さよならバッファロー

松蓮

さよならバッファロー

 サマンサには三分以内にやらなければならないことがあった。彼らの声を聞き、あるいは、同調する必要があった。

 彼女の両手がハンドルを握りしめる。

「システム起動」

 ヘルメットが閉じ、ヘッドマウントディスプレイが点灯した。緑光の軌跡が機体の状況を描き出す。

 緑色のデータ列、その向こうに外界が見える。ハンドルを操作して機体のカメラで荒野を見渡した。

「敵性反応確認」

 オペレータの声が鼓膜に響く。サマンサはレーダーとカメラを駆使し、しかし、敵影を補足するには至らない。


「来ます」


 雲ひとつない青空へ黄色い柱が上がった。遠方に広がった砂煙が地平線を覆い隠す。そして、煙をかき分ける彼らをカメラが捉えた。

 光学データが本部に送られ、オペレータから通信が入る。

「照合完了。間違いなく標的です」

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ。彼らはそう名付けられた。

 黒い巨体に白い双角。四足で大地を駆け、潜って、砕く。

 彼らはこの惑星を蹂躙し、すでに首脳国の幾つかがならされた。サマンサは脇が汗ばむのを感じた。

「到達まで、あと二分」

 彼らに対応するために残された国々が協力するのは必然だった。ネットワークを駆使してバッファローの軌道を予測したのだ。

 手汗にまみれたグローブ越しにサマンサはハンドルをきった。巨大な人型の機体が腕を伸ばす。

 青空と巨大な砂煙を眼前に、巨人が大地を踏みしめた。手に持ったそれは赤く揺らめいている。村一つを覆い隠せるほどに巨大な一枚の布だった。

「到達まで、あと一分」

 バッファローの息遣い、喚き声をマイクが集音し始めた。無数の獣が大地を蹴り、巨人の足を伝った振動がサマンサの臀部を揺らす。

「二十秒」

 機体の脚部、膝が軋んだ。金属音と地響きが荒野にて混じり合う。

 カウントダウンが、零に達した。


「ハイヤー!」


 巨大な赤布が空中にひらめいた。それにおびき寄せられていたバッファローたちは布をめがけて大地を蹴った。

 空中を突き進むバッファローの群れ。空を駆けて宙へ登っていく。

 慣性の法則。ただそれだけは彼らにも壊すことができなかったのだ。

「帰って、いきますね」

 オペレータの声に温かみが混じり、先程までの無機質さが薄れている。サマンサの目線はカメラの向こうを見つめている。

 ふと、サマンサが最後の一頭に視線を向けた。そのバッファローと目があい、彼の顔に笑みが浮かんだ、ようにも見えた。

 すべてを破壊できるのだ。この星に留まる選択もできたはずだ。しかし、彼らは突き進むバッファローの群れ。止まるなど彼らの矜持に反していたのではないか。

 バッファローの尾が遠ざかっていく。巨人は空に手を掲げて彼らを見送った。

 今となっては、彼らの本懐を知る術もない。


「バッファロー」


 サマンサのささやきはヘルメットに阻まれて、機外に至ることはないだろう。しかし、未だ立ち込める砂煙のむこうに、あの空のむこうに、確かに、彼らの遠吠えを感じたのだった。

「さようなら。バッファロー」

 モニターが暗転していき、コクピットをルームライトが照らし出す。ヘルメットを脱いだサマンサの頬で、一筋の軌跡が消えていった。

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さよならバッファロー 松蓮 @outdsuicghost

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