20、虎の衣を着る少女

「え? 会話できるってことは……」

「ちょっとマズイかもね」

「あれ? うち、なんかおかしなことしたん?」

 ふたりのリアクションが予想外といった感じで、少女が問う。

「いや、すまない。こっちの話だ」

 と彼女に答えながら、龍星と陽樹はモエギが出がけにした会話を思いだしていた。



「――フクマに取り憑かれたものは大きく分けて三つのタイプがある。ひとつはただ服に取り憑いたフクマに操られるタイプで、さきほどお主らが打ち据えた巫女ふたりが該当する。便宜上、このフクマ憑きを寄生型と呼ぶがこれはさしたる脅威ではない」


「気をつけるべきは残りのふたつ。フクマと共鳴しておのれの願望、欲望を満たそうとするもの、フクマと共生関係を築く共生型。これはその娘の持つ能力がフクマによって増幅された形になるのでやや手強いかもしれん」


「そしてもっとも脅威となるのがフクマの力を取り込み、自身の力へと変えてしまう支配型。寄生型と共生型はお主らでもあしらうことができるじゃろうが、フクマを支配して自分の意のままに行使できる支配型は現時点のお主らの実力ではあやうい」


「でも、共生や支配してる本人の意思があるならの、うまくいけば味方にできるんじゃ?」

 陽樹の考えに、

「どうであろうな。フクマが取り憑いた時点で、その者の想いはゆがめられたものになるからのう」

「そう都合よくはいかないか」

「おそらく今の時点ではお主らの前にもっとも多く立ち塞がるのは寄生型じゃろうが、共生型・支配型が現れたのなら決して油断はするな」

「そのタイプを見分ける方法ってのはあるのか?」

「寄生型を見分けるのは簡単じゃ。本人の意思がないゆえ会話や意思疎通ができん」

「つまり話ができる相手がでてきたら要注意ってことだね」

「うむ。おそらくそういう相手が現れてもたいていは共生型じゃろうから、お主らなら問題なく対処できると思う。支配型についてじゃが、フクマを支配するほどの力を持つのは妖怪もしくは人間の強力な術者となるので、さきも言ったように今のお主らでは歯が立つまいて」

「妖怪ってことは、三人の巫女さんはフクマを支配できるタイプなわけか」

「そうじゃ。それゆえ、わしの神使のいずれかに遭遇して戦うはめになっても勝とうなどとゆめゆめ思うな――」



「さて、この子は共生型、支配型、どっちだろう?」

「分からん。本人に聞いてみるか」

「答えてくれるかな」

「やってみないとなんとも言えん。ものは試しだ」

 有言実行とばかりに、龍星は少女に声を掛けた。

「ひとつ聞いておきたいけど……」

 と話しかけておいて、

「……この場合、なにを聞けばいいんだ?」

 途中で陽樹のほうへ疑問を投げかける。

「いや、そこで僕に振るの?」

 ふたりがなにを質問すべきか当惑していると、

「えっと……神社の人ってことは追っ手だと考えていいんだよね?」

 ふたりの格好を見て、神社の関係者と判断したのか、少女のほうから尋ねてくる。

 

 彼女の質問に、ふたりの顔色が変わる。

「そういう認識をしてるってことは……」

「こっちの目的も分かってるってことだね」

「えーと、うちやあのキレイなお姉さんとかに力を貸してくれるフクマってのを追っかけてきたんでしょ」

「力を貸してもらってるっていう感覚なのか」

「……いや、力を借りてるんというか、貸してるんというか。なんというかお互いがお互いを高め合ってる……ギブアンドテイクみたいな感じかな。そういうワケなんで、今うちに憑いてるフクマをどうにかされるのはちょっと困るんよね。いろんな人と手合わせというか腕試しをしたいっていう、うちの願い事をかなえるんに都合がいいわけだし」


 少女を共生タイプとみた龍星は、

「そのフクマがヒトの生命力を奪う妖怪だとしても?」

 彼女に話が通じることを願って問いかける。

 しかし、返ってきた答えは、

「うーん、奪われるんはうちのじゃないし、むしろ他人の元気をもらって自分の力に変えられるって、そんなに悪いコトには思えないんだよね。それに腕試しをする相手を戦わずに選別できるし。フクマさまさまだよね。そりゃあ元気を奪われちゃう人にはコクな話かもしれないけど、そこはほら、弱肉強食ってヤツ?」

 彼女の悪びれる様子もない明るい語り口に、境内で倒れていた人たちの姿が脳裏に浮かんだふたりは気色ばむ。

「フクマが女の子の願望をゆがめるってのはこういうことか」

「言葉は通じるのに話が通じないのは厄介だね」


「さてさて、おふたりさんが追っ手だとして、ここにたどり着くまでにも結構な数の女の子が邪魔してきたと思うんけど」

 あっけらかんとした口調のまま、少女が続ける。

「君が言うところの結構な数の女の子たちなら倒してきた」

「本当に? 三十人くらいはいたはずだけど?」

「たしかにそれくらいはいたな」

「いたね」

「ふむふむ。本当に倒してここまで来たとなると、相手にとって不足なしって考えてもいいのかな。で、さっきの質問の続きだけどまたふたりがかりで来る? こっちは別に2対1でもかまわないけど」

 余裕綽々よゆうしゃくしゃくといった感じでが少女が告げる。


「よくよく考えたら、2対1はフェアじゃない。ここは俺が引き受ける」

 ハリセンを突きつけるように向けて、はっきりと答えた龍星に対し、少女はヒュゥと軽く口笛を鳴らす。

「意外とカッコつけるね、キミ。でも、その余裕がどこまで持つかな?」

 龍星はそれには答えず、一歩前へと出るとハリセンを両手で構える。


「リュウちゃん、本当にひとりでやる気? その……頭に血がのぼってない?」

「大丈夫だ。思ったよりは冷静だよ。さっきのジャンプ力や瞬発力を見るにやりあうにも体力勝負になりそうだし、そうなると俺が出張でばったほうが、相手の手の内を引き出すのにも都合いいだろ。で、俺が粘ってるあいだになんかよさげな戦法思いついてくれ」

「OK。でも気をつけてね、さっきの動きといい、もともと高い彼女の能力にフクマのブーストがかかってるのは間違いないからね」

「ああ。分かってる。しんがりを任されてたうえに自信満々にひとりで立ちふさがる、ってことは腕に覚えありってコトだろうしな」

「なんとかあの子が誰だか思い出せれば、戦法を練ることもできそうだけど」

「こっちが手合わせしてるうちに思い出せるようにがんばってくれ」


 龍星は少女を見据え、頭の中では目の前に立つ徒手空拳としゅくうけんの少女がどのような戦い方をするのか、それに対してどう動くかを必死に考えだす。

(カンフーシューズにチャイナドレス、中国拳法か……? そんなの映画の中でしか知らないぞ。今の俺で対応できるのか?)

 その手足のひとつひとつが刀剣と思って、道場での稽古を思いだしながら、チャンスを見てハリセンを当てるしかない。

 とはいえ、他流派との手合わせの経験がない龍星と陽樹のふたりが、ここまでの道中で行き詰まることなく来られたのは、武術を使う相手がいなかったことと、そもそも共生しているタイプのフクマ憑きがいなかったことが大きい。

 だからこそ、両方を満たしている彼女相手には、これまで以上に漠然としたイメージでの対応しかできない。

(こいつをピンチととらえるか、それとも前哨戦ととらえるか。どっちにしろ難しいところだ……気合い入れてかからないとな)


 龍星がじりじりと前へと進んでいくと、少女のほうは悠々とした足取りで前へと進む。

 両者の間はゆるやかながら徐々に狭まっていき、五メートルほどになったところで、ふたりとも歩みを止めて対峙した。


得物えものを持っている相手とやるんは道場以外じゃあまりないシチュエーションだから燃えてくるね。ハリセンってのがちょっと冴えないけど」

 少女は、この状況をいかにも楽しんでいるといった感じで、笑みを浮かべる。

 だがその笑みも、彼女が構えると同時に消えた。

「行くよ」

 言い終えるや否や、少女はさきほどと同様の瞬発力で跳ぶように前へと出た。


 龍星が想定していた速度よりも明らかに速い。

 冴えないハリセンとはいえ、武器を手にする龍星のふところにためらいもなく潜り込む勢いで一気に距離を詰め、まずはけん制するかのように下段の蹴りを繰り出す。

 鋭い一撃だったが、龍星は一歩体を退くようにしてかわす。

 しかし標的を外した彼女の足は宙で蛇の鎌首のように動いて中段蹴りへとシフトする。

 突き刺すようなその蹴りを半身ずらしてよけると同時に、龍星は次の攻撃がどこに来るのかを予測し始める。


(上か下か? それともまた中段か?)

 龍星の判断は上。そしてそれに合わせてのカウンターを脳内で構築する。

 間髪を入れずに予想どおりの軌道でハイキックが来た。

 龍星はすかさず脳内でイメージしていたカウンター攻撃として、ハリセンですくい上げるようにして彼女の蹴りへと打ち当てる。

 例によって快打というべき音が轟いた。


 しかし蹴りの勢いはおとろえることなく、龍星の顔面へと迫る。

(マジか!? これは予想外だな……いやハリセンじゃ当たり前か)

 一撃を受けても止まることのないキックをよけるため、龍星は少女との立ち位置を入れ替えるように素早く移動して、三段蹴りを出し切った彼女へハリセンを打ち込もうとする。

 しかし、それを許さないかのように軸足をスイッチした少女の回し蹴りが追撃してきた。


 龍星はその蹴りをどうにか紙一重でかわし、

(服に叩き込まないと効果なし、とかある意味きついハンデだな)

 少女が着るチャイナドレスへとハリセンを当てるための算段を始めた矢先、龍星の脳裏に唐突に浮かんで来たのは今の回し蹴りに垣間かいま見た違和感だった。

 それがなにかと思い当たるのと同時に、反射的に防御の構えを取るべく体が動いていた。

 その一瞬のあと、少女の空振りした足とは反対側、先ほどまでは軸足だったはずの足による背面回し蹴りが龍星の頭部を襲う。


 違和感の正体は最初の回し蹴りのときに彼女の体が若干じゃっかん浮いて見えたことだった。

 横から迫る蹴りから頭を守ろうと、龍星は咄嗟とっさに立てたハリセンへ右のてのひらを添えて彼女のかかとを受け止める。 

 瞬時の判断、かろうじての防御としては完ぺきだった。

 鈍い打撃音が響き、ひたすらに重い衝撃が走る。

 その蹴りの威力を軽減するために、龍星はわざと自分から弾かれるように跳んだ。

 そして地面を転がるようにして、少女から距離を取る。


「……今の超反応は自分をほめてやりたいね」

 焦りを隠すように、龍星は余裕を装ってつぶやきながら立ち上り、体勢を立て直した。

 右の掌が熱を帯びたかのように熱く、じんじんと痛む。

 それだけでなく、蹴りの衝撃は掌だけでは受け止められず、弾かれた右手の甲がわずかながらも彼のこめかみに打撃を与えていた。

 だが、あの蹴りをまともに食らっていたら、神力によって守られていたとしても深刻なダメージを受けていたに違いない。

 速さも重さも、龍星の想像以上だった。防御できたのはある意味奇跡に近い。


 少女のほうは蹴りを出し切ったのち、しなやかな着地を見せて龍星へと向き直っていた。

「たしかにいい反応だね。それは誇ってもいいと思うよ。軟弱そうに見えたんけど、なかなかどうして、それなりにはできるようだし。あーぁ、最初の三段はともかく、空中二段回し蹴りで落とす自信はあったんだけどなあ」

 微笑みながら言った少女の唇から白い輝きと鋭さを増した糸切り歯がのぞく。

「だからこそ、あるんよね。やりがいってヤツがっ!」

 微笑みが一転、熱狂と気迫に満ちた笑顔へと変わる。

 それは屈託くったくのない無邪気さゆえに、空恐ろしいものを感じさせる表情だった。

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