18、光に誘われて

 境内から拝殿裏の林、要石の置かれていた場所へと向かう。

 灯籠の置かれた林の入り口近くでは要石がふたりが動かしたときと同じまま地面に転がっており、辺り一帯は時が止まったかのように変わらぬ風景のままだったが、その向こうにある林の中はより暗くなり、木々の息づかいというよりも妖しげなものが息を潜めて待ち構えているような錯覚を与えてきた。


「リュウちゃん、あそこ」

 陽樹が示す方向へ目をやると、ふたつの灯籠が並び立つずっと奥、遙か先の月明かりのとぼしい暗がりの中に、ゆらゆらと宙に漂っているいくつかの小さな青白い炎とそれがほのかに照らし出す人影が揺らぐのが見えた。

「どうやらこのルートで正解みたいだね、狐火きつねびが見えるよ」

「狐の化身なんていなかっただろ?」

「じゃあ、人魂ひとだまと言い直すよ」

「やめてくれ。ホラーっぽいのはちょっと苦手だ」

「じゃあ、セントエルモの火でどうかな」

「個人的にはそっちのほうが縁起悪いな」

「そうなの?」

「親父が見てた映画であったんだよ、そういうシーンが」

「どういうシーン?」

 龍星は映画の中のワンシーンを手短に説明し、

「そこだけ聞くと、特に問題はなさそうだけど」

 聞いていた陽樹が素直な感想を述べる。

「そう思うだろ? その映画の結末、ネタバレになるから詳しくは言えないけれど、あまりいい結末って感じじゃない」

「ネタバレになってもいいから聞いておきたい」

「それじゃ、ざっと説明すると……」

 龍星は手っ取り早くおおまかな映画のあらすじを話す。


 それを聞き終えた陽樹は、

「うん、二重の意味で聞くべきじゃなかったよ」

「でも、映画としては一度くらい見ておいたほうがいいと思うぞ。それはさておき、この林の中を進んでいくのはけっこう勇気がいるな」

「こっちに見えるようにしてるのも罠かもしれないしね」

 境内の明るさとはかけ離れた、木々の生み出す暗がりへと踏み入っていくのをふたりが躊躇していると、淡い緑色の光がひとつ、突如として現れて彼らにまとわりつくようにその周りを舞った。


「うわ! なんだ、これ」

 さきほどまでの揺らぐ火の談義をしたあとに忽然こつぜんと現れた光に、ふたりはパニックになりかけるが、どうにか心を落ち着かせて、おそるおそるその光を観察する。

 光の正体は、折り紙でつくられた一匹の蝶だった。

 どのような原理かは分からないが、その紙の蝶は全身から淡い光を放ち、動力もないのに羽をまるで生きているかのように動かし、宙を舞っていた。

「蝶々? でもこれ、紙でできているみたいだけど……もしかしてヒメ様の式神しきがみってやつかな」

 陽樹の言葉を肯定するかのように、紙でできた蝶は上下に揺れるように羽ばたく。


「式神なんて初めて見た」

「僕だって初めてだよ」

 そんな会話をしていると、蝶はふたりの周りを飛び回ったあと、林の入り口に向かって飛んでいき、そこで彼らを待つようにひらひらと舞った。

「ついてこいって言ってるみたいだね」

「やっぱり行くしかないのか」

 ふたりは覚悟を決めると、蝶のあとについて、薄暗い林の中へと足を踏み入れた。 


 蝶はふたりを先導するようにゆっくりと林の奥に向かって飛んでいく。

 龍星と陽樹はそのあとを追った。

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