28、あんたがたどこさ

「それじゃあプランをたてるか」

「強行突破するにしても、普通に飛び出して進むのは無理だね」

 ふたりが飛び出すのを今か今かと待ち構えている少女たちの姿を、木の陰からうかがって、陽樹が言う。

「10人を二手に分かれて引き受けても、五人による集中砲火は食らうワケだからな」

「あと厄介なのは再生能力だね。本来なら戦闘不能にして決着ってトコロをなかったコトにされるわけだから」

「妖着を弾き飛ばしてすかさず布をかぶせれば、その問題も解決できそうだがな」

「そうなるとスピード勝負にもなるね。とはいえ、普通に飛び出してもこっちがやられるだけだから……」

「ひとりがおとりになって……ああ、ダメだ。それだとひとりで10人を相手にしなくちゃいけないし、残ったひとりでその10人を無力化ってのはできそうにないな」

「ん……囮じゃなく盾役ならどうにかなるかも。ひとりが防御に徹して、もうひとりが隙をついて攻撃、ふたりで無力化した女の子を守る。それの繰り返しなら、なんとかなるかも」

「……それが今のところベストになるのか。攻撃と防御の役を交互にやっていければさらに効率よさそうだが」

「それを許してくれる相手ならね。まずは一回挑戦してみようか、最初は僕が盾を引き受けるよ」

「数減らす前だとハルの負担が大きいだろ、俺がやる」

「リュウちゃんのほうがスピードあるから攻撃役に向いてるでしょ。それに……ヤトの構えなら僕に一日の長があるよ」

 陽樹が巨大羽子板のままにしていた氷天を鮮やかなブルーの大きな番傘へとそのフォルムを一転させる。


 洋傘では石突きにあたる部分、番傘ではかっぱと呼ばれる先端部を斜め前方下に向けた状態で構えると、陽樹はろくろと呼ばれる部分に左手を添えて、ゆっくりと先端へ向かってなでるように白い竹の柄の上を動かしていき、傘を大きく開く。

 本来は、刀の鞘を刀身に沿って下へとすべらす動作だが、剣舞において傘を開く動作に取り入れられた仕草である。

 そうして先端近くまですべらせた左手を放すと、大きく下から振り回すようにして開いた傘の先端を前面に向けた状態で、右手を藤巻きの部分へ、左手は白竹の柄に添え、即席の盾として維持する。


 剣術ではなく剣舞として今日こんにちまで伝わった天久愛流は刀剣を模した棒だけでなく、舞を意識した和傘をも道具として取り入れていた。

 雨乞いの祈念としてのヤトの構えは傘のたぐいを扱うのに適した型とも言える。

 が、盾として使うとなると話は別だ。


「いや、たしかにハルのほうがヤトに関しては上だけど、あの集中砲火を防ぐとなると関係ないだろ」

「こういうのは早い者勝ちだよ」

 陽樹は龍星の言葉をよそに、軽く微笑んで答える。


 こうなったときの陽樹はよく言えばかたくなで、悪く言えば自分と同じ強情だというのが龍星には分かっていたので、

「分かった。それじゃあ最初は任せる。つらくなったら遠慮なく言ってくれよ」  

「OK。それじゃ、リュウちゃん行くよ」


 陽樹は手にした番傘を盾がわりにして、体の正面をカバーするようにして木立から出て、待ち構えている少女たちの前へと姿をさらす。

 当然というか、それを待っていたかのように少女たちが反応し、妖力の宿った糸玉を投げつけてきた。

 陽樹はそれらを番傘で受けながら、ゆっくりと前へ進み始める。

 龍星がハリセンに形を戻した炎天を手にそのあとへと続いた。


 次々と糸玉が傘へとぶつかる衝撃が柄を通して両腕に伝わってくるが、陽樹は歩みを止めずに前進を続ける。

 糸玉が命中することで傘の表面と竹でできた骨がきしむのを、細かい手さばきで上下左右へと散らして衝撃を巧みにやわらげる。

 普通の番傘なら妖力のこもった糸玉の衝撃に耐えきれず、破れ傘となるのが運命だが、神力を宿した氷天が変化した傘は従来のものとは違い、防御壁としての役割を見事に果たしていた。

 強固な『ケン』としなやかな『ケン』のような特性を持ち合わせた番傘は、陽樹のもとで見事に龍星をケン引していく。

 ゆっくりとそれこそ亀の歩みといえたが、番傘を盾にした状態でふたりはじわじわと前へと進んで、シズカの待つ本丸への距離を縮めていく。

 

 だが、網の上から前進するふたりを見ていたシズカには、この陣形の弱点がすぐに見て取れた。

「お生憎あいにくなことに、横ががらきでありんす」

 

 シズカの言葉を受けて、少女たちは五人ずつ左右二手に分かれて、龍星と陽樹を横から狙おうとする。

 そのタイミングを待ち構えていたかのように、龍星が陽樹の背後から一気に横へと飛び出すと、瞬く間に側面から攻撃を仕掛けようとした少女たちへ次々と一撃を見舞い、フクマを祓っていく。

 炎天で打たれた少女たちの妖着を熱のない炎が包み、燃やし尽くす。


 その一瞬の出来事に、逆サイドに回っていた少女たちが思わず攻撃の手を止めたのを見逃さず、陽樹も番傘を瞬時にハリセンへと戻して、彼女たちの妖着を祓う。

 氷天が触れたところから氷が張るようにして衣服全体を覆っていくと、それを追うように亀裂が走り、妖着はガラスが砕けるようにして弾け飛ぶ。

 龍星と陽樹のふたりならではの阿吽あうんの呼吸というべき動きだった。


 ふたりはすぐさま未散華から布を取り出して、少女たちの体にかぶせようとしたが、シズカはその猶予を与えてはくれなかった。

 シズカの両手の上で糸玉が生み出され、龍星と陽樹めがけて飛んでくる。

 ふたりはとっさにハリセンで打ち落とそうとしたが、蜘蛛の巣の上に立つシズカが舞い踊るようにすっと手を動かすと、糸玉は軌道を巧みに変えてハリセンによる迎撃をくぐり抜け、龍星と陽樹の体に強くぶつかる。

 さらに、シズカが拳を握り込むようにすると、糸玉はヨーヨーのように彼女の元へと戻っていく。

 彼女の手と糸玉の間には月明かりを受けて銀色に輝く細い糸が見えた。それを使ってシズカは糸玉を自由自在に操っているのだ。


「くそ、なんでもありだな」

「糸の玉を打ち落とすよりも、あの糸を狙ったほうがいいかもね」

「難易度あがってる気がするがやるしかないな」

 龍星と陽樹の意気込みをあざ笑うかのように、シズカが口元に妖しげな笑みを浮かべると、彼女の両手にある糸玉がそれぞれ四つに分裂し、その数を八つに増した。

「……本当になんでもありだな」

 

 シズカの両手から八つの糸玉が放たれる。

 大きさこそ四分の一と小さくなったものの、糸玉はより異常な硬さとなり、玉の速度も増していた。

 そして玉そのものを打ち返そうにも、操る糸を狙って落とそうにも、それらはシズカの指の動きひとつで軌道を絶妙に変えて一方的にふたりの体を打ち据える。

 弾雨だんうとでもいうべき度重なる糸玉の猛攻にたまらずに、ふたりはハリセンを番傘へと変えて防御を試みるが、その防御をあざ笑うようにかいくぐって打ち当たる糸玉にじりじりと後ろへと下がらされ、せっかく距離を稼いで近づいたというのに、またシズカが立つ蜘蛛の巣から大きく引き離されてしまった。

 さらに厄介なことに、これまでの地面へと打ち落とした数多くの糸玉がいつのまにかほどけて少女たちの体を覆っていき、フクマの宿る妖着として再生していく。


「また再生か……ったく、なんで異世界でもないのにチートが使えるんだよ」

「いや、チートって『ずる』とか『不正』って意味だから、別に異世界じゃなくても使えるよ」

「え、そうなのか? てっきり異世界でしか使えない特殊なスキルとか能力のことをチートっていうんだと思ってたんだが」

「違う違う」

「OK、また一つ賢くなったよ」


 新たな再生を経た少女たちの格好は、バレーボールやサッカーといった球技の選手のユニフォームへと変わっていた。

 その理由もすぐに理解できた。

 彼女たちの手や足下に生まれた妖気をはらんだ糸玉はこれまでのものより大きく、それこそ排球や蹴球で使うものと同じサイズになっていた。

手毬てまり蹴鞠けまり洒落しゃれこんで、唄でもひとつそらんじましょうか」

 シズカが楽しそうに、それこそ歌うように言葉を紡ぐ。


「お二方にも分かるように有名処で……」

 と、シズカが目を閉じて、そっと歌い出す。


「あんた方どこさ 肥後ひごさ 肥後どこさ――」

 伴奏はないが、ゆっくりと柔らかな声色がシズカの口から出て、夜の山中の静けさの中を流れていく。

 そして少女たちによる猛攻が始まった。


「熊本さ 熊本どこさ せんばさ――」 

 フクマ憑きによる少女たちによるスパイクやシュートが襲い来る。

 防御を試みようにも、上空からスパイク、地上からはシュートと二段構えの攻撃、しかもさきほどと同じように少女たちの手足にはシズカのり糸がからみつき、彼女たちの放つ攻撃に正確さとさらなる威力を加えていた。 


「せんば山には たぬきがおってさ それを猟師が 鉄砲で撃ってさ――」

 シズカと少女たちによる集中砲火にふたりの体勢が崩れかける。

 龍星と陽樹は身をよせあって、開いた番傘で上空と地上、二方面を守るように役割を分担して防御に徹する。

 が……、少女たちの放った糸玉が傘にぶつかる前にほどけ、赤い輝きを放つ糸と化すとふたりの構える傘へと何重にも巻き付き、それを強制的に閉じてしまう。

 もはや傘が盾の役を果たせなくなったところに、少女たちから放たれる糸玉が、上から下からと容赦なくがら空きになったふたりの体を打ち据える。

 

「煮てさ 焼いてさ 食ってさ それを木の葉で チョイッとかぶせ」

 唄が終わると同時に、とどめとばかりにシズカの袖から銀の糸が大量に飛び出し、石膏でつくったような巨大な拳状に固まって、龍星と陽樹の体を強烈な力で打った。

 豪快な音に伴う衝撃。

 これまでの糸玉をはるかに超える一撃に、少年ふたりの体は軽々と吹っ飛ばされ、数メートルに渡って宙を舞ったのち、地面へと叩きつけられる。

 それだけでは打撃の勢いは治まらず、龍星と陽樹の体は何度もバウンドするように地面を転がされていく。


 ようやくその移動が止まっても、ふたりは立ち上がることもできず、地べたで苦しげに大きく息を吐くしかなかった。

 打撃の勢いは、しびれるような感触となって体全体を走り抜け、鈍い衝撃は体の芯まで染み込むように伝わってくる。

 指先ひとつ動かすどころか、浅い呼吸ですら体力と気力を集中させなければままならず、体の節々が悲鳴を上げていた。


「……リュウちゃん、生きてる?」

 苦しげな呼吸とともに、陽樹が倒れたまま尋ね、

「……それが自分でも分からないんだ」

 やはり倒れ伏したままの龍星が答える。

「……哲学的って感じがするね」

「親父が持ってる小説のセリフで、一度言ってみたかった」

「こんな状況じゃなきゃ言えないセリフだとは思うけど、できれば避けたいシチュエーションだね……しかし今のは、なかなかに効いたね」

「かなりな……ただ、ここまでこてんぱんにされて、ひとつ分かったのは、師匠はいつも手加減してくれてたってコトだ」

「たしかに。で、ここでお師匠様を話題に出されたら、不肖の弟子としてはみっともなく地べたに寝転んではいられないってコトで立つしかなくなるわけだけど、リュウちゃんは立てる?」

「こっちはなんとかな。そっちは?」

「どうにかならいけそう」

 ふたりはひと一呼吸してから同時に起き上がった。

 体中から『これ以上は危険』とのシグナルが発せられていたが、意地だけがふたりの体を動かしていた。


「ったく、手毬唄の『あんたがたどこさ』でここまでズタボロにされると前代未聞というか、いやなエピソードになりそうだな。っていうか、せんば山ってどこのことだ?」

「熊本城のそばで島津に対抗するために大きく盛った土塁のことじゃなかったかな」

「熊本城か……なるほど難攻不落を気取るにはちょうどいいな」

 そんな軽口をきいている間にも、糸玉を手にした少女たちがゆっくりと近づいてくるのが見えた。


「ハリセンやラケット、番傘じゃ、あのサイズと数のボールを相手にするのはさすがにしんどそうだな」

「これまでと状況が違うもんね……ねえ、炎天と氷天って、もともとはヒメ様が使ってた七天罰って刀の一部なんだよね?」

「ちびヒメの話を聞いた感じだとそうみたいだな」

「この炎天と氷天が名前のとおりなら、炎の刀と氷の刀になるんじゃないのかな」

「たしかにそれくらいの力は持ってそうだな……使いこなせるかどうか分からないけど」

「どっちみちやられるならカッコイイほうがいい気がする」

「倒れるにしても前のめりに、だな。それじゃあ、火をまとった刀と冷気をまとった刀を想像すればいいのか」

「フレイムソードとフロストソードって感じで西洋剣のイメージもありかもね」

「まあどっちにしろ、天久愛流としてはやることは変わらないし、やってみなけりゃ分からなければ……」


「「やってみればいい」」

 ふたりは声をそろえて、自分と互いを鼓舞するように意気揚々いきようようと言った。


 龍星と陽樹のふたりが念じると、手にしていた番傘は刀剣の形を取り始めたが、彼らがそれぞれ思い浮かべた形と違い、炎天、氷天ともに反りのない両刃を持つ直刀へと姿を変え、その刃は絡みついていた妖気の糸を両断し消し去った。

 そして、炎天には炎を思わせる花の形をした赤い鍔が、氷天には氷をイメージさせる青い鍔が宿る。

「なんか思ったのと違うな」

「でも、こっちのほうがしっくりくるね」

 思い描いたものとは異なる形となったが、ふたりにはこれこそが正しい炎天と氷天の姿だと感覚で理解できた。


「火とか氷をまとってるイメージだったんだが、そううまくはいかないか」

「僕ら神様でも妖怪でもないからねえ」

「さらに半人前だしな。刀の姿になってくれただけでもマシってもんか」

「まあ、火とか氷がくっついてくれても使いこなせるか怪しいしね」

「たしかに。それじゃあやれるだけやってくか」

「だね」


 龍星と陽樹が大刀たちとなった炎天と氷天を手に前に進もうとしたとき、

「待て待て、お主ら。血気盛んなのは好ましいが、身の程はわきまえよ」

 との声が山林の中に響き、ふたりが声のするほうへと目をやると、白衣に萌黄色の袴という色違いの巫女装束に身を包んだモエギが山道をこちらへ颯爽さっそうと走ってくるのが見えた。

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