ゴーレム戦

カズマがこの世界に来て30日ほど経った。その間にキマイラ、バジリスク、ミノタウロスといった魔獣の数々と戦い勝利していた。観客も今や完全にカズマの味方であり試合のたびに観客は増えていき今や闘技場は満員になりカズマの試合を楽しみにしていた。

 多くの戦いを経験してプロレス魔法について分かったことがあった。どうやらプロレス魔法はコスチュームに着替えるだけではなく身体能力や耐久力も上がるようで今まで怪我なく戦ってこれた。そしてそれはカズマに声援があるほどより強靭になりカズマから怪我から守ってくれた。これが激しい戦いの中無傷でいられた理由であった。しかし怪我はしないが衝撃や痛みそのものもはあり過信は禁物であった。

 そして試合を繰り返し変わった事が二つあった。

「いやーカズマお疲れさん」

 兵士が軽い口調で話しかけてきた。そうカズマを牢屋に入れ高圧的な態度をとっていた兵士が随分と馴れ馴れしくなったのだ。その急激な変化に当初は困惑したが今では仲良く話している。

「ほらまたファンから差し入れだよ」

 兵士は果物や干し肉が入った籠を差し出した。カズマの人気が出るにつれこういった差し入れが頻繁に届くようになった。カズマは外に出れない為こうやって兵士が届けてくれるようになった。ここで出る食事は貧相なため食べ物の差し入れは本当に有り難かった。そして兵士の態度が軟化した理由はこの差し入れであり兵士が届けてくれたお礼に少しばかり分けている。

「酒は飲まないから持って行ってくれ」

 カズマは籠の中から食べ物だけを取り出して酒を籠に残して兵士に渡した。

「いつも悪いね」

 兵士は嬉しそうに籠の中の酒を眺める。この程度で食事が豪華になるならいくらでも渡そうとカズマは思っていた。

 カズマの牢屋は入れられた当初と比べて随分と豪華になった。豪華と言っても所詮は牢屋であり差し入れで持ってこれるものに限るが藁が敷いてあるベッドに布がかけられ薄手の布団も用意されている。ボロボロだった服も庶民が着てる程度には綺麗になっていた。剃刀まで用意され身だしなみにも気を配れた。牢屋のなかは随分と住み心地が良くなっていた。それは同室のグルニエにとっても同じ事でその姿も布団も小綺麗になっていた。

「あと面会が来てるぞ」

 兵士がそう言うと小柄な男が顔を出した。

「おはようございます、カズマさん」

 男は元気に丁寧に挨拶した。男の名はマネッティア。耳が長く金髪である。どうやら高耳族言うらしい。服装はカズマと変わらず庶民の格好をしているがその顔には大きな丸眼鏡をつけており、眼鏡の奥の瞳は憧れのヒーローを見てるかのようにキラキラと輝かせていた。

「おはようマネッティア、いい記事書けたか?」

 マネッティアは記者である。彼との出会いはトロール戦の翌日、兵士に頼み込んで牢屋の前まで入れてもらったそうだ。その時取材料の名目で兵士に少し渡したらしい。それから兵士はカズマに対して馴れ馴れしくなり差し入れを届けるようになった。

 マネッティアは素手でオルトロスを倒したという男の噂を確かめるためにトロール戦を観ていたそうだ。そこで今まで見たことのないプロレス技に魅了され取材を申し込んできた。

 主に聞かれるのは戦いで使用したプロレス技についてであり、まだ観せていない技もまだあるじゃないかと根掘り葉掘り聞いてきた。記者というよりプロレスファンと言ったほうがいいだろう。

 そして変わった事の二つ目はこのマネッティアが関係してくる。取材中にカズマがポロッと実況について喋った。内容としては実況があるとさらに戦いが盛り上がると言ったのだ。これにマネッティアが自分がやりますと名乗りをあげた。カズマの人気は凄まじく今や闘技場に入れない観客も出てきた。マネッティアも入れなくなることを危惧して実況として毎回入ろうと考えたのだ。そして兵士の取り計らいにより観客席の最前列に実況席を設けた。兵士はその時また建設費としていくらか貰ったそうだ。

 そうこの闘技場の戦いに実況がつくようになった。前回のミノタウロス戦から実況がつき好評だったようだ。マイクがないのに声は届くのか疑問だったがマネッティアは風魔法が使えるらしく風に乗せて声を届ける事ができた。カズマは原理は分からないが魔法の素晴らしさを改めて実感した。

 実況はマネッティアの風魔法により闘技場の外まで届き、中には入れない人たちにカズマの戦いの様子を届けた。その実況により外からも声援が聞こえるようになった。


 カズマの活躍が気に食わない人間もいた。闘技場の主でありベニヤー領の領主のモルダー・ベニヤーである。

 モルダーは自身の執務室の窓から見える闘技場を睨みつけていた。モルダーは白髪混じりの黒髪に口と鼻の間には左右に伸びる針金のような細い髭を伸ばしている。全身を覆う汚れひとつない純白の布に身を包み裾には細かな刺繍が施されている。肩から足元までかかる赤いマントにも金の刺繍が施されて高価な物だと一目で分かる。後ろで組んだ手には下品なくらい大きな宝石がついた指輪をいくつもはめており羽振りの良さが伺える。

 モルダーはイラつきながら葉巻を吸っていた。今闘技場で持て囃されている男が気に入らなかった。

 ――私の闘技場で好き勝手しよって奴隷風情が大人しく魔獣の餌になればいいものを

 モルダーは闘技場を市民の不満の捌け口にしていた。そして犯罪奴隷を見せしめにして市民たちを恐怖で支配していた。そのため闘技場に英雄が生まれてはいけないのだ。絶対的強者に弱者は負ける。この構図が覆されるとモルダーによる恐怖政治の地盤が揺らいでしまうのだ。だから犯罪奴隷は必ず負けなければならないのだ。

 ――カズマと言う奴隷は勝ち過ぎた、最近市民がいつ奴隷から解放されるか噂になってると聞く。犯罪者を解放するわけないだろう馬鹿馬鹿しい。そもそも魔獣を倒せる犯罪者を野放しにするなんて馬鹿げている。これだから教養のない下民は嫌いなのだ

 勝ち抜けば奴隷から解放される闘技場のシステム自体矛盾が孕んでいることにモルダーは分かってた。そもそも解放するつもりなどないからどれほどシステムの構造に欠陥があっても問題なかったのだ。ただそれは人間が魔獣に勝てるはずないという前提ありきの考えであった。今カズマは連戦連勝で魔獣を倒している。闘技場に現れた英雄に市民は熱狂している。

 カズマが奴隷から解放された場合市民は英雄の凱旋に大いに湧くであろう。そしてそれは絶対強者と弱者の構図が塗り変わる事を意味する。捕食する魔獣と餌になる人間。そしてその構図はモルダー統制と市民という形に置き換わる。カズマは必ずやモルダー統制の障害となる。カズマ自身がその気にならなくても市民が勝手に祀りあげるに違いない。

「それだけはダメだ!なんとしてもあの男は負けなくてはならない」

 モルダーは考えていた魔獣を素手で倒す男にどうやって勝てるか。素手で倒すなど本当に人間なのかと疑いさえした。

 モルダーの目が大きく開く。

「思いついた、これならいける」

 モルダーは不気味な笑みを浮かべて闘技場を眺めた。


「……を闘技場に出す、すぐに捕まえてこい」

 モルダーは執務室で呼び出した秘書官に指示を出す。「ですがそれでは誰も勝てないのでは?」

 気弱そうな秘書官はモルダーに質問した。

「勝ててどうする相手は犯罪奴隷だ死んで構わん」

 モルダーは秘書官を怒鳴りつける。ドンと机を叩き威嚇した。秘書官はびくりと体を震わせながら答える。

「承知しました、すぐに騎士団に伝えて捕獲するように命令します」

 秘書官は逃げるように執務室から出て行った。閉まった扉の向こうでドタドタと走る音が聞こえる。

「ふん、全くどいつもこいつも使えん、何を勘違いしている」

 モルダーは長い髭を撫でて整える。葉巻に火をつけ一服した。秘書官に指示を終え後は結果を待つのみ。モルダーの心中は穏やかであった。


 闘技場は今日も満員だった。カズマの戦いを観に多くの市民が詰めかけており外では入れない市民が騒いでいる。闘技場に勤める兵士たちの最近の仕事はこの市民を抑える事が多くなった。

 闘技場にマネッティアの声が響く。

「本日も闘技場にお集まりいただき誠にありがとうございます、本日も実況は私マネッティアが勤めさていただきます」

 観客席の最前列に作られた実況席にマネッティアが座っている。備え付けられた机には紙の束が置かれており取材した技や教えられた実況のコツなど事細かに記されている。マネッティアの口元には風魔法で作られた風の渦ができている。これで音を届けていた。

「中に入れない市民の皆様のためにもこの戦いを事細かに実況していきますのでよろしくお願いいたします」

 マネッティアの声に観客が反応し盛り上がっている。闘技場の外からも声が聞こえてくる。


 マネッティアの声はもちろん牢屋の中にも聞こえてきた。

「カズマ出番だぜ、今日もやってくれよ」

 いつもの兵士が牢屋の鍵を開ける。カズマは立ち上がり牢屋を出た。

「旦那頑張ってくだせぇ」

 グルニエはいつのも通りカズマを応援して送り出した。カズマは一言

「おう」

 そう返事をして兵士と共に暗い通路を歩いて行った。

 鉄檻の前に着き解錠されるのをカズマは待つ。連戦連勝といえど相手は魔獣。手加減もなければ常識もない。正真正銘命のやり取りだ。カズマのプロレスは観客を楽しみその戦いに興奮していた。プロレスの楽しさを伝える、カズマの思惑通りに事は進んでいるがまだ足りない。プロレスは戦いであるが殺し合いではないのだ。どうにかしてそれを伝えたいが魔獣相手には無理である。

 そんなことを考えていると兵士が声をかける。

「それじゃあ開けるぞ、行ってこいカズマ」

 鉄檻が開きカズマは舞台に続く光に向かいゆっくりと歩み出す。


 マネッティアの実況が闘技場に響く。

「この闘技場に彗星の如く現れた無手の英雄!恐ろしい魔獣を磨き上げた技と鍛えあげた筋肉によって葬ってきた地上に降臨した破壊神、みなさんお迎えくださいバンドーカズマの入場だ!」

 闘技場に何故かカズマの入場曲ニューフロンティアが流れる。これもプロレス魔法なのだろうカズマが入場するとどこからともなく勝手に流れるようになっていた。

 観客たちは一斉に立ち上がりカズマの入場を心待ちにしていた。

「カーズーマ、カーズーマ、カーズーマ」

 名もなき戦士だったカズマの名を知らぬものはこの場にいない。闘技場に集まった観客がカズマの名を呼ぶ。

 暗がりからカズマはゆっくりと姿を現した。その格好は赤のロングタイツに黒のブーツというカズマのいつものコスチュームであった。

 カズマの登場にまた一段と闘技場は盛り上がった。闘技場の英雄を皆が向かい入れた。

「さあカズマがゆっくりとその筋肉を携えて入場してきました。今日もまた真っ赤なタイツを履き堂々たる入場です。その鮮やかな赤は今まで倒してきた魔獣の血かそれともうちに宿す闘志の炎か。その鋭い眼光は一体何を見つめているのかこれから倒す魔獣かそれとも己の未来か。今日もまた生きるか死ぬかの戦いが始まろうとしています。本日の魔獣は未だに発表されておらず私マネッティアも一体どうなる事か検討がつきません。しかしこの男ならやってくれるだろう、そう期待しているのは私だけではないはずです。」

 マネッティアの実況は2回目ながら非常に良かった。これもカズマが実況とはなんたるかを教えたからだ。しかしそれだけではなく元来真面目な性格のマネッティアがカズマの指導をメモして自宅で練習した成果でもある。あまりの実況のうまさにカズマは思わず笑ってしまった。

「おおっとカズマが不敵に微笑んでいる、笑っているぞ。やはりこの男侮れない、戦いを前にしてなお笑っていられるその度胸これこそが英雄の器なのであろうか」

 カズマは好きな実況者を思い出しながらマネッティアに実況のノウハウを教えた。これはこれでいいのだがマネッティアの実況がこの世界のスタンダードになるのはいかがなものか。

「旦那、実況ってあれであってんすか?」

 グルニエは小窓からカズマに困惑しながら質問した。

 ――やっちゃったかも

 カズマは少し反省した。

 魔獣側の鉄檻が開く音がした。暗闇の奥からズズズと何か重いものが引きずられるような音がする。

「さあ、地獄の門が開かれた!姿を表すのは鬼か悪魔か!いったいこの暗がりから響き渡る不気味な重低音はなんなのか!」

 未知の魔獣がその姿を現した。全身岩石でできた身体に岩の隙間から光二つの眼光。2メートルを超すその巨体の名は、

「ゴーレムだ!」

 マネッティアにグルニエ、そして観客たちが一斉に声をあげた。闘技場の外からもゴーレムの名を聞き驚きと動揺が広がる。

「なんと本日対戦する魔獣は岩石の身体を持つ巨人、ゴーレムだ!なんという事だこれはいけません、未だかつてこの闘技場に出たことのない魔獣でありませんか」

 マネッティアが驚きながらも必死で実況する。

「いけません旦那これは勝てやせん、旦那と相性が悪すぎる」

 グルニエには必死でカズマに叫ぶ。相性が悪い、それはカズマもゴーレムを見ただけで分かることだった。あの岩石の身体に果たしてカズマの技が通用するか疑問であった。カズマは冷や汗を一つかきいつものファイティングポーズをとる。

「さあカズマは臨戦態勢だ!このゴーレムを目の前にしてなお戦うことを諦めない鋼の闘志!カズマは一体ゴーレムをどう打ち倒すのか!それともゴーレムが無慈悲な断罪人としてこの場を処刑場にするのか!いったいどうなってしまうか!」

 どうやって倒すのかそれはカズマが聞きたかった。しかしやらねばならない、やらねば死ぬのだ。カズマはゴーレムに向かって走り出し渾身の蹴りを入れた。

「さあカズマが一気に距離を詰める!キックだカズマの渾身の右足がゴーレムの腹に炸裂する!しかしゴーレムはびくりともしない、なんて硬い身体をしているだ!蹴りを入れたカズマの方が痛みで顔が歪んでいる!」

 まさに見た通りゴーレムの身体は岩石であった。魔獣といえど生き物ならどうにかなるだろうと蹴ってみたが意味はなかった。この世界にカズマの常識は通用しない。カズマは食いしばりながら追撃をしていく。

「さあカズマ攻撃の手を緩めません!パンチパンチキック!チョップ!喰らえば悶絶必至の乱打であります。筋肉が織りなす花吹き!しかし迎えるはゴーレム!微動だにしません!人間の攻撃などどこ吹く風と言わんばかりであります!まさに動く城砦!何人たりともこの難攻不落の城を制圧する事はできません!カズマの拳が赤く腫れ上がっております、カズマが苦悶の表情を浮かべております!」

 カズマの攻撃は全く効かなかった。岩を素手割るなど人間には無理なのだ。

 ゴーレムが動き出す。大きく岩石の手を広げてカズマに向かって横薙ぎをする。カズマは咄嗟に左腕ガードするがその衝撃で壁際まで吹き飛んだ。壁に激突した衝撃がカズマを襲う。

「ゴーレムの横薙ぎが決まった!これは危ない!カズマはまるで人形のようにいとも簡単に吹き飛ばされてしまった!このゴーレム!岩石の守備力もさることながらその巨体から繰り出される攻撃も強烈であります!攻守隙のない難攻不落の要塞であります!」

 吹き飛ばされた衝撃で意識を失いかけたが、不幸中の幸い壁にあたったことによりなんとかカズマは意識を繋ぎ止めることができていた。しかし危険な状況は続いていく。ズシンズシンと大きな音を立てながらゴーレムはカズマに近づいてくる。

「ゴーレムがカズマに迫って来ております。その一歩一歩がさながら断頭台へのカウントダウンの様であります。冷徹な処刑人が今まさにカズマの目の前に立ち大岩を持ち上げるが如く手を天に掲げております!これは危ない!立ってくれカズマこのままでは次の攻撃が来るぞ!」

 ゴーレムはゆっくりとした動作で手を振り上げ一気に振り下ろした。カズマは地面を蹴りゴーレムの大きな股の間を転がる様に潜り抜けた。カズマの後ろで岩が地面に落ちる大きな音が聞こえた。

「間一髪!ゴーレムの股を潜り抜けカズマは生還しました!あと1秒遅ければ確実に大岩の下敷きになっていたことでしょう」

 ゴーレムの振り下ろした右手はその衝撃からか岩に亀裂が入りぼろぼろと小石が落ちている。それこそ凄まじい威力の証明でもあった。

「さあカズマ立ち上がりゴーレムと距離をとっていく。息を整え考えを巡らせていることでしょう、果たしてゴーレムを打ち砕く打開策が見つかるのでありましょうか」

 実況の言うとりカズマは考えていた。カズマに秘策などはない。あるのは研鑽してきたプロレス技のみだ。そして脳内であらゆる技をゴーレムにかけてみていた。そして一つの答えを導き出した。ただ懸念事項があった。

 ――人間に可能なのか?

 カズマは深く考えようとしたがすぐにやめた。どうせ出来なければ死ぬのだやるしか選択肢は無かったからだ。覚悟を決めたカズマに迷いは無い。渾身の技をぶつけるだけであった。

 ゴーレムがカズマに向かって走り出す。動作はゆっくり見えるがその巨体に激突されればひとたまりも無い。

「ゴーレムがカズマに迫って行く!今度こそ決めに行くつもりだ!カズマどうする!絶体絶命であります!」

 マネッティアも実況をしているが内心気が気でなかった。観客もカズマの心配をしていた。今までなら魔獣が人間を追い詰めれば湧いていたが観客達は完全にカズマの味方になっていたのだ。

「頑張れ!」「逃げろ!」「来てるぞ!」「危ない!」

 観客席から応援、心配、激励と様々な声がカズマに浴びせられた。カズマはこの声を聞いて戦ってきて本当に良かったと思った。

 ゴーレムがカズマに迫ってくる。カズマもゴーレムに向かって走り出し向かっていく。ゴーレムが目の前に来たところでカズマは地面を蹴り飛び上がった。


 延髄斬り、飛び上がり相手の後頭部目掛けて蹴りを入れるプロレス技。足で延髄を切り裂く様な動作からそう名付けられた。後頭部への蹴りは非常に危険であり一歩間違えれば相手は失神してしまう強烈な技である。


 カズマの延髄斬りがゴーレムに直撃する。

「延髄斬りが決まったー!延髄斬りが決まったー!カズマの身体がゴーレムの頭まで飛び上がった!なんという高さの延髄斬り!恐ろしい威力の蹴りに堪らずゴーレムが前のめりで倒れ込む!」

 もちろんゴーレムに脳などない。前に倒れたのも脳震盪などではない。カズマに向かって走っておりそして後頭部への蹴りにより勢いそのままバランスを崩して頭から倒れ込んでしまったのだ。

 カズマは着地後すぐにゴーレムの頭の前に立ち、ゴーレムの身体を覆い被さるように両手を広げてゴーレムの腰のところに腕を回した。

「カズマは何をするつもりだ!ゴーレムの腰に手を回した!そんなまさかやるのか!」

 カズマは両腕に両足に力を込めた。カズマの腕の筋肉が膨れ上がる。カズマはゴーレムを持ち上げるつもりなのだ。

 はっきり言って無謀である。人間がこの岩の塊を持ち上げるなど不可能なのだ。しかしそれはカズマがいた世界での話である。今のカズマにはプロレス魔法があった。観客の声援がカズマに力を与える。

 カズマの額に血管が浮き出る。食いしばるその顔は真っ赤に染まった。ゴーレムの巨体が地面から離れた。その光景に闘技場に響めきが広がる。

「なんということでしょう!ゴーレムを持ち上げた!今ゴーレムは逆さの状態でカズマに持ち上げられている!この光景を誰が信じるでありましょうか!実況している私自身信じられません!これは夢ではないです、現実なのです!カズマがゴーレムを持ち上げております!」

 カズマは最後の力を振り絞り両足で地面蹴り身体を宙に浮かした。


 パイルドライバー、逆さに捕まえた相手を頭から地面に落とす大技。全ての体重が頭に集中し首の骨を折る。その危険な技から試合では禁止されなどプロレス技の中でも使ってはいけない危険な技の一つとされている。


 ゴーレムの頭が地面に激突する。今日一の轟音が闘技場に響き渡る。ゴーレムの体重とカズマの体重がゴーレムの頭の一点にのしかかる。あまりに危険なためカズマさえも本気で使った事のない大技をゴーレムに対して全力で行った。

「パイルドライバーが決まったー!ゴーレムの脳天が地面に突き刺さる!今まさに闘技場にゴーレムの墓標が建てられた!神に祈る時間も懺悔する時間も与えません!直接ゴーレムを墓場に突っ込んでみせたバンドーカズマ!」

 ゴーレムの頭にヒビが入る。岩から覗かせる二つの光は消えていった。すると人間の形をしたゴーレムはぼろぼろ崩れていき岩山が出来上がった。

「ゴーレムが崩れていく!一つまた一つと意識を持たぬ岩が地面に落ちていく!もはや原型を留めてはいない!もはや立ち上がる足も起き上がる腕も残してはいない!これでは戦うことは不可能でしょう!バンドーカズマの勝利です!」

 実況の勝利の声と共に闘技場はこの日1番の盛り上がりを見せた。闘技場の外からも歓声が上がっている。

 カズマは立ち上がると両方の拳を天に突き出し勝利のポーズをし雄叫びをあげた。

「カズマの拳が天高く掲げられます!天に向かって吠えております。その雄叫びは闘技場の外にも届いたことでしょう!誰もが倒すのは無理だと思ったゴーレムを見事カズマは岩山に変えてみせました。また一つこの闘技場に伝説が生まれました。この戦いは未来永劫語り継がれることでありましょう。」

 随分と大袈裟だなとカズマは思ったが実況席のマネッティアを見ると今にも泣きそうな顔をしていた。感動しているのか安堵で涙腺が緩んだのか分からないがその目にはウルウルと涙が溜められていた。そんな顔をされるとカズマも何も言えなくなる。

 観客席に向かって手を上げながらカズマは出口に向かっていった。カズマの姿が見えなくなっても観客は騒ぎ続けた。

 

 鉄檻の前で兵士が出迎えてくれた。

「いやー今日は凄かったなぁ、まさかゴーレムを倒しちまうなんて」

 兵士は軽い調子で喋りかけた。

「かなり危なかった勝てて本当によかった」

 カズマは本心からそう言った。実際プロレス魔法が無ければゴーレムを持ち上げるなど無理なのだから。

「これだけ勝てばもしかしたら近いうちに奴隷から解放されるかもな」

 兵士は喋りながら鉄檻を閉める。

「今まで解放されたやつはいないんだろ?」

「カズマが最初に1人になればいいだろ」

 兵士はなんの疑問も抱かず答えた。果たしてそう上手くいくのだろうかとカズマは考えた。

 ――今回の魔獣は明らかに素手じゃ倒せないような奴だった、やっぱり奴隷から解放させるつもりはないのか

 カズマの心配をよそに兵士はベラベラと喋りながらカズマを牢屋まで連れていった。


 モルダーは執務室の窓から闘技場を眺めながらほくそ笑んでいた。

――カズマという輩は何故だが分からんが素手で戦うことに固執してるようだ、なら素手では倒せない魔獣を送り込めばいい。そして闘技場の英雄は死に市民はくだらない幻想を抱かなくなるだろう

 モルダーの計画は完璧であった。一つこの計画に誤算があるとすればカズマが勝つ可能性を考えてなかったことだ。そもそも不可能なことを想定するのはおかしい事だがカズマは成し遂げてしまった。

 トントンと執務室の扉を叩く音が聞こえる。

「入れ」

 モルダーが偉そうに許可すると扉が開き秘書官が入ってきた。その顔をなんとも気まずそうであった。

「それで市民はどうだ?生気が抜けた様な顔をしていたか?それよりも次の犯罪奴隷を用意しないとな。闘技場にまだ残っているのか?」

 モルダーはニヤニヤと秘書官に聞いた。絶対の自信があったためカズマが負けた前提で話を進めていた。気まずそうな秘書官がさらに気まずくなる。

「それがゴーレムは負けてしまいました」

 秘書官が声を振るわせ答えた。

「ほえ?」

 モルダーは思わず間抜けな声を出した。

「そんなバカな!」

 急いで窓に向かい闘技場の方を見る。闘技場から続々と市民達がでてくる。帰路に着く市民達は満足そうな顔で歩いていた。とてもカズマが負けた様には見えない。モルダーはわなわなと震え秘書官を問いただす。

「まさか武器を使ったのか!」

「いえ素手で戦ったらしいです」

 秘書官は必死で答える。

「そんなはずない!じゃあどうやってゴーレムを倒したのだ!」

「えっと実況によるとパイルドライバーらしいです」

 モルダーの怒りは頂点に達した。

「何なんだパイルドライバーとは聞いたこともないぞ!素手なのだろう?武器じゃ無ければなんなんだ!」

「いえ私も報告を受けただけで詳しくはなんとも……」

モルダーは机を思いきり叩いた。その音にびくりと秘書官は反応した。

 ――パイルドライバーとやら何なんか分からんが人間がゴーレムに勝てるはず無い。ゴーレムには剣や槍は効かず魔法で対処するのが一般的だ……

 モルダーは気づいた。

「何か魔法を使ったのではないか?そうとしか考えられん」

「あっはい、アベリア神官が鑑定魔法を行ったところプロレス魔法を使えると」

「プロレス魔法?また知らない名前ださっきから何なんだ」

 モルダーのイライラは増していく。

「詳しくは解析されておりませんがどうやら応援されればされるほど強くなるとか」

「なんだその馬鹿馬鹿しい魔法は!ふざけているのか!」

 ――そんな不確実な魔法があってたまるか。何が応援で強くなるだ

 モルダーは考え始めた。なんとしてもカズマを葬らなくてはならない。しかし今まで聞いたことない魔法にモルダーは悩まされていた。

 秘書官は気まずそうに黙って待っている。とても帰れるような状況ではなかった。

 ――応援で強くなる?それが本当ならいけるかもしれん

 モルダーは思いついた。とっておきの策を。

「トライグリフを次の戦いにだす」

 モルダーは自信満々に宣言した。その言葉を聞いて秘書官は驚いた。

「トライグリフ騎士団長をですか?」

 思わず聞き返してしまった。モルダーは秘書官迫りながら言った。

「元騎士団長だ。間違えるな。分かったならさっさと準備をするだ!」

「はい」

 秘書官は逃げるように執務室から出ていった。扉が閉まるとモルダーはニヤニヤ笑い始めた。自分が立てた策があまりにも完璧だから。

 ――これなら邪魔な奴らをまとめて始末できる

 モルダーの計画は完璧であった。唯一誤算があるとすればカズマがプロレスラーであった事だ。

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