24、一本勝負

 作戦が不発に終わったことを悟った龍星は、肩をすくめながらため息をつくと、

「やれやれ、この戦法は失敗か……なら真っ向勝負といくか」

 と、陽樹のほうへと顔を向け、

「ハル、ちびヒメはこの武器はイメージで変えることができるって言ってたよな」

「あ、うん」

「そういうことなら試してみるか……」

 と、龍星が念じると、その手の中でハリセンは鍔のない白木の木刀へと瞬時に姿を変える。

「ほう、たしかに変わるんだな」

「リュウセイ! 相手は女の子だよっ!」

 龍星が手にした武器に、陽樹の顔色が変わる。彼を呼ぶ呼び方もいつものおどけた感じの呼び方から、親友をいましめるときにしか使わない『リュウセイ』へと変わっていた。

「分かってる。だけど今の状態だと、彼女とはこれでやっと対等なんだよ。見てて分かるだろ? このハリセン、フクマにはめっぽう強いが、生身相手じゃ役不足だ」

「それ誤用」

「……力不足だ」

 龍星は言い直すと、琥珀へと真剣な眼差しを向け、

「それに、これは彼女相手にふざけた態度は取らずに勝負をする、という俺なりの誠意だ」

「いいね、そうこなくっちゃ」

 琥珀が笑う。

 害意や殺気というものは消えていたが、代わりにこれまで以上に並々ならぬ闘志を体全体から立ち上らせていた。


「さてどうせなら、ここからは試合形式でやろうか。一本勝負ということで」

 龍星の提案に、

「うちは一撃でも服に当てられたら負けってことになるんだっけ?」

「ああ。まあこれだと今までのハリセンとは違って、そっちの手足に当たったらダメージになるかもしれないけど……って、これだといささかこっちが有利になりすぎるか」

「いや、いいよ。それで。そっちもハリセンじゃやりづらそうだったし」

「それともうひとつ注文があるんだけど」

「言ってみて」

「さっきまでのハリセンとは勝手が違うというか、感覚が違うんで、少し素振りをさせてくれ」

「いいよ。フフッ、なんだかうれしいな。やっと本気になってくれたってコトだよね?」

「いや……これまでもけっこう本気だったんだけどな」

 

 琥珀の許可を得た龍星は未散花から手ぬぐいを取り出して、左手に何重にも巻きつけると、木刀を逆手につかみ、それを腰の脇で支えるようにしたのち、右手で木刀のつかを握り、筒のように握った左手の中で木刀を何度かスライドさせるように動かす。


 その一連の動作を見ていた琥珀は、

「それは居合抜きってヤツかな? さっきやりあってるん最中にも一瞬だけその技を見せたよね、それがキミの得意技ってことでいいんかな?」

 と問いかける。

「ん? まあそんなトコかな。居合いかと言われると似て非なるもんだけど」

 と答えながら、龍星は滑らせるようにしていた木刀を素早い動きでさっと振り抜く。

 三日月を思わせる一瞬の軌跡が宙に浮かんだ。

「ハァ……師匠の見様見真似だけど全然遅いな」

 そのぼやきにも似たつぶやきは琥珀の耳にも届いていたが、彼女はそれをうのみにはしない。

 するはずもなかった。


 琥珀は目の前で素振りを繰り返す名も知らぬ男子をしっかりと見据える。

 どのくらいの強さなのかは計り知れないが、弱さはまったく感じない。

 表面上の態度こそ、のらりくらりととぼけたかんじだが、それも一種のポーズでしかないのはこれまでの手合わせだけでも十分実感していた。

 少なくとも手を抜いたままで勝てるといった相手ではないことは確かだ。

 そうと思える要因はいくつかある。


 ひとつ、探りを入れるための三段コンビネーションへの対応

 ひとつ、回し蹴りに反応して得物を当ててきた。あれがハリセンでなく今のような      

     木刀だったらと思うとぞっとする

 ひとつ、そのあとのほぼ奇襲に近い二段目の回し蹴りを防いだ

 ひとつ、こちらの攻撃をことごとくしのいでみせた

 ひとつ、大ぶりのように見えて細かく軌道を変える太刀筋

 ひとつ、こちらを挑発して一撃を誘おうとする狡猾さ

 ひとつ、捨て身でカウンターを取ろうとする思い切りの良さ


 そしてここまで分析できても、まだ向こうは十分に攻め手を見せていない。そう、手の内をほとんど明かしていないのだ。

 ただ一撃を服に当てられたら負け、ということだけは本当だと分かる。

 それ以外どこまでが本当でどこまでがブラフなのか、彼の態度からはまったく読み取れない。

 今見せている居合のような動きも本当に使うかどうかは分からない。

 ここからどう攻めるか、どう守るか。こちらの動きにあちらはどう動くか、向こうの動きにこちらはどう動くか。

 ほぼ刹那とでもいうべき短時間に、いろいろな考えが脳内をぐるぐると駆け巡り、背筋はぞくぞくとしてくる。


(ああ、ヤバい。考えるんことが多すぎて……楽しいっ!!)

 自然に口元がゆるんでくるのが自分でも分かる。

 琥珀は勝ち負けなんかよりも、この時間がずっと続いて欲しいと思った。

 道場の仲間からは『女の子らしくない』、『可愛げがない』、『変わっている』とか言われるかもしれないが、誰が何と言おうと今この瞬間は最高に楽しい。

 欲を言えば、目の前で相対する彼も同じ気持ちであってほしいと思う。

(あの神社、思ったん以上にご利益あるじゃん。来てよかった)


 楽しそうな気持ちをまったく隠す様子のない琥珀を横目に見て、

(うれしそうにしちゃってまあ……)

 龍星はさりげなく素振りを続けながら、自分も心のどこかで今のこの時間を楽しんでいるのを感じていた。

 琥珀の考えと同じかどうかまでは分からないが、これまでに教え込まれていた天久愛流の考えや動きが活かせているのはもちろんのこと、剣舞を習うにあたって師匠が施してくれた工夫のひとつであるチャンバラめいた稽古で(どうやって師匠に勝つか)と考えてるときと似て、勝利への算段をあれこれと考えることが彼をわくわくさせていた。


 しかしながら問題なのは、師匠との稽古ならば再戦というカタチでリベンジがきくが、今回の琥珀との試合形式のバトルは一回きり。

 それゆえに確実に勝利をつかむための手を色々と考えなければならない。

 脳内でさまざまな試行錯誤を行い、必勝への道筋を見いださなければ、とあれこれ考えているうちに、振り抜いた木刀が自然とハレの型の軌跡を描いていた。

(あ……)

 それに気づいた瞬間、一筋の光明が見えてきたが、ぶっつけ本番というかたちで成功するかどうかはイチかバチか。

 だが、試してみない手はない。

「よし、こっちの準備はOKだ」

 龍星が告げると、両者はお互い離れた位置に立って姿勢を正し、一度だけ静かに礼をした。

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