11、やらかした

 モエギの気迫に押され、龍星と陽樹が三人の巫女から頼まれて石を動かしたことの一部始終を告げると、

「重ね重ね聞くが、それはまことか? 本当に要石を動かしてしまったのか!?」

「あ、ああ」

「なんということをしでかしてくれたのだ」

 モエギは天を見上げるようにしてその場にへたり込んでしまう。

「シズカ、スズノ、カガチの三人の姿が見えぬと思ったら、そのようなことを企んでおったとは!」

「やっぱりなんかまずいのか」

「かなり深刻じゃ。さきほど話したとおり、フクマが出てくることになる」

「その……本当に妖怪なんているのか?」

 龍星の問いに、

「この目が嘘をついているように見えるか」

 モエギは真剣な表情をしたまま、ぐいっと顔を近づけてくる。

 彼女の瞳の中に自分自身が映っているのがはっきりと分かるくらいの距離まで迫られて、

「見えない」

 と、龍星は気圧けおされたように一言で答えた。


 ここまでの神様やら妖怪やらという突拍子とっぴょうしもないエピソードは話半分という感じで聞いていたが、目の前の少女が見せている今まで以上にない真剣味や狼狽ろうばいっぷりは、龍星に『とにかくなにかマズイことをしでかした』と思わせるには充分すぎるほどだった。

 陽樹のほうも同じように感じているのが雰囲気で見て取れた。


「それじゃあ、石を動かしたときに出てきた冷気ってもしかして……」

 思いだしたかのように告げた陽樹の言葉に、

「あ、あれがそうなのか!?」

 龍星と陽樹は顔を見合わせる。

「いや待て、さっきの話だとそのフクマとかいう妖怪は人の精気を奪うんだろ? だとしたら、俺とハルはその場で最悪ぶっ倒れていないとおかしいはずだが」

「お主らが会った三人は蜘蛛のシズカ、猫のスズノ、蛇のカガチとそれぞれさきほどの話に出てきた妖怪にして今はわしの僕として働いている巫女じゃ。その者たちがいたのでフクマとしては慌ててその場を逃げ去るしかなかったとすれば筋は通る」

「あの巫女さんたちが……妖怪?」

「妖怪っていうか、悪いことをするようには全然見えなかったけど」

「改心したものと思っていたのじゃがな……今の話を聞くかぎりはお主らをそそのかして封印を解かせたのは間違いないようじゃ」

「それが本当なら騒ぎになる前に元通りに封印したほうがいいよなあ」

「だねえ」

「話が早くて助かる」

「だったら善は急げだ。と言ってもどうすればいいかよく分からんが」

「石を元々あった場所に戻すだけじゃ駄目なのかな」

「さっきも言ったとおり、要石は彼奴きゃつの封印、いわば容器にするふたのようなものじゃ。中身がからの状態でふたをしたところではなんにもならん」

 と、ここで三人の会話に、

「ねえ、なんかおかしくない?」

 空子が口をはさんできた。

「なにが?」

 ――今までの話のどこかに疑問があったのだろうか? たしかに神様に妖怪と現実的でない話が続いていることには違いないとしても、天女モエギを自称する少女が見せたこの慌てようは間違いなく自分たちがやらかしたせいなのは疑いようもない。

 などとさまざまな考えを巡らせている龍星とは裏腹に、

「ああ、もっと早くに気づくべきだったね」

 陽樹が深刻な表情で応じる。

「だから、なにが?」

「外が静かすぎるんだよ」

 陽樹の言葉どおりに、今まで遠巻きに聞こえてきた祭りの騒がしさがまったく聞こえなくなっていた。


 ハッとなったモエギが立ち上がり、さっと縁側へと飛び出して周囲を見渡し、耳をすませた後、玄関口のほうへと向かう。

 まるで跳ねているかのように身軽かつ足早に歩く彼女のあとを、一同は追うようにしてついていく。

「どうしたっていうんだ?」

「悪い予感がする。杞憂きゆうであればよいが……」

 龍星の問いに振り向くことなく答えたモエギはさらに足を速めた。


 縁側から見える空はまだ闇と言うほど暗くなってはおらず、濃い青と灰色の絵の具を半分ずつ混ぜて大きな刷毛はけで塗り上げたようだった。

 そして一行の歩みに合わせるかのように、暗さは徐々にその濃さを強め、空全体を侵蝕しようとしていた。


 広めの玄関口につくと、モエギが扉を開け、中にとどまったまま外の様子を確認する。

 さきほどまでの祭りの賑わいと熱気はどこかへと消え失せたようで、夏の夜とは思えないほどひんやりとした空気が建物の外を流れているのがひしひしと感じられた。

「たしかに妙に静かだな……ちょっと様子を見てこようか?」

 と言って、下駄をはいた龍星がモエギの横を抜けて外へと出て行こうとする。

「待って、リュウちゃん。僕も行く」

「待て! 外へ出てはならぬ!」

 モエギの警告よりも早く、ふたりは建物の外へと踏み出していた。


「なんだ……これ……」

 外気にさらされた瞬間に全身を襲った脱力感、それに対する言葉を最後まで言い終えることができずに、龍星は立ちくらみを起こしたように崩れ落ちかける。

 慌てて龍星を支えようとした陽樹も同じようにふらついて倒れかけた。

 要石を動かしたときに感じた冷気。あのときと同じ冷えた空気が今回は一瞬で彼らの体を包み込み、体のぬくもりをむしばみ、体力を奪ったからだ。


 モエギが素早く手を伸ばし、体勢を崩したふたりの体をがっしりと支えて玄関の中へと引き戻す。

「ほら言わんこっちゃない。大事ないか、ふたりとも?」

「ああ、少し頭がくらくらするがな」

 どうにか立ち直った龍星が答える。

「今のはいったい?」

 陽樹の問いに、

「お主らには感じ取れぬだろうが、今、外は妖気で満ち満ちておる」

「さっき言ってたフクマとやらのせいか」

左様さよう。お主らはその妖気にあてられたのじゃ。この中はわしの神力で守っているからどうにか無事じゃがな」

「精気を奪うってのは、もうちょっとじわじわとしぼり取られる感じだと思っていたんだけどね」

「一気に元気が吸い取られるような感じだったな」

「これで少しは信じる気になったか?」

「自分の身で体験したからな。話を聞いてただけじゃ半信半疑、どちらかと言えば信じるよりも疑い寄りだったりしたが。しかしこうなると、どうにかしないといけないのは分かるが……」

「どうすればいいの?」

 龍星と陽樹は答えを求めるように、モエギのほうを見る。

「もちろん、打って出るのじゃ」

 彼女の答えは実にシンプルだった。

「この状況でか? ちびヒメには昔ほどの力はないんだろ? そして俺らはちょっと外に出ただけであの有様ありさまだし、到底戦力にはならんぞ」

「策はある。ついてまいれ」

 モエギにうながされ、一同は廊下を戻る。

 しかし向かった先は和室ではなく、廊下を挟んだその向かいにある壁、床、天井が板張りになった道場めいた広い部屋だった。

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