41、前進

 祭り会場の一画、救護所内では――。


 ひとりめの少女が運び込まれてから間髪かんはつれず、カガチと呼ばれていた女性はぎわの言葉のとおりに、次から次へという感じで気を失った少女を運び込んできた。 

 そのため、急にあわただしくなってきた救護所だが、市子は慌てふためくこともなく、自分でも驚くほど冷静に受付だけでなく、端役はやくではあるものの救護所の一員としての役目をてきぱきと果たしていた。


 ふたりめ、三人めと連れてこられた彼女たちの格好、持ち物、運び込まれた時刻の記録などをつけたのち、次に来るであろう四人めに備えていた市子は、新たに運び込まれてきた少女を見て思わず驚きの声をあげた。


比楽ひらくさん!?」

 その反応に、

「おや、お知り合いかな?」

 カガチと呼ばれていた女性が尋ねてくる。

 彼女の唇から発せられる妙に色気のある声と甘やかな香りを間近で感じて、

「は、はい」

 魅入られたようになりながら、市子はうわずった声で答える。

 

 運び込まれてきた少女の名は比楽いずみ。市子のクラスメートで、人当たりがよく、あらゆる人の輪に溶け込める活動的な女子だ。

 学区という範囲で考えれば、泉がこの夏祭りに来ていても別に不思議ではないのだが、気になる点があるとすれば彼女がしている非日常的な格好だった。


 持ち前のアクティブさを象徴するようなショートカットに白いフリルが波打つように並んだヘッドドレスをつけ、体を覆う真っ黒なひざ丈下たけしたのワンピースは肩の部分が風船のようにふくらんだ半袖。そして、そのワンピースと一体化しているような飾り気のない白く清楚なエプロン。

 そう、泉が着ているのはまごうことなきメイド服だった。


(これ……メイド服ってヤツだよね? 学校の文化祭とかで着る人はいるかもしれないけど、このお祭りで? もしかして比楽さんってコスプレイヤーだったりするのかな?) 

 メイド姿で運ばれてきた同級生に驚いたものの、自身の役割は忘れることなく、市子は事務的に彼女の服装や持ち物をノートに記していく。


(クラスメートが運び込まれてくるってのもオドロキだけど、ここで格好:白と黒のエプロンドレス風のメイド服って書くことになってるのも、オドロキというかめったにない経験だよね)

 あまり褒められたものではないが、降ってわいてきたような非日常的なここまでの流れに、市子自身少しばかりわくわくしているのもたしかだった。


「さて、ここを満杯にするわけにもいかないだろうから、次の子は別の救護所へと運ぶとするか」

 と言って救護所を出て行こうとするカガチに、市子や救護所のスタッフが礼を述べると、相手ははにかむように軽く笑いながら、

「こんなナリだけれども、私らは萌木神社の巫女でね、こっちの祭りが成功に終わるように自分の仕事をしているだけさ」

 と答えて、猫耳帽子の巫女を伴って去って行った。


(ああいう型破りな巫女さんもいるんだ……)

 ふたりの巫女が去るのを見届けると、やや落ち着いた時間が訪れ、

(ふぅ……ようやくひと息つけるかな) 

 と市子は受付のポジションに戻り、机の上に置かれた木彫りの置物に目をやった。


 猫耳帽子の巫女が「これ、みんなが元気になれる御守りというか、おまじないみたいなもんにゃ」と置いていったものだ。


 手のひらにちょこんと載るサイズの小さく可愛らしい2匹の白猫がよりそう形をしたシンプルな置物で、元気がわいてくるとまではいかなくとも、見ているだけでほんわかとした気持ちになる感じがした。

  

 そんな猫のおまじないが功を奏したのかはともかく、ほどなくして先に運び込まれていた少女たちは元気を取り戻し、市子たち救護所のスタッフに礼を言ってふたたび祭りのほうへ戻っていた。


 そこからなにごともなく時間だけが進み、

(もう少しでお祭りも終わるし、ラストスパートというか、気合いを入れ直しますか……)

 と、市子が目を閉じて背筋を伸ばすように両手を上にあげた背後で、

「うーん……え? ここは?」

 ベッドの上で泉が半身を起こした。


 市子はクラスメートに声をかけてベッド脇まで行くと、彼女が運び込まれた経緯を簡潔に説明する。

「いや~、これはみっともないとこ見せちゃったなあ」

 市子から説明を受けて、泉は照れ隠しのように笑ってみせる。

「でも富津さんがここのスタッフでいてくれてよかったかも。この状況で顔見知りがいなかったら、さすがのアタシでも心細いからね」


「んー、山の上にある神社でチラシを配ってたとこまでは、まあまあ記憶があるんだけど、いつ街のほうに降りてきたのかちょっと記憶にないんだよねえ。たぶんもっと大勢にチラシを配ろうと無意識でこっちに降りてきて、そのまま会場の熱気でダウンってトコなんだろうけど……となると、とりあえず無理せず休んでたほうがいいのかな」


 それがいいかも、と市子が答えると、

「じゃあ、もうちょっとここで休ませてもらうね……あ、そうだ。よかったら、ハイ、チラシどうぞ」

 泉がベッドの下に手を伸ばして、カゴの中に置かれたショルダーバッグから紙を1枚取り出して市子に手渡す。


 市子は受け取ったチラシに目を通した。

 ピンクをメインにした紙の上にちりばめられた可愛らしいキャラや文字の中から店のものらしい名前を見つけ、

(メイド喫茶……違う、えっとこの漢字なんて読むんだっけ……あ、『そば』だ)

 と読み方が分かった瞬間、あまりの違和感に、

「メイド蕎麦?」

 思わず声に出してしまう。


「そぅ、メイド蕎麦『あなたのおそば』っていうお蕎麦屋さん」

「お蕎麦屋さんだよね? なんでメイドなの?」

「よくぞ聞いてくれました、ってそんな深い理由でもないんだけどさ、このお店、昼と夜はお蕎麦屋さんなんだけど、ティータイムにはガレットっていう蕎麦粉そばこでつくるクレープみたいなのも出すらしくて、そっちに合わせる感じらしいよ。実質、店主の奥さんのほうの趣味が反映されてるの。で、そのお店でバイトするんで、こんな格好してるわけ」


 泉がメイド姿であることには納得できたものの、蕎麦屋とメイドという組み合わせにいまいち釈然としないままの市子に、

「そうだ。富津さん、よかったら一緒に働いてみない?」

 と、泉が提案してきた。

「このお店で?」

「そぅそぅ、このお蕎麦屋さん、審査通ってるから例の校外学習に使えるお店でさ。でね、昨日からビラ配ってるんだけど、感じとして千客万来とまではいかなくても、けっこうお客さんが来そうな手ごたえがあったんだよね。だから、ヘルプというか応援というか、人手があったほうがいいような気がして。顔見知りがいたほうが互いのフォローもやりやすいだろうな、って感じで何人かの知り合いには声をかけてみたんだけど、まだひとりにしかOKもらえてないんだよねぇ」


 校外学習としてのバイトなら例の点数稼ぎとしては悪くないかもしれないと市子は考えたが、それと同時にもしりの合わない相手と一緒に働くことになったらどうしようとも思った。

 というわけで、

「それって、わたしの知ってる人だったりする?」

 と、泉に尋ねる。


「うん」

 一言で答えた泉に、

「誰?」

 と問うと、

「委員長」

 と、泉はやはり一言で答えてみせる。

「委員長?」

 予想していなかった人物の名に市子は思わずオウム返しになる。


「うん。神社のお祭りでチラシを配ろうと思いついて山の上まで行ったんだけど、そこでチラシ配るのにも許可があったほうがいいよねって思って、事務所みたいなトコを訪ねてみたときにバッタリ出会ったんで、ついでとばかりにチラシ渡して、ちょっと話したらOKしてくれた」

 自身の成果を誇るように、泉は笑顔を見せる。


(比楽さん、行動力すごっ! ……でも、ここで委員長に会えるチャンスが来たってのはのがすわけにはいかない!)

「じゃあ、やる! やらせていただきますっ!」

 泉のほうへ身を乗り出すようにして、市子は答えた。


「おお、そうこなくっちゃ。うんうん、委員長のメイド姿とかけっこうレアなものが見られるとなれば乗ってこない手はないよね~」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……」

「おや、ほかになんか理由あんの? もしかして富津さん自身がメイド服に興味アリ?」

「そういうわけでもなくて――」


 市子は自主学習としてのレポートをつくるために委員長の手を借りようと思っていたこと、そのために委員長に連絡をとる手段を捜していたことを正直に泉へと話した。


「なるほどなるほど。じゃあさ、そのレポート作りに委員長を巻き込むんだったら、アタシも参加させてもらってもいい? 参加というより、便乗ってコトになるかもしれないけど?」

「便乗でも全然大丈夫、というか比楽さんがいないと委員長を説得できる自信ないよ」

「いやいや。悪いことに誘うわけでもないし、それなりに真面目な題材でレポートつくるって言えば、委員長なら絶対話に乗ってきてくれるって。あっ、ところでメガネなし巫女スタイルの委員長の写真あるけど見てみる? ある意味レアだよ」

「え? 委員長メガネやめたの? 夏休みでコンタクトデビュー?」

「うんにゃ。なんかドジってメガネ壊しちゃったみたいでさ。巫女として役に立てないから悔しいみたいなこと言ってた。で、こっちのバイトでリベンジできるのならチャレンジはしてみたいって」

「そうなんだ……って、でも、その写真って勝手に見ちゃってもいいの?」

 巫女姿の委員長、それもメガネなしという泉の言葉のとおりなら確かにレアなのだが、それは委員長の許可なく見ていいものなのだろうかという考えが先に来てしまう。

「あ、そうか。そこは委員長の許可があったほうがいいよね、さすがに」


「さてさて、そうなると、アタシ、委員長、富津さんで3人分の枠は確保、と。なんかお店で働くのが、いまから楽しみになってきたね」

「うまくメイドとして振る舞えるかどうか、ちょっと自信ないけど……」

「まあ服装はメイド服だけど、メイド喫茶みたいな接客じゃなくてふつうのお店としての接客でいいらしいから気楽な感じでいいんじゃないかな」

「じゃあ、やれるだけ頑張ってみるかな」

「そぅそぅ、その意気。そうだ、バイト始めたら三人で写真撮らない? 夏休みのメモリアルって感じで」

 泉の提案を市子が承諾すると、


「よーし、そうなってくると、お店をわれわれの秘密基地にしちゃうってのもアリかもしれないよね」

 泉が楽しそうに今後のバイトとレポートというふたつの校外学習のプランを練り始めるかたわら、市子は不確実だったアイディアが一歩一歩着実に前進していくのを実感していた。


 それはなんだか偶然というよりも天の采配さいはいという感じがしてきて、

(なんか、今日この受付を選んだってのは正解だったかも)

 彼女がそんなことを考えながら、泉と今後の予定について歓談しつつ、ふと受付にある猫の置物へと目をやると、その表情がこれまで以上に可愛らしく微笑んでいるように見えた。

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