平穏時代物語⑦




大学卒業を控え陽与梨は就活に励んでいた。 いや、励んでいたのだが全く手応えを感じることなく日々を無為に過ごしていた。 面接の練習も行い対策も自分ではしたつもり。

だが実際にその場に立つと練習を全く生かすことができず面接官に与える印象は最悪。

決して悪い大学というわけでもないが、学歴だけで引く手あまたになるほどでもないため本番で失敗してしまう陽与梨に輝かしい未来は訪れていなかった。


「今日も全然駄目だったなぁ・・・。 もう私には就職するの無理かも・・・」


その日も就活を終え夜遅く帰路に就いていた。 相変わらず面接は自己採点でも酷かった。 これでやりたいことでもあれば頑張る気力も湧いてくるが、特に何もない。

まるで虚無のような空っぽな心に響き渡るような轟音が突如鳴り響く。

 

「うわ、雷・・・」


激しい雷鳴に空を見上げると満月であることに気付く。


「・・・こんなに綺麗な満月にも気付いていなかったんだ、私」


ただどうも様子がおかしい。 雷は鳴っているのに雲一つない。 満月が雷と共演し空が光り輝いていた。


「え、何!?」


そのような光景に不安を感じていると今までにない激しい光が空を照らした。 そして遅れることなく響く激しい音に心臓が破れたかのような錯覚を覚える。


「何、あれ・・・」


どうも雷が満月を突き刺したらしい。 いや実際に突き刺したのではなく雷と満月が完全に重なったように見えた。

距離を考えればそのようなことは起きるはずがないのだが、確かに陽与梨の目には雷が月の後ろから表に飛び出したように見えた。


「そんな偶然って・・・」


ただ陽与梨にそれを熟考する時間は与えられなかった。 今までに感じたことのないような光に視界が完全に掻き消える。


「わ、眩し・・・ッ!」


そして気付くと知らない場所へと移動していた。 硬いアスファルトの地面などどこにもなく、舗装されていない土の上に放り出されている。

ゆっくりと起き上がり辺りを見渡してみるが、先程まで見えていたマンションや住宅はどこにもなかった。


「・・・ここはどこ・・・? だってさっきまで夜だったはずで・・・」


まるで時代劇に出てきそうな家が建ち並んでいる様子は、以前旅行で行ったことのある映画村のよう。 ただ明らかに違うのは観光客が全くおらず、歩いているのが現代人とはとても思えないことだ。

簡単に信じられることではないが、見た感じ昔へタイムスリップした印象だ。


―――いや、そんなはずがない。

―――タイムスリップなんてそんな魔法みたいな話・・・!


そう思うも周りには小さな池があったり古い身なりをした子供が風車を持って遊んでいる。


「どういうこと・・・? これは一体何の夢・・・」

「お? お嬢ちゃん、変わった格好してんねぇ」

「え・・・」


あたふたしていると質の悪い男たちに絡まれてしまった。


「その服どこで手に入れたの? よかったら俺たちに聞かせてよ」

「結構金目になるものも付けてんじゃない?」


そう言って腰に手を回された。


「・・・! 嫌ッ!!」


それに身の毛がよだち思わず手を上げビンタしてしまう。 すると当然のように男に睨まれた。


「てめぇッ!」

「止めッ・・・」


反感を買ってしまい取り押さえられる。


―――こんなのもう嫌・・・ッ!


陽与梨は男性が苦手で触れられることも大の苦手だった。 触れられるとつい手を上げてしまうのも癖である。 ただこの時ばかりは心底後悔することになった。

男の懐にふと目を向けると小さな刀のようなものが仕舞われていたからだ。 身なりからすると大した身分ではなさそうだが、今はそれが怖く思えた。


「おい」


陽与梨が涙目になって耐えていると偶然通りかかった者がいた。 それが権巌だ。


「と、殿様!?」


陽与梨は来たばかりで当然知る由もないが、男たちはその厳つい男性を知っているのか分かりやすく怖気付いていた。 陽与梨を人質にするようなこともなく、突き飛ばすように解放された。

その弾みに腰を打ち付けてしまいかなり痛い。 しかし、そのような痛みすら一瞬で吹き飛ぶような出来事が眼前で起こる。


「お、お許しッ」

「ひゃぁッ!!」


権巌は陽与梨を捕まえていた男たちを悪党と判断したのか腰から刀を引き抜いた。 それを見て慌てた様子で逃げ出すが、逃がすわけもなく容易く陽与梨の目の前で男たちの首を跳ねた。

血潮が噴出し辺りを真っ赤に染めた。 首を失った男たちの身体が遅れて地面に倒れる。 陽与梨の体内から酸っぱいものが込み上げ慌てて口元を塞いだ。


「民に手を出す不届き者は即打ち首と通達を出しておいたはずだ」

「・・・」

「危ないところだったな」


権巌がこちらを見る。 礼を言うべきなのかも分からない。 どうすることもできずその場で固まっていると後ろから数人の男が現れた。


「権巌様! お怪我はありませんか?」


―――・・・権巌様?

―――やっぱり本物の殿様なの?


どうやら権巌の側近のようだった。


「あぁ、勝手に動いてすまない。 この娘が悪漢に絡まれていたから、ついな。 コヤツらを処分しておけ」

「分かりました」


権巌と目が合った。 思わずビクリとしてしまう。


「おい、娘。 住んでいる場所はどこだ? 不安だろうからそこまで送ってやる」

「・・・」


何か喋らないとと思っても死体を側にしては怖くて言葉が出てこない。 今も側近と思しき者が権巌の刀の血糊を拭いていて恐ろしくてたまらない。 それを察したのか権巌は少し顎を上げた。


「・・・俺が怖いか?」


権巌の目が今まで出会った誰よりも冷たく見えた。 このままでは殺されるかもしれない。 そう思うがパクパクするばかりで口から言葉が出てこない。


「お前の家はどこだと聞いているんだ」


あまりの迫力に気圧されようやく陽与梨は口を開いた。


「あ、えっと・・・。 ここはどこですか・・・?」

「何?」

「私、は、横浜に、住んでいて・・・。 急に辺りが光ったと思ったら、いつの間にか見知らぬ地にいて・・・」

「ヨコハマ? どこだ、そこは」

「・・・え?」


やはり映画村なんてものではなかった。 年号を聞くとやはりタイムスリップしたことが分かった。 ただし“平穏時代”というらしく陽与梨の時代では歴史の教科書にも載っていない。


―――どういうこと?

―――私は日本の過去へと来たの?

―――それとも全く関係のない異世界なの?

―――平安時代なら知っているけど平穏時代だなんて・・・。


衝撃的な事実を聞き目を丸くしていると権巌は楽しそうに笑った。


「お前、変わった娘だな。 気に入った」

「え・・・?」

「俺の妻として迎えよう。 光栄に思え」

「ちょ、ちょっと何を言っているんですか!?」

「冗談だ、そう真に受けるな。 帰る場所がないんだろう? なら見つかるまで俺の城へと来るがいい」

「し、城・・・? い、嫌です! 貴方のような人なんかと一緒に住みたくありません!!」

「権巌様へ向かって何を!!」


勢いに任せて本音を言ってしまうと側近が割って入ってきた。 だがそれを権巌は制止する。 まだ目の前にいるのが一番偉い殿様だなんて信じられなかった。


「より面白い。 俺へ歯向かってくる者は敵以外で初めて見た。 ますます気に入った、絶対に俺の城へ来い」


知らぬ地で行く当てもない陽与梨は一人でどうすることもできず、結局それに従うしかなかった。

人を簡単に切る人間に恐ろしくて近付きたくなかったが周りの側近に優しくしてもらい何とか心の安静を取り戻すことができたのだ。



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