平穏時代物語⑥
「そろそろ決着がつく。 最後まで諦めるでないぞ」
「うん!」
奏思は始めた頃に比べて大分打ち解けていた。 取り札は残り二枚となり、盤面から既に勝敗は決まっている。 奏思は4枚取ることができたが、それ以外は全て権巌が持っていた。
それでも権巌は諦めることをよしとはしない。 この時代に生きる者にとって諦めることは死を意味することをよく知っているからだ。
「では次へいきますね」
札を読もうと息を吸った瞬間廊下から声がかかった。
「陽与梨様、失礼いたします。 そちらに権巌様はおられますか?」
その声に札を下ろした。
「あ、はい。 今ここに」
「何か用か?」
返事をしていると権巌が直接割って入ってきた。
「権巌様! ここにおられましたか」
どうやら家来が来たようだったが権巌は廊下へ出る様子もない。
「権巌様に大事なお話がありまして」
「そうか。 だがもう数分だけ待ってくれ」
「分かりました」
「陽与梨、次の札を読め。 一度始めた勝負は最後まで行うというのが我がルールだ」
「・・・はい」
大事な話があるというのに奏思を優先してくれたことを嬉しく思った。 しかし権巌に情け容赦など存在しない。 残り二枚の札を読み上げたが、どちらも権巌が素早く取り差は広がり決着した。
「負けちゃった・・・」
悲しそうな表情を浮かべる奏思に権巌は奏思の頭の上に手を乗せた。 相変わらずぶっきら棒な表情をしているが、それでもいつもより柔らかな印象を陽与梨は受ける。
「最後までよく頑張った。 俺から4枚も取り上げるなんて誇りに思っていい。 これからもこの調子で精進するようにな」
「・・・! はいッ!!」
奏思が笑顔になると満足気に権巌は立ち上がった。
「では行ってくる。 そう言えばここへ来た用件なんだが、陽与梨、昼食はとったか?」
「・・・あ、すっかり忘れていました」
今日帰れるかもしれないと浮かれてしまい空腹に気が回らなかった。 奏思はお菓子をあげたためお腹が空いている様子はない。
「そうか。 今日の宴会は19時からだ。 それまで腹を空かせておけ」
「はい」
「あと夕方には風呂を済ませておくんだぞ」
「分かりました」
「待たせたな」
用件を済ますと権巌は陽与梨の部屋を出ていった。 権巌の姿が見えなくなると奏思の緊張が一気に解けたのか、腰を抜かすようにその場に座った。
「・・・権巌様、初めて見たから緊張した・・・」
「いい子にできてよかったね」
奏思と話していると廊下から権巌と家来のやり取りがかすかに聞こえてきた。
「大事な話って何だ?」
「はい。 これを見てください」
「・・・拙いが我が城の地図か。 これが何だ?」
「落ちていたんです。 そして誰にもこれの心当たりがありませんでした」
「なるほど、侵入者か」
―――侵入者・・・!?
陽与梨がこの世界へ来て三ヶ月が経つが今までそのようなことはなかった。
気付かれていないだけで怪しい人物が潜入していた可能性はあるが、城にいる人間は大体の顔を知っていて一度しか見なかった顔という者はいない。
「現在城中をくまなく探しておりますので見つけ次第権巌様のもとへ連れていきます」
「分かった」
その会話が奏思にも聞こえていたのかビクリと身体を震わせた。 確かに奏思は部外者で陽与梨から見て今日初めて見た顔である。
しかし奏思はどこからどう見ても子供で鼻緒を結ってくれた心優しい彼が怪しいとはとても思えなかった。 安心させるよう奏思の肩に手を乗せる。
「大丈夫?」
「あ、うん・・・」
「不安にさせちゃったかな。 大丈夫だからね」
「・・・」
そう言うも奏思は顔を強張らせてしまい動かない。 身体は小刻みに震えていて多少怪しい気もするが、もしスパイであるならあまりにも気が小さ過ぎる。 それに奏思は陽与梨が自発的に城へ連れてきた。
「本当に大丈夫・・・?」
「ね、姉ちゃんごめん! そろそろ僕帰らなきゃ」
「え、そう?」
「親戚は帰りにめっちゃうるさいんだ。 もうすぐ夕方だし」
「そっか。 送っていかなくても平気?」
「平気! またね!」
奏思を見送ると手を振りながら去っていく。 それに陽与梨も手を振り返した。
―――・・・急にどうしちゃったんだろう。
―――何か用事でも思い出したのかな?
時刻を確認した。 夜まではまだ時間がある。
―――・・・私もお風呂を済ませちゃおう。
陽与梨は遊んでいたカルタを片付けると立ち上がった。 そして風呂に入りながら約三ヶ月前のことを思い出していた。
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