15、勝利の味はほろ苦く

「な、な、なっ、なにやってんのよ、アンタたちっ!? い、いやらしいわねっ!!」

 顔を紅潮させて、空子が怒鳴る。

 突然に女子の下敷きとなって事態を整理できずにいる龍星と陽樹は、

「ちょっと待ってくれ! どうしてこうなったのか、こっちが聞きたいくらいだっ!」

「っていうか、ソラちゃん、いま僕らがどうなってるのか見えるの?」

「メガネがなくたって女の子をハダカにしたことぐらい分かるわよ!」


裸眼らがんだけにハダカは良く見える)と鶴亀コンビは得意の軽口を言いそうになったが、今の状況では火に油と即座に判断してそれはひかえる。

 そして「ハダカじゃない、半裸だ、下着姿だ」と付け加えたところで事態は好転しないのでそれも差しひかえる。

 それよりもなによりも差し迫った問題は現在のこの状況をどう脱するかだ。

 少女から放たれる甘い香りにひそやかな吐息、ぬくもりのある体温はおろか、心臓の鼓動までが全身で感じ取れる距離だというのに、ふたりの男子にはそれらを感じ楽しむ余裕などまったくなかった。


 半裸の少女に乗りかかられて身動きもままならないふたりをモエギは見下ろしながら、

「やれやれ、この程度で取り乱すようでは、先が思いやられるのう」

 自分よりひと回りは大きい少女たちの体をいとも簡単に持ち上げてどかすと、床板の上へと丁寧に寝かせる。

「いきなり女の子が下着姿になったうえに自分に覆い被さってくれば、いくらなんでも動揺するわ!」

 自由の身になってどうにかこうにか半身だけ起き上がった龍星が叫ぶ。

 気まずさと恥ずかしさで顔が耳まで赤くなっているのが自分でも分かっていた。

「同意せざるをえないね」

 陽樹も体を起こす。彼も龍星と同じように顔が赤い。

「さあ、どうかしらねえ。案外まんざらでもなかったんじゃないの?」

 つっかかるように言う空子には取り合わず、

「だ、だいたいだな、服の神様が服をふっとばしてどうするんだよ!」

 起き上がって床にあぐらを組むようにして腰を下ろした龍星がモエギに抗議する。

「仕方ないであろう、フクマが取り憑いたままの服を長くその身につけていれば、それだけ着ている者も魔に染まってしまうのだから。いわば荒療治という奴じゃ。それに事前に申したであろう? フクマは雨露のごとく消え失せると」

「たしかに言葉どおりだったが、服ごと消えるとは思ってなかったよ」

「それはすまぬ」

 悪びれることなく答えるモエギに、

「まったくとんでもない神様だな」

 龍星がため息まじりにぼやくと、

「そうだ。わしはとんでもない神様なのだ」

 モエギが腕を組んでふんぞり返るように胸を張って答える。

「言っておくがな、ほめたわけじゃないぞ」

「そうなのか? だがまあ上出来ではないか。見事にフクマを祓えたのだから。とても実戦知らずの半人前とは思えぬ」

「とんでもない副作用があったがな」

「副作用? なにか不服があるのか?」

「俺はな、女の子に『きゃあ、やだぁ、もうステキ!』と言われたいのであって『キャア! やだ! 女の敵!』と言われたいんじゃないっ!!」

「何を言っておるのだ。かようなうら若き娘子の下着姿を見られただけでなく、さらにはうれしはずかしな距離での密着までしたのであらば、まずは『こんなシチュエーションを作っていただき歓喜の極みであります、モエギヒメ様。一生あなた様の忠実なる下僕となって感謝いたし奉りまする』、それぐらいの一言があってもよいであろうに。そこな巫女の言葉ではないが、お主らとてまんざらでもなかったじゃろう?」

 その問いに、龍星は女性陣と目を合わせずに申し訳なさそうに、

「……正直に言うとだな、うれしいとかそういうのよりも、まず重かった」

「だねえ」

「ちょっとアンタたち……それはデリカシーが少し足りないのでは?」 

 空子がふたりをジト目でにらむ。

 モエギのほうはさも意外というふうに、

「なんだ、うれしくはなかったか?」

「うれしくない、と言えばウソになるのかもしれんが……俺的には、だなあ……うまく言い表せないが……こういうのとは違うんだよ、なあ?」

 龍星は同意を求めるように、ちらりと陽樹を見る。

「そこで僕にふられても困る。困るけど、リュウちゃんが言いたいことは分かる」

「なんじゃなんじゃ、煮え切らんの」

 せき立てるようなモエギに対して、龍星は頭を悩ませ、どうにか言葉を組み立てようとする。 

「ああ、もう面倒くさい。伝わるかどうか分からんが思ってるままストレートに言うぞ。男子たる者、どんな形や理由にせよ、意に沿わない女の子の肌を露出させたり、下着姿にするなんてことがあっていいわけないだろう」

 龍星の力説に、陽樹も同意するように、うんうんとうなずいてみせる。


「不可抗力によるラッキースケベで片付けるのはダメか」

「どこでそういう言葉を覚えたのかは知らんが、それは女の子にとってラッキーでもなんでもないただの不幸だ。というか、そんなんで喜ぶのは俺の中のこうあるべきだという理想の男子像からほど遠い」

「なるほど。つまり恋仲でも夫婦めおとでもないのに、男子たる者、女子のあられもない姿を見たり、見られるようにすべきではないと言うのじゃな」

「だいたいそのとおりだ」

「よい。実によい。そのような真面目さを持っているようなら、お主らを神司としたことも、このさき、炎天・氷天を預けておくことにもなんら心配はない。しかし、そのストイックさは星右衛門を思い出すのぅ」

 しみじみと懐かしむように言ったあと、モエギは半裸の少女たちの下着へと目を向け、

「しかしまあ、助勤の巫女とはいえ、神職には相違ないのだから、ふたりとも柄物の下着というのはあまり感心できぬな」

 ぼやくように言うと、ぱちんと指を鳴らす。

 すると、少女たちはあっという間に元の巫女装束姿へとなった。


 それを見た龍星は、

「いやいやいや、ちょっと待て」

「なんじゃ?」

「俺が寝ぼけてるんでなければ、今、女の子が一瞬で巫女姿に戻った気がするんだが」

「なら安心せい、お主は寝ぼけてなどおらん。ばっちり目は覚めておる」

「そういうことならひとつ聞くけど、今みたいに普通に服を戻せるのなら、ハリセンで下着にするプロセスいるか?」

「普通に服を戻せるというのはちと違うぞ。今のようにできたのは、お主らがフクマの妖気に侵食された服、いわば妖着ようきを弾き飛ばした状態であるからこそじゃ」

「だったら、その……俺たちが服を元に戻す、ちびヒメがフクマを祓うというふうに役目を交代することはできないのか?」

「どうじゃろうなあ、わしがフクマを祓うとしても全盛期ほどの活躍はできんじゃろうし……それにお主らに服を戻す能力を与えたとしても、わしのように指ぱっちんで『はい、元通り』とはいかんぞ」

「なにか違いが出るのか?」

「わしは神様じゃから女子の近くで指を一つ鳴らすだけですむが、神司になったばかりで修練も積んでいないお主らじゃと女体に直接触れないといかんじゃろうなあ」

「直接……」

「触れる……」

 龍星と陽樹がみるみる顔を赤くしていくのと同時に、

「いやらしいわねっ!!」

 と、空子が別の意味で顔を赤くして叫ぶ。

「まだ触ってませんっ!!」

 男子ふたりは声をそろえて弁明の叫びをあげた。

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