21、ホワイトタイガー

 ここまでふたりの立ち合いを傍らで見ていた陽樹は、

「……思いだしたっ! その子は、西方館せいほうかん武道道場の桧之木ひのき琥珀こはくさんだっ!!」

 と叫んだ。

「いや、名前を言われても分からん」

 視線は目の前の少女から反らさずに龍星が応じる。

「西方館のホワイトタイガー、猛虎にして白虎びゃっこ、あとキング・タイガーやらロイヤル・タイガー、ケーニッヒス・ティーガーとかの別名を持つ女子武術界のホープだってローカル番組で取り上げられるくらいの子だよ」

「いやいや、そんなふうに大々的に紹介されるとなんか照れちゃいますなあ」

 琥珀と呼ばれた少女がおどけた感じで言う。


 そんな彼女から目を離すことなく、

「ちょっと待て、ちょっと待て。後半の横文字っぽいのはたしか全部戦車の呼び名じゃなかったか? それも全部似たような意味の」

 龍星はわいてきた疑問を陽樹にぶつける。

「前に出る勢いと打撃の威力が半端じゃないのに加えて、得意の突きを繰り出したときの腕の形を戦車の砲塔に見立てて、名前に使われてる漢字の王と虎を使ってそういうあだ名がついたんだよ。あとホワイトタイガーとか白虎ってのは同じように名前に虎と白が入っているからだっていうのが番組で解説されてた」

 との陽樹の問いに「なるほど」と返して、

(たしかに、あの機動性と蹴りの威力は戦車級だな……まあ戦車はあんなふうに飛び跳ねたりはしないだろうけど。しかし虎だからタイガー戦車か……あ、だから虎縞模様のチャイナで、丸いあの耳は猫じゃなくて虎の耳、トラミミか……)

 などと思いつつ、天久愛流の中でも防御向きであるヤトの型の始点となる下段の構えをとってそれを崩さぬまま、

「しかし……女の子にキングってあだ名はちょっと違うだろ。というか、さっきのは全部女の子につけるようなあだ名じゃない」

 と、琥珀を見据えたまま呟く。


「キミ、お人よしというか変わってるね」

 変わったものを見るような表情で、彼女が龍星のことを見つめた。

「気配りするのは女の子が相手のときだけだ……だけど、俺は虎の子どもを猫と間違えるようなマヌケじゃない」

 と言った途端、龍星はバツが悪そうな表情を浮かべ、

「ああ……すまない! い、今のは言葉のあやというか」

 あわてて彼女に陳謝する。

「あはは、いいね。キミ、おもしろいよ。あんなあだ名なんて、どうせテレビ受けを狙っただけのもんだしね」

 琥珀は気にせぬ様子で、

「さてと仕切り直しての第二ラウンドといきますか」

 手を組んで腕を上に挙げ、軽く伸びをするようにして体を左右に揺らす。


 龍星は悠揚とした態度の琥珀を油断なく見据えながら、

「ハル、この子の使う西方館の武術ってのはどんなのか分かるか?」

 陽樹へと問う。

「一種の護身術で基本的ベースは空手のはず」

「中国拳法じゃないのか」

 意外に思った龍星はそのまま口に出す。

「まあたしかに、今のうちがしてる恰好はチャイナドレスにカンフーシューズだけどね。そこのメガネくんが言ったとおり、西方館の基本ってのは空手っていうか、いろんな武術のいいとこどりを狙った護身術なんよ。当然、武器をもった相手との組手も経験済み。まあ道場では武器を持った相手とはできるかぎり争うなって言われてるんけど」

 と補足するように言う琥珀に、

「そこまでしゃべってもいいのかな」

「いいと思うよ。こういうおしゃべりは嫌いじゃないしね。で、そちらさんの流派は?」

「天久愛流。君に取り憑いているような妖怪を退治するための剣術だ」

「うわ、そういうのってホントにあるんだ」

 戦いだけでなく他愛ない会話ですら心の底から楽しんでいる様子を崩さずに、琥珀が構えた。


 対する龍星はというと、琥珀と会話をしているあいだ、彼女だけでなく周囲の状況をつぶさに観察し、頭の中でそれを整理していた。

 天久愛流剣術の要素であり、また大切なことのひとつは『ケン』。何度も反芻はんすうさせられた師匠からの教えだ。

 相手の出方、空気の動き、周囲の地形。ありとあらゆる情報を目で仕入れる。

 本来は剣舞においての相方との間合いや安全をはかるためのもので、ここまでのフクマとの戦いにも応用としておこなってきた動作だが、琥珀のように『腕に覚えあり』な相手が敵方にまわっているとなるとより慎重に、より正確に状況を把握しなければならない。


(……しっかし、けしからんたけの裾だな)

 知らず知らずのうちに、目線が琥珀のミニチャイナから伸びる健康的な太ももへと向かっていた。

(いかん、いかん。ここは集中しないと)

 煩悩を追い払うようにして軽く頭を振り、彼我ひがの位置取りを把握する。

 周囲に注意を払い、石、土、木々といった足捌あしさばきを妨げるものや段差が無いか、目で見える情報はすべて頭に叩き込み、自分が動ける空間を認識する。


 結界として透明な壁があちらこちらにあるとすれば、こちらの動きが制限されてしまうが、好都合なことに鬼火が目印代わりになっていた。

 鬼火の下は見えない壁ということはおのずと動けるフィールドは決まってくる。

 まあ鬼火がダミーだったり、気ままに動いて配置換えをしたりする可能性もあるが、そこは考えてもきりがない。

 万が一、そういうことがあるとしても陽樹が警告してくれるだろう。


 こうして次の要素である『ケン』と『ケン』を構築していく。要するに相手との間合い、こちらや向こうの手の届く範囲を測り、優位性を見いだすのだ。

 相手の攻撃のリーチを目算し、動きをシミュレートする。相手の速さと打撃の威力はある程度は分かっている。問題なのは、自分の剣法が相手に通じるかだ。

 ここまでは順調に進んできたものの、実際のところ、剣術として習っているものの道を究めているわけでもなく、他流試合などというものも経験したことなく、他流派の武人との手合わせは今日が初めてといっていい。


 だがここまでの流れで『間』と『圏』はどうにかなりそうだと考えたとき、

(言葉遊びとかダジャレに関しては、ちびヒメのことをどうこう言えないか)

 と思わず小さく苦笑する。

 そのことで自然と体から力みが消えた。


 余計な力が消えたことで、天久愛流の要素でもある『ケン』と『ケン』を活かした自然体へと移行する。普段は意図してもなかなか到達できなかった身構え・心構えができたことに龍星の心が躍った。


(この感覚……師匠とか達人ってのはいつもこれを維持できるのか。やっぱり師匠はすごいな……ってそんなことを考えていてもしかたない。今は目の前の相手に集中して、できる限りのことをするだけだ)

 土壇場ともいえるタイミングで会得した感覚を維持することに尽力する。

 ここまでの『ケン』の考えは実際は『武』ではなく『舞』のためのものではあるが、これも『ケン』というくくりでとらえることもできる。

 それは積み重ねてきた『ケン』として活きてくる。いや活かさねばならない。

 

 次々と湧き出る言葉と思考の海に沈みかけていく龍星の意識を引き上げるように、

「そんじゃあ、第二ラウンド始めよっか」

 琥珀が陽気な声で宣言した。

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