12、炎天と氷天

「ここは?」

「巫女が神楽舞かぐらまいの練習をしたり、賓客ひんきゃくをもてなす際に使う催事場のようなものじゃ」

 陽樹の問いにモエギが答え、

「それで、いったいどうすればいい?」

 続けて龍星が彼女に問う。

「まあ、そう焦るでない。聞くのが遅れたが、お主ら、名は?」

「鶴が来る龍の星と書いて『つるぎりゅうせい』だ。呼ぶときは『リュウセイ』でいい」

「善行の善、動物の亀、それに太陽の陽と大樹の樹で『ぜんがめはるき』。僕のほうも呼ぶときは名前のほうでいいよ」

「ふむ。ふたりともよい名前じゃ。そして鶴に亀とはまた縁起がよい」

「まあ鶴亀コンビとはよく言われる」

「では、リュウセイにハルキ、お主たちふたりの力を借りたい。ちなみに『できます・やります・頑張ります』以外の科白セリフは聞きとうないぞ」

 モエギはさらっと事も無げに言ってのける。

「末恐ろしい女の子だな。ブラック企業っぽいというか、鬼かなにかか、お前は」

「言うに事欠いて、鬼とは失敬な。天女・仙女・福の神とは方向性が違うであろうが」

「しかしだな、力を借りたいと言われても俺らにできることがあるとは思えんが。そりゃあ元はといえば、俺らが原因のようなもんだし、今ここで困ってる女の子を見捨てて置けるかって話でもあるけど、妖怪退治なんてものは今までしたことないしなあ」

「だね」

「とはいえ、今回の事態をどうにかするのも当然の役目だ。なにをすればいいか言ってくれ」

「ならば話は早い。お主らはシンシとなれ」

「紳士? それなら一応、心がけはいつだってジェントルマンのつもりだが」

「そっちの紳士ではない。神のつかさと書いて神司しんしじゃ。ていに言えば、神に仕える者ということじゃ」

「妖怪巫女さんたちみたいな感じか」

「あっちは神の使いと書いて神使しんしじゃな。そしてどちらかというとあっちのほうが格が高い」

「まあこっちは一応普通の人間だからねえ」

「それで普通の人間である俺らがどうやって大妖怪に対抗するんだ? 俺らは外に出ただけでへろへろだったわけだが」

「まずはお主らにはフクマに対抗できる力を与える」

 と言うと、モエギは右手を宙でひらりと踊らせた。

 すると、まるで手品のようにその手に2メートル近い長さの白い鉢巻が2本現れた。


「ハチマキ?」

「うむ。これを頭につけてみよ」

 ふたりは、モエギが差し出した長鉢巻を受け取ると、彼女に言われたとおりにそれを頭にしめた。


 鉢巻を巻き終えると、ふたりの着ていた服が一瞬の光とともにたちまちその姿を変え、白衣の上着に薄水色の袴、白足袋たびという神職を思わせる格好へと変化する。

「え?」

 モエギをのぞいた三人が異口同音に驚きの声をあげる。


 龍星は自分の恰好をまじまじと見つめながら、

「……本当に服の神様だったのか」

「先刻からくどいくらいにそう申しておる。まあ、さすがにこれで完全に信じる気になったじゃろ」

「ああ。百パーセント信じるよ」

「まったくこうも簡単に信じてもらえるのなら最初からこうすればよかった」

「んー、最初から服を変えられてたら『すごい手品だ』で終わってたかもしれない」

「この奇跡の御業みわざの当たりにして手品ですますなっ!」

「まあまあ。しかしなんというか、格好から入るってわけじゃないけれど、なんか身が引き締まる思いがするってところですかね」

 装いが変わった陽樹が言い、「だな」と龍星が応じる。


「身が引き締まる感じもそうだけど、あからさまに空気というか物の感じ方が変わった気がする」

「やっぱり、そうだよね。なんかチリチリするっていうか、よくない空気を外から強く感じる」

「そう、それ。清らかなものとそうじゃない良くないものが感覚だけで区別できるようになった感じ」

「うむ。その様子だと、ふたりとも神司として見事覚醒できたようじゃな」

 モエギは満足そうに袴姿のふたりを見て、

「しかし、こう、なんというか、ハチマキをしめるときに日曜朝の特撮ヒーローばりに『変身!』とか叫んでくれていたら燃えたのじゃが」

「そういうことは事前に言ってくれ。といっても、神主さんっぽい格好になるだけじゃなあ」

「そこらへんは次から善処ぜんしょする」

「いやまあ、そこで本当に変身ヒーローみたいな格好にされても困る」

「ああいうスーツって視界狭いみたいだし、訓練してないと動き回れないよねえ」

「え? そういう問題なの?」

 空子があきれたように言った。

「その問題はさておいて、その服に身を包んでおれば、狐狸妖怪、魑魅魍魎といったものたちの妖力から身を護ることができる」

 モエギが衣装が変わったふたりに説明する。

「さっきみたいに体力を奪われるようなことはなくなるわけか」

「うむ。そして防御の備えに続いては、そなたらの使う武器じゃ」

 モエギは首飾りから赤い勾玉と青い勾玉を取り外し、

「神司であるお主らには、わしが妖怪討伐の命を受けたさいに、天つ神・国つ神より賜った七枝刀・七天罰からの一枝、炎天えんてん氷天ひょうてんを貸し与えようぞ」

 彼女が2個の勾玉を床にそっと置くと、それらは二組の長さ七十五センチほどの紙製ハリセンとなった。


 龍星と陽樹は床板の上に置かれたハリセンをじっと見つめていたが、

「……どうひいき目に見ても、お笑い用のハリセンに見えるんだが」

「ハリセンではない。魔を祓う扇、破魔扇はませんの形をとらせたのじゃ。これでひと打ちすれば、フクマは快刀乱麻かいとうらんまを断つがごとく、見る間に雨露のごとく消え失せる」

「これがねえ」

 握りの部分が赤いハリセンを拾い上げ、龍星はそれをなおも不審な目で見つめる。

 赤い勾玉が変化したこちらが炎天で、青い勾玉が変化したもうひとつのハリセンが氷天であることは握った瞬間に理解できた。

「もし、その形状がいやならば、神司となった今のお主らが念じるだけで望みどおりの姿へと形を変えることはできるぞ」

 その説明を聞きながら、陽樹も握りが青いハリセン=氷天を拾い上げ、

「フクマは女の子に取り憑くっていう話だし、ハリセンだったら不必要に女の子を傷つけることもないと思うよ」

「そうか、そうだな。効果のほどは分からんが、これはこれで良しとしよう。たしかに、女の子相手に切った張った、ってのは気が進まんからな……しかしハリセンか……」

 龍星はハリセンの形をとった神剣・炎天を二、三度素振りをしてみる。

「感触はまんまハリセンだね」

 同じように、氷天を素振りをした陽樹が言い、

「だな」

 龍星は答えつつ、ハリセンを手になじませるようにもう一度軽く振った。


「さて、あとはお主らがなんぞか武芸をかじっておれば完璧なんじゃが」

「そういえば袴姿を見て思いだしたけど、アンタたちふたりって剣道をやってたんじゃなかったっけ?」

 空子が告げると、

「ほう、それは上々じょうじょうじゃな」

 モエギは興味津々といった感じで龍星と陽樹を見る。

 期待するかのようなまなざしに対し、龍星は、

「剣道というか剣術な。しかも剣舞けんぶっていう豊作とか雨乞いのためのお祈りの踊りみたいなもんで、剣術とか呼ぶのはおおげさな感じのもんだよ。あと『やってた』っていう過去形じゃなくて、今も『やってる』という現在形だ」

「まあ、小さな道場なんでリュウちゃんと僕のふたりしか正式な門弟がいないし、剣舞といってもどこかでお披露目ひろめとかしたこともないしね。それに加えて、今はお師匠さんが『遠方の昔馴染みから頼み事された』とか言って旅に出ちゃってるから、自分たちでできる範囲の基礎鍛錬しかしてないし」

「頼み事ってのも本当かどうかあやしいけどな。絶対に諸国漫遊、物見遊山ものみゆさんの旅だ」

「リュウちゃんはこう言ってるけど、これ、お師匠さまに連れてってもらえなくてすねてるだけだから」

「子どもじゃのう」

「子どもね」

「誰が……いやまあそうだな。でも言い訳みたいに聞こえるかもしれないけど、ついていきたかったのは旅行したかったからってよりも、頼み事された師匠の手伝いをしたかったんだよ」

「リュウちゃんも僕もなんだかんだ言いつつ、お師匠さまのことは尊敬してるしね。お師匠さまが困ってる人を助けるっていうのなら、僕だってその手助けはしたいし」

「ふむ、それはよい心がけじゃな。しかしまあ、このご時世に剣術とな? どれほどのものか、わしに見せてみよ」

「見せてみよ、って剣術が分かるのか?」

「まあ少しなりとはいえ、流派くらいは大まかに分かると思う」

「うーん、俺らの習ってるのはマイナーすぎて見ても分かるとは思わないが、そうまで言うのならちょっと見せてやるか。そうだ、ハル。ちょっと耳を貸せ」

 と、龍星が小声であるアイデアを伝えると、

「それはちょっとイジワルじゃないかな」

 陽樹は少し困ったように感想をもらす。

「いや、これならもしあの子が答えられなくても、あの子の恥にはならないだろ」

「そんなものかなあ。まあでも、やってみるよ」

 ふたりは剣術の腕前をモエギに見せるべく準備にとりかかった。

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