34、それぞれの理由

 ふたりからのツッコミを受けて、モエギは少女のときによく見せていた不服そうな表情を浮かべて、

「なんじゃ、ふたりとも。神が特撮ヒーローの真似事をするのがそんなに不満か?」

「そこまで不満ってわけじゃないけれど……なんというか、もう少し威厳があったほうがいいような気はする」

 との率直な意見を述べた陽樹に、

「もともとは厳かだのゴージャスだの、自分で言ってたしな」

 龍星も同意するようにうなずく。


 そんなふたりの意見を聞いているモエギのもとに、シズカの糸から解放された小袖と袴が宙より舞い戻ってくる。

 それを受け止めて、ユニタード姿から一瞬にして元の女剣士姿に戻ったモエギはふたりからの反発に対して、

「お主らに神への理想的イメージがあるように、わしにもわしなりの女神としての理想的イメージというものがある。わしが目指しているのは気さくで明朗闊達めいろうかったつで親しみやすいフレンドリーな女神なのじゃ。そこに文句は言わせんぞ」


「厳かという設定とはどう折り合いをつけるんだ、それ」

「わしの特性を設定扱いするでない。まったくそんな難しい話でもなかろう。例えるならば……そうじゃな、『仕事に厳しい女上司が硬軟両面を併せ持っていて、新入社員のボクにも分け隔て無く笑顔で接してくれる』とか考えれば、クラッとくるじゃろ? コロッといくじゃろ?」

「会社勤めじゃないからその例えはピンとこない」

「僕のほうはなんとなく分かる。分かるけれど……どんな栄養分を摂取したらそんな発想ができるようになるんだろうと、そっちのほうを知りたいと思ってる」


 モエギは例え話が龍星には通じなかったことにやや不満げな表情を見せたが、気を取り直して、

「ならばリュウセイ、規則に厳しい生徒会長や委員長、風紀委員の女子をちょっとイメージしてみよ。でな、そんな近寄りがたい感じの女子が実は気が置けない会話の弾む相手とかならば、さしものお主でもグッとくるじゃろ? ガバッといくじゃろ?」


 その例えは龍星の琴線きんせんに触れるところがあったようで、

「お、おう……そういう例えなら分かる気はする。まあガバッといくとかいう品のない行為には及ばないが」

「その行為抜きで考えても、さっきの例えとあわせて僕的にはポイント高いんで『いいね』ボタンを10001回押したいところだね」

「え? なんでそんな中途半端な回数なんだ?」

「『いいね』ボタンは偶数回押すと取り消しになっちゃうから」

「それなら1回『いいね』を押せばいいだけじゃないか。1万も押す必要ないし」

「いや、1回分の『いいね』と、そこにさらに1万プラスした『いいね』は意味合いと格が違うよ」

「うむ、ハルキの言うとおりじゃ。良いや好きを表す言葉はどれだけ積み重ねても損にはならん」

「いや、良いとか好きは偶数回言っても取り消しにはならないだろ」


 龍星の言葉にモエギは呆れかえったようにため息をつくと、

「リュウセイ……お主、女子から唐変木とうへんぼくやら朴念仁ぼくねんじんやら杓子定規しゃくしじょうぎ石部金吉金兜いしべきんきちかなかぶと木仏金仏石仏きぶつかなぶついしぼとけなどと呼ばれたりしとらんか?」

「ん? なんだって?」

 聞き慣れない言葉を並べ立てられて困惑した龍星は聞き返す。


「簡単に言うとじゃ、頭が固くて融通が利かないとか言われたことはないか?」

「そこまで言われるほど、親しい女子はいないかな」

「お主らの昔なじみのあのバイト巫女はどうじゃ?」

「どちらかというと、クーコさんのほうが頭固くて融通が利かないところがある」

 龍星の感想に、

「たしかに」

 陽樹も同意してみせる。


「まあそれはそれとして、親しみを持ってもらうためというのはだいたい理解できたが、昔の特撮ヒーローの真似ってのは親しみやすいのか? そりゃあ、ちびっ子とか昔を知ってるお父さんとかには受けはいいかもしれんが」

「でも技は特撮ヒーローだったけど、格好は女子レスラーだったよ」

「ヒーロースタイルのレスラーもいるからアリといえばアリかもしれないけど、やっぱりファン層というか応援してくれる層が限られるよなあ」

「まあどちらかといえば限定的なファンはできるだろうけれど、万人受けとはいかないよね」

「だよな。気さくで親しみやすいっていうなら、ヒーメちゃんでよくないか? 境内では結構人気があったみたいだし」

「そうだね。ヒーメちゃんならマスコットとして生まれたキャラだし、老若男女を問わず人気は出ると思う」


 次から次へとたたみかけるようなふたりの言葉を、モエギは手で耳をふさいで聞こえないふりをすると、

「あーもう、うっさいうっさい! そんなにヒーメちゃんがいいのなら、お主らがわしの代わりにあの中に入って愛嬌を振りまけばよいじゃろ! そうじゃ、お主らはわしの神司なのじゃから、わしのイメージアップのためにヒーメちゃんに入るがよい! いやもう命令じゃ、入れっ入れ入れっ!!」

 だだをこねる子どものようにむくれてみせる。


 突然感情を爆発させたともいえるモエギの態度に呆気にとられた龍星だが、彼女のあまりにも神秘性や厳かとは正反対である子どもっぽい仕草が逆に微笑ましく感じられて、思わず吹き出してしまう。

 陽樹のほうも龍星と同じ気持ちのようで、吹き出さないまでも苦笑ととれる笑みを口元に浮かべていた。


「なんじゃ、なにがおかしい?」

 ふたりの笑みに反応したモエギに、 

「いやもう、ある意味では充分に親しみやすい神様になってるよ」

 温かく見守る目線で龍星が返事をすると、

「まあ気兼ねなく接することができる神様ってのも貴重かもしれないしね」

 陽樹も、やれやれ仕方ないといった表情で同調する。


「そうじゃろう、そうじゃろう」

 ふたりによる妥協を自分への賛同と見なしたモエギはそれまでの不機嫌がウソだったかのように相好そうごうを崩し、

「さて話に折り合いがついたところで最後の仕上げとまいるか」

 と言って、網から地面へと投げ出されたシズカへと目をやった。


 同じように龍星と陽樹がそちらに目をやると、半人半妖から人の姿に戻り、白襦袢姿で地面に倒れ伏すシズカの体から、黒いモヤが影のように立ちのぼるのが見えた。

 ふたりが未散花から神器を抜いて身構えるのをモエギは手で制して、倒れているシズカのほうへゆっくりと歩み出す。


 シズカから抜け出たモヤは巨大な蜘蛛のようなシルエットをとり、モエギの接近に対して威嚇するように前脚を大きく振りかぶった。

 だが、モエギがひるむ様子すら見せずにさらに近づいていくと、影の蜘蛛はそのままくるりと向きを変えて逃げるように跳びはねる。


 しかし、その逃走行為もモエギがつくりだした結界に阻まれ、蜘蛛は苛立ちのような金切り声に似た叫びをあげた。

 甲高かんだかい耳障りな音が山中へと浸透していくと、林の中の木々は身震いするかのようにざわざわと葉音を立てた。


 影の蜘蛛に近づいていくモエギが勾玉のついた首飾りから、金色と土色、2色の勾玉を取り外すと、そのふたつは彼女の手の中で溶け合う余にしてその姿を変え、金色の光をまとうひと振りの刀となった。

 影の蜘蛛は2本の前脚を鎌の形状へと変えて向き直ると、残りの脚に力を込めて跳び、モエギを切り裂こうと鋭いやいばと化した脚を振り下ろす。

 

 標的にされたモエギは臆することもなく、潜り込むように姿勢を低くして、跳び上がった蜘蛛の下を一気に走り抜けた。

 ひと筋の光が空間に軌跡を描くように閃いたかと思うと、あっという間に影でできた蜘蛛の体を両断する割れ目が前から後ろへと走り、そこから生じた淡い金色の光がじわじわと広がって、影でできた蜘蛛を飲み込む球体となってその全身を覆い隠していく。


 少し前まで蜘蛛の姿をしていた影は抗い、光から抜け出そうと身をよじり、苦悶の呻きと悲しげな声をあげ、それさえもむなしく光の中へと吸い込まれていく。

 そして蜘蛛を飲み込んだ光はその役目を終え、今度はしぼむようにして徐々に小さくなっていき、蜘蛛の影とともに跡形もなく消え去っていった。


 光と影が消え、辺りに静寂と平穏が戻ったあと、残心ざんしんの態勢を解いて事もなげにその場に凜と立つモエギの背に、

「今のクモみたいなのは?」

 陽樹が尋ねる。

 

「シズカに吸収されながらも、逆に彼女の妖気を吸うことで実体を得たフクマじゃな。ほかの娘子を操っていただけのフクマよりは力が強かったようじゃが、わしの……いや、わしらの敵ではないわ」

 龍星と陽樹のほうへ振り返り、モエギはにっこりと微笑む。


 しかし彼女は、にこやかさを見せている自分とは裏腹に、龍星と陽樹がなにか引っかかるものがある表情を浮かべているのに気付き、

「ふたりとも浮かない顔をしていったいどうしたというのじゃ?」

 その問いかけに、

「「あの……」」

 ふたりの少年は同じタイミングで口を開く。


「あ、そっちが先でいいぞ」

「リュウちゃんのほうがお先にどうぞ」

「じゃあ、俺から……その、なんだ、今のクモのヤツみたいに妖力を得たフクマ相手に俺らでも勝ち目はあるのか? そうでなければ、その……悔しいけれど、この先俺らは足手まといにしかならないと思うんだが」

 と告げた龍星は、これまでと違って見るからに自信を欠いているように見えた。


 おそらくは龍星がおのれの実力が及ばない部分を垣間かいま見て、一種の喪失感にとらわれているとの見当をつけたモエギは、

「ん? お主、自分が力不足なのを嘆いておるのか? まったく……たしかにお主らのことを半人前とは呼んだが、それは伸びしろがあるということでもあるじゃろうに。今のお主らでは歯が立たないとは何度か言ったが、お主らが頑張ればどこまで伸びるかはわしの目をもってしても未知数なのじゃぞ」

 と激励するように優しい声で応じてみせる。


「そうか」

 とだけ答えたものの、まだ心が揺らいでいる様子を見せる龍星に、

「ここでしょげこんだ顔をするとか、お主らしくもない。しかしそうじゃな、もしお主らが望むというのなら、わし自ら稽古をつけてやらんこともないが」

 モエギが提案する。

「それで強くなれるなら」

 彼女の言葉を受けた龍星の瞳に、闘志と意気込みに満ちた光の片鱗が映りだす。


 彼が立ち直るのを見たモエギは、

「フフ……リュウセイはやはり負けん気に満ちた表情をしているほうがよい。まあ落ち込んでうれいを見せた表情もキュンとくるものがあったが……リュウセイ、ここでグイグイいくというか、ガバッといってもよいか?」

「な、なにをガバッといく気だ」

「いや、お主のことをギュッとハグして『いい子いい子』と頭を撫でまわして、年上のお姉さんのように振る舞って甘えさせてやりたい。なんというか、お主は妙に庇護欲ひごよくを刺激する感じでのぅ、こうなんというか年下の彼氏というより可愛い弟のようにでてやりたい。そんな気分じゃ」


「……さすがにそれは……フレンドリーを通り越していくらなんでも親密がすぎるというか……ただまあ、稽古の誘いは受けるよ」

 顔を赤くしながらも、さきほどまでの迷いや憂いを振り切ったように龍星はこれまで同様の明るさを取り戻し、

「……まだ強くなれるというか……人の役に立てるのなら頑張らない手はないよな」

 自身を納得させるように言った。


 龍星の問題は片付いたと踏んだモエギは、今度は陽樹へ向けて、

「さて、ハルキよ。お主もリュウセイのような考えじゃったりするのか?」

「うん……まあそれはリュウちゃんと同じ理由でクリアかな。それでなんだけど、フクマについて気になることというか……ちょっとヒメ様に聞いておきたいことが」

「なんじゃ?」


「今みたいに少し強めのフクマが相手だとしてもヒメ様なら余裕で祓えるし、僕やリュウちゃんでも神器を使えばフクマを祓うことができるんだよね」

「うむ」

 陽樹の言葉の真意を計り知れず、モエギはただ一言で返す。


「フクマを祓うことができるのなら、なんで退治するんじゃなくて封印をすることになったの?」

 陽樹が発した疑問に、

「あー、たしかに言われてみれば。半人前の俺らでも退治できてる相手なんだから、それこそフルパワーのヒメさんや天久愛流のご開祖がいた昔はもっと楽に退治できてなくちゃおかしいよな」 

 これまでフクマについて特に気にしていなかった龍星も同調する。


「その疑問ももっともじゃな――フクマは実体を持たない妖怪と説明したが、実際は核となる中心体が存在しており、これまでお主らが相手をしてきたフクマはその核がまとっている妖気にして彼奴の体を構成している一部分でしかないのじゃ」


「だから1にして百、百にして1という説明だったんだね」

「うむ。そして厄介なことにフクマの核というものは人の欲がある限り不滅といえる存在なのじゃ。であるからして、核以外のフクマは祓うことができるのじゃが、肝心のフクマそのものは封印するしかない。そういうわけじゃ」


「なるほど。フクマにはコアが存在していて、そのコア以外は退治できるけど、コア自体は封印するしかない、そういうことだね」

「簡潔にまとめてくれて助かる」

「物事をゲーム感覚で考えるゲーム脳はこういう時に役に立つね。自分で言うのもなんだけど」

「ゲーム脳ってそういう意味じゃないだろ」

「しかしハルキのおかげで話の進みが簡単になるのは悪くないことじゃ……くっ」

 急になにかを堪えるような表情を見せたモエギに、

「どうした!?」

 と慌てて、龍星が問う。


「いや大したことではない……リュウセイの負けん気とハルキの聡明さを見ているうちにこうキュンキュンくるというか、もうギュギュッとハグして、ふたりを『本当にいい子いい子』と思う存分わしが飽きるまでいつくしみたいという気分になったのでな」

「さっきも言ったが、厳かっていう設定はどこ行ったんだ」

「こちらもさきほど言ったが、神の特性を設定いうでない。というか、厳かな神であるがゆえ、こうも人の行いとはいとおしいものなのかと感慨にふけったゆえの結果、神ゆえの慈愛じゃ」


「……その慈愛とやらはあんまりおおっぴらにするべきじゃないと思う。というか、いくら神様から見て子どもでも、男を相手にそれをやるのはなんだか不健全だ」

「僕らがハグされてるところをソラちゃんに見られた日には、ヒメ様の雷に負けず劣らずの雷が落ちてくること間違いないね」

「誰かが見てる見てないにかかわらず、慎むべきだと思うがな」

「まったく、ふたりとも変におカタいところまで星右衛門に似ておるのぅ……しかしこうなると剣士としての腕前も星右衛門に匹敵するか、もしくは越えるかと期待してもよさそうじゃな」


「……まさかとは思うが、その星右衛門さんにも慈愛でガバッとかいったんじゃないだろうな」

「そのまさか……といいたいところじゃが、星右衛門は人間としてよくできているというか、お主らと違ってどうも可愛げが無くてなあ。こうキュンキュンとはこなかったなあ……やはり人間というものはどこか弱いところがあるほうが萌えるな。その点では、お主らは合格じゃぞ。それこそわしのお墨付きじゃ」

「それ、ほめてないだろ」


 三人がそんな会話を繰り広げていると、倒れ伏していたシズカが「うぅ」と小さな呻き声をあげた。

 そしてゆっくりと半身を起こすと、自分の置かれている状況を確かめるようにそっと辺りを見渡す。

 その視線と目が合ったふたりの少年がそれぞれの得物をかまえようとするのを、モエギはとどめるとシズカと向き合い、

「どうじゃ、シビレる一撃で目は覚めたか?」

 と彼女へ問いかけた。

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