平穏時代物語⑤




自室の襖を静かに開けると奏思は既に目覚めていた。 ただ不思議に思ったのが、奏思がまたもやキョロキョロと辺りを見回していることだ。

初めてこの場所に訪れた時なら興味を引き珍しく思ってもおかしくはないが、今はもう初見ではない。


―――もしかして寝ぼけているのかな?


そんな風に思っていたところ、入ってきた陽与梨に気付いたらしい。


「あ、姉ちゃん!」


陽与梨の姿を見て嬉しそうに笑っていた。


「一人にしてごめんね。 起きていつもと違う場所だったから驚いたでしょ? ぐっすり眠れた?」

「うん、凄く! こんなに安心して眠れたのは本当に久しぶりだったよ」


奏思の家庭の事情を考えるとその言葉を嬉しく思った。


「ねぇ、姉ちゃん。 明日もまた会える?」

「うん! もちろん明日も・・・」


そこまで言うと今夜こそ帰れるかもしれない日だということを思い出した。 そうなればもう二度とこの場所には来れないのかもしれない。 そのため完全には頷けなかった。


「どうしたの?」

「・・・まだ分からないかな。 でも会えたらいいね」

「うん! 姉ちゃんとまた会えるって思うだけで僕は頑張れそうな気がする」

「・・・そ、そう?」


直球に言われると恥ずかしさが勝った。


「でももう少し今は姉ちゃんと一緒にいたいな。 まだ帰りたくない」

「いいよ。 何かして遊ぼうか?」

「うん!」

「でも思えば遊ぶものなんてここには・・・」

「あ、僕おはじき持ってるよ!」


そう言ってポケットから数枚のおはじきを取り出した。 おはじきといっても現代のものとは違い似たような石を綺麗に磨いて作ったようで大きさも不揃いのものだ。


―――おはじき、か・・・。

―――そういう遊びがあることは知っているんだけどよくは分からないんだよね。


奏思に遊び方を教わりながらしばらくおはじきで楽しんでいると廊下から突然声がかかった。


「陽与梨、入るぞ」

「あ、待ってください!!」


その声に陽与梨は咄嗟に立ち上がった。 奏思も驚き陽与梨の背後に急いで隠れる。 だがその頃には訪問してきた権巌は既に襖を開けていた。


「もう! 私が『いい』って言うまで開けないで、って何度言ったら分かるんですか!?」

「俺がこの城の殿だ。 俺こそがこの場所の規律なのだ。 そろそろ陽与梨も分かれ」

「着替えていたらどうするんですか!!」

「・・・で、誰だ? その子供は」


やはり権巌には隠すことができなかった。 権巌の視線は完全に陽与梨の後ろにいる奏思へと向けられている。


「こ、この子は・・・」

「もしかして陽与梨・・・」

「ち、違います!! 私の子供ではありませんッ!!」

「・・・」

「街で困っていた時にこの子が助けてくれたんです。 そのお礼にお菓子をあげただけで・・・」

「そうか」


それを聞くと権巌はズカズカと部屋へ入ってくる。


「ちょ、ちょっと!」

「ほう、おはじきで遊んでいたんだな。 なら俺も一緒に遊んでやろう」

「・・・え?」

「ちょっと待っていろ。 どこかにカルタがあったはずだ」


そう言って一度部屋を出ていく。 数分するとカルタを持って戻ってきた。 本来であればこのような小事であっても小間使いを使うが、この時は何故か自分で動いていた。


「なぁに、怖がる必要はない。 こちらへ来るといい」


奏思は不安気な表情を見せながらも少しずつ権巌との距離を詰めていった。


「名は何と言う?」

「奏思、です・・・」

「奏思か。 ここに座れ。 陽与梨、お前が札を読め」

「・・・分かりました」

「ここからは男と男の一騎打ちだ」


カルタを広げスタートした。 最初は戸惑ったがそれは心配無用だった。 権巌は一切手加減はしないが奏思がカルタを取ると髪が乱れる程にくしゃくしゃと撫で褒めちぎるのだ。


―――権巌様のこんなに優しい顔、今まで見たことがない・・・。

―――子供にはこんなに優しい表情をしてくれるんだ。

―――まだ権巌様の知らないところがたくさんあるんだな。


陽与梨はいつも厳しいばかりの権巌の新たな側面を見て少し見直していた。



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