33、神鳴る一撃

 大きな糸玉から頭だけを出した人間繭玉とでもいうべき状態で、龍星と陽樹はシズカと向き合うモエギの後ろ姿を見守る。

「ヒメ様、手に武器もなにも持ってないけど大丈夫なのかな」

「さすがに妖怪相手に素手ってことはないだろう。さっき勾玉がふたつ光ってたから、炎天と氷天みたいな刀になるんじゃないのか」

「となると、二刀流ってこともありえるね」

「二刀流か。そういえば昔は天久愛流にも二刀流があったとか、師匠が言ってたな」

「今もその名残なごりはあるけどね」

「刀と鞘を手に持って舞うフウの型だろ。あれ、見た目は派手で好きなんだけどな……それはともかく、あとは任せたとは言ったものの、この状況で見ているだけなのはもどかしいな。手足をがっちり固められてるから、炎天は取り出せそうにないし」

「かっこつけて先陣を切ったものの、ごらんの有様だからね。とはいえ、この拘束をどうにかしようと動いたらそのまま転がっていっちゃいそうだし」

「この場合はどうすればいいと思う?」

「とりあえずヒメ様の戦い方を見つつ、この状況からの脱出方法を考えようか」

 陽樹の提案に従い、ふたりは蜘蛛の巣の上で対峙するモエギとシズカの戦いを静観することにした。

 

 網の上に張り巡らされた白布の上に立つモエギと蜘蛛の巣の中央に立つシズカ、両者は立ち位置をキープしたまま、互いの出方や隙を見極めようと目には見えない攻防戦を繰り広げていた。

 傍観者に徹している龍星と陽樹でも、どちらが有利でどちらが不利か、あるいは五分ごぶなのかまったく判断がつかない。


 大きく張られた蜘蛛の巣は人知を超えた存在のためにある特設リングとでもいうべき様態となり、そんな戦いの舞台に立つ主役の両者とも互いにまとう気が乱れるのを嫌うように、指先も爪先もぴくりとも動かさず、呼吸ですら浅く静かに行っていた。

 それに引きずられて、傍らで見ている龍星と陽樹の呼吸も抑えられたものとなり、山林の木々ですら物音を立てることが決戦の粛々たる雰囲気への冒涜ぼうとくであると感じているかのごとく静寂を保っていた。


 双方が動かないまま数十秒が経ったころ、張り詰めていた緊張の糸が突然切れたかのように、対峙していた両者はほぼ同時に動いた。

 モエギは体を低くかがめると、数歩の助走すら挟まずに前方へと飛び出すように勢いよくダッシュする。

 いまや彼女の足下にあるのは敵対者をはばむために仕掛けられた網ではなく、ただただ前へと進撃するために用意された花道だった。

 その進行を阻止せんと、シズカの袖口から勢いよく発射された無数の糸が互いに絡み合って何十ものヒトの手の形をとると、糸でできた手は上下左右あらゆる方向から相手を捕らえようと迫る。


 糸の手が迫る中、モエギは蜘蛛の巣の上に広がった布をトランポリンのように利用して上空へと高く跳ねた。

 それを逃がすまいとシズカが腕を振り上げると、何十もの糸の手は重なり合うようにして厚みのある巨大な二本の腕となり、標的を追いかけて上空へと伸びていく。

 白銀の糸でできた手がモエギへと追いつき、その体を捕らえ、握りつぶすように締め付ける。

 しかし、糸の腕を操るシズカは伝わってくる感触で自分が捕まえたのはモエギの身につけていた着物だけだと気付いた。


「? 姫様は何処いずこへ?」

「ここじゃ!」

 と、さらなる頭上から響く声に目を向ければ、黄色と黒のユニタードにリングシューズという女子レスラーのリングコスチュームを髣髴ほうふつとさせる姿に羽衣を羽織ったモエギが腕組みした状態で足場もない空中に浮いて、シズカのことを見下ろしていた。


「金天、圭天の天罰を受けるがよい!」

 モエギの足先にパチパチと電流スパークが走り、そして、それは彼女の足下あしもとにまばゆいばかりの光でできた金色こんじき四角錐しかくすいにも似た形を作り出す。


 それは天を向いてそびえ立つモニュメントの一種であるオベリスク――四角錐と切頭錐体せっとうすいたいを組み合わせたもの――をひっくり返して、斜め下へと向けた形状をしていた。

 オベリスクのように石から切り出したものではなく、雷を素材として作り出されたそれはきらめく光彩こうさいを放ち、雷槍らいそう穂先ほさきとも思える美しさと神々しさを兼ね備えていた。

 龍星や陽樹が神器の力を借りてうみだした炎や冷気の円錐よりもはるかに大きく、神力の塊はモエギ自身の三、四倍はある大きさだった。


 それを見たシズカは慌てて蜘蛛の巣の中央部から逃がれようとしたが、彼女の着物上にある蜘蛛の巣に捕らえていた式神の蝶が光り出し、網の上に布かれていた白布が何十もの帯となって彼女の胴体や脚に巻き付いて動きを封じる。


 モエギは白布の帯がシズカの体の自由を奪っていくのを見て、

建御雷命タケミカヅチノミコトとまではいかんが、わしの神鳴かみなる一撃、その身をもって味わうがよい」

 ふわりと舞うように宙返りをひとつすると、モエギはリングシューズを履いた両足をそろえて金色のオベリスクと一体となってシズカめがけて急降下蹴りを繰り出した。


 身動きのとれなくなったシズカは急場しのぎに糸でできた巨大な手を呼び戻し、さらに糸を編み込むようにつくりあげた防護壁を自身の前に幾重にも張り巡らせようと試みたが、モエギの急降下キックを止めるのには間に合わなかった。

 それほどまでに速い一撃だった。


 事の成り行きを注視していた龍星や陽樹だけでなく、蹴りから目を離すまいとしていたシズカですら、気付いたときにはモエギとともに降下してきたオベリスクの先端が、シズカの体の正面で垂れるように結ばれていた帯をとらえていた。


 そして、たとえシズカの付け焼き刃の防御が間に合っていても、モエギの蹴りに伴う雷光のオベリスクはそれをもお構いなしとばかりに突き破っていただろう。

 それほどまでに重い一撃だった。


 雷鳴が雷撃より遅れて地上に響き渡り、四角錐の先端と妖着の帯が触れあった場所からおびただしい火花が飛び散って、周囲の空気をひりつかせた。

 光の穂先はとどまるところを知らぬように妖着の中へと深く入り込んでいき、それにともなって電光がシズカのまとう着物全体に走っていく。

 巨大な光のオベリスクはシズカの妖着へと溶け込むようにして消え、モエギの両足がシズカの遊女姿の上半身と蜘蛛の胴体をした下半身の中間点である帯の部分へと着弾する。


 目もくらむ稲光いなびかりに似たまばゆい閃光がほとばしり、山中を真昼の明るさで照らし出すのと同時に、衝撃波が周囲の空気を激しく揺らす。

 それは蜘蛛の巣から離れている龍星と陽樹のもとまで届いた。

 ぴりぴりとしびれるような感覚がふたりの髪やほほを乱暴に撫で回し、爆風めいた衝撃に大玉がバランスを崩して後ろへと倒れ始める。


「げ、このまま転がっていったら首がやばいことになるぞ」

「やばいとかですむレベルの話じゃないよ! 良くても首に大ダメージだよ!」

 しかし、龍星と陽樹の危惧していた事態は起きなかった。

 転がり始めた大玉はモエギの蹴りにより発生した衝撃と轟音の余波を受けて、ふたりの頭部が地面に激突するよりも早く崩壊を始める。

 崩れた大玉から解放されたふたりは糸に取り込まれていた白布がクッションとなって地面に背中から無難に着地する。


「た、助かった……」

「まさに危機一髪って感じだったね」

「絶体絶命の状況になると、見えてる風景っていうか、まわりの時間がゆっくりに感じるってのは本当だったな」

「起死回生の手段を求めて脳がフル回転してる状態になるかららしいけどね。まあ脳がフル回転したところで……」

「体のほうがついてこなければどうしようもないよな」

 窮地を脱したふたりが体を起こすと、モエギのキックを受けたシズカが網の上から放り出されるかのように、大きく後方へとはじき飛ばされていくところだった。


 一方のモエギは、蹴りの反動で後ろに飛び、空中で一回転して網の上に残る白布の上に降り立つと、そこからもう一度跳ねて、再び宙で一回転したあと、繭玉から解放された龍星と陽樹のあいだに華麗な着地をする。


「見たか! 『超人ナイルガーワン』の必殺技オベリスク・クラッシュに着想を得たわしの必殺キック、これぞ名付けて『モエギ流織部理宿おべりすく矩雷蹴くらっしゅ』じゃ!」

 はしゃぎながらガッツポーズを決めるモエギに、

「七天罰って別に武器や道具の形じゃなくてもいいんだ……」

 陽樹が意外そうに問うと、

「そりゃあまあ、イメージの問題じゃからなあ。まあ応用できるかどうかは使い手次第じゃが」

 彼女は飄逸ひょういつとした感じで答えてみせる。


「……っていうか、ナイルガー1ってなんだ?」

 龍星の疑問には、

「僕らが生まれるずっと前の特撮番組だね」

 陽樹が答える。

「どうして刀じゃなくて、そんな昔のヒーローの必殺技を使ったんだ?」

「うむ。神社の皆とテレビで特撮ヒーロー番組やらプロレスやらを見ていたから、いつかは自らの手で、いや足で放ちたいものじゃと常日頃から思っていてな。せっかくの機会なので、これさいわいと実践させてもらったのじゃ」

 鼻高々な態度で答えたモエギに対して、

「「ぞ、俗っぽいにもほどがあるっ!!」」

 龍星と陽樹は声をそろえて叫んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る