31、太陽と月
モエギの激励を受け、龍星と陽樹はお互いに間合いをとると、大刀と化した炎天・氷天を手にシズカの立つ蜘蛛の巣の方へと歩み出す。
刃の先端を斜め下に向けて、柄を両手で握り、同じ呼吸、同じ歩調で前へと進み始める。
その歩みを止めようと、シズカは彼らめがけて八つの糸玉を放った。
直線を描くように飛ぶ糸玉がふたりへと迫る。
龍星と陽樹は歩みを止めて、神経を研ぎ澄ます。
これまでは山林に立ちこめていた濃い妖気の中に溶け込んでいた糸玉は、モエギの放った清鳴=
ふたりは糸玉が自身の間合いである『圏』へと入る前に手にした刀を振るう。
それは糸玉を打ち落とすための動作ではなく、炎天と氷天が神器として彼らに伝えた技を放つためだった。
ふたりが寸分違わぬ動作で手にした刀をゆっくりと右回りに動かしていき、自身の正面に大きく円を描きだす。
炎天はその軌跡に揺らめく炎の弧を描き、氷天は
そしてふたりが炎の輪と氷の輪をつくりだすと、それぞれが炎のゆらめきと氷のきらめきを擁した円形をした半透明の障壁へと姿を変えた。
それはまるで夜の山中に小さな太陽と月が出現したかのようだった。
点ではなく線、線ではなく面による防御として、炎の力と氷の力を宿したふたつの盾。
魔法とも妖術とも似て非なる神器の持つ神力の炎と氷。
龍星と陽樹がシズカの配下であるフクマ憑きの少女たちを祓った際に出た炎と氷は、刀気による彼らとの結びつきで力をつけた神器、炎天と氷天が己の意思のみでふたりの神司に手を貸すべく放った技だった。
それでもシズカの妖力に今ひとつおよばなかった力と技は、モエギによってさらに神がかったものとなり、神器と使い手である龍星と陽樹の結びつきが強固になることで、ふたりの神司が使う力と技に昇華されたものとなったのだった。
「「……で、できた」」
さきほど頭の中に流れ込んできたイメージに導かれるように動くことで、目の前に出現した宙に浮かぶ盾の放つ神々しさに、龍星と陽樹の心が奮い立つ。
「師匠が戻ってきたら、自慢できることが増えたな」
「だね。あとはお師匠様が『やっとできるようになったか』とか言いださないことを祈るくらいかな」
「さすがにそれはないだろ……とも言い切れないトコロが怖いな」
新たな力と技を得て、心身ともに浮き立つふたりに、
「お主らの師匠とやらはいったいぜんたいどういう人物なのじゃ」
モエギが呆れまじりながらも関心を示すような口調で問う。
「どういう人物かって聞かれたら……」
「あれこれ説明するより実物を目にしてもらったほうが手っ取り早いと思う」
「そうだな。そんなわけだから師匠が戻ってきたら引き合わせるよ」
「うん、それが一番いいね。だけど、とりあえず今は……」
「目の前の相手を片付けないとな!」
「そういうこと」
龍星と陽樹はそれぞれ炎天と氷天の切っ先を正面に向けて構え直し、糸玉が迫り来るのを待ち受ける。
ふたりのつくり出した神力の盾を見たシズカが網の上で舞うと、糸玉は直線的な動きから変則的かつ予測不可能な動きへと変わる。
だが龍星も陽樹も動じることなく、糸玉のひとつひとつが自分の間合いに入った瞬間に切っ先を振るい、それに連動して円形の盾も動いた。
ふたりの背よりもはるかに大きい炎の円と氷の円が、龍星と陽樹が見せる舞いのような動きに呼応して飛んでくる糸玉を受け止める。
炎の盾がまとう熱気は糸玉を溶かすだけでなく、それを繰る糸を導火線にして走る火となってシズカめがけてひた走り、氷の盾が放つ冷気は糸玉を凍らせ砕き、やはり糸を通してシズカをも凍てつかせようと糸を凍らせ砕きながら彼女へと迫る。
そして、龍星と陽樹もそれを追うように前へと走り出し、モエギはその後ろを意気揚々と軽い足取りでついていく。
シズカは自ら伸ばした糸に沿って迫る火と氷を振りほどこうと、糸をくねらせたが消える気配を見せない火と氷にそれをあきらめ、糸をばっさりと断ち切る。
そして龍星と陽樹の前進を食い止めようと、繰り糸のない糸玉を袖をひるがえして次々と投げつける。
だが、その行為はまさに太陽と月の運行を止めようと空に向かって小石を投げているのも同然だった。
ふたりの勢いを止めることはできず、彼らはシズカのもとへ迫り来る。
シズカは一瞬だけ悔しさをにじませた表情を浮かべると、
「……いかにヒメ様とその神司であろうと、網の上ならわちきに分がありんす」
妖のものへと変わった瞳を赤く爛々と輝かせ、鋭くとがった犬歯をむき出すようにして声を張り上げると、いまや蜘蛛の巣まで数歩と迫った龍星と陽樹、そしてモエギのことを睨みつける。
自らの牙城である巨大な網の上から動こうとしない彼女に対して、
「テレビで見たんで五秒で分かる! クモの縦糸に粘着力はないってね!」
その陽樹の言葉どおり、ふたりの少年は放射状に張られた縦糸の上に飛び乗ると、月光を受けて金色に輝く横糸の粘着力を避けて中心に立つシズカめがけて突き進む。
「さて、それで一直線に突っ込んで来なさるのは、はたして得策と言えるんでありんしょうかぇ?」
煽るように言って、シズカは上空と前方に向けて無数の糸玉を放り投げた。
前と上の二面から、妖気を帯びた糸玉が襲い来る。
だが、足場とするには細く頼りない糸の上でも、ふたりの足つきは揺らぐことすらなく、剣と舞の技はこれまで以上に冴え渡る。
前に進むこと一辺倒だったこれまでと違い、前後の足運びを織り交ぜて、上空と前方から迫る糸玉をものともせず傘を手に舞うがごとく冷静に対処していく。
糸玉では足止めにならないと悟ったシズカが次の手を打とうと考えていると、龍星と陽樹、ふたりの神司は目の前に浮かぶ盾の輪郭をなぞるように、それぞれが手にした神器を動かしていた。
その動作が意味するところが分からずにいたシズカだが、次の瞬間、彼らがとった動作の意味を身を以て理解した。
炎天、氷天が盾の輪郭をなぞっていくと、盾を形成していた炎と冷気は神器に吸い寄せられてその刀身へまとわりつくように徐々に円錐の形を取り始める。
そうして、龍星と陽樹の手元にそれぞれ炎と冷気の円錐をまとった神器ができあがり、ふたりが半身に構えた状態からシズカのほうへ向けて突きを繰り出すと、それぞれの円錐は刀身から離れ、獲物を刺し貫こうとする
自分めがけて飛来するふたつの円錐を目の当たりにして、
「むむ、ならばこれで……」
と、網の中央にいたシズカは一度、たった一度だけそこで大きく跳ねた。
足下の網が軽く沈み込むのとは対照的に山林の木々をも超えんばかりの高さに跳び上がり、ふたりが放った円錐を軽々と躱すと、シズカは空中でその下半身を蜘蛛の姿へと変えた。
大きく細長い
遊女の上半身とその倍以上の大きさとなる蜘蛛の下半身をもつ半人半妖の姿となったシズカがその巨大な胴から着地すると、網はこれほどにないまでに大きくたわみ、それが元へと戻る反動で龍星と陽樹の体は宙に大きく跳ね上げられる。
「
と芝居がかった鈴の音のような口調で、シズカはかんらかんらと笑い声を立てて、宙高く舞い上がったふたりを勝ち誇るような笑みで見つめた。
空に打ち上げられた状態で、神器を振るうこともままならないはずの龍星と陽樹は眼下のシズカに目をやると、
「「悪いが思ってる!!」」
にやりと不敵に笑った。
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