実感した。

 ただカズマは諦めることはできなかった。ボルガンはプロレス技を使うならそれはプロレスなのだ。そしてカズマはプロレスラーなのだ。チャンピオンなのだ。プロレスで負けてはいけないのだ。

 カズマは立ち上がった。息が荒く苦しそうだが立ち上がった。

「カズマが立ち上がった!まだ戦える!まだ終わっちゃいない!その瞳の輝きは失ってはいない!その熱き魂がある限り何度でもカズマは復活するのであります!」

 観客はカズマを応援した。この戦いはどちらを応援するようなものではない。ただこの瞬間だけ闘技場の観客全員がカズマの応援をした。観客が心の叫びをカズマにぶつける。

「頑張れ!」「負けるな!」「やるんだ!」「勝ってくれ!」

 カズマは天に向かって叫んだ。

「うおぉぉぉおおおおぉぉぉ!」

 観客もカズマと叫ぶ。叫び声が闘技場に響き渡る。闘技場の外からも叫び声が聞こえた。

 カズマがボルガンに向かって走り出した。ボルガンは身構えた。カズマのスピアーを警戒したのだ。

 しかしカズマは更に深く身体を沈めボルガンの身体の下へと潜り込む。右腕をボルガンの股の間にいれ一気に持ち上げ肩で担いだ。左腕はボルガンの首を抑えて動けなくしている。

「何しやがる!」

 ボルガンは腕や足を振り必死で抵抗して叫んでいる。しかしどんなに打たれてもカズマはボルガンを離そうとしない。

 カズマが横に大きく反動をつける。そしてカズマの身体ごとボルガンと倒れ込んだ。


 デスバレーボム、相手を両肩で担ぎ上げ側転する形で相手を頭から地面に叩きつける大技。相手の頭に2人の体重が乗り地面に激突する非常に危険な技である。


 ボルガンの頭が地面に突き刺さる。カズマも投げた反動で地面に転ぶ。

「デスバレーボムだ!カズマが担ぎ上げた!カズマがボルガンの頭を打ちつけた!全ての力が脳天に突き刺ささる!ボルガンの頭に突き刺さる!」

 技をかけたカズマでさえもボロボロになりながら立ち上がった。腕を上げるのもしんどくダラリと垂れ下がっている。

 しかしボルガンは立ち上がった。ボルガンもフラフラになりながら立ち上がった。カズマの技の数々は確かにボルガンにダメージを与えていた。

「両者立ち上がる!まだ戦いは続く!しかし両者満身創痍!決着は直ぐそこに迫っております!」

 お互い大技を出す力は残されていなかった。両者フラフラにながら歩きお互いの手が届くところで止まった。

 ボルガンがカズマの胸にチョップをする。大きな音が響き渡る。それに続きカズマがボルガンの胸にチョップをした。それも同じくらい大きなをだした。そしてボルガンもまたチョップをする。お互い一歩も譲らなかった。

「チョップの応酬であります。お互い意地と意地とのぶつかり合いであります!汗が飛ぶ!筋肉が軋む!火花が飛び散る!舞台中央!この戦いに賞金はない、勝ったところで何も得られない!しかし男たちは止まらない!ただ最強の名が欲しい!それがあれば何もいらない!自分の方が強いと証明したい!不純物なき勝利への渇望が男たちを突き動かす!」

 お互い何度チョップしたか分からない。その胸は赤く腫れ上がり掌も真っ赤になっていた。

 お互い同時にチョップを出し怯み両者後退りした。それでも倒れない。お互いふらふらになりながらも立ち続けた。

 カズマは大きく息を吸い右手を横に伸ばした。それ見てボルガンはニヤリと笑い右手を横に伸ばした。両者ラリアットの体勢である。

 「両者ラリアットの構えであります!これが最後の一撃!決着は明らかでしょう!最後の意地のぶつかり合いが始まります!」

 カズマとボルガンは走り出した。身体に残る最後の力を絞り出して右腕に込める。上腕二頭筋が膨れ上がる。

 お互いの腕が胸にぶつかり合った。凄まじい音が闘技場に響き渡る。ラリアットの反動でお互いの身体が宙に浮く。背中から地面に倒れる。

 観客は固唾を飲んで見守った。闘技場に静寂が訪れた。

 両者の足が動く。手で大地を掴む。必死で立ち上がろうとする。両者フラフラになりながらも背を向けた状態で立ち上がった。両者立ったまま動かない。2人の荒い息遣いだけが聞こえる。

 ボルガンが背を向けたままかすれるような声で喋った。

「楽しかったぜ……オメーの勝ちだ」

 ボルガンの足に力が抜け前のめりに倒れ込んだ。

 力ではボルガンの方が確かに上回っていた。しかし技を磨き使い続けてきたカズマのラリアットがほんの僅かの差でボルガンのラリアットを上回ったのである。それはボルガンにはできないプロレスに人生を捧げてきたカズマだからこそできた一撃であった。

「ボルカンが倒れ込んだ!この激闘を制し最後に立っていたのはバンドーカズマだ!ボルガンを下しました!新たな闘技場の覇者が誕生しました!」

 マネッティアの実況を聞き観客は叫び声にも似た歓声を上げた。

 カズマは両手の拳を天に突き上げ雄叫びをあげた。それを見て観客は更に沸いた。拍手の渦に包まれた。国王すらも静かながらカズマに拍手を送った。

 貴賓席でモルダー焦っていた。

 ――ボルガンでさえ勝てなければ誰がカズマに勝てるんだ、あの馬鹿めなんで剣を使わない!ふざけた戦いをするから負けるのだ!

 モルダーにもう余裕はない。

 ――もう構うものかこれ以上カズマに好き勝手やらせる訳にはいかない。あいつが牢屋に戻ったら私直々に手を下してやる。今のやつならそれが出来る!

 モルダーは椅子から立ち上がり牢屋に向かおうとした。ところがモルダーの喉元に刃が突き立てられた。

「動くな」

 その剣の先にはトライグリフがいた。その格好は闘技場の時とは違い髭と髪を整え鎧も着ている。だれもが憧れる騎士団長がそこにいた。

「トライグリフ何の真似だ!ふざけるな!どこに隠れていた貴様!それに陛下の御前であるぞ!」

 モルダーは怒鳴り散らした。トライグリフは無視して続ける。

「モルダー貴様を連行する。大人しく従うんだな」

 トライグリフは剣を下ろさない。それでもモルダーは怒鳴り散らす。

「無礼者!私は領主だぞ!こそこそ逃げ回ってたドブネズミが誰の許可を得てそんな事を言っている!」

「私だよ」

 国王がモルダーを遮り口を挟んだ。

「元々トライグリフは私の命令でモルダー、お前の不正の調査をしていた。捕まってしまったがようやくその証拠を私に届けてくれた。モルダーよ脱税に違法な取り立て、そして人身売買。知らぬとは言わせぬぞ」

 モルダーの足から力抜け地面にへたり込む。

「この者を連れて行け。王都で裁判にかける」

 国王が命令すると兵士がモルダーの両腕を抱え連行していった。足を引きずられながらモルダーは連れてかれた。

「トライグリフよお前を助けた者はカズマで間違いないのだな?」

「はい、私が戦った時と姿と雰囲気は違いますが確かにカズマです」

 国王の質問にトライグリフが答える。

 国王が頷くと側近の魔導士に指示をして風の渦を作らせた。渦に向かって国王が喋る。

「カズマよ此度の勝利見事であった。久々に私も興奮できた。そこでこの勝利を祝い恩赦として其方を奴隷から解放しよう。これからは道を外れず生きるのだぞ」

 国王が宣言するとカズマの首筋にあった隷属紋が光った。その光が消えるとカズマの隷属紋が消えていた。

 カズマは国王に向かって大きく頭を下げた。カズマの釈放に観客は大いに喜んだ。

「国王陛下万歳!」「王国に栄光あれ!」

 観客は口々に国王へ感謝の言葉を口にした。

「陛下宜しかったのですか?カズマはチャリパクという聞いたことない犯罪を犯しているのです」

 トライグリフは国王に話しかけた。

「報告には聞いておる。チャリパクがどんな罪か分からないが市民のこの熱狂を見てみよ。釈放しない訳にいかないだろ。それにトライグリフお前も嬉しそうではないか」

 トライグリフの頬は微かに緩んでいた。

「それに私はあやつの様に戦えん。だからこれが国王の人気取りの秘訣だ」

 そう言うと国王はイタズラ小僧のように笑った。

 舞台中央ではカズマがボルガンに肩を貸すように持ち上げていた。

「おいおい、俺は負けたんだぜ?何してんだ」

 ボルガンは担いで歩いてるカズマに質問した。

「別に、試合があっただけだ。殺したい敵な訳じゃない。対戦相手にはリスペクトしないとな」

 カズマはフラフラになりながらもボルガンと歩く。その光景に観客は拍手をして両者の健闘を讃えた。

 小窓からグルニエが叫んでいる。

「旦那!あっし全部見てましたよ旦那!本当によかった」

 グルニエは泣いてた。それを見てカズマは笑ってしまった。

「泣くなみっともない」

 カズマはグルニエに笑いながら言った。

「でも旦那、でも」

 グルニエはそれでも泣いている。カズマは笑いながら呆れた。

 カズマとボルガンが出口に入って行く。その後ろ姿に観客は拍手を送り続けた。

 暗い通路を歩いていく目の前には鉄檻といつもの兵士がいた。

「またやろうぜ。プロレス」

 ボルガンはカズマに言った。カズマはボルガンの言葉が嬉しかった。殺し合いじゃないプロレスをやろうと言ってくれたのだ。

「ああ何度でも受けて立つ」

 カズマは答えた。お世辞ではない正真正銘カズマの本心であった。

「それにしてもまさか俺が負けちまうとは、おっとなんだ急に手を離すなよ」

 ボルガンはカズマに言った。カズマの肩を借りていボルガンは体勢を崩した。しかしカズマに言ったつもりだがそこにカズマはいなかった。

 目の前の兵士が口やパクパクさせている。

「消えた……」

 暗い通路にはボルガンと兵士しかいない。カズマの姿は消えてしまったのだ。


 カズマは一人暗い通路を歩いてた。先ほどまでボルガンを抱えていたが急にいなくなってしまった。不思議なことが起きたがそれは今更だ。この感覚は異世界に飛ばされた時に似ていた。

 カズマに身体の怠さはない。どうやら回復したらしい。いや元に戻ったというのが適切かもしれない。

 カズマは暗い通路の先にある光に向かってゆっくりとそして堂々と歩いた。光の先からは白い煙が立ち込め歓声が聞こえる。どこに着くかは分からない。元いた世界に戻るかもしれない。もしかしたら別の異世界に行くかもしれない。ただカズマのやる事はどこに行ってもなにも変わらない。カズマはプロレスラーだからだ。

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