牛と恐怖と三分間
異端者
『牛と恐怖と三分間』本文
俺には三分以内にやらなければならないことがあった――三重県某所にて現在、日時は三月四日午前十一時五十六分。あと三分、あと三分で「KAC2024 ~カクヨム・アニバーサリー・チャンピオンシップ 2024~」の第一回お題の締め切りが来てしまうのだ!
ちなみに分かっているかと思うが説明すると、お題ごとに数日間の猶予を与えられ、それにそって八百字以上の短編小説をネット小説サイトに投稿するという大会のことだ。
お題が発表された当時、まだまだ時間があるし俺なら八百字なんて適当でも書けると思っていた。しかし、日時は無情に過ぎ去り「まだ余裕あるし、なんとかなるんじゃない?」的に考えていたら既に締め切りの三分前だったという訳だ。
罠だ――勘のいい俺は理解した。どうせ余裕で書けるだろうと思わせておいて、油断した大半の者を脱落させる。小説投稿サイト・カクヨムいや、その運営する会社KADOKAWAの巧妙な罠だ。
なんという卑劣なことを……正義感溢れる俺は激怒した。すぐにでもメロスの如くKADOKAWAに乗り込んでいこうかとも考えた。
もっとも、それはすんでのところでためらった。まだ少しだが時間はある。とりあえず書いてみてはどうか、と。
う~む、しかしお題「三分以内にやらなければならないことがあった」書き出す小説か……三分……う~ん。
とりあえずお湯を入れて三分でカップラーメン……いや待て、三分だからカップ麺とか安直すぎだろ!
じゃあ、三分間しか変身できないヒーローか稼働しない巨大ロボでも……いやこれも、使い古されたネタというか誰かが書くだろうし……。
じゃあ、三分で何かできるんだよ!? というか、三分って何だよ!?
俺は自室で呆然とした。
三分で書けるネタが…………ない。
俺は自身を小説の神に選ばれた人間だと思って、ニートしながら地道に小説投稿サイトに書き続けていたが……そうではなかったのか? 「そんなことより働け」と無粋なことを言う両親が正しかった、とでも?
いや待て! そんなことはない! 現実を見ろ!
カタカタ……おかしい。さっきから部屋の中の物が小刻みに揺れる。そして響いてくる地響きのような音。
ダダダダダッ!
壁が崩れ落ち、バッファローの群れが突如として突っ込んできた!
俺は目を見開いた。ざっと見ただけでも数百頭。しかも松阪牛でもなく、バッファローだと!?
だが、それも長くは続かなかった。「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ」は、俺を容赦なく踏みつけてミンチにした。
こうして、俺の人生は幕を閉じだ。
創作では最低のオチと言われる物が三つある。一つは夢オチ。もう一つは爆発オチ。最後の一つがこのバッファローオチである。
つまりは最低のオチなのだが、ここで物語は終わらなかった。
バッファローの群れは気の向くままに破壊、前進を続けた。
途中にあった松阪牛の牛舎も破壊し、松阪牛の群れも傘下に入れた。
こうして、バッファローの群れはKADOKAWA本社ビルの前に迫っていた。
どのようにして、三重県から東京都まで瞬時に移動したのか、賢明な読者諸君には言うまでもあるまい。とはいえ、まだ幼い、理解が及ばないお子さんも読んでいることを考えれば、解説せねばなるまい……ワープである。
ご存じの方が大半だと思うが、バッファローはワープする生き物である。これは古くから知られており、古典落語には「バッファローに乗って江戸にワープしてきたネイティブアメリカン」の話があることは有名である。
実際にバッファローは度々ワープすることが確認されており、かのダーウィンも自然淘汰による進化論から外れたその生態には頭を悩ませたといわれる。ついには「バッファローがワープできるのは地球外生命体が意図的に作ったからだ」という学説を発表し、学会を追放寸前までいったという逸話さえある。
しかしながら、近年ではそれは本当ではないかという説も上がってきている。バッファローのDNAを解析したところ、明らかに近縁種とは異なる「操作された」DNAの配列部分が確認されており、これは人類が遺伝子操作できる前からあったことから他の知性体の関与を考えざるを得ない。
また、このワープは長年にわたって軍事利用目的の研究をされている。敵の防衛線を無視して一気に敵本陣に奇襲できるというのは大きな利点であるが、今のところ成功例はない。バッファローのワープする地点を人間が意図的に操作できないからである。
もっとも、これ以上の解説は本筋の進行に差し支えるためやめておこう。興味のある方は、ご自身でバッファローのワープに関して書かれた数多ある書物を手に取ってほしい。
さて、KADOKAWA本社ビル正面玄関前には、バッファローの群れと対峙するようにアサルトライフルを手にした集団が並んでいた。KADOKAWA本社防衛のため独自に設立された私設軍隊。KADOKAWA-SWAT、K-SWAT……通称カスワットである。蔑称としてクズワットとも呼ばれるが、その理由は後々分かるだろう。
彼らが手にしている銃は紛れもない本物である。地元の警察官たちに月千円ずつ握らせることで暗黙の了解を得た。以下はその時の会話を極秘に録音した物である。
「いいっすよ。どうせモデルガンだと言っとけば、バレないんで。……あいつら馬鹿だから」
「フッフッ……毎月千円で黙っててくれるとは、ありがたいですね」
「いやいや、何もしないだけで小遣いが貰えるなんて見逃すのが勿体ない。KADOKAWAさんもワルだなあ……」
「いえいえ、お巡りさんには及びません」
「フッフッフッ……」
「ヘッヘッヘッ……」
「ママー。あの人たち、何してるの?」
「こら! 見ちゃいけません!」
――いかがだっただろうか? 社会の闇を見た気分は?
話を戻そう。今、バッファローの群れに向かってカスワットたちは銃を向けようとしていた。
「全隊! 構え!」
パァン!
上官の頭がはじけ飛んで、脳漿が飛び散った。そのままゆっくりと倒れる。
「あ~うぜえ! コイツ偉そうにしてたから、イラついて撃ってやったぜ!」
「牛の相手なんか百姓にさせとけよ」
「そうだそうだ! 牛なんかよりも人撃ちたい……街中に撃ちに行こうぜ!」
「それよりもナンパしようぜ! 大手企業のエリート社員だと言っとけば何人か釣れるだろ?」
「あ! 確かにそれいいな!」
この通りである。
時給五百円(最低賃金以下)で雇えたのは、余程の馬鹿かキチガイだけであった。そんな連中に危険物を持たせれば……結果は言うまでもない。
これこそが、クズワットと呼ばれる所以である。
彼らはバッファローの群れを無視して、街中に消えていった。
念のために書いておくが、今後彼らが物語に関わることは一切ない。そもそも気まぐれで出した設定なので、深く考えてはいけない。
「K-SWATの連中が命令無視して、敵前逃亡しました!」
「なんだと!? これでは本社が守れんではないか!?」
「屋上にヘリが用意してありますので、それでお逃げください!」
「そうか……うむ」
KADOKAWAの重役たちはこぞってヘリで脱出を試みた。
次々と本社に突っ込み破壊の限りを尽くすバッファロー達……ビルはあっという間に傾き始め、崩れていった。
「まあ、これで一安心か……」
「そうですね。失った物はありますが、そんな物金さえ出せばまた手に入りますからね」
「ふう……ちと、喉が渇いたな」
「ワインがありますのでお出ししますね」
重役たちはヘリの中で酒盛りを始めた。
本社ビルの下敷きになった社員たちのことは、すっかり頭に無いようだった。
しかし、これで終わりではなかった。
何か高速の物体がヘリの脇をかすめた。
「な、なんだ!?」
「バッファロー……バッファローレインです!」
パイロットは興奮気味に答える。
ご存じの方が大半だと思うが、バッファローレインというのはバッファローが密集した状態では稀に起こる現象である。
レインという名の如く、バッファローが雨のように上空から降り注ぐことをいう。それははるか上空、地上から百キロメートル程度まで一旦浮上してから、自由落下をはるかに超える加速度で地上に降り注ぐというものである。
その原理は……ワープもそうであるが、不明である。ただ、現象としては昔からよく知られている。日本ではかの松尾芭蕉が「牛の雨」と呼び、春の季語として用いたことが有名である。
しかし、原理としては先に述べてように不明のままで、どのようにして上空にバッファローが浮上しているのかは度々議論の対象となっている。今のところ、ワープで浮上している説が有力ではあるが、それでは落下の際に加速できることの説明が付かない。
生物学者によると、春によく見られることから一種の求愛行動ではないかという説もあったが、オスだけでなくメスもするためこの説は近年影を潜めている。
落下したバッファロー達は人を、ビルを、街を蹂躙していった。
落下地点にはクレーターのような大きなくぼみが残った。
ついにはヘリにその一頭が着弾した。轟音を立て回転しながらヘリは墜ちていく。
「あわわ……牛が空から落ちてくるなんて馬鹿げてる!」
「いえ、実際にそうなってますので……墜落します!」
「馬鹿! なんとかしろ!」
「できません!」
それが最期の会話だった。ヘリは地上に墜落すると、爆発した。
その後もバッファローレインは続き、街は滅びを覚悟した時だった。
突如として、バッファローレインが止まった。
上空にUFOが現れ、今まさに降り注ごうとしていたバッファロー達を謎の光でキャトルミューティレーションし始めたのである。
降り注ごうとしていたバッファロー達は、UFOに次々と収容されていった。
今ではあまり知られていないが、ロズウェル事件の際に人類と宇宙人とは対話が行われていた。
アメリカ軍が「なぜ牛をキャトルミューティレーションするのか?」と問うと、宇宙人は答えた。「ならクジラならいいのか?」と。
このことが当時は話題となり、反捕鯨団体が怒り狂ってホワイトハウスの前で抗議活動をやめなかったことから、宇宙人との接触自体無かったことにする方向へと話は進んだ。
こうして、事件は闇に葬られた……かに見えた。
だが、宇宙人側は対話の内容を覚えていた。
人々はバッファローレインの脅威から解放されたと喜んだが、それで終わりではなかった。ロズウェル事件の対話から「クジラは駄目でも牛ならOK!」だと解釈してしまった宇宙人たちは世界中の牛をキャトルミューティレーションし始めたのである。
世界中の牛と呼ばれる生物が姿を消し、牛肉も乳製品も食べられなくなった。
豚や鳥の肉だけでは足らず、人々は一部の特殊な人を除いてクジラの肉をまた積極的に食べるようになった。それに反対する団体は次々と潰されていった。
結局は、人の都合でしかないんだよな……。
その様子を見ていた人はそう思った。
完
牛と恐怖と三分間 異端者 @itansya
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