13、天久愛流

 龍星と陽樹のふたりは互いが操るハリセンが当たらぬように位置を調節して立ち、モエギと空子は彼らから離れた位置に陣取って腰を下ろす。


「それじゃあ、今からちょっとした型を見せるから」

 まずは龍星が足を肩幅に開いて立ち、侍がする帯刀たいとうのようにハリセンを左腰に位置させたのち、腰を少し落とし右足を軽く前に出すと同時に、腰の横から右上へと直線を描くようにハリセンを振り抜く。

 そこから素早い速度で円を描くように先端を反時計回りに動かしたのち、今度は右下へと切り下してから一文字いちもんじを描くように左へと戻して、始まりと同じ姿勢に。

 剣劇を思わせる一瞬の動きは燃えさかる火のような勢いを感じさせた。


 それに続くように今度は陽樹が動いた。龍星が見せた構えとは異なり、ハリセンを右手で持ち、その先端を前方左斜め下に向けて自然体で立ったまま、ハリセンに左手を添えると、ゆっくりと先端へ向かってなでるように動かす。先端近くまですべらせた左手を放すと、大きく下から振り回すようにしてハリセンで半円を描きながら、曲げた右ひじを体のわきに、右手は前へと伸ばし、ハリセンを右上半身の前で立てた状態を維持する。そして天をにらむ先端を前後左右へとゆらゆらと細かく動かしたのち、逆の手順で再びハリセンの先端を下へと向けたあと軽く振って「ふぅ」と一息つく。

 こちらの一連の動きは舞踊の一コマのようで、たゆたう水のゆらめきを思わせた。


「ハリセンだとちょっと勝手が違うが、まあ、こんな感じだ」

 と、演武にして演舞とも言える披露を終えた龍星がモエギのほうを見ると、彼女はまるで言葉を失ったかのように呆然ぼうぜんとしていた。

 その反応を見て、

「ちょっと難しかったか」

「まあ出題としてはイジワルな感じだったからね」

 

 ふたりがそれぞれ見せたのは、彼らの流派が行う剣舞の中でも基本的かつ極端な静と動による、一見しただけは方向性も関連性も見いだせない動きで、さきほど龍星が陽樹に耳打ちしたのはこの動きの違いを示し合わせるためだった。

 龍星が見せた動きは晴天祈願にも使う攻めの型ハレの構えで、一方の陽樹が見せた動きは雨乞いで舞う守りの型ヤトの構えとその目的が異なるため、剣術としても舞としても動きがまったく違うのは当然だった。


「大丈夫だぞ、ちびっ子。俺らの流派は超マイナーなんだから知らなくてもまったくなんの問題もない」

「自分たちで超マイナーって言っちゃうのもなんだけどね」

「え? ちょっと待って。ふたりとも同じ剣術……じゃなくて、剣舞ってのを習ってるのよね?」

 と空子が問う。

「ん? ああ」

「じゃあ、なんでふたりで構えも動きも全然違うのよ。まともに当てさせる気ないでしょ」

 空子が口にした当然の感想に、

「ソラちゃん、それはね……」

 陽樹が種明かしの説明をしようとすると、それをさえぎるように、     

「……それは、そのふたりが会得えとくしている剣術が天久愛あまつひさめ流であるからじゃ」

 興奮を押さえ込むようにしてモエギが声を絞り出した。


「知ってるのか?」

 まさか当てられるとは思っていなかった龍星が驚きを隠せずに聞き返す。

「リュウセイがいわゆる攻めの型であるハレの構えで、ハルキのほうは守りの型となるヤトの構えであろう。まあ攻めだの守りだの言ったところで、攻守自在となる剣術にはあまり関係ない話じゃがの」

 よどみなく答えるモエギに、

「おみそれしました」

 ふたりは素直に頭を下げる。


「なんだ、俺らが思ってたよりマイナーってわけでもなかったのか」

「たしかに、お師匠さまは古くからある由緒正しき剣術とは言ってたけど……まさか、さっきの話に出てきた綺羅星右衛門が使ってたのって……」

「お主らと同じ天久愛流じゃ。同じというか、向こうが元祖、本家本元じゃがな」

「マジか」

「偶然ってあるんだねえ」

「しかし、そうか……お主らふたりが天久愛流の使い手だったとは……」

 モエギがぼろぼろと大粒の涙をこぼし始める。

「うわ、なぜ泣くっ!!」

 少女が流す突然の涙に、龍星と陽樹はあたふたとする。

「だって、だって……うれしいではないか」

「うれしい?」

「この地でフクマを封印したのち、諸国を巡る妖怪退治の旅に戻った星右衛門が遠くの地で天寿をまっとうしたと風の便りで知り、星右衛門はおろか天久愛流と後会こうかいすることなどかなわぬと思っていたのじゃが、まさかこの移ろいやすい人の世で、流派として絶えることなく今日こんにちまで残ってくれていたとは。これがうれし泣きせずにいられようか」

 モエギは昔を懐かしむように語ったあと、指で涙をぬぐうと龍星と陽樹を見やり、

「これもえにしかのぅ。それはそうと、天久愛流の使い手であるのにこれまで妖怪退治をしたことがないとは意外なのじゃが」

「本当に妖怪退治に使う剣術だと知ったのが今しがただぞ」

「そもそも妖怪なんてものを見たことなかったし」

「ふむ、それでは致し方ないの。しかし、これでお主たちがなぜ簡単に要石を動かせたのかも合点がてんがいった」

「どういうことだ?」

「封印を施したのはわしと星右衛門だったのは話したな。わしの力が弱まっただけではそう簡単に封印は破れはせぬ。星右衛門と力を合わせたうえでの封印じゃからな。じゃがお主たちは天久愛流の使い手、弱まった封印を解くことができたのも当然じゃ」

「ちょい待ち。使い手って言っても半人前だし、封印の解き方なんて全然知らないぞ。そもそも魔物を封印している石だって今まで聞いたことがなかったんだし」

「半人前一人前、知っている知らないは関係なく、天久愛流の使い手というのが封印を解く条件の一つ、いわば鍵なのじゃ。そうなるとカガチたちがお主らに声をかけたのも偶然かどうか」

「いや、でも俺とハルがこの祭りに来たのはそれこそ偶然だし、あの石だって、ひとりで動かすのはどうにも無理っぽかったぞ」

「偶然かどうかの判断は後回しでいいじゃろ。どちらにせよ、時は巻き戻せん。要石をひとりで動かすのを無理に感じたのは、そこはほれ、半人前であるからじゃろうな。しかしながらハルキと一緒ならば石が動かせたというのは『二人ににん心を同じくすればその利、金を断つ』の言葉さながらよのぅ」

「その格言みたいなの初めて聞くんだが」

「ん? 断金だんきんの交わりとか聞いたことはないか?」

「頭脳担当のお二方ふたかた?」

 困った龍星が陽樹と空子のほうを見つめる。

「ダンキンなら聞いたことあるけど。コーヒーにドーナツをつけるやつ」

「コーヒーにドーナツをつけるって、お得なセット売りってことか」

「そっちのつけるじゃなくて……ちょっと待ってて」

 と、空子が廊下を横切って向かいにある和室に行くと、座卓の上におかれたままのコップを手にとり、

「こういうふうにコーヒーにドーナツをつけるの」

 コーヒーにドーナツをひたすジェスチャーをしてみせる。

「コーヒーにつけるってそういうことか、なるほど。つまり俺とハルはコーヒーとドーナツというUSAでは定番な感じの切っても切れないような関係性ということか?」

 龍星は確認するようにモエギのほうを見る。

「一連の流れは聞いていてそこそこ面白かったが、全然違う」

「違うのか」

 龍星は軽く肩を落とす。

「断金とは金属を断ち切ること。さきほどの言葉は、友人ふたりが心をひとつにすれば強靱な金属すらも断ち切れるほどの友情で結ばれているという意味じゃ」

 と講釈を終えたモエギは、空子がこちらに戻ってこようとするのを見て、

「すまぬがバイト巫女どの、戻ってくるついでにホワイトボードとマーカーを持ってきてはくれまいか」

「バイト巫女どのって……ストレートな呼び方だな」

「まあソラちゃん、ヒメ様に名乗ってないし」

「え? クーコさん名前言ってなかったっけ?」

 ふたりの会話が耳に入ったのか、

「お主らふたりの名前は聞いたが、あの娘の名は聞いておらんぞ。それにお主らとて呼び方が一致しておらんではないか」

 モエギが口を挟んできた。


「それを説明すると……」

「特にたいしたことでもないんだけど、ソラちゃん……南須座さん、自分の名前の響きがあんまり好きじゃないらしくて……」

「だから、俺はクーコさんって呼んでる。さん付けなのは同年代だけど、俺のほうが年下だから」

「僕は小さいころからソラちゃんって呼んでる」

「昔、クーコさんがどう呼ぶかを俺らに決めさせるときに二分にぶんしたんだよな」


「なつかしい話をしてるわね」

 広間へと戻ってきた空子からボードとマーカーを受け取ったモエギは、

「うむ。かたじけない」

 と古風な礼を返す。

「しかし、お主も災難よな。こうして昔なじみが久々に再会できたというのに、こんな騒動に巻き込まれてしまって」

「まあ鶴さんと亀さんのふたりといるときのトラブルは慣れっこっていうか、よくあることだし。ねえ、おふたりさん?」

「それについてはノーコメントで」

「返す言葉もございません……って、あれ? 僕ら昔なじみとか久々の再会とかって自己紹介したっけ?」

 陽樹の指摘に、モエギは『しまった』という表情を浮かべたあと、これまでにないほどの恐縮した態度で、

「実はその……わしが服の神というのはもう疑いないところだと思うが……わしは服そのものの声が聞こえるというか見えるというか、持ち主に紐付く衣服の記憶というか衣服に紐付く持ち主の記憶というか、とにかくそういうものが分かってしまうのじゃ」

「え? 初耳なんだけど」

「まあ今、初めて言ったからのう」

「プライバシーの侵害というヤツでは」

「待て。弁明させてもらうが、わしだって好き好んで他人様の頭の中をのぞき見するような真似まねなぞせん。そんなわけで普段はそのスイッチを切っておるのじゃが、ほれ、その……神社の由来を聞きたいという者が現れたと聞いて、どんな連中なのか興味があったのでちょびっと服にお主らの願い事や困ってることを尋ねてみることにしたんじゃ。願望を知ればその人となりもだいたい分かるからのう、なんといってもわし神様じゃし」

「あ、だから私がメガネ壊して困ってるって分かったんだ。ってことは、こっちのふたりのある意味情けない願望とかもヒメ様には筒抜けということですか?」

 空子の冷めた視線がふたりに注がれ、それを追うようにモエギもふたりを見る。


 男子ふたりが萎縮してちぢこまっていると、

「そっちのふたりの願いはそれほど情けないものではないぞ。詳細は申さぬが、こやつら互いに『友達が幸せになれますように』としか思っておらぬ」

 と、モエギがフォローするように説明した。

「まあそれで、お主らの性根しょうねがお人好しの善人と分かった時点でそのスイッチを切ってしまったのでな。そのときに深掘りしていたら要石を動かしたことを怒鳴りつけたあと、天久愛流の使い手だと知って滂沱ぼうだの涙を流しておったじゃろう」

「情緒不安定すぎだろ。しかしお人好しはともかく、ここで善人として扱われるのは決まり悪いな」

「だね。結局のところ無知が原因で騒動を起こしてるわけだし」

「要石や妖怪について無知であったことを気に病む必要はない。知らないということは逆に究極のセーフティーロックでもあるのじゃから」

「でも知らなかったから仕方がないじゃすまないだろ」

「すんでしまったことを責めたところで詮無せんないこと。ああだこうだと言ったところでらちがあかぬ。大事なのはこれからということで、リュウセイ、ハルキ、ふたりとも左手をこちらへ」

 とのモエギの言葉に素直に従い、ふたりは左手を差し出す。


 モエギがふたりの左手首をそっと握って放すと、そこには糸を編み込んでつくったような色鮮やかなブレスレットがゆるめに巻き付いていた。

 ところどころに花模様があしらわれているブレスレットを見つめ、

「これは?」

 龍星が問うと、

「けっこう昔に流行はやったミサンガってやつじゃないかな? プロミスリングとも言うらしいけど」

 モエギより先に陽樹が答える。

「そのとおり。わしの神司となった証で、その名も未散花みさんがという」

 モエギがホワイトボードに漢字で書き示す。

「うわー、一気にうさんくさくなったなぁ」

「なんども言うように、言葉遊びに思えるかもしれぬが、神の扱う言葉ゆえ決して軽いものではないぞ。そしてこの未散花にどのような機能があるかというと……」

「ちょい待ち。話をぶったぎるようで悪いがなんかやばそうな気配がするぞ」

 龍星が和室を挟んだ向こうに見える外の庭へと視線を走らせる。

「少し長話が過ぎたか、お主たちへ神力を集結させるために結界を一時的に解除したのがあだとなったか。まあどちらかと言わず両方の結果かもしれんが、フクマがこちらへとやってきたようじゃな」

「なんでだ? 復活したばかりの妖怪が自分を封印した神様のところにわざわざ来るのか? まさか自分からもう一度封印される気か?」

「そう問われて問いで返すのもなんだが、ここに封印をした張本人がいてなおかつその張本人が弱っておれば、ちょっかいを出さずにいられると思うか?」

「なるほど」

「一理ある」

「じゃが向こうは、こちらに天久愛流の剣士がふたりもいることは知らんじゃろうて。返り討ちにしてくれようぞ」

「だから半人前だってば」

「さらにいえば、妖怪と戦うどころか他流試合みたいなこともまともにしたことのない半人前だね」

「半人前であろうとも、ふたりで足せば1にはなるじゃろうが」

「……まあ理屈としては悪くない」

「そこまで言われちゃうと負けられない気はするね」

「そうだな。よし腹をくくるか」


 龍星と陽樹のふたりはハリセンを片手に廊下と和室を横切ると、慎重に周囲を伺うようにして縁側へと歩み出た。

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