第8話 しあわせの定義

​─────地下階層 地下タンク貯蔵室前。

支給されている小型の電灯をロービームの状態で5人は進んでいたが、低く唸るようなモーター音が聞こえた瞬間にハイ状態へ切り替えて全体を確認する。パッと切り替わった明るさが周囲を照らすが、ツァイガーの気配は全くなかった。

ゆっくりと左右に灯りを揺らすが、同じようなタンクがびっしりと奥まで続いていた。

「わぁ…………な、なんか……全部同じって落ち着かないですね……」

うぅ…と自身の両腕を擦るようにしながらソラエルも皆と同じように灯りを揺らす。圧巻とも呼べる程に並べられたタンクには読解することが困難な文字が羅列していた。

ふむ、と息を零しつつヘルハウンドは近くのタンクへ灯りを向ける。『××××.10.7』と書かれているのは日付を意味しているのだろう。400年以上前の表記があるそのタンクを注意深く観察するも、 他と何か違いがあるようには思えなかった。


そのまま視線だけをノヴァ達の元へ向ける。ここに来るまでは1列、とは行かなくともノヴァを前に置き案内させるような動き方をしていた。傍でヘルハウンドかウィルペアトのどちらかがノヴァへ話を引き出すための質問を行いつつ、ここまで辿り着く事が出来た。


『地下の調査をするなら、最中のノヴァの発言を気にかけて貰いたい。恐らく彼の性格から察するに、何か後ろめたい事があった時は無意識のうちにそれを避けようとすると思って』

『でもそれを責めたとして、さっきヘルハウンドが話したように混乱している状態のノヴァには逆効果だ。俺も何かあった時、個人で直ぐに対応出来るようにするから。何かあったら連絡が欲しい』


先程の2階での話し合いでそう語っていたシェロの言葉を思い返す。ここに辿り着くまでのノヴァは大きく違和感を覚えるような態度は取らなかったものの、自分の発言にふと足を止めることや「あれ、」と疑問を抱いているような瞬間は存在していた。だがソラエルやラビがその違和感に触れるよりも先にウィルペアトからの指示やヘルハウンドからの問いかけがあった事で違和感を最大限減らそうと努めていた。

(……素直だからこそ、良いのか悪いのか……)

視線の先に居るノヴァはタンクから僅かに読み取ることの出来た情報を嬉々としてウィルペアトに報告していた。恐らくあの反応は彼の本心からの感情であることは理解出来る。……分かりやすく感情が出るとするなら、二手に分かれて捜索することになった時だろうか。

チラリとこちらへ視線を送ったウィルペアトに対し、1度首を縦に振ることで肯定の意を示す。「ノヴァに疑いを目を向けたまま調査を行うべきでは無い」ということで1度話は纏まっていた。3人それぞれ思う感情はあるが、団体で動かなければ危険が及ぶことを十分に理解しきっている。疑いを抱いたまま調査を進めるということは、多少はそちらに意識を向け続けることになる。それがどれだけ危険なことであるかも十分理解しているのだ。


「……よし。とりあえずここからは二手に分かれて調査をしよう。軽く見た状態では全体の広さがまだ把握出来ないが……少なくとも、声が届く範囲にいること。ここはあまり通信機が通らない可能性があるからな」

自身の武器を握りしめたまま、ウィルペアトは4人へ指示を出す。ノヴァとソラエルも同様に自身の武器を持ち直し、それぞれ了解の意を示す、ヘルハウンドとラビがそれに頷いたのを確認してから「動く時についてだが、」と言葉を続ける。

「俺達はここ周辺と少し先…向こうを見てくるよ。ノヴァはヘルハウンド達と一緒にあっちの調査をしてもらえるか?」

「……あ〜……えっ、と。問題ないっすよ!大丈夫っす」

ウィルペアトが指さした方へ一瞬視線を向け、真逆の方へノヴァは視線を揺るがせる。言葉を呑み込むように遅れた会話のテンポに違和感を抱くには、十分すぎた。

「ウィル、」とヘルハウンドが1度会話の流れを止める。自然と向けられる視線を順に見つめ返し、ヘルハウンドは言葉を続けた。


「俺としてもそれで問題は無いよ。……ただ、討伐調査の2人はそもそも初めての調査だ。俺も全力で援護はするけど、それでも新人2人と治療サポートが1人だと限界があると思う。」

「もしウィル達が良ければ、ノヴァさんと一緒に行動して欲しい。戦闘面で確実に動ける人と一緒に居た方がノヴァさんも動きやすいのかなって俺は思ったけど……どうだろう?」


あくまでも“今初めて聞いた上での提案”に聞こえるように言葉を選ぶ。ノヴァばかりを優先するのではなく、この場にいる全員のことを考えて動かなければそもそも意味は無いのだ。

「確かにそれもそうか」と返したウィルペアトはそのまま「ノヴァ、どうする?俺達は特に問題は無いが……君が『こうしたい』という希望があるならそちらを優先するよ」とノヴァの導き出せる答えを1つに絞らせていく。普段と変わらない口調ではあるものの、彼が“先輩の意見”を優先することを理解した上での行動だった。

あー……と悩むような声をノヴァが零す。解を出すことから意識を逸らすように口数の減ったソラエルやラビへ視線を向けるが、こちらへパチパチと瞬きを繰り返すソラエルと静かにノヴァの返答を待つラビと一瞬視線が混じり合うだけだった。

(どうする、どうする?いや、別に俺は先輩が選んだ方、で……)

だが、ヘルハウンド達が向かう方に何があるかは自分が1番よく理解していた。そこにあるものを見られた時、“先輩”からどう思われるかなんて想像することは容易かった。一後輩として先輩に等しく同じ感情をノヴァは抱いている。彼の中で唯一の先輩……否、個人として認識される時はノヴァが先輩の死を認めた時だけである。だが、あくまでもこれは“ノヴァという後輩が”に限った話である。“慕う先輩から”見限られるようになればまた話は変わってくる。

痒くも無いはずなのに無意識に首の後ろを空いた手で触ってしまう。先輩から回答を求められている。先輩が望む方で、という言い訳は恐らく使いにくいだろう。……ノヴァ個人としての意見を求められた時、「こう答えたらどうかしら」と話してくれた先輩でありバディの彼女の言葉が過ぎる。もっとも、先輩のことを“彼女”と無意識の内で考えてしまった時点で頭のどこかではアーシュラの死を理解していたが、今のノヴァには余裕が無かった。

「あ……、っと。……じゃあ、俺もここを調べる側にいるっすよ。万が一戦闘になった時のそれは……確かにそうだと思うんで」

先輩からの意見を反芻していれば、これが正しいような気がして。そんなノヴァの答えを聞き、ウィルペアトは小さく頷いた。

「なら決まりだな。ヘルハウンド・ソラエルは向こう側を。俺とラビ、ノヴァはここら辺を重点的に調査するよ。」

「今は地下調査に限定しているから問題は無いが、上に戻った時はノヴァはヘルハウンド達との行動をお願いしたい。……いいかな?」

「俺はいいよ。……ソラエル、あっちに向かおうか」

「えっ、あ、……わ、分かりました!」

ノヴァとヘルハウンドを交互に見つめつつ、ソラエルはヘルハウンドの元へパタパタと駆け寄る。チラリともう一度振り返ってノヴァを確認すれば、既にウィルペアト達の方へ彼は顔を向けており、表情を確認することは叶わなかった。

(……なんとなく、今の雰囲気……)

本当に、ほんの少しだけ。居心地の悪さを覚えてしまった。ヘルハウンドもウィルペアトもいつもと変わらない柔い話し方ではあったものの、言い表し難い違和感だけがずっと残っていた。口を挟むことが無かったラビになんとなく倣うようにし、ソラエルも口を閉ざしていたが……そうでなくとも、あの場面において口を開ける気はしなかった。

モヤモヤとした蟠りを取り払うようにブンブンと頭を横に振る。大切な人達を疑いたい訳では無い。きっと、彼らにも思うところがあっての反応だったのだろう。

自分にそう言い聞かせつつ、ヘルハウンドとソラエルは共に奥へと向かった。




「……ずっと同じ、ですね……のっぽタンクばっかりです」

「はは、確かにノッポかも。かなり大きいからね」

二手に分かれて15分ほど経過しただろうか。相変わらずタンクの大きさにはへー…と息を漏らすソラエルへ目を細めて視線を送る。いくつか書かれた文字を読んではみたものの、『力:治 2:8』『残量 中→無』としか書かれていなかった。ソラエルの言葉を借りるのなら、この背高のっぽなタンクに重要な意味合いが含まれていることは理解できた。だがその詳細については未だどこにも記載が無かった。

(説明する必要が無いと判断している?……となると個人間というより、もう少し大きな纏まりで動かなければこの規模では行えないな……)

塔の地下にこれを隠していた時点で、自分たちが考えているよりももっと密接な関係があったことは容易く予想ができる。だがそうなれば何故国が自分達を塔の調査に送るのか?という疑問が浮かぶ。国が主体となって隠しているのなら……と考え、不意に納得する答えが浮かぶ。

(…………都合のいいコマか何かだと考えられているのか)

ツァイガーは共食いも行うが、人間も捕食対象とする。むしろメインが人間だと言っても過言では無いだろう。先程のカイム達との会話の中で、ツァイガーは亡くなった隊員達である可能性が浮上した。……魔力が生命活動に必要不可欠となった今ではあるが、老衰や病死が有り得る世界だ。亡くなった人全員がツァイガーになることは無い……とすれば、他と異なる点はグローセに所属しているか否かがもっとも分かりやすい違いだろう。

思考を巡らせる為に口を閉ざしたヘルハウンドに対し、「ヘル?」と心配を含むソラエルの声が周囲に響く。だが、珍しくヘルハウンドがそれに反応することは無かった。

(元隊員であるツァイガーが居て、懐のような場所となるゼクンデに現隊員を送り込む……わざわざ秘密を隠している塔に、何故だ……?)

自分たちをわざわざ送り込み、上層部は円卓を囲んで今日も結論の見えない対策会議を行っているのだろう。無意味に被害を増やすことが目的では無いのなら、考えられるのは『全てを理解した上で、生まれた不都合を自分たちに処理させている』だろうか、と思考は辿り着く。200年も1階調査しか行えていなかった時点で、ある程度諦めのような感情も芽生えたのだろう。同時にそれは『どうせここまでしか出来ない』という油断に繋がったのか。不利益なことを知った者は塔での死を予想していたのか……正解はグローセ隊員で在り続ける限り知ることは無いだろう。

近くのタンクにそっと手を近づける。手袋越しでも熱を感じないことを確かめてから表面に触れる。そこには今まで見た中でもっとも読みやすい文字があった。


『生→ま力多  死→‪✕‬ 無では無い』

『食べること 食事、共食い ま力得る』


(生者は魔力が多く、死者は少ないが0では無い……?ツァイガーを人間と同じ食物連鎖を行うとしているのか)

食欲は人間の3大欲求の1つである。人間の欲求の内、最も優先されるのは睡眠欲だというがツァイガーが寝るという報告を少なくともヘルハウンドは耳にしたことは無い。ツァイガーとなり睡眠欲と食欲の優先度が入れ替わるということも有り得るのか。それとも生存本能によるものなのか。……未だに分からない。

そうして考察を巡らせていればグイグイと袖を強く引かれる感覚に意識が戻される。視線を向ければ心配そうに眉を下げ、こちらを見上げるソラエルの姿があった。

「ごめん、ソラエル。ここに書かれていた内容が気になって」

「大丈夫です……でも、ヘル……さっきからずっと顔が怒っていて」

「……怒ってる?俺が?」

その問いにコクリと小さく頷き、「ウィペのちょっと前から、ずっと顔が怖い顔になってます」と返される。

「眉がぎゅっとなってて、ムッとした口で。でもいつものヘルと話し方が変わらないので……ぼく、気になってて」

「…………」

眉を指で寄せたり、口元へ指を寄せて窄めてヘルハウンドの表情をソラエルは何とか伝えようとする。思わず口元を覆いそうになり、手を下げる。そのまま「ごめんね」と告げて丸い頭を緩く撫でれば、むぅ…とはぐらかされたことに不満を示すような呻きが聞こえた。パッと手を離し、電灯の明かりを切り替える。手元のみを照らす状態から周囲を照らす状態に切り替え、そのまま周囲に明かりをゆっくりと巡らせる。

……ふと、遠くに桃色の何かが照らされたような気がした。


「…………アーシュラ?」

「へ?」

「ごめん、ソラエル。これ預かってて」

「あ、わっ、ヘル!?」

手にしていた電灯を半ば強制的にソラエルへ押し付け、そちらへとヘルハウンドは走り出した。あわあわと動揺しつつも何とか受け取り、照らしたままの状態でソラエルも同じく駆け出す。ヘルハウンドの息を切らす音とソラエルの駆ける足音が周囲に響く。不安定に走る動きに合わせて揺れる光は寝そべる桃色の“何か”だけを照らし続け、近づくにつれそれが毛束であることが分かる。……恐らくは、彼女の髪の毛だろう。タンクの影に隠れて全体は未だ見えなかったが、ヘルハウンドもソラエルも同じタイミングで走る速度を緩めた。

「アーシュラ……?アーシュラ、どうしたんですか。大丈夫でしたか」

そう尋ねるソラエルの問いかけに、音は返って来ず。どうすべきかの判断を委ねる為にヘルハウンドへ視線を向けるが、「ソラエルはここで待ってて」とだけ返される。

「で、でも……ペアトリーダーに報告しなきゃいけないんじゃ」

「それも含めて、俺が確認するよ」

「……そう、ですか……」

声のトーンが沈むソラエルに「大丈夫」とだけ告げ、ヘルハウンドは距離を詰めていく。無事であることを望む夢見がちなままの自分と、予想出来る答えは1つだと訴え続ける自分が頭を占めていく。バクバクと鳴る音は確かに自分の内から響いており、体温が1度だけ下がったような……そんな感覚に襲われつつも何とか足を進める。


見覚えのある髪色だと、頭では理解している。でも罠かもしれない。

だが、誰よりも長い間。傍で彼女を見ていたのだ。その事実が自分の首を絞めていく。


ゆっくりと、その正体を確かめるように覗き込む。そこには固く目を閉ざし、両脚が歪に折れ曲がっている幼馴染の姿があった。


「ッ、アーシュラ…!!」

慌てて駆け寄り、半身を抱え起こせばヒヤリとした温度に思わず動きが止まる。既に背中の血は固まってしまったのか。抱えた際に中途半端に固まった飴のようなベタつきを覚え、後頭部を確認すれば血が広がったことによって髪の一部が赤黒く染まっていた。何度か肩を叩くが反応は一切返ってこず、瞼が僅かに震えることも無かった。下ろされたままの手を握ろうとし、反応が返ってこないことに対する恐怖から一瞬躊躇う。こんなに躊躇い、時間をかけたとしても君が目を覚ますことは二度とないと理解しているのに。


「…………」

アーシュラとの交流は組織加入前からあった。そんな長い付き合いであっても、こんなに近距離で彼女を見たことはあっただろうか?という疑問がふと浮かぶ。幼少期はあったかもしれないが、少なくとも組織に入ってからは無い。それが彼女との適切な距離感であると考えていたから、というのもあるが。

身体を抱え直し、「……ごめん」と小さく呟く。これまでも多くの仲間を失ってきた。だがそれよりも大きな喪失感が胸を占めていた。

……自分は、グローセに加入したことを後悔していない。加入するに当たっての動機はあまりにも在り来りで単純なものではあるが、それを後悔したことは無いしこれから先も後悔することは無い。加入するまでの人生は少なくともヘルハウンドにとって幸福なものであった。

だが、アーシュラはどうなのか。彼女はこの組織で戦い、幸せだったのだろうか。

君の幸せは何であるか、俺は理解出来ていたのだろうか。

グローセに加入するということは死併せの場に身を置く覚悟があることも表しているように他者からは捉えられる。これでもまだ『幸せだ』と喜ぶことが出来るのはきっと、加入した直後から1年の辺りまでだろう。自分も近い感情を抱いた記憶がある。2、3年以降からはただいつ訪れるか分からない死に漠然とした不安を抱えることしか出来ない。……国の為に戦うということは、そういうことだ。そこに自我が介入した瞬間、それが調査中の隙に繋がる。何度もその隙を見てきた。

何度誰かの死を見ても、悲しむことしか出来なかった。自分が生き残った人間であるからこそ、あの時こうしていればという“もしも”だけが積み重なる。叶うことの無い後悔を生きている内は抱え続けなければいけないのなら俺はもう、この組織の中でしか息ができないのかもしれないのだと。

そんな後悔が増える度に、また今日も生き延びた自分の意義を考えてしまう。一向に進展を見せなかった調査の中、自分以外の仲間は不定期で入れ替わる。何度も何度も変わる世代を見守り、終わる世代を見送ってきた。



「………………帰ろう、アーシュラ」


これが正しい言葉で無いことは理解している。遺体を持ち帰ることは規則として出来ないため、リボンタグを持ち帰らなければならないことも。……だが、そんな彼女のリボンタグは既に切られた後であった。彼女を塔の中に置いて行くことは、もう二度と会えない人になることも……理解はしているのだ。

だが、光すら差し込まないこの場所に彼女を1人で置いて戻る訳にはいかなかった。何の償いにもならない。彼女のためだなんて都合のいい自分の言い訳にすぎないただの自己満足だ。


取ることの叶わなかった手を握る。その指が折られることは無かったが、自身の体温を移すように緩く力を込める。

自己満足で行動することが生き残った者にしか許されていないのなら、亡くなった者たちは何も許されないのだろうか。そんな事あるはずかない。元は同じ人間なのだから。


後方から擦るような足音が響く。ひょっこりと顔を覗かせ、「ヘル、」と言葉を零したのはソラエルだ。


「大丈夫ですか、ヘル。……アーシュラ、見つかりましたか」

「…………うん、居たよ。……ここに、居た」

「良かった……!じゃあ、すぐアーシュラといっ、……しょ…………」

そう言って下げた視線の先に血に染まる髪の毛が見えた。ヒュッと息を吸い込めば「ソラエル」と小さく呟くヘルハウンドの声が掻き消されてしまうところだった。

「ぁ、え……あーしゅ、…………死ん」

「ウィルには、俺が報告する。……だから、ごめん。今だけは少し1人にして欲しい」

「ぅあ、……ぁ……えっ、と…………わ、かりました……」

ソラエルの方を一度も見ることなく告げるヘルハウンドに恐怖に近い感情を僅かに覚え、逃げるようにその場を去る。2,3m離れてから振り返るが、ヘルハウンドがソラエルを追ってきている様子は無かった。


(ヘルを、1人に……でも、そしたらぼくは何をしたら……)

調査を行う?タンクに書かれた文字の意味を察するほどの知識なんて未だ持ち合わせていない。ツァイガーの討伐?少なくとも地下に入りここに来るまでの間、ツァイガーには遭遇していない。そもそもヘルハウンドから本当に離れても良かったのだろうか?討伐調査班として、離れるべきでは無いのでは?

そんな疑問がぐるぐると渦を巻いている。人がすることに乗っかり、「自分も出来る」とその傲慢さを許され続けてきた。……結局、1人で何かをしろと言われれば何をしていいのか分からなくなるというのに。


スンッと鼻をすすればじわりと涙が滲む。人より少しオーバーサイズの隊服の袖でゴシゴシと力任せに目元を擦れば、涙をその痛みのせいにできる気がした。


誰かのために動く人を見る度に自分も、と手を挙げて失敗する。

皆のように率先して何かをするよりも、誰かがすることに乗っかっている自分が嫌になる瞬間が増えた。


同時に1人で何も出来ないことへの無力感を抱いてしまう。


(……ぼく、は)

誰のためにここに居るんだろう。

皆、それぞれ目指すものがある。目的があって、それに動いている。だというのに自分は“あの人”に憧れてここまで来た。……それが理由の半分以上だからこそ、それ以外の理由を求められれば『自分のため』としか言えなくなってしまう。皆のように誇れるものじゃないちっぽけな自己満足で動いていいものか、未だに分からない。

(……ウィペのところに、行こう。行って、何をしたらいいか聞いて、そしたらヘルのとこに戻ろう)

声が届く範囲、と言っていたためそこまで離れた場所には居ないだろう。そんな淡い希望を抱き、ソラエルはその場を離れた。




「……あれ?ラビだけですか?」

「ん?俺だけじゃそんなに不満か?」

話し声のする方へ足を進めていけば、そこにいたのは目的の人物ではなくラビだった。近くのタンクにぼんやりと目を向けており、少なくとも真面目に調査しているような素振りは無かった。

「不満というか……ウィペに用事があったんです。ぼく、どうしたらいいのかなって」

「?ヘルハウンドと一緒にいるんじゃなかったのか?……まさか迷子になったか?」

揶揄うような笑みを浮かべつつ、いつの日かと同じようにのし…とソラエルの頭へわざとらしく肘を乗せる。確認せずともソラエルの頬はぷくぷくと膨れ、ブンッ!と勢いよくラビの肘を払うように頭を振った。

「おっと、悪い悪い。からかいすぎた」

「もう!!違います!!ヘルには1人にして欲しいと言われたから、ウィペにどうしたらいいか聞きに来たんです!!」

「1人に?……流石のヘルハウンドさんでもツァイガーが出たらアウトだろ……?」

「で、でも……アーシュラ、が」

「……?」

アーシュラが見つかったことを素直に伝えるべきか迷い、口を何度もパクパクと開く。「金魚の真似か?」と再度揶揄うラビへ「違います!!」ともう一度否定をし、キョロキョロと周囲を見渡した。

「とにかく……ウィペはどこですか?ノヴァも居ませんが……」

「ああ、あっちの方を少し見てみたいんだと。ノヴァが見たかもしれないって言っていたからな」

「あっちですね!分かりました!!」

指さされた方を覗き込むようにし、そちらへ駆け出す。だが数歩駆け出した後に何か太いものに引っかかり、「おわッ!」と声を上げて身構えようとするが間に合わず、びたんッと音を立てて顔面からソラエルは盛大に転んでしまった。

「おいおい……大丈夫か?」

「もう!!誰ですかこんなとこに変なの置いたの!!」

「?いや、何も無い……ん?」

ソラエルがワーワーと抗議の声をあげる中、ラビも目線を合わせるようにしゃがみ込んだが、何も無かった。だがソラエルの片足はまるで何かに乗っかっているように浮いており、近くの何も無い空間を突っついてみれば確かに太いホースのような感覚があった。

「なんか透明のやつがあるな……それにコケたんだろ」

「もっと置かれた意味が分からないんですけど……ッた……」

手に僅かな痛みを感じ、恐る恐る確認する。パラパラと黄色い欠片が手のひらから零れた。ツァイガーのコアにも似たようなガラス欠片がある程度落ちれば、それによって切れてしまったのであろう小さな切り傷達が見える。いくつかは僅かに流血しており、ぷくりと血の膨らみを生み出していた。

「ノヴァ達が討伐したっていうツァイガーの身体か?じゃなかったらここにコアが散らばるなんて事無いからな」

「そうなんですね……というか透明ってズルじゃないですか!?討伐が終わってからも見えないですよ!!」

「いや、ズルも何も無いだろ……」

怒る論点がイマイチ理解出来ず、やれやれ…と呆れを浮かべつつソラエルの手のひらへもう一度視線を向ける。手のひらには血どころか切り傷1つ存在しておらず、手を着いた際に生じた赤みが少し残っているだけだった。

「……きみ、随分回復速度が早いんだな」

「へ?ぇ、ぁ、そ!そんな事ないですよ!!」

バッと即座に自分自身の背後に手を回すソラエルへ「ふーん」と僅かに羨望を含む声を零す。大袈裟とも言えるほどに視線は逸らされ、声も驚きから上擦っていた。

「ぼ、ぼくのことはいいんです!!とにかくウィペに用がッ」

「だからさっきも言っただろ、そこに透明なツァイガーがいるって」

再度転びそうになりながらとソラエルはびたんと近くのタンクに手をつける。幸いにも火傷はしなかったようだが、次の瞬間に勢いよくプシューッと音を響かせた別のタンクに驚いたようで「うわぁッ!!!?!?」とまた声を上げていた。

「な、なんでこんなタイミングよく音が鳴るんですかぁ!!!やめてくださいよ!!」

「タンクにキレても意味は無いぜ?ったく……ソラエルがそんなに叫べば逆にツァイガーも逃げてくかもな」

「そうなんですか?だったらぼく、ずっと驚いてますよ!」

「冗談だ。やめとけ」

やれやれ…と何度目かの息を吐き出しつつ、ソラエルが手をついていたタンクへなんとなく目を向ける。複雑な数式と『力:治 4:6』『残量 少』と書かれた掠れた文字の中に、ふとある名前が目に入った。


『アダルハイダ・ディートリヒ』


「…………は?」

声を零したラビの視線を追うようにソラエルも文字をよくよく見つめる。確かに『ディートリヒ』の表記のようにも見えるが、掠れすぎていてよく分からないというのが正直な感想であった。

「ディー……ウィペって、こんな感じの長いファミリーネームじゃなかったですか?」

「…………」

「?ラビ?どうしました?」

考えるように黙ってしまったラビに対し何度か呼びかけるも、一時停止したようにその場から動かなくなってしまった。む…と眉を寄せれば背後から「あれ、ソラエル?」と呼びかける声が聞こえた。


「あ!ウィペ!」

「どうしたんだ?……ヘルハウンドは?」

“ウィペ”、という愛称に一瞬ノヴァが動きを止めたものの、それには誰も触れずにソラエルは話を続けた。


「ヘル……その、アーシュラを見つけて。でも1人にして欲しいって言われて……ぼく、どうしたら良いか分からなくて……それで聞きに来たんです」

「………………先輩、見つかったのか?」

「その、一応見つかりました……でもヘルしか見てません。ぼく、見てなくて……」

ぽつりと静かに言葉を落とすノヴァの言葉をソラエルが肯定する。引き攣った口角を誰にも見られなかった事が幸いとも言えるだろう。

「……分かった。とりあえず俺達もヘルハウンドの方に合流しようか。彼を、というよりこの場で1人にしておくのは危険だからな」

「う……ご、ごめんなさい……」

「大丈夫だよ、ソラエルも頼まれたから離れたことは分かったから。……他に何か気になることはあったか?」

柔らかい口調のままで問いかければ、「あ!」という声とともに真横のタンクを勢いよく指さされる。


「ここ、ウィペのファミリーネームみたいなのが書いてて。知り合いですか?」

「………………」


そちらに視線を向けるウィルペアトの表情は眼帯で半分以上隠れてしまい、どういった表情でそれを見つめていたかは分からない。だが再度ソラエルの方へ向き直った時にはいつもと変わらない笑みを浮かべてた。


「確かに妹が同じ名前だよ。でもこの名前の人を俺は知らない、かな」

「?同じ名前なら家族じゃないんですか?」

「はは。……うーん……なんて言えばいいかな……」


続く言葉を迷っていれば、ソラエルの向こう……調査に向かっていた方から歩いてくる人影が見える。

「!ヘルハ……ウン、ド……」

「…………ごめん、ソラエルを1人で向かわせて」

ヘルハウンドに対してウィルペアトが呼びかけるものの、その腕に抱かれた存在を確認して声量が小さくなっていく。隣に立っていたノヴァは大きく目を見開き、今度は誤魔化しが効かないほどに口角をピクピクと痙攣させている。

腕に抱かれたアーシュラの遺体の胸元は確認出来ず、既にリボンタグがヘルハウンドによって切られているのかどうかは分からない。だが隊服の背面は赤黒く染まっており、確認は出来ないもののヘルハウンドの手袋もアーシュラの血が付着したであろうことは予想出来た。

「い、いや構わないが……アーシュラ、見つかったんだな」

「……うん。奥の方にいたよ」

「…………タグは、回収出来たか?……その、1階に上げることは出来ても……調査を共にすることは」

その状態がどれ程最悪な事かは理解出来る。言葉を迷いつつもウィルペアトが問えば、少しの間を空けて「あぁ」と返される。

「そこは問題無いよ。……ここに1人で置きたくない、俺の我儘だ。共に調査を出来ないことは理解している」

ヘルハウンドからの報告に1番驚きを隠せずにいたのはノヴァだ。ヘルハウンドはそちらに一瞬視線を向けるも、直ぐにウィルペアトへ戻す。

(……ああ、本当にお人好しだな)

もちろんウィルペアトに対しては正しい報告を後で行う。だが、この場で『既にリボンタグが切られていた』と伝えることはソラエルやラビからのノヴァへの疑心が生じるだろう。これからの調査のことを考えれば、それを抱えた状態で調査を行うべきでは無いと判断した。

(……本当にノヴァさんが知っているかどうかは分からない。でもあの反応は……多分)


「……戻ろう。恐らくここに大きな情報は無い、かも。大体が古い年代のメモ書きばかりだから読解が難しい」

「…………わかった。シェロ達と連絡が取れないままも問題だ。……行こう」

そう返し、全体へ指示を出す。帰路は誰も言葉を発さず、次第に増えた足元の水音ばかりが大きく響いていた。


(…………なんで、先輩……)

ノヴァの思考はただそれだけが占めていた。目の前に改めてアーシュラの遺体を見せられ、死を認めざるを得ない状況となり始めていた。だがヘルハウンドは『タグを切った』と伝わるような言い方をしていた。何故?自分を庇った?それを先輩がする理由は?

自分でも自分の行動の意味を理解しきれていないにも関わらず、新たな疑問の一石が大きな波紋となって広がっていく。

(俺が1人で謝れるか試している?いや、先輩が俺なんかを試す必要は?意味の無いことを先輩がする訳ない。ならきっと、先輩なりの意図があってやっているんだ。何のために?俺がしたって分かっている?幻滅する?)

負の方へと引きずる思考を遮るように、「あの、」と何とか声を絞り出して振り返る。先輩の目が、ソラエルの目がこちらを見る。耳を傾けられている。謝らないと、嘘をついたことを。でも謝ったら先輩はどう思うんだろう。俺は、どうしたらいいんだろう。

「…………えっ、と、………ッ、その!」

改めて言葉を続けようとした瞬間、ウィルペアトの「待ってくれ」と言う静止の声に動きが止まる。そのまま「はい、こちらウィルペアト」と彼は応じる。

「……カイム?どうした……ああ、……いや、それは………………分かった。俺達も直ぐに向かう。それまで付近で待機するように」

そう言って連絡を終えたウィルペアトへ「どうしたの」とヘルハウンドが問かければ「3階へ続くと思われる階段が見つかった」と静かに告げられる。

「えっ!?は、早くないですか!?2階ってそんなに狭かったでしたか……!?」

「いや……まぁ、地下が無いという点では狭いが……どうやら異様な程にツァイガーが少なかったらしい。調査事態はスムーズに進んだが……階段前に居るツァイガーが問題らしいな。」

「悪い、ノヴァの話を遮って。とにかく俺達も急いで向かおう。……恐らく、全員で突破しないと先に進めないらしい」

そう言って自分の前へ駆けるリーダー……先輩の姿を見た時、ほっと安堵の息をノヴァはこぼしてしまった。

後輩が先輩の前を行く訳にはいかない。こうして後輩を、皆を引っ張っていく姿に(ああ、こうでなくては)という気持ちと報告しなかったことによる安堵の2つの意味合いが込められていた。

(……………………俺、今自分が報告しなかったことを、安心した……?)

そんな考えから思考を逸らし、ノヴァ達は2階へ戻るための足を早めた。





​───────2階 2ペア側。

ナイト達と別れてから10分程は経過しただろうか。カイム・アマンダ、アルフィオ・シェロの2ペアは共に調査を行っていた。開いている部屋が数部屋あったものの、そこには空の部屋が存在するだけであり資料という資料も見つけられずにいた。


(ナイトくん達がツァイガーを討伐した、って報告以降……ツァイガーが一切現れない……)

先程の部屋で共有された情報をアルフィオは思い返す。数体のツァイガーを討伐した後、全員同じ部屋でリーダー2人とヘルハウンドを含めた3人の会議が終わるまで待機していた。シェロ以外にもカイム・アマンダの2人と2階へ続く階段を上がってきたが、その最中にもツァイガーが現れることは無かった。

(……1階に集中しているのか、降りてきたのか……分からないけど生存しているツァイガーがまだ下にもいるなら…………上がってくる可能性だってある)

先程シェロを襲おうとしたツァイガーの存在を思い返す。多少のダメージは与えてきたものの、致命傷では無い。再生速度から考えても完全復活した状態であれば、再度襲ってくる可能性が高いのはそのツァイガーだろうか。カイム達が襲われたという石像のツァイガーも気にはなるが、恐らく移動手段は拘束されていたツァイガーよりは無い……1階から動けないと考えても問題は無いだろうか。

(………………)

コアの色が赤紫のようにも見えるが、濁ったマゼンタのようにも見えると教えて貰った。実際に邂逅したのは自分では無いため判断は出来ないものの、その事実だけが嫌に引っかかっていた。

(………………発語あり……意思疎通をする気がある、のなら……)

分からないことの仮定を幾つも生み出したとしても、きっと8割程は無意味なものとなる。……だが、もしそのツァイガーに会った時。自分は。

「​──────フィオくん」

「…………え」

不意に呼ばれたその名前に思わず視線を向ける。アルフィオのことをそう呼ぶのはソラエルだけであるが、この場にソラエルは居ない。視線の先にいたのは深くフードを被りつつも口角を上げたアマンダであった。

「…だったわよネ?ソラエルちゃんからの呼ばれ方」

「……そう、ですけど……どうかしましたか?」

「ン?深い意味は無いワ。ただずっとその呼び方がカワイイなって思ってただけヨ!」

綺麗に口角を上げつつ、アマンダは自身の髪を少し掬ってぴん、と人差し指を立てる。柔らかい髪の毛はサラりとその隙間を流れ、手元に明るさを集めていた。

きっと彼女なりの気遣いなのだろう。そもそも今この場にいるアマンダ以外のメンバーはあまり口数が多い方では無い。加えてこの状況に自然と口数は減り、重い空気があったことも事実だ。

ニコリと微笑むアマンダへ「……ソラエルさん、多分長い名前だと省略することがあるみたいで」とぽつりと告げる。

「ああ、確かに!隊長さんのこともカワイイ呼び方するものネ」

「それと近いんだと思います。僕の事もそう呼ぶので」

実際ソラエルがアルフィオのことを「フィオくん」と呼ぶのは彼からの肯定や褒め言葉にプラスし、自己主張が弱いことも相まって後輩認定をされてしまったことが大きい。だがその理由は蛇足でしかない為、言葉を選びつつ返せばアマンダはそれを丁寧に拾い、言葉のキャッチボールとして返してくれる。

そんな彼女の優しさに少しだけ空気が軽くなったのを感じていれば、先を歩いていたカイムが「シッ」と口元に指を当てて静かにするように促していた。


「……カイムちゃん?どうしたの?」

「……ツァイガーがいる。恐らく上級クラスのソレだ」

「上級クラス?」


シェロの言葉に「ああ」と頷き、カイムは再度視線を向ける。その報告にそれぞれの武器を握る手に力が込められたのはもはや反射動作と言っても過言では無い。

カイムの視線の向こう……恐らくは3階に続くと思われる部屋の前に“それ”は不動のまま存在していた。

周囲にはまだ滑りを帯びた赤い血溜まりがてらてらと光を反射させており、壁には同じような赤が斑模様を作り上げている。“それ”の口元と思われる箇所や体表から黒い靄のような何かが噴き出し異様さを物語っていた。

(罠……?全長から考えると恐らく上級クラス。だが周囲の血溜まりが今回の調査が始まってからのツァイガーのものなら、コイツかなり食ったな)

1階部分に比べて明らかにツァイガーとの遭遇率は激減していることはカイム達も理解していた。


ふと奥から重いものが這うような音が聞こえる。だがそれは1度邂逅した石像のツァイガーほど重い音ではなく、もっと軽い……と予想を立てながら再度確認の為に向こうを覗けばそこには白く細長いツァイガーが存在していた。

(……蛇?だがあの皮膚……恐らく蛇よりももっと)

今の距離からでは全てを確認することは難しく、苛立ちから舌打ちが出そうになるのを何とか堪える。“それ”と蛇のようなツァイガーがどの音に反応するのか分からない今、迂闊に音を立てる訳にはいかなかった。

ズルズルと這うそれは“それ”の前を横切ろうとする。だが横切るよりも先に“それ”からの攻撃が繰り出された。捻じ曲げられた刃のようなものを真っ直ぐ蛇のツァイガーに突き立てる。ギャアと低い声が響いたがそれすらも長い耳に届いていないのだろう。ゴリ、と骨を断つ音と共に痛みでのたうち回っていた蛇は動くことを止めてしまった。

そのまま刃を持ち上げれば、蛇がだらんと串刺しになっていた。それを自身の口元へ運べばギチャ…と不快な肉の避ける音を響かせながら裂けた口を大きく開ける。グチャグチャと不快な音を立てながら咀嚼を繰り返すそれは決して味わっているのではなく、ただ養分として捕食しているに過ぎないと感じた。口元をダラダラと汚す赤い体液を拭うことはなく、ただひたすらに肉塊の咀嚼を繰り返す。骨ごと肉を噛み、呑み込むその姿に“犬のようだ”と思ってしまった。同時にコイツが2階のツァイガーを捕食し続けているのだと。

蛇を食い終え、僅かに残った柔い肉の部分を唇のような部分で挟む。そのまま自身の肩に運ぶような動作を見せたが、少しして離れた。


「…………は、」

聞こえない程小さな声で呟いたのは誰だったか。ただその瞬間、確かに見えたのだ。


恐ろしいそれは、愛おしげに肩に寄せた存在に頭を寄せる。口付けた際に出来た体液の跡だけがもう片方には残されており、動くことは無かった。

だが、それは確かに“守る”という意思があるように思えた。

融合した身体ではあるが、それにはコアが2つある。……いや、融合した“からこそ”なのか。誰もその理由は分からない。


「…………カイム、ウィルに連絡を。俺はナイト達にする」

「了解した」

アマンダ・アルフィオにも目配せをし、近くの空き部屋へと身を滑り込ませる。あれをどうにかしなければ進めない。……恐らく、ここで誰かを置いて進むことは懸命ではないだろう。

焦る気持ちを何とか落ち着かせるように、シェロは急いで連絡先の中からナイトの名前を探していた。






……ぎぃ、と。音がする。

全員が2階へ上がり、暫くしてからのこと。

ギィギィと金属を引き摺る音を響かせて、それは這いずる。1つの目的の為だけにその手を動かす。


ただ、それを果たす為だけに生きていたのかもしれない。そう錯覚する程には自分は無駄に生き延びてしまった。さっさと死ねない理由はこれだったのかもしれない。


ギィギィと不快な金属音をいつまでも響かせる。ただそれだけの為に。自分が止めなければ、きっとアイツはまた繰り返すのだ。



今度こそ、止めなければならない。この組織ではなく、ここに所属し、彼に騙されている人たちのために。

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