32、刹那の攻防戦

 場面と時間を少しだけ、ほんの少しだけさかのぼり――。

 蜘蛛の巣の縦糸に乗り、その上を進む龍星と陽樹はそれぞれ手にした神器を動かして、目の前に浮かぶ神力でつくりだされた盾の輪郭をなぞっていく。

 炎天と氷天によって伝授された第二の技を放つために。

 

 刀の切っ先が円の軌跡を描き出すと、ふたりの前で盾になっていた炎と冷気は神器の刀身にまとわりつくようにして透き通った円錐の形をとり始める。

 そうしてできた炎と冷気の円錐をまとった神剣を手にしたふたりは互いに呼吸を合わせると、半身に構え、そこから前方へと鋭く速い突きを繰り出した。

 赤い輝きと青い輝き、ふたつの円錐が刀身から放たれ、勢いよく飛んでいく。

 ここまでは神器によって伝えられたイメージどおりだった。


 炎と冷気、ふたつの円錐はシズカめがけて刻々と迫っていく。

 網の中央で自身が標的にされていることに気付いたシズカは眉をひそめると、

「むむ、ならばこれで……」

 その場で大きく跳ねた。

 彼女の足下の網が軽く沈み込むのとは対照的に、ジャンプは周囲の木々をも超えるくらいの高さに到達する。


 上空へと逃げたシズカを目で追いながら、

「げ、あんな避け方ありか?」

「格ゲーだと飛び道具をジャンプでかわすのは基本だよ」

「せっかく出せるようになった必殺技が簡単に避けられるのはへこむなあ」

「でも、これで邪魔されずにあの作戦を実行できるよ」

「だな……って、ちょっと待て!」

 龍星がシズカに起きた変化に気付いて警告を発する。 


 空中にいたシズカの帯より下が奇妙なふくらみを見せ、裾を跳ね上げるようにして黒い楕円状をした蜘蛛の胴体が飛び出した。

 その胴体には六本の細長い足――それでもヒトの手足よりは太い――がついており、地上を威嚇するかのように大きく左右へと広がる。

 遊女としての上半身とその倍以上の大きさを持つ蜘蛛の下半身、半人半妖の姿となったシズカの紅い瞳が蜘蛛の巣の上に立つふたりに向けられる。


「HPを減らすどころか一撃すら入れてないのに第二形態とか聞いてないんだけど」

「どうする?」

「今すぐに、さっき言った作戦を実行するべきだと思う」

  

 ここでいう作戦とは、シズカの独り舞台ともいえる蜘蛛の巣を神力で護られた布で覆いつくし、彼女に有利であるフィールドを封じてしまおうというもので、さきほど陽樹が龍星とモエギに告げたアイディアだった。

 もともとの計画では縦糸部分を進みながら放った必殺技にシズカが気を取られているうちに布を文字通りいていく予定だったが、シズカがふたりの技を跳び上がって避け、妖怪としての本性を垣間見せたことに逆に気を取られてタイミングを逸したのが現状である。

 

(それでも今すぐ行動を起こせば間に合う)と考えた龍星と陽樹が動くよりも早く、シズカが網の上へと落下してきた。

 彼女が着地すると、網を構成していた糸はこれまでにないほど大きくたわみ、ふたりの足下に張られた縦糸も例外ではなく大きく揺れる。

 なんとかバランスをとって転倒はまぬがれたが、下へと沈み込んだ糸が元へと戻る反動でふたりの体は宙に大きく跳ね上げられた。


「こ、これやばくないか? 当初の予定と違うぞ」

 空高く舞い上がる形になった龍星が焦りを隠せず言うと、 

「なかなか予定通りにはいかないものだね」

 同じように上昇中の陽樹がどこか達観したかのように答える。

「で、なにか打開策は?」

 龍星の質問に、陽樹は一瞬だけ目を閉じ考え込むと、

「おひねりって言って分かる?」

 と聞いてきた。

 ピンと来ない龍星の脳裏に、炎天がおひねりの具体的なイメージを伝えてくる。

「OK。形は把握できたけど、それでどうするんだ?」

「それとおんなじ形を、小さく丸く固めた布をさらに布でくるんでつくって、下へ落としていこう」

「それはいいけど、どうやって固める? 丸めてる時間なんてないだろ」

「さっき食らいまくった糸玉の応用、あっちは妖力で固めてたけど、こっちは刀気で固める感じで」

「よし、ダメで元々ってコトでやってみるか」

 そんな会話をしているうちに上昇の頂点へと到達し、あとは落下するのみとなったふたりにシズカが地上から話しかけてくる。 

 

「生兵法は大怪我の基でありんす。網の上でわちきに勝てると思いんすか?」

 と、シズカは鈴を転がすような声で笑うと、こみ上げてくる感情を抑え込むように口元を袖で覆って肩をふるわせ、落下し始めたふたりを勝ち誇るような笑みで見つめた。


 龍星と陽樹はそんなシズカを見返して不敵に笑うと、

「「悪いが思ってる!!」」

 と言うが早いか、手にしていた炎天・氷天を未散花へと突き入れた。

 そして、代わりに2、3センチの大きさをした『紙ひねり』ならぬ『布ひねり』を引っ張り出して、立て続けに地面へ向けて投下していく。


 ボール状に丸まった布を芯とした白布はくふのおひねりが蜘蛛を狙う蜂の群れのごとく地上に狙いを定める中、シズカは袖から糸玉を打ち出して、落下途中のふたりや雨あられと降り注ぐおひねりの迎撃を試みる。

 さらにふたりの神司の活躍を誇らしげかつ愉快そうに見ている地上のモエギにも注意を向け、彼女を遠ざけようとそちらへも糸玉を投げつけていく。


 モエギは投げつけられた糸玉を物ともせず、ハミング混じりの踊るようなステップで華麗に躱しつつ、次々と払い落としていく。

 一方の龍星と陽樹は糸玉を躱すことも打ち落とすこともできない体勢のまま落下を続けていたが、彼らの先を行く無数のおひねりがねじれた部分をほどいていき、ふたりを守るように宙で広がって糸玉を受け止めて押さえ込むと、芯となっていた丸布は次々とシズカの立つ蜘蛛の巣めがけて落ちていく。


 シズカは忌々しげに舌打ちをすると、袖から大量の糸を繰り出し、手で束ねるように握り込んだ。

 白銀の糸は互いに巻き付き合い、ねじれ、絡み合いながら、彼女の左右の手の中で四本ずつ、計八本の鞭と化す。

 シズカは布や玉を打ち落とそうと即席の鞭を振り回した。

 糸玉を投げていたときと同じように、モエギのほうへも手抜かりなく鞭を振るう。

 ヒュンヒュンという音とともに鞭がしなり、パシンパシンと強い音と土煙を立てて地を穿うがち、モエギを数歩遠ざける。

 

 しかし宙に広がった布はまだしも、石つぶてのごとく降る布玉のすべてを打ち落とすことはできず、いくつもの布玉が彼女の操る鞭をくぐり抜けていく。

 妨害をすり抜けた布玉は地表が近づくに連れ、球体の状態からから広がった布となって次から次へと網の上へとふわりと舞い降りる。


 地上に張り巡らされたシズカの網を次々と白布が覆っていき、

「そして糸から出ている静電気とその粘着力で、布はそこに張り付く!」

 陽樹の言葉どおり、蜘蛛の巣に布が次から次へと張り付いていき、大仕掛けなパッチワークを作り始める。

 

 空中にいるふたりの狙いが、自分の妖着を祓うことではなく、今立っている蜘蛛の巣の優位性を消すことだと気付いたシズカは鞭を袖の中へと素早く戻し、今度は糸を編み込んだ投網とあみへ変えて袖から次々と打ち出す。

 布玉を通さないように細かい網目を持ったネットは落下途中だった布や布玉だけでなく、龍星と陽樹の体をも捕らえ、人間大をしたふたつの大きな糸玉へと変えてしまう。 


 だがもはや手遅れで、巣の上に落ちたそれぞれの布は溶け合うようにつながりあって一枚の大きな布となり、シズカの前面に張られていた糸を覆い隠して、白く広がる大地を思わせる足場と化していた。


 そこへシズカの放った網に捕らえられ、巨大な糸玉に取り込まれた形になった龍星と陽樹が落下してきて、数回軽くバウンドしながら蜘蛛の巣から地上に立つモエギのほうへと転がっていく。


 モエギは転がってきたふたつの大玉をそれぞれ左右の手で受け止めると、

「でかしたぞ、ふたりとも」

 との言葉とともに、大玉転がしの玉状態となったふたりをその場に残して白布によって覆われたシズカの蜘蛛の巣へ向かって走り出す。


「あとは任せた!」

 糸玉からどうにか頭だけを出して、龍星と陽樹は颯爽と突き進んでいくモエギの背を見送る。


「任された!」

 振り返ることなく答えると、蜘蛛の巣の上へと跳び乗り、

「さてシズカよ、昔さながらに、お主の土俵で相手をしてやりたいところじゃが今回はそうもいかぬ。じゃからして、わしの流儀というか、得意の分野でやらせてもらうぞ」

 と軽く袖をまくると、モエギは両手の拳を試合に挑むボクサーのように2、3度打ち合わせてみせた。

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