35、続それぞれの理由

「……姫様?」

 地べたに座り込んだ姿勢のまま、半身を起こしたシズカは遊女の姿をしていたときとは違い、化粧っ気とトゲトゲしさが消えて、お嬢様然とした柔和さを取り戻していた。

 髪は巫女のときと同じようにさらりと下へ垂れたものとなり、月光を受けてわずかに濡れたように見える黒髪は白い襦袢との対比でよりつやっぽい輝きを見せている。

 シズカは龍星や陽樹、そしてモエギの姿を認めたのち、自分が襦袢のみのあられもない格好であることに気づくと、羞恥の表情を浮かべて、三人に背を向けるように慌てて身をひねる。


 怯える小動物のようにちぢこまるシズカへとゆっくり近づいていき、

「さて、シズカよ。わしの言いつけにそむいたらどうなるか、とくとその身で味わったであろう。この神仙ハタオリノモエギヒメに仕える身でありながら、フクマとともに人々に害をなすなど言語道断ごんごどうだん! その罪、万死ばんしにも値するっ!!」

 さきほどまで見せていた陽気さなど微塵みじんも感じさせぬ冷徹さと怒気どきをはらんだ口調で言い放つと、モエギは金色の刃を上段に構え、シズカめがけて振り下ろした。


 シズカは目を閉じて身をすくめたが、刀がその身に届くことはなかった。


「――どういうつもりじゃ、ふたりとも」

 龍星と陽樹が土壇場どたんばでモエギとシズカの間に割って入り、それぞれの神器でモエギの刃を受け止めていた。

 受け止めていた、というのは語弊があるかもしれない。

 少年ふたりが刃の行く先に飛び込んできたので、モエギが咄嗟に刀の勢いを弱めたのをどうにか受ける形にできたというほうが正しいだろう。


「横からしゃしゃり出てくる場面ではないぞ、下手をすればふたりもろとも切り倒していたところじゃ。わしが手にしているのが切れ味鋭い神器であることが分からぬお主らでもあるまいに」

 穏やかとも冷淡とも受け取れる口調で、モエギが告げた。

 言葉自体は穏和おんわとした感じだが、その語調の裏には剣呑けんのんとでもいうべき苛烈かれつな響きがあった。

 

 龍星と陽樹がどうにか押しとどめているモエギの金色こんじき刀は大きさこそ炎天、氷天の二刀と比べて小振りでありながら、両者を上回る力を持っているという現実が、相対しているふたりの手にはいやというほどに伝わってくる。

 さらにはモエギが隠そうともせずに全身から放っている威圧感が加味され、黄金こがね色の刃は見た目以上に鋭く重く、龍星と陽樹のどちらか一方でも気を緩めれば瞬く間に軽くひねられるのは火を見るよりも明らかだった。


 力の差が歴然とする中、この場の均衡をどうにか保っているのは彼らの気迫だけ。

 その意気に応じて力添えをするかのように、炎天と氷天はそれぞれの刀身に熱気と冷気をまとい、輝きを強める。

 心強い後押しを得た龍星と陽樹は両手両足に全身全霊の力を込めて、モエギの刀を押し返そうと試みる。

 しかし、彼女が片手で握る神器は微動だにしなかった。

 それどころか、モエギがほんのわずかでも力を込めたなら、形勢は彼女のほうへと一気に傾いてしまうのがふたりには分かった。


「今一度聞くが、いったいぜんたいどういうつもりじゃ」

 語勢こそ穏やかだが、モエギの発する言葉の端々からは烈火れっかのごとき怒りと雪嵐ゆきあらしのごとき非情さが感じ取れた。

「悪い。だけど、ちょっと待ってほしい。その……理由を聞いてみないか?」

 龍星がモエギの迫力に気圧されながらも、彼女の目をまっすぐにとらえて答えた。

「理由とな?」

 怪訝な表情でモエギが問い返す。

「ああ。なんでフクマの封印を解くようなまねをしたのか、処罰するのはそいつを聞いてからでも遅くないだろ」

「そうだね、彼女にもなんだか事情がありそうだし」

 陽樹も龍星に同意する。


 モエギは刀をゆっくりと引いていき、 

「は? 造反有理ぞうはんゆうり盗人ぬすびとにも三分さんぶ、悪党にも悲しい過去とかいうヤツか? サスペンスドラマの崖上でもあるまいし、そんな愚にもつかない身の上話を聞いてどうする? シズカたちがフクマの封印を解き、人々に害をなしたという事実がくつがえるわけでもあるまい。どのような話を聞いたところで『厳罰を望みますか?』『はい』という状況は変わらんじゃろう」

 いらだちと呆れかえった様子を隠そうともせず、ふたりに告げた。


「それでも聞いておきたい」

 龍星の頑固とも取れる愚直な態度に、

「まったく……誰じゃ、こんなお人好しどもを神司へと選んだのは」

 軽く不平をもらしながら、モエギは手にしていた刀を勾玉へと変えて首飾りに戻し、

「ならば、お主らふたりに免じて、話のひとつやふたつに耳を貸すくらいの猶予はくれてやる」

 後ずさって距離をとり、油断なくシズカを見据えたまま腕組みをすると、モエギはシズカへの対応を龍星と陽樹にゆだねた。

 

 陽樹は氷天を未散花へと収め、シズカのそばに片ひざをつくと、

「よかったらワケを聞かせてくれないかな? 貴女だって要石を動かしたらどうなるかは分かっていたはずだよね?」

 優しげな口調で問いかけた。

 彼の問いに、シズカは、

「――外の世界を見て回りたかったでありんす」

 と、目を伏せたまま、しょんぼりとした口調で答えた。

「ん? どういうこと?」


 シズカが語るところによると――、

 かつてモエギによって成敗されたのち、彼女の神使となったシズカたちは元妖怪でありながらも、ある程度の自由が許され、神社とふもとの人里を思うままに行き来し、人々とも交流を持っていた。


 しかしその後に起こったモエギとフクマの戦いを経て、フクマを封じた萌木山には結界が張られるようになり、神使とはいえ特性が妖怪であるシズカたちは山を出ることができなくなった。

 モエギは「時が経ち、フクマの力が弱まったあかつきには結界を解いてふたたび人里へと出入りできるようにする」と約束し、三体の神使は神社の境内に設けられた祠で眠りについた。


 それから幾星霜を経て、神使たちはモエギの呼びかけによって長き眠りから覚めた。

 その時代(今現在から約三年前)、たしかにフクマの妖力は弱まっていたが、同様にモエギの神力も弱まっており、彼女は神使たちが見知った姿ではなく、童女の姿になってしまっていた。

 童女となったモエギはかつてのような地方の活気と自身への信仰を取り戻すための手勢として三体の神使を呼び起こしたのだった。


 そこからはモエギと神使たちによる粒々辛苦の日々が続いた。

 三体の神使は三人の巫女へと姿を変えて神社に住み込みながら、現代社会の情報を取り込んでいく傍らで、和洋問わず服のリメイクをしたり、裁縫教室を開催したり、マスコットキャラとしてヒーメちゃんを生み出し、そのグッズの制作・販売したりと地道な活動を繰り広げた。


 そんな活動が実を結んだのか、参拝客が微増していく中、持ち上がったのが今回のコスプレを許可した夏祭りだった。

 モエギはこの街ぐるみのイベントによって、信仰=神力がかなり回復すると見積もっていたが、三人の巫女にはある懸念があった。


 ――もしこの夏祭りでも、モエギヒメの神力が回復しきらなかったら?

 

 これまで神使たちはテレビ、雑誌や通販、そしてネットを通じて様変わりした外の世界を楽しみ、気を紛らわしていたが、しだいに現在の社会や文化への渇望にも近い興味を抑えきれなくなっていき、鬱屈とした思いで過ごす日々が増えていたのも事実だった。


 復活してからの三年間という月日は人間とは時間感覚が異なる神使にとっても短いようで長く、その間に積もりに積もった焦燥感に三人の巫女は祭りの成否に関わりなく山の外へと出るための計画をいくつか練ることにした。


 そのうちのひとつがフクマの封印を解くことだった。

 

 封印が破られた場合、現在のモエギならば結界を維持している神力を変換してフクマの再封印へと使用すると三人の巫女は考えたのだ。


「論理の飛躍が過ぎるな」

 モエギが辛辣な口調で言った。

「まあよい、続けよ」

 彼女に促され、シズカは話を続けた。


『フクマの封印を解く』

 言葉に出すだけなら簡単だが、実行に移すにはいくつかの乗り越えるべき壁があった。

 まず大前提として、当然のことながら実行までにモエギに気取られてはいけない。

 次に妖怪であるシズカたちでは封印を解くことはできないので、封印を解除もしくは破壊できる人物が必要だった。


 そしてフクマが復活して適度に混乱が起き、封印が破られたことにモエギが気付いて、結界が解除されればしめたものという段取りだった。


 この流れだけでも、もはや一種の賭け、それも連続で勝ち続ける必要があるギャンブルといえた。

 なにかひとつでも要素が欠けたのなら、あきらめるなり、次の機会を待つなりという選択肢もあったかもしれない。

 しかし、偶然というか運命のいたずらというか、まさに天運といったレベルで、この祭りの当日にその条件がそろってしまった。


 ヒーメちゃんの中に入ったモエギは三人の計画に気付いている様子もなく、これで第一関門はクリア。

 さらに祭りが始まる直前の夕刻に、蛇の化身である巫女カガチが境内に訪れている人々の中に封印を解くことができそうな人物=龍星を見いだした。

 封印を錠に例えるならば、解錠できる鍵としての波長を持ち、なおかつ女子からの頼み事を断れないお人好しな男子という感じであるのも、正に三人の巫女にとっておあつらえの人物といえた。


「本質をすっかり見抜かれておるぞ、リュウセイ」

「返す言葉もない……けど女の子からの頼み事はないがしろにはできないだろ」


『偶然も何度か連続で起きればそれはもう必然』と言う者もいるように、すべてがまるで事前に用意されていたかのようで、三人の筋書きどおりに事はトントン拍子に進んでいた。

  

 実際のところ、龍星ひとりの力では不十分だと考えた巫女たちは最終的に自分たちの妖力を分けてでも強引に封印を破るつもりでいたが、龍星が同じような特質を持つ陽樹を連れてきたことで、その必要もなくなった。

 巫女たちが選んだのは偶然にも天久愛流の門弟ふたり。

 まさにドンピシャリといった形で最高といえる切り札を手に入れ、ここでも巫女たちは賭けに勝ったのだ。

 ふたりの少年は難なく要石を動かし、フクマは封印から脱すると同時に、巫女=神使がいるその場から脱兎のごとく逃げ出した。 

 その事態は当初から計画へ組み込まれており、事前に打ち合わせていた三人の巫女は参道以外の三方向に散ってフクマを待ち構えた。


「封印を解いてわざわざ逃がしたあと、それを待ち構えるって、いまいち意味が分からないんだが?」

「フクマを再封印するという形にしせんと、結界が解除さりんせんからでありんす」

「なるほどね。フクマを要石の下に押し込めないと封印の意味がないから、フクマを取り押さえる、もしくは元の要石の場所に追い込むために待ち構えたってことだね」 

 陽樹の簡潔なまとめにシズカはうなずいてみせた。


「封印破りは目的ではなく手段ということじゃな。それに加えて、こやつらの計画を知らぬ第三者向けに『逃げたフクマを捕まえるために三人の巫女さんたちは頑張りました』というストーリーができあがる」

「マッチポンプってやつじゃないか」

「そのとおりじゃな」


 モエギの言葉どおり、フクマを封印から解き放つのは手段だとしても、フクマが山の外に出てしまうのは巫女たちの本意ではなかった。

 だが、ここで彼女たちの立てた計画に思わぬ誤算が生じる。


 逃げ出したフクマは封印されていた長い年月で、たしかに弱体化していた。

 しかし祭りには多くの人々、そしてフクマが取り憑くことができる少女たちがいた。

 フクマは瞬く間に少女たち、正確には少女たちの衣服へと取り憑いて自身の操り人形にすると、人々から次々と精気を奪い、神使たちを出し抜けるくらいに強力化してしまったのである。


 さらにタイミングの悪いことに、フクマ復活を知ったモエギが龍星と陽樹のふたりを神司とする神力を得るために結界を解除してしまった。

 その結果、大勢のフクマ憑きの少女が山の外へ出ていくのを許してしまうことになり、巫女のうち戦闘能力の高い蛇の化身カガチと索敵能力の高い猫の化身スズノが街へと逃げ出たフクマを追い、蜘蛛の化身シズカは山中に残っているフクマ憑きの少女を一カ所にとりまとめる役目を担った。


 フクマ憑きの少女たちを集めていく中で、シズカにもフクマが取り憑いたが、妖力で勝る彼女は逆にフクマを圧倒する。 

 しかしフクマを支配できたものの、彼女の意思はフクマの汚染を受けて歪み、『山の外に出たい』『かつてのように着飾りたい』『女の子を侍らせたい』という願望が暴走し、かつての妖怪であったときと同じように少女たちを引き連れてふもとの街へと足を向けたのだった。


 そこからの展開は、神司となった龍星と陽樹が彼女に追いつき、紆余曲折あって今へと至る。


 シズカがそこまで話し終えると同時に、龍星と陽樹はモエギを見つめた。

「なんで、ふたりとも責めるような目でこちらを見ておる?」

「責めてるわけじゃないが、このシズカさんや他の巫女さんにも同情すべき点はあるんじゃないかと考えてる」

「フクマ封印に協力した結果、山から出られなくなっちゃうってのはねぇ」

「要石っていう封印があるんなら、結界は別に必要なかったんじゃないか?」

「……そなたらは、わしに問題があるように考えてるようじゃがの、わしのほうにだって理由はあるのじゃ」

「なら、その理由も聞いておこうか」

「まず要石の封印だけでなく結界をほどこしたのは、フクマの力を利用しようとする妖異や悪しき者の外部からの立ち入りを防ぐため。堅牢な金庫があるから我が家は戸締まりをしなくても大丈夫というわけにはいかんじゃろう」

「まあね」


「だけど、神使の三人も外へ出られないってのはあんまりな仕打ちじゃないか?」

「その点はわしも悪いとは思っておる……であるからこそ祠でしばし眠ってもらっていたのじゃ。しかしわしにも誤算があって、まさか平穏無事な日が続くことで多くの者からの信仰を失うとは思ってもいなかったのじゃ」

「もともと妖怪退治で名をせてたから、あらかた妖怪が退治されて平和になったら、神様にすがる必要がなくなっちゃったんだろうね」

「なんだそれ。『問題は解決したから神様は用済みです』みたいな感じで気に食わないな」


「皮肉な話じゃろ。それに加えて、福と服の神としても以前ほど人々は行事に力を入れなくなってしまったしのぅ。そして本来ならばフクマの力が弱まった時点で、神通力で辺りを清め、魔を追い払い、清浄となった街へとシズカたちを行き来させることも朝飯前じゃったろうが、思いの外に神力を失ってしまったわしではこの萌木山を神域とするのが精一杯。そんな有様じゃから、山の下は昔よりも妖気が強くなっておる。そして、それは当然シズカのような元妖怪に悪影響を及ぼす。それこそさきほどのフクマが憑いていたときのようにな。特にシズカは純粋というか、いい意味でも悪い意味でも神力、妖力のどちらにも染まりやすいたちじゃしな。であるからこそ、今宵の祭りで信仰を取り戻し、報奨として三人を街へと出してやるつもりじゃったが……」


 モエギの説明を受けた龍星は少し考え込むと、

「なるほど。でも、それは今ならなんとかできるんじゃないか?」

「だね」

 龍星の考えが読めたか、陽樹も同意してみせる。


「ほう。リュウセイ、ハルキ。お主らに策があると申すか」

「いや、今のヒメさんは全盛期までとはいかなくても力を取り戻してるんだろう?」

 と言って、さきほどのモエギとのキスを思い出して軽く口元を拳で押さえ、龍星は顔を少し赤らめる。


 が、すぐに平静をよそおって、

「なら、その力でこの人を街に出してあげるくらいのことはできるだろ? 今のところ肝心のフクマがいないんだから封印と結界は必要ないし、俺らと同じく妖気の影響を受けないように服に神力を与えてあげれば……」

 との龍星の提案に、

「いや待て、待て待て待て! た、たしかにできないわけではないが、この力は今夜の祭りで騒ぎに巻き込まれた良民りょうみんの記憶をちょっと改ざんしたり、なんやかんやとフクマの影響を消すために使う予定があるのじゃ!」

 モエギはこれまでにないほどに取り乱した様子で答えた。


「それをやると取り戻した力はすっからかんか?」

 冷静に返した龍星に、

「いやまあ、そういうわけではないが多少、問題があってじゃな……」

 モエギは言葉に迷うように口ごもる。

「どんな問題なの?」

「まずい問題だったりするのか?」

 陽樹と龍星の問いかけに、

「まずいというかなんというか……いやまずいと言えば、まずいと言えるのじゃが……」


「煮え切らないなあ」

 やきもきするように答えを待つ龍星に向けて、

「う~、シズカに力を分け与えると、またあのちびっ子の姿に戻ってしまうのじゃ……」

 モエギは苦々しそうに答える。


「なんだ、そんなことか」

 と返した素っ気ない態度の龍星に、

「そんなこととはなんじゃ! 言うに事欠いて、そんなことじゃと……久しぶりにこの神々しい姿、在りし日の本来の美しさを持つ天女の姿へと戻ったのじゃぞ! これを謳歌することなく、またあのちびちびした姿に戻れと? そんなことが許されるのか? いや許さんっ!」


「だいいち、リュウセイ、お主だって今現在のわしのこの天女である姿は好みだと申したであろうが! まさか、お主は心にもない嘘偽りを並べ立て、わしの乙女心をもてあそんだのか!? それともなにか? お主が本当に好んでいるのは、あどけないわしの童女姿のほうなのか!? そうか! そうなのじゃなっ!」


「『たで食う虫も好き好き』、『There is no accouting for tastes』と人の好みはそれぞれじゃから、リュウセイの特殊な嗜好にケチはつけぬが、いやはやいも甘いもかみしめた大人のレディーよりもちんちくりんの小娘のほうが好みとはな……さては純粋無垢なる少女を自分の理想である乙女へ育成する光源氏プロジェクトでも企んでおるんじゃろうか……となると、女の子と仲良くなりたいというお主の望みはわしの考えていた女の子とは違う意味の女の子であったのじゃな……そう考えたら、やはりドン引きじゃなっ! ドン引きもドン引き、ドンドン引きじゃっ!!」


「しかし……どちらもわしであることは疑いようもない事実であるから、わしはわし自身に人気投票で負けたのか……まあリュウセイがどうしても童女姿のほうがよいというのなら、あの姿に戻るのもやぶさかではないが、これはうれしいやら悲しいやらと、わしはいったいこんな時どういう顔をすればよいのじゃ」

 モエギがその顔色を赤くしたり青くしたり、また赤くしたりところころ変えながらリロード無用のマシンガンといった感じでまくし立てる。


「ひ、人をなんかやばい趣味の持ち主みたいに、他人が聞いたら誤解するような言い方をするなっ! というか、レディーだの、純粋無垢だの、あどけないだの自分で言うことじゃないだろ、そのうえ人の好みを勝手に決めつけといてドン引きするなっ! だいたいだな、俺は他人を振り回すような騒がしい年下の女の子よりも、こっちの手をひいてくれるような大人の雰囲気を醸し出してる落ち着いた年上の女性のほうが……って、なに言わせようとしてるんだっ!!」

 今度は龍星が青くなったり赤くなったりとヒートアップしかけるのを、

「ふたりともまあまあ、落ち着いて」

 と陽樹がやんわりと制して、

「ヒメ様、こう考えたらどうかな? シズカさんは街に出たい、でもそれにはヒメ様の力がいる。ということは、シズカさんが自由に街へと出歩きたいのなら、ヒメ様が神力を取り戻す必要があるわけだよね」


 陽樹の含みを持たせた言い方に、モエギはピンと来たようで、

「なるほど。ギブアンドテイク、持ちつ持たれつということで、わしが神力を取り戻していく過程とこれより先のフクマ退治に、シズカを協力させようというわけじゃな」

「そういうこと。もちろんヒメ様が力を取り戻すのに僕たちも協力する。そしてヒメ様は神力でシズカさんを街に出してあげる。で、シズカさんはヒメ様がもっと力を取り戻すのに尽力する。このサイクルなら上手くいくと思うし、リュウちゃんもそれでいいよね?」

「ああ、いいんじゃないかな。まあ、あとはそこのヒメさんの心意気次第だけど」

 龍星、陽樹、シズカの三人がモエギを見つめる。


 じっと見つめられていること数十秒、ついにモエギが根負けして、

「あー、もうよいっ! わしにもいくぶんか落ち度があったことじゃし、リュウセイとハルキに免じてシズカを切って捨てる仕置は取り下げる。シズカよ、このものたちの慈悲に深く感謝するがよい。そして今から、わしの神力を分け与える。これにより、遠出や長居は無理だとしても、山を下りて街の中を多少見て回れるくらいはできるようになるじゃろう」

「まことでありんすか?」

 シズカが表情を明るく一転させて、期待するようにモエギを見る。

「わしに二言はない。よし、リュウセイにハルキ、わしと位置を代われ」

 と言って前に進み出たモエギと入れ替わりで、ふたりは後ろへと下がる。


「では、これよりシズカにわしの神力を分け与える」

 と宣言したものの、モエギは龍星と陽樹のほうへと振り返ると、

「しかし、その前にひとつだけわがままを申してもよいか?」

「とりあえず聞いてみて無茶ぶりじゃなければ」

「では。お主ら、スマホかデジタルカメラのたぐいは持っておるか?」

 と尋ねられ、

「一応、持ってるけど……あれ? あれ? この格好になったときにどっかに消えた?」

 龍星と陽樹は体のあちらこちらを手で探る。


「おぬしらの持ち物なら、今は未散花の中じゃ」

 モエギに教えられて、ふたりは未散花の中からスマホを取り出す。

「というか、これでどうするんだ?」

「スマホかデジカメの所有を尋ねたのだから、写真を撮るということぐらい察してほしかったが……つまるところ、今のこの姿を写真に残しておきたいのじゃ。次はいつこの姿に戻れるか分からんからのぅ」

「まあ、そういうことなら」

「よし決まりじゃ。シズカよ、お主に撮影を一任する」

 モエギの命を受けたシズカはふたりからスマホを受け取ると、三人から離れてスマホを構える。


 それを見たモエギは、

「ああ、そうではない。お主も一緒に写真に写るのじゃ」

 と促すように言ったあと、シズカの格好を見て、

「おっと、その格好で写真に撮られるのはいささか問題があるか。よし、大盤振る舞いじゃ」


 モエギが指を鳴らすと、シズカの襦袢姿が一転して夏の夜にふさわしい浴衣姿となる。

 紫陽花アジサイ朝顔アサガオといった夏の花が咲き乱れたような白地に青紫の手蜘蛛てぐもしぼりに加えて、白く太めの糸でこしらえた蜘蛛の巣紋様が走る濃紺の帯が、蜘蛛の化身であるシズカに遊女姿のときとは趣が異なる艶麗えんれいさを与えていた。

 長い髪は巫女姿のときは違い、後ろで編み込まれ、落ち着いた黄金色をした蜘蛛をかたどった小粋なヘアクリップでばらけることのないようにまとめられている。


「これでよし。さて、わしもひとつ着飾ることにするか。柄はそうじゃな……働き天晴れなふたりの神司にちなんで鶴亀と洒落こむか」

 モエギがもうひとつ指を鳴らすと、彼女も宣言したとおり、日本画風の鶴と亀をあしらった萌黄色の浴衣へと衣装を変える。

 鶴と亀だけでなく、太陽や大樹も添えられ、紺色の帯には白で描いた星と龍といったように、少年ふたりの名前にちなんだ図柄をちりばめた浴衣だった。 


「これで、男女で2×2で並んでじゃな――」

 と、モエギは龍星の腕をとって隣に引き寄せるように立たせると、自身の後ろに陽樹とシズカを並んで立たせる。


「で、シズカよ。少し上のほうから撮ってもらえるか」

 モエギの要望に従い、シズカは裾から繰り出した糸を2本の細く長い腕へと形を変化させて、ふたつのスマホを頭上よりやや高い位置へと持ち上げて撮影の準備をする。


「それでは音頭をとらせてもらうとするか。では、1+1は?」

 モエギのかけ声に、

「いや、写真を撮るのになんで算数の問題が?」

 龍星が不思議そうに尋ねる。

出端ではなをくじくな。本当に妙なトコロで理屈っぽいヤツじゃな。素直に2と答えて笑顔を見せればよいのじゃ」

「2で笑顔……? ああ、『はい、チーズ』ってのと同じ理屈なんだな」 

「分かったもらえたようじゃな。では、気を取り直して……」」


「1+1は?」

 モエギのかけ声にあわせて、一同は写真向きの笑顔をつくると、シズカの糸でできた指が撮影ボタンを押し、軽快なシャッター音が響く。



「――この日を最後に、ハタオリノモエギヒメが在りし日の天女の姿へと戻れることはなかった」


「自分で不吉なナレーションするな」

 龍星がモエギへとツッコミを入れた。

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