30、モエギヒメ絶好調

 モエギの高らかな名乗りが夜風に乗って、山中にとどろきき、こだまする。

 深々とした山林の中に熱気が浸透していき、木々が醸し出していた暗く危うげな空気が鳴りを潜めていく。


「ちと、はしゃぎすぎたかの」

 と言いつつも、上機嫌な様子を隠そうとしないモエギに、

「いったいどうなってるの?」

 一部始終を見ていた陽樹が疑問を投げかける。


「簡潔に説明すると、お主らに貸し与えた炎天、氷天は神器じんぎであるがゆえ、刀と使い手を結ぶ刀気という神力を宿しておる。刀気はお主らが技を放ち、フクマを祓うたび、神器本体だけでなくお主らをも強くしていく。というわけで炎天とリュウセイに宿った刀気を手っ取り早く口移しで分けてもらったのじゃ。リュウセイの刀気がなかなかに強力じゃったので、こうして本来の姿にも戻れた。力のほうはわしがやんちゃだった時期の半分にも満たずといったところじゃから、そこに不満は残るが結果としては上々よな」

 嬉しそうに解説するモエギの首元で五つ残っている勾玉のうち、金色と土色をしたふたつの勾玉が呼応するかのように淡く光り輝く。


「ふむ、金天きんてん圭天けいてんが刀気で満ちたか。二枝も必要はないと思うが、やり過ぎて困るということはない」

 と言って、網の上に立つシズカのほうへと目をやると、モエギは小袖の袂からさまざまな色の糸をり合わせた玉を取り出した。


 カラフルな糸玉を空高く放り投げると、モエギは両手を柏手かしわでのように打ち合わせた。

 清らかに鳴り響く清鳴きよめの音とでも名付けるべき心地よく美しい音が山野に響き渡ると、彼女を中心に音が衝撃となって夜気やきを振るわし、周辺を漂っていた妖気を澄み渡った空気へと変えていき、下着姿で倒れていた少女たちを瞬時に元の衣服へと戻していく。


 音の衝撃は上空まで届き、さきほど放り投げられた糸玉は空中でほどけると色とりどりの細く長い糸となって、一同のいる周囲を遠巻きにして覆っていく。

 さらにモエギは呪文のような言葉が書かれた一枚のふだを取り出し、さきほどの玉と同じように上空へ放り投げると、それは宙で何十枚にも分裂し、周囲を覆う糸へと次々に張り付いていった。


「色のついた糸にことを並べて周りを覆う。その中心に女子おなごであるわしが立つ。これすなわち……『絶好調』の布陣なりっ!」

 自信満々に述べたモエギとは対照的に怪訝けげんな顔をしている男子ふたりに、

「お主ら、漢字というものを知らぬのか?」

 と、彼女は不思議そうに聞いて、彼らの返答を待たずに、

「つまりじゃ、糸に色で『絶』、言と周で『調』、そこに女子で『好』。これで三つそろって絶好調とあいなるわけじゃ」

 と、したり顔で解説する。


 場の空気があっけに取られたようになる中、

「なんだ、そりゃ! 相変わらずのダジャレというか、言葉遊びじゃないかよっ!!」

 龍星が一番にツッコミを入れる。

「なんぞ文句でも? まったく、そのツッコミは今日だけで何回聞いたことか。じゃからこそ言わせてもらうが、わしは服の神じゃぞ、その服の神に洒落シャレっ気がなくてどうする?」

 と、それにまったく動じる様子のないモエギに、

「いや、まあ。そちらさんがいいならそれでいいよ」

 結局、龍星が折れる形になる。

「なら良し。さて、この結界内で、わしは向かうところ敵なしじゃ。さあ今度こそお主らは休んで、わしの華麗なる活躍を見ているがよいぞ」

 と言って、モエギは網の上で構えるシズカのほうへと足を踏み出す。


「ちょっと待った。女の子に闘わせて、自分は地べたでへたってるようじゃあ、天久愛流だけでなく鶴来龍星末代までの名折なおれだ」

 と、龍星はなおも痛む傷ついた体を鼓舞し、強引に立ち上がる。

「だね」

 それに応じるように、陽樹のほうも体に鞭打って立ち上がる。


「お主ら、むだに古風よのう。ではリュウセイ、ハルキよ、ともに参ろうぞ」

 ふたりを見て、モエギは愉快そうに笑うと、ひらりと両袖を翻す。

 すると、折り紙でできた蝶が彼女の袖から飛び出し、それぞれが龍星と陽樹の周りで光を撒布するかのように飛び回ったのち、ふたりの身を包む白衣へと溶け込む。

 それだけで、これまでに受けた体中の痛みがうそのように引いていった。


 すっかり体の痛みが消えた陽樹が、

「それじゃあ、ヒメ様も加わったことだし、神司として先陣を切りますかね」

 と言い、

「そうだな。見せ場はこれからってのが口だけじゃないところを見せてやらないと」

 龍星もいつもの調子を取り戻したかのように応じる。

「おっとその前に……僕に作戦があるんだけど」

 と、陽樹は龍星とモエギにささやくようにして自身の考えを告げる。

「なるほど。その案は採用しよう」

 陽樹の提案に賛成の意を示したあと、龍星はモエギに向けて、

「しかし大丈夫なのか?」

「なにがじゃ?」

「絶好調の布陣とやらで女子力が上がるんなら、向こうさんもパワーアップしてたりはしないか?」

 と、龍星は巣の上で待ちかまえるシズカへとちらりと目をやる。

「いや女子力が上がるわけではないんじゃが……まあお主が案ずるような点は問題ない。今のシズカは女子というよりあやかしじゃからな。さて話をしていても埒があかぬ。では、わしとお主らで妖怪退治の大一番と洒落こもうか」

 モエギは楽しそうに告げたあと、

「しかし神司になって間もないのに、炎天と氷天がその姿になるとはなあ。その二振ふたふりはよっぽどにお主らのことを気に入ったらしいのう。今のお主らならば、神器そのものとまでもいかなくとも、その力の片鱗くらいは使いこなせるじゃろうて」

 

 モエギの言葉に呼応するように、二人のもつ神器がそれぞれ淡い光を放つ。

 すると、炎天の刀身は熱気をはらんで赤く輝き、氷天は冷気をともなって青く輝く。

 さらにふたりの脳裏に、この新たな力を得た炎天・氷天を使った技のイメージが鮮明に浮かび上がってきた。

 浮かび上がるというよりは流れ込んできたといったほうが正しいかもしれない。

 なぜなら、それは人のみではなし得ない領域の技で、神器の力があってこそのものだったからだ。


「なんか今、頭の中に必殺技みたいなイメージが浮かんできたんだが」

「リュウちゃんのほうも? なんかゲームのチュートリアルみたいな感じのヤツだよね」

「おそらく炎天と氷天が『せっかくの力なので使ってみろ』とお主らに伝えてきたのじゃろ。しかしゲームのチュートリアルに例えるとは、そこらへんは現代っ子の感性じゃな」

 ふたりの疑問にモエギが答える。


 龍星は手に持った炎天をしげしげと見つめて、

「これって本当にすごい刀なんだな……って、神器だから当たり前か」

「そんなすごい神器を僕らハリセン呼ばわりしたり、ラケットとかにしちゃってたよね」

「……バチ当たりすぎて申し訳ない」

 ふたりは自らの手中の神器に謝意を示すと、

「こっからは行動で礼を示さないとな」

「だね」

「よし。ヒメ、露払いは任せてくれ」

 龍星が宣言すると、

「頼もしいかぎりじゃ。さあ、リュウセイ、ハルキ。思う存分、己が腕前と新たな技を披露するがよい」

 モエギは彼らを力づける笑顔で応えた。

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