16、いざ出陣

「それじゃあ、俺らじゃなくて、クーコさんにその服を戻す力を貸すことはできないかな」

 龍星はモエギに提案する。

「待って、リュウちゃん。それだとソラちゃんが僕らと一緒に行動しなくちゃいけなくなるじゃん。正直言って、ソラちゃんを守りながら戦っていく自信はないんだけど」

「そう言われるとそうだな……」

「まあ待て。リュウセイの案は悪くはない。そしてハルキの言うことももっともじゃ。そこで折衷案せっちゅうあんとして……」


 モエギは、空子を神司として女子たちの服を元に戻す能力を与えること、彼女は龍星や陽樹とは行動を共にせずに、モエギと一緒に行動し、彼らのアフターケアにまわることを提案した。

「それならまあ……あ、でもソラちゃんはそれで大丈夫?」

「鶴さんと亀さんがOKならそれでいいわよ。ふたりのやらかしたことの後始末は馴れてるし」

 空子の答えに、

「面目しだいもございません」

 ふたりは芝居がかった調子で頭を下げた。


「あ、ひとつ聞いておきたいんだが……」

 と、龍星がモエギに向かってきまりが悪そうに言葉を紡ぐ。

「なんじゃ?」

「その……フクマが女の子の服に取り憑くから服ごと弾き飛ばすという理屈は分かったが、もし、もしもだな、下着をつけていないがいたら大惨事じゃないか。ほら浴衣とか着物って下着をつけないらしいし」

 龍星は女子ふたりの視線を気にしながら、気恥ずかしそうに言う。

「あの、ちょっといい? 昔ならいざ知らず今は普通に着物用の下着があるんだし、今どき着物だから下着をつけてない女の子なんてそうそういないわよ」

 と、口を挟んだ空子のほうへ、

「そうなのか?」

 龍星が顔を向けると、

「ごめん……今の話の流れでこっちを見られるのはなんかちょっと恥ずかしい」

 その視線を制するように、空子はひらいた手を前へと伸ばし顔を赤くしてうつむいた。

「ああっ、ごめん!」

 彼女の反応に、龍星は慌てて顔をそむける。


「安心するがよい、リュウセイ。そなたの心配するようなことは起こらぬ」

「というと?」

「もし下着をつけていない娘がいたとしても、妖着を消し飛ばしたのち、破魔扇に宿りし神力がその娘好みの下着を作り出して、裸身をさらけ出すのを防いでくれる」

「それならいいんだが……いやまだ良くないな。だったら、普通に服をそのまま作り出すってのは無理なのか?」

「そうしてやりたいのはやまやまじゃが、わしの神力はそのような芸当ができるほど回復しておらぬわ!」

 威張って言うことじゃないだろう、という言葉を龍星は飲み込むと、今度は陽樹のほうへと向き直って、

「ところで、ハル。悪いんだが、そのハリセンで俺のことを一発叩いてくれないか?」

「なんで?」

「魔を祓うんだったら、煩悩も吹っ飛ぶ気がする。大きな声じゃ言えないが、いまだに目の前にストライプがちらついてる」

「なるほど。それなら、僕もお願いしようかな。こっちはチェックがちらついてて、目がチカチカする感じなんだ」

「お前もかよ!」

「まあ、一応似たもの同士だし、僕もほら、一応若い男子ですから」

「よし。そうと決まれば……」

「せーの!」

 龍星と陽樹は向かい合って立ち、互いの胴を打つようにハリセンを振るった。

 スパーンと小気味よい音が響いた数秒後、ふたりとも予想以上の痛みに床の上でもんどり打つ。


「い、意外と痛いな」

「こんなので女の子を叩いたと思うとちょっとねえ……」

「どう考えてもハリセンの威力じゃないよな。ストライプの次は星がちらつく結果になったぞ」

「同時だったら、アメリカ国旗がちらついてたね」

「その発想がすっと出てくるのは尊敬するよ」

 そんなふたりのやり取りを見ていて、

「思ってることをそのまま口に出すけど、アンタたち、もしかして馬鹿なの?」

 相変わらず空子は冷たい。

「そうじゃないと否定する材料が今のところ思いつかない」

 ふらつきながらも立ち上がり、龍星が答える。

「ところでヒメ様に聞いておきたいけど、星右衛門って人も今の僕らみたいにあたふたしたりしてた?」

 陽樹もどうにか立ち上がると、モエギに問う。

「星右衛門か? 星右衛門なら、最初のうちはお主らのようにフクマを祓って女子が肌襦袢はだじゅばん姿になることにあたふたしておったが、しばらくしてからはわしの神力に頼らずとも女子はおろか衣服に傷ひとつつけることなくフクマを祓っておったな」

「……俺からも聞いておきたいが、俺らも腕を上げればその領域まで到達できそうか?」

 龍星の問いに、

一朝一夕いっちょういっせきとはいかんじゃろうが、そこはお主らの頑張り次第じゃろう」

「そっか、分かった」

「道は険しいね」

 龍星と陽樹が自分たちなりに納得する。


「あ、ついでにもうひとつ」

 陽樹が思い出したかのようにモエギに問う。

「なんなりと」

「フクマを祓ったあと、女の子たちに服を着せたら、また取り憑かれたりとかしない?」

「その点は心配いらぬ。お主たちの持つ破魔扇を通じて流し込まれた神力が娘たちの体内で一種の抗体のようになっておる。そこに加えてわしの神力で服を再生するのじゃから、フクマが再度憑りつくことはまずないであろう」

「それなら懸念材料がひとつ消えたね」

「しっかし、身から出たサビとはいえ気が乗らなくなってきた」

 ぼやく龍星に、

「なんなのよ、ついさっきまではやる気充分だったのに」

「だってなあ……女の子を助けて、カッコいいヒーローを見るまなざしを向けられるのならともかく……」

「これだとどう考えても変質者にしか見られないよね」

「実質というか本質は変質者と同質なんじゃないの」

 冷え切った態度を崩さない空子へ、龍星は向き直ると、

「あのねえ、クーコさん」

「な、なによ」

「女の子と仲良くしたいとかモテたいという雑念というか邪念はたしかにあるし、この神社に来たのもそういう神頼みのためだとはっきり言おう。で、そういうわけで俺を色眼鏡で見てるんだろうけど、いいですか、女の子にモテようとか考えてない男がいたとしたら、そいつは女の子にモテようと思ってないんだよっ!!」

「はあ……?」

 面食らったような空子の口調に、

「……ちょっと待ってくれ。自分でも何が言いたいのか分からなくなった」

「落ち着いて、リュウちゃん」

 龍星は「ああ」と答えて、大きく深呼吸をして言葉を紡ぎだそうとしたが、

「ダメだ。言葉がうまくまとまらない。この怒りというかモヤモヤはフクマと戦う原動力にしよう」

「それがいいかもね」

「うむ、俄然がぜんやる気になったようじゃな。それならば、とっとと終わらせるために出陣するがよい」

「するがよいって、ちびヒメもあとから来てくれるんだろ?」

「まあな。おばばの無事を確かめたらすぐにお主らのあとを追うつもりじゃ。しかし正直な話、認めたくはないが今のわしでは戦力としていささか不十分じゃ。それゆえ、なにかしら打つ手を見つけ、その算段が付き次第、お主らに合流する」

「一緒に来られないってことなら、ちびヒメとクーコさんに頼みがある。シーツか毛布、それか大きめな布があったら、ありったけ持ってきてくれないか?」

「そんなもの、どうするつもりよ」

「ちびっ子とクーコさんがついて来られないんなら、女の子たちを下着姿のままで外に放置しておくわけにはいかないだろ」

「ああ。そうね、たしかに」

「リュウちゃんにソラちゃんもちょっと待って。さすがに布を用意してもらっても持っていくのは無理なんじゃないかな」

「そのことなら心配はいらぬ。さきほどのようにお主らの未散花をこちらへ」


 モエギが彼らの差し出した未散花に手を添えると、ほのかに温かい光がふたりの少年の手首を包み込み、未散花に吸い込まれるようにして消えた。

「未散花にわしの神力をさらに注ぎ込んだ。これで腕との隙間に指を突っ込めばお主らの望むサイズの布を引き出すことができる。そうして出てきた布は神力で清められた布であるから、これで娘子を覆っておけばしばらくは安心じゃろうて」

「どういう仕組みで布が出てくるのか、よく分からんが四次元ポケットみたいなもんか」

「そういうことになるな。まことに話が早くて助かる。ん、どうした? 神妙な面持ちでこちらを見て」

「四次元ポケットが通じるとは思わなかった」

「半人前レベルに力が衰えたとはいえ、神様だってテレビや漫画くらい見る」

 むしろそういうところが原因で半人前レベルになったのでは、と出かかった言葉をぐっと飲みこんで、

「そうだ。この格好だとちょっと動きにくいんで、時代劇でよく見るようなたすき掛けみたいな感じにできないかな」

「たすき? 駅伝でもするの?」

「時代劇って言ってるだろ。もしかしてクーコさん、時代劇見ないのか?」

「見ないわね」

「そうか。まあ完成形を見れば『あ、見たことある!』ってなるはずだ、と偉そうに言ってるものの実際どうやるのか知らんのだ」

「ちょっと」

「まあまあ、やり方ならわしが手ほどきできる」

「それじゃあ、俺はこっちのちびヒメに手伝ってもらうから、クーコさんはハルのほうを手伝ってやってくれ」

「うむ、クーコとやらはわしの手順を見てそれを真似するだけでよい」


 モエギは龍星のそばに立つと慣れた手つきで、空子が真似しやすいように分かりやすい動きで丁寧にたすきを掛けていく。

 空子も見様見真似みようみまねながら、陽樹へとたすきを掛け終えて、

「たしかに見たことあるわね」

「だろ。あと、このハチマキなんだがちょっと長すぎる」

「うーむ、それでは鉢金はちがねのようにすればよいかの」

「ああ、それで頼む」

「そのハチマキはお主らの持つハリセン同様、念じれば姿を変える。それと万が一に備えて、たすきとハチマキの予備も未散華に入れておくぞ」

「それはありがたい」

 龍星と陽樹が念じると、長鉢巻は姿を変えて、ふたりの額を守る鉢金へと変化する。


「それじゃ出発しますか」

「ああ、いくとしよう」

 陽樹と龍星がいざ出陣と出発しようとすると、

「ちょっと待て。こちらとしても急いで送り出したいのはやまやまじゃが、その前に少しだけ注意すべきことを二、三教えておくぞ」

「重要なことか?」

「かなり。じゃが時間が惜しいので移動しながら説明する」


 龍星と陽樹のふたりは玄関までの移動がてら、モエギからフクマと戦う際に注意すべき点や三人の巫女が元々どのような妖怪だったかの説明を受け、それを頭にたたき込んでいく。


「――それゆえ、わしの神使のいずれかに遭遇して戦うはめになっても勝とうなどとゆめゆめ思うな。星右衛門ならいざ知らず、お主らではせいぜいできて足止めくらい。さて、わしから言えるのはこれくらいじゃ」

 話が終わるとほぼ同時に、玄関口までたどり着いた。


 ここで龍星はモエギのほうへと向き直り、

「そうだ。下駄じゃうまく立ち回れる気がしないんだが」

「ならば、それもスニーカーのようにしてやろう。大サービスじゃ」

 ふたりは靴を履き終えると、

「よし、行ってくる」

 と玄関から一歩踏み出した。


 外へ出ると、夏のものとは思えぬほどの冷気すなわち妖気が周囲を取り巻き、全身を覆うように絡みついてくるのが肌で感じ取れた。

 しかし、体力を奪われて倒れかけたさきほどとは違い、妖気のたちこめる中でも普段どおりの動きをするにはまったく問題なさそうだった。

「屋外でもどうにかやれそうだな」

「どうにかならね」

 龍星と陽樹は体が自由に動かせるのを確認したあと、深く呼吸して気を引き締める。

「ふたりとも気をつけてね」

 心配そうに空子が声をかける。

 龍星と陽樹は、空子とモエギのほうへと振り返り、力強くうなずいてみせると残りのフクマを捜すために歩き出した。

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