第2章 いつかの迷いと願いを
第5話 知るということ
仕方のないことだった。
そう言い聞かせて諦めて、目を逸らすことが上手になる度に嫌な大人に成長してしまったと感じていた。
長子になること。親が下の子に目を向けるようになり、自分への関心が徐々に薄くなることは仕方ないことだ。
何となく食べたくなった味を思い出したこと。作り方を聞こうと端末を手に取って、会話が途切れた後のことを考えて連絡を止めた。数年ぶりの会話が恐ろしく感じることも仕方ないことだろう。
新人だから過去に起きたことは資料や話で聞くことしか出来ない。実際に見ることが出来ないのは仕方のないことだ。
犠牲となることを望まれた。誰かの栄光の下には骸が積まれているのだろう。何かを成し遂げる為に必要なことは、仕方ないこと。
期待されない人生だった。誰の期待に応えることも出来ない99点の人生に、誰が期待してくれるのだろうか。出来ない自分が悪いのだから、きっとこれも仕方ないことなのだ。
上の立場であるから、皆の抱える悩みを聞くことも仕方ないこと。…例え、自分の抱える事情に誰も気づかなくても仕方ない。産まれた時から背負わされたものは、墓場まで持って行こう。あの子達にこれ以上の厄災が降りかかることの無いように。
人並みに生きていたいと願うには、あまりにも抱えるものが多すぎた。『何がなんでも生きたい』『絶対死にたくない』という強い願望がある訳では無い。ただ当たり前に、いつか訪れる死のことを考えずに生きていくことを許されたかった。
「もう、いい。……もういいんだよ、俺は」
何も捨てきれなかった。そのせいで誰かを傷つけたことは…仕方ないことだったのだろうか。
全てを救える神様になれないから、人間らしく今日も無駄に足掻いて生きている。
全てを知った時の君が少しでも幸せな道を歩いて行けるように。
「ッ…、……?」
視界の端で捉えた攻撃に迫る絶望を覚えた。だが、それよりも速く耳に届いたのは強くぶつかる金属の音。ツァイガーの行動が完全に停止したことを確認し、そちらへ視線を向ければ盾のスパイク部分ごと体当たりするように行動したカイムが見える。即座に体勢を立て直し、ツァイガーの背から生えた細い腕へ刃を強く当てる。石像に近い物質へ無理やり攻撃を当てた事で僅かに刃こぼれしてしまったが、カイムがそれで動きを止めることは無かった。
元々は対ツァイガーへ当たらないことを重視してこの特殊な武器を使用している。攻撃性の高い武器ではあるものの、そもそも防御の為に使用するのは他人を守る為が大半。…そして常に冷静に行動するように意識している彼女が、ここまでの強い怒りを全面に出すことは滅多に無かった。
「───いい加減ボクのバディを離せ。ぶっ壊すぞ、テメーの全てを」
「… … … 貴 方、」
「ッカイム!!!!アマンダさん!!!!」
ツァイガーが更に言葉を続けようとした瞬間。カイムが背を向けた方から聞き慣れた高い声が響く。そちらへ視線を向ければ、ぜぇぜぇと息を乱しつつも武器を構えてこちら…石像をキッと睨むソラエルがそこには居た。
「ソラエル…!」
「は、ぇ、せ、石像…!!?!?っとにかく!!今すぐアマンダさんを離してください!!」
シャッと軽い金属の音を響かせ扇を開き、アマンダを未だ捕らえあげた腕へ勢いのままに投げる。カイムの武器よりもソラエルの使用する武器の方がこの場においては若干不利な状況となる。だからこそ直感的に閉じた形状では無く、開いた状態での遠距離攻撃をソラエルは選んだ。
だが刃が届くよりも早く、別の腕がソラエルの投げた鉄扇を捕らえる。
「っあ、……」
「… … ダメじゃない。簡単に、手放しちゃ」
先程よりも流暢に話すようになったのは共食いした分のツァイガーの魔力が行き届いたのか。サッと青ざめた顔のソラエルに向け、血で未だ艶めかしく光る石像の唇は僅かに口角を上げる。
「そうやって、習うでしょう?」
「ッ!」
小さく呟くと同時。突然パッとツァイガーはアマンダとソラエルの鉄扇を手放す。着地点と思われる場所へカイムは急いで足を動かし、何とかアマンダを両腕で抱え込む。両腕へ力の魔力が集中するように巡らせた影響もあり、自身より背丈のあるアマンダであっても問題なく抱えることが出来た。
足元へ落ちた鉄扇は足で後方へ払い、ソラエルがすぐに立て直せるようにする。「悪い」と後ろに控える親友へ謝罪を告げれば、更に別の呼ぶ声が耳に届く。
「っ……これ、は……」
武器のぶつかる音を聞き、「カイムの武器かもしれません!」と叫んで駆け出したバディを追うようにしてヘルハウンドも何とかその場に合流する。状況を分析する間でもなく、窮地に立たされている事は嫌でも理解出来ていた。
咳き込むアマンダを横抱きし、目の前の石像を睨みつけたままのカイムと慌てて足元の鉄扇を拾い上げ、構え直すソラエル。…そして、これまでの調査の中でも見た事のない石像ツァイガー。
(大きさからしてSクラス以上……この場に居る討伐調査班の2人が経験の浅い新人………)
恐らくアマンダは何らかの形で攻撃を食らったと脳内で仮定する。そうすればカイムはアマンダを護る為に動くことが主軸となるため、事実上攻撃が出来るのはソラエルのみ。悩む余裕さえ与えない程圧倒的不利な状況に思わず息を呑み込めば、ゆっくりと石像のツァイガーはこちらへ頭を動かした。布から覗くコアが僅かに光を反射させ、その奥で何かが渦巻いているようにも見えた。
「……ヘルハウンド。貴方、まだここに居たのね」
「……っ!?なんで、俺の名前………というより、その声、」
「…まだ覚えているなら。早い内にこの組織から、抜けた方が良いわよ。全部手遅れになる前に」
当たり前のように成立する会話に、思考の隅に置いて見ないようにしていた嫌な予感を突かれてるように感じるのは何故か。短く息を吐き、こちらへ話しかける彼女をしっかり見上げる。……かつて聞いたことのある仲間の声と、全く同じ声で話す彼女を。
「俺はグローセから抜けることは無いよ。この子達を守るためにも」
それが、長く生き延びた自分に出来る唯一であり最大の償いだと理解しているから。
その返答をどう捉えたのか。ただ一言「そう」と呟いた彼女はヘルハウンド達に背を向け、ズルズルと引き摺る音を立てながらどこかへ向かおうとしていた。
先程出来たばかりの水溜まりの赤を引き摺る形になっていることすら気にとめず、ツァイガーは前へと進む。1歩1歩ゆっくりと進む事に彼女の後ろには赤黒いバージンロードが形成されて行く。所々に添えられた何かの物体は祝福の花では無く、先程食われたツァイガーの残骸。ぐちゅぐちゅと柔い部分と体液を踏みしめる音が響き渡り、幾つかはその赤い身が弾けて周囲に色を撒き散らしていた。
「ッの…!」
「カイムさん、追いかけないで。……今、感情的になっても死に急ぎに行くだけになるよ」
ヘルハウンドの落ち着いた声にカイムは冷静さを取り戻し始める。あまりにも突飛な状況であったことと、あの日の光景が重なり感情を乱しすぎていた。
「カイムちゃん、」と顔の近くで呼ばれる自身の名前にやっと落ち着きを取り戻し、アマンダをゆっくりと地面へ降ろす。
「……ありがとう。あと…ごめんなさいネ。アナタの足を引っ張る形になってしまったワ」
「………謝罪は今、不必要なことだ。それよりもアナタの怪我の回復を最優先してくれ。…恐らくアナタの治の魔力で回復が追いつくだろう」
「…不必要だとしても、これは私が必要なのヨ。……何がなんでも、アナタを守ることを最優先して………結局。こうしてしまったワ」
サングラス越しの瞳が僅かに震えたような気がした。重い空気を感じ取り、困ったように2人の顔を見つめるソラエルの肩をヘルハウンドが軽く掴む。…今、自分達が何か口を挟むのではなく。彼女達自身が話し合って意見を交わすことが最適だと判断したのだ。
「それは結果論だ。理屈だけ並べて理想を語った所で、“ああしておけば”というのは今だから分かることだろう」
「ええ、そうネ。…だから余計感じちゃっただけヨ。守りたかったのに……あまりにも迂闊な判断だったワ。その結果、今まで目撃例が少ないクラスまで…」
最上級クラスに関する現場での知識があるのはアルフィオ・ナイトの加入以前から所属していた者達だ。カイム以降の5人の隊員は最上級クラスについては残された少なすぎる情報や、尾びれが着いて誇張されたアルフィオが起こしたという事故の話を耳にすることしか出来ずにいた。アマンダの話す“目撃例が少ないクラス”、というのは自分たち新人組が知り得ていない部分の話だろう。今までも彼女達が最上級クラスに関して話す部分は少ない。…その度に所属歴というどれだけ実戦を乗り越えてきたかが関わるように思えてしまった。実戦数の少ない新人であれば所属歴の長い先輩との上下関係はハッキリと線引きをするべきなのだろうか、と。彼女達がそうと感じ、判断したことを優先する方が新人の部類である自分たちにとっての最適解になるのではないか?と。
ギチ、と掌を強く握りしめたことでグローブが音を立てる。…ふと、脳裏に組織に加入したばかりの日の出来事が過ぎった。
「……アナタに対して、またこの班の中でボクはどのような態度を取るべきか示してもらいたい」
組織に加入してカイムがすぐにリーダーへ投げかけたのは己の在り方についてだった。任命式の前後でも彼を見かける機会はあったが、各所に呼ばれ忙しそうにする彼の時間を無理に割いて聞くことは憚られていた。
目の前の彼は質問の意図を考えているのか。僅かに赤紫が射し込む片目を1度まばたきさせ、「…というと?」と落ち着いた声のトーンで尋ねてくる。
「具体的には、上下関係を明確にするべきかという質問だ。アナタはグローセのリーダーであり、討伐調査班のリーダーである。アナタの決定にボクは従う」
眉1つ動かさず、淡々とその意図を伝える。これ以上に含まれる意思や考えがある訳では無い。自分は加入したばかりの新人で、目の前に居る組織のリーダーであり自分の所属する班のリーダーでもある。上の立場である彼に自分が従うことは至極当然の事だと考えていた。
椅子を静かに軋ませて立ち上がり、ウィルペアトはカイムとの距離を詰める。リーダー専用室に飾られた無題の絵画が視界の隅に映りこんだが、それに強く意識が向けられることは無かった。続く言葉をじっと待っていれば、「俺は」と目の前の彼が口を開く。
「カイムの“こうしたい”“こう思った”ことを大切にして欲しい。もちろん自分の意見を伝えることが苦手な人も居るというのは理解している。その人に対してこれを望むことは酷なことになることも。」
「…ただ仮に俺から『これについてどう思う?』と尋ねた時に『意見に従う』と言われてしまえば聞いた意味が無くなってしまう。上に立つ者の意見ばかりを優先していれば何も変わらないし、偏った視点と意見ばかりだ」
眉を少し下げ、変わらないトーンのままで語る言葉を聞く。彼が薄らと微笑むことに不快感は覚えなかったが、何故か“諦めたように笑っている”という印象が不意に脳を過ぎった。それを塗り替えるように静かな声は言葉を紡ぐ。
「…グローセのリーダーで討伐調査班のリーダーであるのも事実だが、それ以前に俺は1人の人間だ。正しいことばかりでは無いし、間違ったことをする時もある。」
「その時に『この人はリーダーだから従わなくては』で通されるよりもカイムの意見を教えて欲しいよ」
「…………、」
この部屋に一段と強い陽の光が差し込んだ訳では無い。だがカイムの瞳は僅かに震え、星の瞬きのような小さな光が煌めいた。
足を揃え、カイムは45度に頭を下げる。少しだけ困惑したリーダーの声が耳に届くと同時に頭を上げ、再度その瞳を見つめ返した。
「了解した。…アナタは人の数だけ意見があり、正義があり、真実があることを理解している人間に思える。4点。」
「そして失礼への謝罪を。リーダーやトップに立つ人間というものへの偏見があった。以後認識を改めべきと判断した」
淡々と変わらない声で伝えるが、確かにそこには信頼が芽生えていた。彼であるなら、誰にも伝えたことの無い自分の目的を話してもいいのではないか?と思う程に。
「また、上下関係を重視していないことも理解した。現時点ではアナタを信頼できる人物と認識している」
矢継ぎ早にそこまで紡ぎ、カイムは1度口を閉じた。彼女と以前から交流があったノヴァやナイトであれば、その瞬間の表情は今まで見たことが無いほど感情を出し、何か言いたげな表情であることはすぐに理解出来ただろう。
目の前に居る彼がどう捉えたのかは分からない。だが緩く眉を下げて「大丈夫だよ」と優しく告げる。
「どうしても人はこれまで過ごして来た中で見えたものの中で考えるだろ?多分俺みたいなタイプが珍しいのかもしれないけど…」
「きっとここに居る人たちの中でも正義の形は幾つも存在している。カイムの中の正義だって、求める真実だって俺と違うかもしれないけどそれでも何かを変えたい・守りたいと思ってこの組織に来た動機は同じだ」
上の立場である彼は今まで何人の正義を聞いたのだろう。何かを思い返すように一瞬だけ目を伏せたものの、すぐにカイムを見つめ返す。
「団体で動いている分衝突もあるかもしれない。でもそれをどう乗り越えていくか試行錯誤することが…きっと自分にも活きていくよ」
「…ああ。人間は皆違っていて当然だ。だからクソのような面倒が起きるのだが。…皆が同じでないからこそ、個々を大切にできるのだろうとも思う」
「そうだな。違うからこそ面倒なことや衝突だって起きる。でもカイムがそうやって話してくれたように皆同じだったら、誰かを大切にしたいという気持ちも無くなってしまうかもしれない」
カイムからの尊敬を感じ取り、ウィルペアトは嬉しそうに柔く微笑んだ。明確な言語化は難しいが、彼がこの組織のリーダーとして存在する理由が分かったような気がした。
「アナタがリーダーである理由がよく解った気がする。アナタの言葉、覚えておこう」
「ありがとう。少ししか話していないが、君はそこまで心を捨てているとは思わないよ、俺は。心を捨てているなら誰かを守りたいという意思でここの試験を受けていないだろうからね」
あと、と言葉を続けた彼はこの日がいつか来ることを理解していたのだろうか。掛けられた言葉に反応は一瞬遅れてしまったが、それに強く頷いて返した。
「───…願うことは容易だ。アナタにとってボクはその対象なのだろう」
ギリ、と拳を握りしめたのは何度目か。何度己の無力さを嘆いただろう。
願いを叶えるまでに何の努力もしなければ、それはただの寝言にしかなり得ないのに。
だからこそ、その寝言を現実にする為にここまで努力した。カイムをここまで動かしたのは確かにあの日の出来事だ。あの日ほど、無力な自分を嘆いたことは無い。どれだけ感情を抑えていても、ふとした瞬間に溢れる涙の止め方が分からないままでいた。そんな涙を流す自分が何よりも許せなくて、大嫌いだ。
誰かに守られる側である事の苦しさと、無力さを痛感した。だがカイムは聖人のように優しくあろうとしなければ他者から好かれる善人であろうとしなかった。
『───…君の話す評価は理不尽な怒りでは無いだろう。正当な評価だ。きっとアマンダなら君の言葉の真意を読み取ってくれる……彼女はむやみやたらに否定する人では無い。』
『だから、何か思った時は素直に自分の意見を伝えてもいいと俺は思うよ。気遣いと優しさだけで誰かを守れる…なんて平和な世界じゃないからな』
「だが、ボクはアナタのバディだ。アナタに命を預けていると同時に、ボクはアナタを守りたい。これは組織の義務としての話ではなくボク個人の願いだ。」
「守ることや自己犠牲で自分自身を蔑ろにすることを最優先するより、アナタを含めて生きて帰ることを最優先して欲しい」
「───────…」
こちらを睨みつけるような形で見上げるカイムをアマンダは静かに見つめる。彼女は自分が思っていたよりも強く、…そして自分はあまりにも彼女の気持ちに気づけていなかったのかもしれない。
サングラス越しに柔く微笑んで返せば、カイムの眉間の皺が少しだけ薄くなったようにも見えた。
「…ごめんなさい。…そうよネ!塔の調査や討伐も大切だけど……カイムちゃんの言う通りダワ」
「伝わったならそれでいい。ボクも無理やり押し付けているような節はあるからな」
「ン?そんなことは無いワヨ。アナタの意見は公正に見た上で判断したことなのは分かるワ」
「……そうか」
そう話す2人のやり取りを見守っていたソラエルはほっと息を吐き出した。目の前で大好きな2人が重い空気を抱えていることは心苦しかったが、互いの為に必要だと理解出来れば見守ることは出来た。
心配から思わず抱き着いてしまいたい気持ちはそっとしまい込んだが、どうしても未だ幼い心配の心は行動を起こしたいとソワソワしていた。トト…と2人の傍に駆け寄り、ぎゅっと袖の部分を掴む。
(……いきてて、良かった…………)
カタカタと小さく震える手を悟られないように更にぎゅうっと袖を無言で握りしめていれば、後ろから優しくソラエルの頭を撫でる感覚に思わず振り返る。
「……ヘル………」
「何とか間に合って良かったよ。アマンダさんはカイムさんの言った通り自分の治療に専念して。…カイムさんは、さっきの状況を出来るだけ詳しく教えて欲しい」
「…分かったワ」
小さく頷き、アマンダは自身の傷を確認する。切創よりも締めあげられたことによる内臓面の鈍い痛みの方が強かった。
それでも僅かに存在した切り傷へそっと指を添える。なぞるようにゆっくりと指を動かし、治の魔力が指先と傷口の両方へ集中するように意識を巡らせれば、皮膚組織が徐々に再生されていく。大怪我であればこの際に皮膚が引っ張られる痛みも伴うが、かなり小さい怪我であれば問題は無い。他の箇所を確認しつつも、ヘルハウンドへ状況を細かく伝えるカイム達に耳を傾けていた。
「─────…薄紫色のコアだったな、最初に邂逅したのは。だが攻撃するような素振りが見受けられなかった…自然再生能力が他に比べても桁違いに高かったが、上級クラスであればどのくらいの速度で再生するんだ?」
「個体差もあるけど…カイムさんが話すような速度で自然再生することは見たことは無いかな。恐らく再生能力に特化した個体だったんだと思う」
「ああ…実際、あの石像のツァイガーに捕食されている時も再生は止まらなかった。それよりも石像ツァイガーの攻撃能力があまりにも高すぎたと感じる。そんな個体が再生能力に特化した個体を食べたとなれば……ク………かなり厄介な事になることも、理解している」
口癖となりかけている強い言葉は、何とか視界に映る親友の姿によって吐き出されることなく置き換えられる。その意図に気づかずきょとん…とソラエルはカイムの方を見つめるが、ヘルハウンドは静かに状況を整理していた。
「他に気になる点、…と言うよりも1番聞きたかった部分。……あのツァイガーとの対話を行ったか、かな」
「ボクが対話した訳では無い。だがアマンダ・ドライバーの姿を捉えてから『アカシア?』と問いかけたと思われる瞬間があった。…これは、誰のことを指している?」
どう返すべきか言葉を考えていれば、「…私の片割れよ」と呟くアマンダの声が小さく響く。
「……と言うと?」
「…カイムちゃんと組む前のバディで……私の双子の片割れの名前。…“アカシア・ドライバー”」
「……アマンダさん、の……でも、前のって…」
ソラエルの反応に対し、アマンダは苦笑するように眉を下げる。基本的にバディが入れ替わるのは定年退職か殉職の2択。双子であると話すアマンダが未だに在籍しているということは、彼女の片割れがどうなったのかは嫌でも察しがついてしまう。
言葉を迷うソラエルとは反対に、カイムは「何故あの個体が意図的にその名前を呼ぶ?アイツはヘルハウンド、アナタの名前も呼びかけ対話をしていたが……関連は?」と深く切り込んでいく。
「…あの声に聞き覚えはある。でも何かを断言するには要素が少ない…かな。…隊員の声を真似て罠を仕掛けるツァイガーも存在はするからね」
「そうか…なら“アカシア・ドライバー”という隊員が関わっているもしくは可能性は?」
「それは分からないけど……でも、彼女…アカシアさんが殉職した日は、……最上級クラスのツァイガーの出現が確認された日と同日だよ」
どこまで伝えるべきか慎重に言葉を選んではいたが、ヘルハウンドの言葉にカイムとソラエルは大きく目を見開く。わざわざアマンダ自身にあの日の話をするよりも、自分が要点を伝える方が良いと判断したヘルハウンドは思い返すように言葉を続けた。
「…いつか、君達も知ることになるとは思っていた。どうしても耳に入る出来事ではあるからね。……俺の話す内容は、あくまでもここで起きた出来事の1つとして覚えていて欲しい。必要な情報か照らし合わせるのは…その時にでも。」
「──…3年前の11月17日、この年の調査で最上級クラスのツァイガーの存在が確認されたんだ。…アカシア以外にも、殉職者は存在している。アーシュラのバディも、だね。」
「アーシュラが元々は討伐調査班に所属していた話は聞いたことある?……彼女の班異動理由は、ここらしい。決定したのはウィルだからもっと詳細な部分に関しては本人達以外分からないけれど …」
関連する中で重要な点を選んでいく。話した通り、3年前のあの日は様々な事態が重なり組織内も若干のパニック状態ではあった。リーダーであるウィルペアトが班移動の決定や隊員からの報告や情報整理を担当し、メンタルケアやそれに伴う隊員たちの体調管理はシェロが担当していた。ウィルペアトは珍しく目の下に隈を作るほどには睡眠時間が不足しており、シェロもいつも以上にカフェインを摂取していたようにも見えた。もちろんヘルハウンドやナイトを含めた当時の隊員達も協力出来る部分は全力でサポートしてはいたが、いつものようにやんわりと断られることも多かったことを覚えている。
「……思い返しても、アカシアの名前と俺の名前を知っていたことは…関連性が分からないかな。当時の最上級クラスツァイガーとは見た目が完全に異なっているからね…同一個体であればまだしも…」
「当時近くに居たツァイガーが共食いを繰り返し、今日まで生きていた可能性は?」
「有り得る。…とりあえず、ウィル達へ報告かな……あの石像ツァイガーと鉢合わせになることの無いように」
そう言ってヘルハウンドが耳元へ手を伸ばしたと同時。「そう、いえば」とソラエルがぽつりと呟く。
「ウィ……ペアト、リーダー達は連絡……ありましたが……ノヴァやフィオくん達は…?報告、ずっと無いままですよね…?」
「……とりあえず、俺の方でアーシュラには連絡してみる。…アマンダさん、シェロ達の方へ連絡。お願い出来る?」
「ええ、大丈夫ヨ。治療も完了したから…すぐに連絡するワネ」
「うん、ありがとう」
耳元の支給されたイヤホンを1度タップし、連絡先が表示される。すい…と少し下をスクロールして見えた『アーシュラ・エーデルワイス』の文字をタップしてから耳元で響くコール音を無意識に数える。
(……珍しく長いコール音…戦闘中か、違う問題か…)
過ぎる嫌な予感から目を逸らし、ヘルハウンドはアーシュラの応答を待ち続けた。
───────同時刻、地下階層にて。
「…!ノヴァちゃん、今よ!」
「了解っ、す…!!」
水音と咆哮にも似た声が暗い空間内で奏でられていく。ただでさえ目を慣らすことや水が張った場所での動き方の感覚を得るまで時間を要する場面はあったものの、アーシュラからの的確な指示とノヴァ自身の適応能力の高さから15分以内にはこの状況に慣れていた。
先程ナイフで攻撃を逸らした腕のような部分はそのまま大きく床を叩きつける。跳ねる水の威力や量が増した…つまり共食いした分の魔力が馴染み始めているのだろう。次の攻撃が来るよりも先に、アーシュラの呼び掛けに応えるようにノヴァは駆け出す。眼窩に近い部分に存在する青色のコアへ自身のレイピアを突き立て、細い切先へ力の魔力が集中するように意識を向ければピシッと亀裂が入った音が響く。ぐ、っと真っ直ぐ刃が折れないように力を込めればバキッという音と共にツァイガーの身体から力が抜けていくのを視界に捉えた。
勢い良くレイピアを引き抜けば、グラりとツァイガーは大きく揺れ、激しい音と共にその場に倒れ込む。バシャンと跳ねる水飛沫がノヴァとアーシュラを襲い、「うわッ」と僅かに声が零れた。
「ッぷは……大丈夫?ノヴァちゃん」
「っ…はは…大丈夫っすよ!流石にずぶ濡れになることは想像出来なかったんすけど…」
軽く頭を振るい、隊服に付いた水滴を軽く払う。アーシュラも自身の長い髪を1度払い、即座に注射器を用意していた。
「水が体液に混ざらないようにしないといけないわね……」
「そうっすよね。さっき倒れた時のでツァイガーの身体にもかなり水、付きましたし…」
「そうなのよ。でもノヴァちゃんが的確に行動出来たからこそ、お互い怪我無く終われたわ」
「いやいや…先輩の指示があったからこそっすよ。俺が動けたのは先輩が『今!』ってタイミングで教えてくれたからで」
「……ふふ。的確な指示を出せても、それに即座に順応するのとは案外難しいのよ?」
そんなやり取りを軽く交わしつつ、手際良くアーシュラは体液の採取を行う。体表の水を軽く拭い、プツリと針を沈める。素早く体液を吸い上げ、針を抜けば赤黒い液体は少しも零れること無く容器に収められた。はー…と先輩の手際の良さに息を零せば、「ここから先、どうしましょうか」と冷静に告げられる。
「さっきの音が共食いなら別のツァイガーが居る可能性もあるわ。でも水の先にあるもの…この奥ね。そこを確かめたい気持ちもあるの」
「俺は先輩に合わせるっすよ。そういう部分の難しいとこは新人の俺より、経験のある先輩の感覚の方が的確だと考えてますし」
ふむ…と小さく呟き、アーシュラは口元に手を添える。ここから先、1ペアで行動することは新人の彼であれば難しいだろうか。だが歴のある討伐調査班は皆、別の場所で行動している。塔の性質上ここで引き返して調査が滞ることだって容易に想定出来るのだ。
(……何より、)
『───ここは随分、他よりも発展しておりますね。』
『閉鎖的な場所だが……それでも個人が有する魔力も優れている。膨大な魔力をストックしている場所でもあるんですか?』
過去に北区を訪れた際にとある放浪者が話していた言葉を思い返す。あの日以来、何度もこの言葉の真意を考えていた。個人が生まれながらに持ち合わせているはずの魔力を“ストックしている”という言い方をされたのか。
(それって…個人が生まれながらに持っているだけじゃなくて、別で魔力を生成する方法があるって風にも捉えられるのよね…)
この言葉とあの日の出来事以来、アーシュラの中には1つの仮説が存在していた。何度かその仮説を試してみようと意気込み、提案したこともあるが許可されたことはなく。特にナイトがアーシュラの仮説にあまり良い反応を示すことは無かった。
(もし何かを隠すなら、簡単に調査に入れる1階部分では無くこういった地下か、私たちが未だに調査出来ていない2階以上か…)
トントンと人差し指で自身の唇を無意識に何度か叩けば、「先輩?」と心配そうに覗き込むバディと目が合う。思考を巡らせすぎてノヴァに心配をかけてしまっていたらしい。慌てて微笑んで返せば、少し安堵したように彼の眉が上がる。
「ごめんなさい、少し考えてたの。…ノヴァちゃん。もうちょっとだけ私のワガママ、付き合ってくれない?」
ピッと奥の方を指させば、ノヴァはそちらに1度目を向けてからすぐにアーシュラに向き直る。
「もちろん大丈夫すよ!先輩が知りたいと思ったことの役に立てるなら、俺はどんなワガママでも付き合うっす」
「あら?私、そんなワガママなお嬢様みたいなこと言ったこと。あったかしら?」
「あはは、それは無いっすけど…先輩が行きたい場所や調べたい所ならどこでも着いていきますっていう宣言?的なものっす」
「ふふ、冗談よ。私もノヴァちゃんみたいに頼もしいバディがいるから好きに調べたい所を調べたい!って言えるもの」
くすくすと笑うアーシュラの小さな笑い声がこの場によく反響する。「じゃあ進みましょうか」と告げればノヴァも元気よくそれに応え、指さした奥の方へと足を進めた。
奥へ進むほどに足元の水量が明らかに減っていく。先程の場所から約2分程は進んだのだろうか。光源が全く無くなる前にアーシュラは支給されたうちの1つである小型の電灯を着けた。現代の最先端技術を用いて作られたこの電灯はグローセ専用の物らしく、少ない電力で広範囲を照らし続けることに優れている。
コツコツと乾いた足音に変わり始めた時、低く唸るモーター音のようなものが微かに耳に届き始めた。警戒するようにノヴァもレイピアを構えてはいるものの、不気味な程にこの空間に生命体の気配を感じることが出来なかった。
「……なんか、…機械?とか動いてるんすかね………でも200年くらい放置されてツァイガーの巣窟と化した場所でってとこはありますが…」
「……そこなのよね。…動いてるんだとしたら誰が…もしくはどうやって動いているのか……その動力源を探る必要はあるんだけど……」
低い音は徐々に大きくなって行く。プシュー…と水蒸気が吐き出されたような音が響いた時、アーシュラ達の周囲にあったのはタンクのような形をした縦長の金属容器の列だった。ノヴァの背丈よりも遥かに高く、何本かは未だに水蒸気を吐き出し続けている。容器の表面へ明かりを近づけるが、複雑な数式と『力:治 4:6』『残量 少』『アダルハイダ・██████』等の1部掠れたメモ書きのようなものが記されているだけだった。
「アダル……誰かの名前、っすかね……?他の力と治は……魔力…?」
「………」
小さく呟くノヴァを視界に捉えつつ、アーシュラも書かれた数式を読み取ろうと容器に顔を近づける。
(やっぱり、あの時見た内容は間違ってない……)
あの日、自分だけが確認した情報があった。多くの仲間を失い、精神こそ疲弊してしまったが……見つけた情報はかなり大きなものであった。
(塔と私達の使う魔力の関連性……ここであの放浪者が話していたように“ストック”しているのだとしたら…)
あの時自分が辿り着いた疑問は、全て正解になってしまうのか。そう考えた瞬間だった。
「もしもし、誰か居ますか」
「っ!」
聞き慣れない声に反射的にノヴァとアーシュラは振り返る。数個先のタンクの向こう、「もしもし、もしもし」と一定のトーンでこちらへ呼びかける声が響いていた。
「……先輩」
「ノヴァちゃん、様子見よ。…万が一救助対象だったとしても…この状況で、あんな機械的に呼びかける人間なんてそうそう居ないわ」
ヒソヒソと声を潜めて話し込めば、「居ますよね。居るのに応答しないだなんてグローセ隊員としてあるまじき行動では?」と一切抑揚の無い声がこちらへ問いかける。息を呑んで目を凝らせば、そこには宙に浮く黄色い球体……コアが存在していた。
「えっ……コアだけが、浮い……?」
「…違うわ。恐らく透明なのよ、あのツァイガーの身体」
光を受け、一瞬だけ反射したことからアーシュラは判断を下す。…これまで透明なツァイガーが存在したという報告は1度も上がったことは無い。
(だからこそクラスの判断がつかない……対話出来るということは…でもコアの位置が明らかに低い…)
2人が返答しないことをどう捉えたのか。その存在は「あは、警戒ですか。懸命な判断ですね」と淡々と告げる。
「ここまで意思疎通を図ろうとする個体は少ないですよ。君たちが本当に血眼になって調査をしているのであれば対話を試みることが良いんじゃないですか?知りませんが」
「……ごめんなさい。ツァイガーと話す機会って無いんだもの」
そっとノヴァを庇うようにアーシュラは1歩足を進め、目の前の存在に話しかける。対話する、という情報を理解はしていても実際の場面になれば心臓は早鐘を打つだけになってしまった。
(…そもそも、グローセの存在を理解している……知性があるとして、何故…?)
ふよふよとする訳でも無く、ただそこに固定されたように動かないコアを軽く睨みつける。サイズ感が分からないからこそ迂闊に攻撃する訳にもいかない。
「違うよ、あるよ。君たちが話すことを諦めて決めつけただけ。手を出さなきゃ良かったのに」
「守るための防衛本能、ってことにして貰えないかしら?」
「綺麗事。だからグローセは何も出来ない。何も成し遂げれない。ただ被害を増やすだけなんだ。なのに君たちがこの組織に居続ける理由は分からないね、辞めた方がいいよ。君たちのためにも」
(……組織のこと、どこまで把握してるのかしら……このツァイガー…)
思わず眉間に皺が寄ると同時。後方に控えていたノヴァの「ッ先輩!足元!」という叫びに思わず下を向く。
そこには相変わらず何も無かったものの、アーシュラの足元に何かが巻き付いているような感覚があった。気づいた瞬間、アーシュラとノヴァの足は強く引き摺られてそのまま身体はブラりと宙に浮かされる。頭に血が集中する熱を感じたが、それよりもクスクスと嘲笑する声が嫌な程に響いていた。
「あら……“手を出さなきゃ良かったのに”、って言ってなかった?話が違うじゃない」
「こちらが手を出さないとは言ってないよ。君たちのことを帰したいと思う優しい奴ならそうしてたけど、組織の人間全てを怨む奴も同類にしないでね」
ツァイガーにも言い訳するほどの知性は備わっているようだ。ノヴァの方へ視線を向ければ、彼もアーシュラ同様に足のみの拘束で腕を動かすことは可能らしい。
(……なら、早めにケリをつけてここから出ないと)
一瞬、耳元で着信を知らせる音が響いたような気がしたが嘲笑の声で全て掻き消されてしまった。
「─────…鐘、1分弱でしょうか……鳴り止みましたね」
「ああ……これ以降は鳴るのかどうかも不明だ。だが警戒しても問題無いだろうな」
先程見つけた階段を警戒しつつ進んで行く。先頭にウィルペアトを置き、ラビ、ナイト、最後尾にロドニーの状態で進む。キョロキョロと注意深く周囲を確認するロドニーとは反対にウィルペアトはただ真っ直ぐ階段を進んで行く。
「分かりました…!…でも、僕たちだけで先に進んでも…もう少し目印になるもの、置いてきた方が良かったですかね…」
「迎えない状況の隊員も居るからな…仕方ないよ。1階にシェロとヘルハウンドが控えているなら指示の面では問題無い」
「そっか……そう、ですよね………無事だと良いんですが…」
白壁が無限に続く螺旋階段を上がっていく。1段ずつ進む度に、ラビの表情は険しくなり始めていた。
(……んな簡単に、2階に進むのか………)
嫌な予感だけが脳内の片隅を占領している。ただでさえ思考の半分を無理やり占領され続けているというのに、その思考と共鳴することでぐるぐるとした居心地悪い蟠りが喉の奥につっかえているようだった。
「…ラビさん?大丈夫?」
「……ああ、問題ないぜ?きみ達バディは随分心配性なんだなぁ…?」
「心配だってするよ。…僕も、まさか2階に進めるとは思っていなかったからね」
わはは…といつものように困った笑い声で軽く返すナイトに悟られ無いように表情を切り替える。ロドニーの方を向きながら話すウィルペアトの左側の視界であれば、ラビ自身の表情を把握されることは無い。…だからこそ、目の前を歩くバディはこちらの気持ちを勝手に決めつけることが多いのだが。
(どうやってもここから先は進むだけ……1階でロクに調べれずに来たから…2階以降にあれば……)
鉛のように重く感じ始めた足を無理やり動かし、全員と歩調のペースが乱れないようにする。太腿の古傷が微かに痛んだような気もしたが、いちいち足を止めたくなかった。
トントンと足を進めれば2階の入口と思われる四角い穴が階段の先に見える。「1度確認してくるから少し待っててくれ」とウィルペアトが先に進み、そっとその先を覗き込んでいた。
「……近くに空き部屋が3つほど確認出来た。見た状態でツァイガーは確認出来なかったが…警戒して欲しい。」
「空き部屋3つの内2つは隣合っていた。1度その部屋を手分けして調査しても良いと俺は考えているが…」
ウィルペアトの問いかけに対し「僕は問題無いです!」と緊張で声が上擦るロドニーの声が響く。即座に口元を抑えてはいたものの、真っ赤に染まった顔は半分程しか隠せていなかった。うう…と小さく唸る幼馴染へ柔い笑みを返した後、「ラビとナイトは?」と優しく問いかける。
「僕もロディさんと同じ意見だよ。まだ何があるか分からないけど…隣合った部屋の探索なら声だって届くからね」
「俺はそもそもきみに合わせるからな。特にはって感じだが」
「分かった。なら話した通り、手分けして調査に向かおう」
…そう話し合って2人と別れて3分ほどは経過しただろうか。指示された通り、ウィルペアト側とロドニー側で別れて室内の探索を行っていた。
ウィルペアト達の入った部屋は資料室のような役割も兼ねていたらしく、埃っぽい冊子が数十冊存在していた。
「こんなにも電子機器が発達しても、随分アナログな方法で残しているんだな」
「結局のところ電子端末は故障すれば終わりだし、充電の形態だって年を重ねる事に変わっていくからな……いちいち探すよりはこうして文字で残した方が読みやすいよ」
「ほーん……よく分からん文化だな」
パラパラと内容を確認するよりも早くに1冊読み終えたウィルペアトは既に違う冊子を手にしていた。電子端末で文字を読むことが当たり前になった昨今では紙に記された文字を同じスピードで読むことは難しく、ラビにもその弊害は出ていた。
「……きみ、その速度で本当に読めているのか……?」
「ああ。…稀に紙の資料は上層部からの連絡の中で読まされている。このくらいの量なら慣れているよ」
「見落としてもう1巡、なんて笑えないからな」
適当に相槌を返し、再度資料に目を落とす。端末のように文字を拡大しようにもそれは叶わない。眉間に皺を寄せつつ文字を読み進めていれば、ふと気になる記載を見つけた。
『時計塔を動かすエネルギー(魔力)について』
「─────……」
そんな見出しから続く内容を静かに読み解く。そこには予想通りの事しか書かれてはいなかったものの、ふとある疑問が浮かんだ。
(鐘が鳴った……なら、少なくとも塔が動くエネルギーは残っている……ここに書かれていることが正しいなら)
チラりと左側を見れば未だに黙々と冊子を読み進めるウィルペアトが居る。どう話しかけるか迷い「な、なぁ」と声を掛ければパッとこちらに顔を向けられた。
「?どうした」
「いや……」
ガシガシと後頭部を掻きながら言葉を迷っていれば、「ウィルさん!」と叫ぶナイトの声と小さな足音が複数耳に届く。…恐らく、隣の部屋にツァイガーが現れたのだろう。
「ッ悪いラビ、終わった後に必ず聞くから…!」
「っ、あ、あぁ……」
傍に置いたままの散弾銃を慌てて手に取り、手元の冊子は少し迷ってから元の場所へ戻す。
(……とりあえず、こっちが最優先か)
先程読み込んだ情報を何度か頭の中で反芻しつつ、2人は資料室を後にした。
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