19、百鬼夜行 ~ 中ボス現る

 龍星と陽樹は林の中へと足を踏み入れ、月明かりがほのかに照らす中、モエギが使役する光る蝶の先導を受けて夜の山道を進んでいく。

 林の中は思っていたより木々がひしめくといった感じではなく、むしろ木々がふたりに道をゆずるように進路をつくっているふうに感じられた。

 また境内のときとは違い、周囲に妖気が漂っている気配は薄い。

 とはいえ、林の中では獣や鳥はおろか虫の声すらせず、わずかに聞こえるのは風に揺れる葉が起こすざわめきのみ。


 どこか物寂しい林の中、蝶はかすように先を進んでいるが、夜であることに加えて、山道を奇襲に警戒しながらの進行であるため、少年ふたりに至っては思うように速度を出せずにいた。

 さいわいなのは追跡している対象が思いのほかゆっくりとしたスピードであることで、今のペースならふもとにたどり着くまでには追いつくことができそうだった。


「思ったよりもずいぶんとゆっくりだな」

「こっちを誘い込んでるとか?」

「それか、歯牙しがにもかけてないってヤツかな」

「フクマも復活したばかりでまだ本調子じゃないとか」

「そうだったらありがたいんだが」


 鬼火を伴う集団とそれを追うふたりのへだたりは徐々にせばまっていく。

 距離が近づくにつれて、先を行く一行のおおまかな全容が見えてきた。

 先ほどから見えていた青白い炎がほたるを思わせるように舞い、その照らす下を十数ほどの人影が木々もまばらな広々とした空間をゆっくりと進んでいくのが見て取れる。

 色とりどりの衣装に身を包んだ少女たちの中に、ひときわきらびやかに着飾った遊女ゆうじょのような姿が見受けられた。

 その姿に、ふたりはこれまでとは比べものにならない強さの妖気を感じ取る。


 モエギによれば――蜘蛛の妖怪であるシズカは遊女の姿をとって人里へ現れ、さまざまな村里で腕利きの織り手に裁縫勝負を挑み、負かした娘たちを自らの隠れ家へ連れ去り、着飾らせて身の回りに侍らせたという。

 他愛もない行いのようにも聞こえるが、村里からすれば稼ぎ頭ともいえる織り手たちをさらわれるのだから当時の人々にすればたまったものではなかっただろう。

 説明どおりなら、遊女めいた姿の女性が蜘蛛の妖怪シズカ、龍星と陽樹のふたりをそそのかした巫女のうちのひとりで間違いない。 


「こうして見ると花魁道中おいらんどうちゅうみたいだな。時代劇でしか見たことないけど」

 龍星が率直な感想をもらす。

「なんであんなふうなんだろう?」

「クモはクモでもジョロウグモの化身だからとか?」

「なるほどね」


 遠目に見えている遊女と少女たちによる集団は夜の山林にあって幻想的な雰囲気を放っていた。

 ただ幻想的ではあるが、その反面、不気味でもあった。

 お囃子はやしもかけ声もなく淡々と進んでいくそれは花魁道中というよりは百鬼夜行ひゃっきやこうのたぐいといっても過言ではなかった。

 そんな百鬼夜行を思わせる行列の最後尾を飛んでいた鬼火が青から赤へと色を変え、数回明滅すると、同じように最後尾にいた少女のそばに近寄り、二、三度揺らめく。

 それに対して少女は一度だけうなずくと足を止め、こちらと振り返った。

 その行為と同調するかのように、行列とともにいた鬼火がすべてその色を赤へと変える。


「気づかれたか」

「みたいだね」

 ふたりがやや速度を速めながらさらに近づいていくと、最後尾だった少女だけをひとり残して、行列はこれまでと同じように変わらぬ速度で先へと進んでいく。

 龍星と陽樹は、行く手をはばむようにして立ちふさがる彼女の容姿が分かるくらいの距離でいったん足を止めた。


 ついさっきまでしんがりを務めていた少女は、純白の地に黒の虎縞とらじまが入ったノースリーブのミニチャイナを着込み、黒色に白い点が散らばったふさふさとした感じで丸みをおびた猫耳っぽいカチューシャと、同じようにふさふさで白黒縞模様の細いシッポをつけた格好をしていた。

 黒い髪を八分音符を思わせる高い位置でのポニーテールにして、ボディラインがよく分かるミニチャイナから伸びた四肢は体同様にひきしまっており、裾からすらりと伸びた素足の先には黒のカンフーシューズを履いていた。

 血色はいいがどこか硬質的な感じの美少女だった。背は同年代の少女と比べるとはるかに高く、龍星や陽樹と並んでも見劣りしない。歳もふたりと同じくらいだろう。


「……ネコミミ帽子の巫女さんがおでましかと思ったが、違うようだな」

「ああ、たしかに。あの子とは違うね。それは僕でも分かる」

「しかし美人だけど、なんか服はアンバランスだな」

「だね。やっぱチャイナドレスは裾が長いほうがいいよね」

「同感だ」

「しかし、この登場の仕方的に、さながら中ボスってところかなあ」

「どうかな」

「ふたりがかりで一気にいく?」

「そうだな。一気に倒して本丸へと駆け抜けよう」

 少女の背後に見える鬼火がゆっくりと遠ざかっていくのを見て、龍星が答える。


「それじゃ、ハル。一気に片付けよう、コンビネーション殺法その1だ」

「それ、前にお師匠さんにやって通じなかったやつじゃん」

「師匠には通じなかったけど、あの子には通じるかもしれないだろ」

「ま、やってみますか……ん?」

「どうした?」

「いや、あの子どっかで見たことがある気がして」

「ゲームかアニメのキャラじゃないのか」

「うーん、そういうのとはちょっと違う感じなんだよね。まあそれは後回し」

「よし、いくぞ」


 龍星と陽樹はハリセンを手にその場から走り出し、少女の手前で分かれると左右から挟み込むようにして、龍星は彼女の上から、陽樹は下からとハリセンを振るった。

 ふたりの振るうハリセンが迫るのに対して、それまでただ立ったままでいた少女は口元に笑みを浮かべるとまるでネコ科の猛獣を思わせる瞬発力で前方へすれ違うように大きく跳ぶ。

 今までのフクマに憑かれた少女たちよりも明らかに速い。

 易々と跳び越されたハリセンがむなしく空を切る一方で、少女はふたりから離れた位置に軽やかに着地をしていた。

「ああ、やっぱり通じなかった」

「ってことは、この子の強さは師匠レベルってことか?」

「いやあ、お師匠さんなみに強い人はそうそういないでしょ。対処法もお師匠さんと全然違うし……で、これからどうするの」

 陽樹の問いかけに、龍星は思考を巡らせる。


「ここはひとりが引き受けて、もうひとりは先に行ってあの行列を足止めするって戦法はどうだろう?」

「それだと足止めする役の荷が勝ちすぎない?」

 龍星の提案に、陽樹が反論する。

「ちびヒメも言ってただろ、俺らでも足止めくらいはできるって……ん? 待てよ、律儀りちぎにここでこの子の相手をする必要はないのか」

「え? ああ、そうか。この子を引き連れたまま、あっちに追いつけばいいんだ」

「そういうこと」

「あれ? でも下手すると挟み撃ちになっちゃうんじゃ……」

「どっちにしろ大立ち回りをする羽目になるだろうから、ひとり、ふたり増えたところで問題ないだろ」

「なるほどね」

「そうと決まれば善は急げだ」

 ふたりは少女に背を向けると、遠ざかっていく花魁道中を追いかけるように走り出す。

 だが、その勢いも途中までだった。


 龍星と陽樹が進んでいた前方の空間に波紋が走り、そこで弾力のある見えない壁にぶつかって、ふたりは軽く押し戻された。

「!? イッテ……いやまあそこまで痛いってわけじゃないが……」

「まあ無意識に声が出ちゃうよね」

「ってか、なんだこれ?」

「見てのとおり……いや、見ても分からないか。ここら辺に見えない壁があるよ」

 その言葉のとおり、目の前の空間に手を伸ばしてみると何もないはずのそこに不可視の壁がたしかにあった。


 触れた感触はゼリーやプリンのような柔らかさと低反発クッションのような弾力を合わせたようで、壁のパントマイムのように手のひらであちこちペタペタと触れてみたり、ハリセンで叩いたりしてみたが、どうにもこの見えない壁の向こう側には行けそうにない。

「フィクションによくある結界ってヤツか!?」

「どうやらそうみたいだね。ほら、リュウちゃん、上見て」

 陽樹の言葉に視線を上に向けると鬼火が見えた。その数もひとつではなく、ふたりの周囲をぐるりと囲み、遠巻きに見下ろすようにして頭上高く浮いていた。


「あの鬼火の下に見えない壁があるって考えていいみたいだよ」

「そうなると四方八方囲まれて、文字どおり八方ふさがりってことか」

「全部が全部ふさがれているわけじゃないみたいだよ」

「空中と地下に突破口があるとかいう古典的な抜け道か?」

「いや、あそこ。あの子が指さしてる方向」

 と言われて、先ほどの少女へ目を移すと、彼女はふたりがやってきた方角を指さしていた。

 さらに鬼火が2個、彼女の横へと下りてくると矢印に姿を変えて明滅する。


「ご丁寧にお帰りはこちらってことか」

 龍星の言葉に、ミニチャイナの少女は、にこりと微笑んでうなずく。

「……どうやら、そのようだ。どうりで俺らの邪魔をしようとしないはずだ」

「だけどこのまま引き返せって言われても、このまま帰るわけにはいかないよね」

「尻尾をまくのはごめんだし、少なくともあの子をフクマから解放しないといけないしな」

「じゃあ、やることは決まりだね。それにこういう場合、パターンとしては中ボスが結界を張っているんだよね」

 ふたりが視線をフクマに取り憑かれているミニチャイナの少女へ集中させると、

「だとしたらどうする? さっきみたいにふたりがかりで来る?」

 金色こんじきの月を取り込んだような飴色の瞳に挑発めいた光を宿して、彼女が答える。

 良く通るその声にも煽りにも似た響きがあった。

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