14、初めての戦い、初めての……勝利?

 龍星と陽樹が和室を横切って庭に面した縁側へと進み出ると、部屋の冷房とは違う妙な肌寒さとこちらをうかがうような何者かの気配を感じた。

 冷気の流れはさきほど龍星と陽樹、ふたりの少年から精気を奪ったものと同じだったが、いまやモエギの神司となった彼らにはなんの影響もおよぼさなかった。


 部屋からの明かりが庭の一部を照らし出しているが、妖気というべき気配の持ち主の姿はそこには見当たらない。

 禍々まがまがしい気の出処でどころを探るべく、ふたりが光の届かぬ先に広がる薄暗がりの奥へ視線を巡らせると、庭の暗い片隅にゆらめく影がふたつ。

 その正体を見極めようと龍星と陽樹が目をこらすよりも先に、庭に展開する光の領域へと暗がりに潜んでいたものが姿を現した。


 それはさきほどの授与所にいた若い巫女、ネコさんチームとして猫耳カチューシャをつけたふたりの少女だった。

 ただ、その瞳はうつろなまま、猫の目のように光を受けて妖しげな輝きを放ち、やや前屈まえかがみの状態で両腕を力なくだらりと垂れ下げ、そのポーズも動きもなにか見えない力に操られているかのようにぎこちなく、様子をうかがうようにゆっくりとこちらへ一歩一歩、足をひきずるような歩調で前へと進んでくる。


「フクマってのに取り憑かれるとこうなるのか……なんかゾンビみたいだな」

「やめてよ、映画にせよ漫画にせよ媒体を問わずにゾンビとか苦手なんだから」

「俺だって苦手だよ」

「じゃあなんでそんな苦手なものに例えたの」

「だって、それ以外例えようがあるか?」

「そりゃそうだけど……そうだ、ネコミミ巫女ゾンビとか属性盛った感じにすると、少しは苦手意識が薄れるかも」

「根っこのゾンビ部分がそのままじゃないか」

 いつもどおりの軽口をたたくものの、目の前の異様な状況にふたりの緊張はほぐれず、自然とハリセンを握る手に力が入る。


 巫女が近づいてくるにつれ、龍星と陽樹は彼女たちから、正確には彼女らに取り憑き操っているものから放たれている敵意、肌を刺すような憎悪の念が自分たちの後ろにいるモエギへ強く向けられているのをひしひしと感じた。

 そのむき出しの悪意とともに光の中を進んできた巫女たちが突然、号令を受けたかのように歩みを止める。

 静かなにらみ合いとなる中、それまでうつろだった巫女たちの瞳が明確な害意を宿し、その視線は龍星と陽樹の姿をはっきりと捉えていた。


「ロックオンされたね」

「だな」

「その巫女たちはおそらく斥候せっこう……つまりはこちらの様子を見る程度の力、負けることはないとは思うが油断はするなよ」

 モエギがふたりの背に声をかける。

「相手が斥候ってことなら、こっちも向こうの程度が分かると考えてもいいのかな」

「そういうことになるかもな。しかしこの廊下や和室じゃ立ち回りには向かないから、さっきの板の間で迎え撃つぞ」

「了解」

「ちびヒメとクーコさんはもっと奥に下がっていてくれ」

「承知した」

 ふたりはフクマに取り憑かれた巫女たちから目を離さぬようにしてゆっくりと板張りの広間まで後ずさりをする。


 龍星と陽樹は部屋の中ほどまで下がり、そこで足を止めた。

 モエギと空子のふたりは彼らよりずっと後ろに下がり、立ち回りの邪魔にならないように互いに寄り添ってひかえる。

「あの娘たちのようなフクマ憑きになりたくなければ、わしのそばを離れるでないぞ」

 モエギが空子に話すのが聞こえた。


 巫女たちが履いていた草鞋わらじを後ろに蹴り出し、跳び乗るようにして縁側へと上がり込んでくる。

 そして和室を挟んでこちらを睨みつけると、「シャーッ」と猫が威嚇するときのような声をあげた。


「さすがにぶっつけ本番で妖怪退治の実戦となると緊張するね」

 陽樹がややうわずった声で言う。

「こうなったら習うより慣れろ、当たって砕けろって姿勢でやるしかないな」

「砕けるのはちょっと困るな」

「まあなんにせよ、クーコさんとちびヒメちゃんが見ている前だし、かっこいいトコ見せてやろうぜ」

「うん。それに妖怪退治がうまくいけば、お師匠さまに自慢できることがひとつ増えるしね」

「その意気だ。よし、こっちは左の子を引き受けるんで、ハルは右側の相手を頼む」

「はいよ」

 龍星はハレの構え、陽樹がヤトの構えとそれぞれが得意とする型でハリセンを構えて、フクマ憑きの少女たちを待ち受ける。


 妖怪退治の経験どころか他の流派との手合わせなどしたこともなく、これまで他人との対戦という形でカウントできるのは道場内での稽古のみ。

 そんなふたりが神がかりの力を得ているとしても、初めてとなる異種対戦の相手が妖怪というのは無謀とも言えた。

 手や肩だけでなく体全体に必要以上に力が入り、動きは固くこわばり、呼吸ひとつするのにも体が重々しく息苦しささえ感じる。

 それでいながら、ふたりとも逃げ出すどころかたじろぐことすらなく、表情にはこれ以上にない果敢さを見せていた。


 一歩たりとも退くまいとするふたりを奮い立たせている要因はさまざまだ。

 昔なじみである空子や神司としての力を与えてくれたモエギの前で情けない姿は見せられない。

 天久愛流の使い手として流派と師の顔に泥を塗るわけにはいかない。

 自分たちのやらかしたことに自らの手で決着をつけなくてはいけない。

 だが、なによりも強く彼らの原動力となっているのは――、

 隣に立っている親友の存在だった。


 龍星と陽樹、ふたりの体から悪意をはねのけるほどの闘志を感じ取ると、フクマ憑きの少女たちはそれまで力なく両手を下げていた状態から一転して、ひじを曲げて手を前へと向けると、指を軽く内側に折り曲げて、ひっかくような手の形をつくりだす。


「本当に、このハリセンで叩けばフクマとやらをやっつけられるんだろうな?」

 攻撃態勢に入った少女たちから目をそらすことなく、龍星はモエギに問いかける。

「もちろんじゃ。この神仙モエギがうそを申すわけなかろうて」

「たしかにここまではうそは言われてないね」

「それじゃまあ信じることにしますか」

「それから、ふたりとも打ち据える場所を誤るでないぞ。打つべき場所は娘たちが身につけている服じゃ。フクマはそこに憑りついているわけじゃからな」

「服に取り憑く魔物だからフクマってことか」

「わかりやすいね」


「フクマさえ祓ってしまえば、その娘子むすめごたちも元へと戻るから、お主らの思うがまま遠慮なくぶっとばすがよい」

 モエギの言葉に、

「心得た」

「左に同じ」

 とふたりが答えるのとほぼ同時に、巫女たちはそれまでの動きがうそのように素早く、ネコ科の獣のようなしなやか動きで和室をあっという間に通り越して板張りの広間の中へ躍り込んできた。

 そして幻惑するような動きで左右に振れながら床を蹴って高く跳ぶと、まるで肉食獣が狩りをするかのように龍星と陽樹めがけて飛びかかってくる。

 だが、ふたりの少年は惑わされず、慌てることもなかった。


 彼らの手にする破魔扇、炎天と氷天がスパーンと景気のよい音を立てて、少女たちのまとう巫女装束をひと打ちする。

 と、その瞬間、彼女たちがまとっていた白い小袖と緋袴の巫女装束が一瞬にして雲散霧消うんさんむしょうし、意識を失った少女たちが、ネコミミに上下の下着、白足袋を身に着けただけのあられもない格好で、龍星と陽樹、それぞれへ覆いかぶさるようにして倒れこんできた。

「な、なんだ、これはーッ!!」

 ブルーとホワイトのストライプ柄の下着だけとなった少女に覆い被さられた龍星と、同じように、赤を基調とした面に黒白のチェック模様の下着だけとなった少女に下敷きにされた陽樹がほぼ同時に叫んだ。

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