27、大苦戦

 一方、服だけでなくフクマ憑きとして再生された少女たちはそれまでの思い思いの格好ではなく、全員が野球やソフトボールの選手のようなおそろいのユニフォームに身を包んでいた。

 龍星と陽樹は彼女たちの唐突な衣装チェンジに面食らったが、次の瞬間にはその理由を完全に理解した。


 少女たちそれぞれの掌に白銀の糸と赤いもやのような妖力が集まっていき、直径七センチほどの野球ボールにも似た白い糸玉ができあがる。

 そして彼女たちはスローイングスタイルをとると、糸玉をふたりめがけて一斉に投げ始めた。

 一球投げると、すぐにその手に新たな糸玉が現れ、すかさず次の投球が始まる。 


「待て待て、飛び道具とか卑怯だろ」

「接近戦ならこっちが有利だから、それに付き合わずに遠距離から攻めてくるのは理にかなってるよ」

「感心してる場合じゃないだろ」


 剛速球や変化球、さらには制球力があるわけではない。

 しかし、フクマ憑きである少女たちは、まさに一糸乱れずとの言葉のように、全員が黙々と投球するだけの統率のとれた動きを繰り返す。

 一球だけならよけるなりハリセンで打ち落とすなりと対応できるが、さすがに10人が矢継ぎ早というレベルで投げてくると数が多すぎて対処しきれず、徐々に被弾が増え始める。


「痛っ、ただの丸まった糸玉にしては痛すぎだぞっ!?」

「糸玉というより固めた雪玉って感じだね。それだけ密度が詰まっているってことだろうけど。あと妖力も加わってるだろうからただの糸玉として考えるのはよくないかも」

「冷静な解説どうも」


 押し返すことがままならなくなったふたりはたまらず、二手に分かれて、手近な木の陰に身を隠す。

 それに伴い、少女たちの投球も止まった。

 しかし、龍星と陽樹が少しでも姿を見せれば、再び猛攻が始まるだろう。


 身を隠しながら、龍星は陽樹へ向かって、

「雪玉って単語でちょっと思ったことがあるんだが」

「なに?」

「こっちてさ、あんまり雪降らないだろ。だからさ、女の子と雪合戦でキャッキャウフフって感じで遊んだりするのを夢見てたりするわけで」

「……続けて」

「それで雪合戦が終わったあと、カマクラっていうんだっけ、雪のドームみたいなヤツの中でさ、火鉢の上に金網おいてそこで仲良くお餅並べて焼いたりして、膨らんだ餅同士がくっついてハートになるとかいうシチュエーションに憧れたりしないか?」

「……リュウちゃん、アタマ打った?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

「じゃあ、ひとつ言わせてもらうと、それは今する話じゃないよね。あと、リュウちゃんのその憧れてるシチュエーションって半世紀前くらいのビジョンだと思う」

「ふたつ言ってるぞ。しかし半世紀前ってそれほど古くさい考えか、これ? こういうのって不変だと思うんだが」

「いやあ、百人にアンケートとったら90人以上は昭和ロマン、五人くらいは旧石器時代って答えると思う」

「昭和はともかく旧石器時代は言い過ぎだろ、それに温故知新おんこちしんって言葉もあるわけじゃん。古くさいと思える考えが案外新鮮に感じるかもしれないだろ」

「ソラちゃんがここにいたら『孔子に謝って』って言われてると思うよ」

「かもな……よし、おふざけタイムはこれくらいにして、対策を考えようか」

「今の状況だとさすがにハリセンじゃツライよね」

「だな。そうだ、雪合戦で思いついたんだけど、投げ返すってのはどうだろう?」

「そっちを先に思いついてよ!」

 思わず陽樹が身を乗り出してツッコむと、すかさず糸玉が飛んでくる。

 陽樹は慌てて身を隠した。


「あっぶな!」

 すんでのところで躱すことに成功した陽樹に、龍星は「すまん……」と詫びると、

「それで続きなんだが投げ返すというか、打ち返したり、打ち落としながら前に進むのはアリじゃないか?」

「昭和ロマンよりは有効だと思うよ。そういうことなら、炎天と氷天をなにか玉を打ち返せるような道具に変えるのはどうかな」

「それ、採用」

 さっそく龍星は炎天へと念じて、その姿をハリセンから野球のバットへと変化させる。


 陽樹のほうを見ると、彼は氷天をテニスのラケットへと変化させていた。

「ラケット?」

「打ち返すのならこっちのほうが捉える面が大きいから」

「そっか。あっちが野球のユニフォームみたいなのを着てるからってわざわざ付き合う必要はないのか。そういうことなら俺もそっちを真似るか」

 龍星はすぐさま陽樹を真似て、炎天をバットからテニスのラケットへと変化させる。

「異種格闘ならぬ異種球技だね」

「野球のルールもテニスのルールも関係ないけどな」

「ルール無用とはいえ、シュールだね。この格好だと」

「それは考えないことにしようぜ。じゃ、1,2の3でいくか」

 

 龍星と陽樹はタイミングを合わせると、ラケットを手に木の陰から飛び出す。

 それを待っていたかのように、フクマ憑きの即席ピッチャーたちによる投球が再開される。

 ふたりは次々と投げつけられる糸玉を打ち返し、打ち落としていく。

 正確に打ち返す必要はなく、ただただ飛んできた球を打ち返し、叩き落とすという動きを繰り返しながら一歩一歩着実に前へと進んでいく。

「なかなかおやりになりんすね。しからば……」

 シズカの袖から糸が次々と紡ぎ出され、少女たちの手足に絡みついた。

 そしてシズカが弦楽器でも演奏するかのように、袖から伸びる糸を指で弾き始める。

 

 すると、精巧な動きをするマリオネットのように少女たちのボールコントロールが一気に上昇し、それに伴い、飛んでくる玉を打ち返すのも打ち落とすのも難しくなり、龍星と陽樹の被弾数が増していく。

「イテテテ……さすがにラケットじゃつらくなってきたぞ、なにか案は?」

「もっと打ち返す面積が大きくて、とっさに身を守れるもの……羽根突きの羽子板って言って分かる?」

「お正月のヤツだろ、それなら分かる」

「それの巨大版、1メートルくらいのヤツならいけるんじゃないかな」

「了解」

 ふたりの手の中のラケットが1メートル近い大きさの無地の羽子板へと姿を変える。

「さっきのラケットよりは似合った格好になったな」

「それでもシュールな光景だけどね」

「勝てば官軍だぜ。さて、これで……」

 どうにかなると思ったものの、そう上手くはいかなかった。


 たしかに打ち返すための面積は大きくなったが、いざ機敏に振り回せるかといえばそうではなく、かえって取り回しが利かなくなり、ひっきりなしに飛んでくる糸玉を打ち返すのがどんどん困難になっていく。

 徐々に羽子板を振る余裕すらなくなり、ただ大きな板を縦にして盾にするしかなくなった。

 板に身を隠すようにしていても容赦なく浴びせられる糸玉の攻勢にだんだんと後ろに下がらされていく。

 もはや一進一退と言うよりはただただ押され気味で、止むことの無い攻撃に対してフクマを祓うことはおろか進むことすらままならない。

 ふたりはこらえきれずに手近な木の陰に避難する。


「くそ、思ってたよりもつらいな」

「ふりだしに戻っちゃったね、足止めにはなってるだろうけど」

「足止めできてるとしても、肝心のちびヒメが来ないとどうにもならないだろ、これ。というか、ちびヒメが来てもどうにかなるものか?」

「過去に一度はヒメ様が退治してるわけだからどうにかはなるんじゃないかな」

「でもちびヒメは昔ほどの力はないって言ってたろう? そうじゃなければ俺らについてきてるわけだし」

「そう言われてみると……だけどヒメ様でもどうにもならないとしたら、結局僕らには手の打ちようがないよね。やれることがあるとしたら、相手のMP削って弱らせるくらい?」

「問題はそこなんだよなあ。弱らせるにしても相手のMPっていうか妖力が削れてるかどうか分からんし」

「数値で目に見えるわけじゃないからねえ」

「とはいえ、このままじゃ進展もなにもないし、多少の痛みは覚悟のうえで強行突破して、クモの巫女さんのMPはともかくとしてフクマ憑きの女の子はひとりでも減らしておくべきだと思うんだが」

「その意見には賛成するけど、強行突破するにしても作戦は必要だよ」

「だな」


 ふたりは強行突破に起死回生を賭けて作戦を練り始めた。

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