平穏時代物語④




―――はぁ、行きたくない・・・。

―――さっきのこともあるし、どうせいつものように拒まれるに決まっている。

―――かといってこんな大事な時にまで侑生くんに甘えるわけにもいかないから・・・。


足取りが重いまま権巌のもとへ到着した。 権巌の居室は城の最も高いところにあり、登るだけでも重労働だ。


「・・・あの、権巌様」

「何だ?」

「大事な話があります」

「入れ」


襖を開けると権巌は忙しいのか真剣に筆を走らせていた。 自分としても重大なことだが、今用件を言っていいのか迷ってしまう。


「あの・・・」

「見ての通り俺は今取り込み中だ。 用があるなら手短にな」


そう言いながらこちらを見ようとしない。 それ程忙しいということだ。 だがそれよりも何か気にかかることがあった。


―――何かいつもと雰囲気が違う・・・?

―――用件を言ったらいつも通りに戻るかな。


この状況で言うべきか最後まで迷ったが意を決して言うことにした。


「今夜は満月。 それに雷が落ちるそうです」

「そうか」

「今日で私は元いた自分の居場所へ帰れるかもしれません」

「・・・そうか」


思った反応と違っていた。 権巌は今もなお視線は手元へ向け筆を走らせている。


―――・・・あれ、どうして反論しないの?

―――今までは『帰りたい』って口にする度『お前を帰らせる気はない、ここにいろ』って言い切っていたのに。


「何だ。 話は終わりか?」


伝えたいことは伝えられたためここを離れればいいものを陽与梨は思わず聞いてしまった。


「・・・それだけですか?」

「あぁ。 俺は忙しいから用件が済んだなら出ていってくれ」


普段見たことがない程の冷たさを放っている。 それに怯えて陽与梨は思わず後退ってしまう。


「・・・分かりました」


今まで止められることを迷惑に思っていた自分がいる。 この世界は自分のいるべき場所ではなく、現代こそが帰るべき場所。 それを無理矢理止められ心の中でモヤがくすぶっていた。

なのにあっさり突き放されるとそれはそれで心に空しさが響くのだ。 自分は一体何を期待していたのだろうか。 想像もしていなかった発言に戸惑いを隠せなかった。


「今晩は陽与梨を送るための宴会を開こう」

「・・・え?」


その言葉に顔を上げる。 だがやはり権巌はこちらを見てくれてはなかった。


「だから陽与梨は夕食の準備はしなくていい」

「・・・分かりました」


そう言われ陽与梨は軽く会釈をして部屋を出た。


―――・・・何かモヤモヤする。

―――元の居場所へ帰れるかもしれないから嬉しいはずなのに。

―――やっぱり権巌様の様子が何かおかしい?

―――でも今朝は私に笑顔を見せて普段通りだったはず・・・。


そこで今朝のことを思い出した。


―――違う、今朝からおかしかったんだ!

―――それは私がビンタをしたから・・・。

―――・・・いや、そうじゃない。

―――叩いて機嫌が悪くなったのもあるかもしれないけど一番の原因はそれじゃない。

―――普段通りに見えたけどビンタをする前からきっと様子がおかしかったんだ。

―――今まで私がビンタをしようと手を上げたら権巌様はすぐに反応して私の腕を掴んでいた。

―――なのに今日はそれもなく素直に受け入れたから・・・。

―――それはどうして?


これ以上考えても権巌の気持ちなど分からない。


―――はぁ、こんな気分じゃ悪いことをしたみたいで気持ちよく帰れないよ。

―――・・・もしかしたら本当の原因が私なのかもしれないし、後で謝ろうかな。


そう思いながら陽与梨は自室へと戻っていくのだった。



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