10、神の使い
モエギは「こほん」と咳をひとつして座りなおすと、
「まずクモじゃが足が八本。これすなわち御足が末広がりとなって縁起がよい。さらに糸を勤勉に扱うということで、服の神の眷属にはふさわしい。クモは別名を
とホワイトボードにキーワードを書き出しながら説明してみせた。
「なるほど理にはかなっている」
と、龍星たちがうなずくと、モエギは説明を続ける。
「次に、ネコは古来より穀物や衣類をかじり食らう害獣を追い払う。すなわち衣食の守り手となるわけで、やはりこれも縁起がよい。もうひとつの福に関して言えば、お主らも知っておろう。客や金運を招く招き猫というものを」
言われてみれば授与所でも招き猫を扱っていたのを思いだし、さきほどと同じように「なるほど」と龍星はうなずいてみせる。
「そういえば、東北のほうだと猫神信仰とかあるらしいね」
陽樹の言葉に、
「意外な知識を持ってるな」
「ゲームで得た知識だけどね」
「たしか
空子も知識を披露する。
「
と、陽樹が反応し、
「それもゲームの知識か?」
「そっちのほうはテレビでやってた」
「じゃあ多分、同じ番組を見たのね」
「よし、クモとネコに関してはだいたい分かった」
「理解してもらえたようじゃの」
「さて、最後になるが、ヘビとなれば
「ヘビが信仰の対象? その長生きってことでか?」
「地方や場所によっては、ヘビは水神様や雷神様として、豊穣や疫病よけの御利益があるのよ」と、空子が補足する。
「なるほど。そいつは勉強不足で……じゃあ、手水舎でヘビの口から水が出てたのはそういう由来か」
「それこそ別に不思議でもあるまい。蛇口といえば水が出るものと決まっておるしな」
「おお、なるほど。
との龍星の言葉に、今度はモエギが不思議そうに、
「お主、おあとをどういう意味だと思っておる?」
「ん? おあとって結末のことじゃないのか? こう、話にすとんとオチがついて後味スッキリというか
「おあとがよろしいは、次の人の準備ができたので私の話はここまでという区切りじゃ」
「あれ、そういう意味だったのか。ひとつ賢くなった」
「まあ悪さをしていた妖怪が有意性と有用性を
「あくまでも自分が神様という設定はぶれないんだな」
「どう言われようと、そこはわしのアイデンティティじゃからの」
開き直ったのか、モエギは明るさを取り戻したようにやや尊大な態度で答える。
さきほどの意気消沈している状態よりは好ましいので、龍星はあえてさらりと流すことにして、もうひとつ気になっていたことを尋ねた。
「あ、そうだ。ひとつ聞きたいことがあるんだが」
「なんなりと」
「すまん、ちょっとホワイトボードを借りるぞ」
龍星はホワイトボードとマーカーを手に取り、先ほど動かした岩の形を思い出しつつ簡素ながら絵に描いて見せる。
「こんな形の石に見覚えは?」
「うむ。それは
「フクマ? アクマじゃなくて?」
聞き慣れぬ言葉に、陽樹が問い返す。
「フクマは服魔、伏魔、含魔、覆魔とも書く大妖怪じゃ」
モエギはマーカーを手にして、ホワイトボードに漢字を書き記す。
「服魔ってことは、そのまんま服の妖怪だったりするのか」
「服の天女様がいるんだから服に関係する魔物がいてもおかしくないのかもね」
「うむ、フクマが服の妖怪かというとまあ半分当たりで半分は外れじゃ。それはともかく、フクマは1にして百、百にして1という感じの、形をもたない
「悪さってのは具体的にどんなことを?」
「周囲の人間から精気、つまり活力や元気といったものを奪う。また取り憑かれた本人の願望を暴走させ、それをどのような手段をとってでも叶えようとすることもある」
「どっちも厄介そうだな」
「うむ。こやつだけはわしひとりの力ではどうにもできず、さきほどの三体の僕だけでなく、妖怪退治を
「退治じゃなく封印ってことは、それだけ手に負えない強さだったってこと?」
「うむ……まあ、そういうことになるのかもしれん」
と今までの歯切れのよさとは違い、どこか言葉をにごすような感じでモエギが答える。
「ちょっと待ってくれ。その要石でふたをした、ってことはそれを動かしたりなんかしたらどうなる?」
「当然、フクマは解き放たれて、外に出てくることになるな。まあ要石を動かすことなど到底できないじゃろうが」
モエギの答えに、ふたりの少年は顔を見合わせる。
「ん? どうかしたのか?」
「実は、その石をだな……その、動かしてしまったんだが」
今度は龍星が言葉をにごすように答える。
「馬鹿を申すな。あれはそうそう簡単に動かせる
「そうは言うけどなあ、あれ、もの凄く軽かったぞ」
「見た目のわりにね。だから思ったよりも簡単に動かせたんだけど」
「なにぃっ!?」
モエギが急に顔色を変えて立ち上がると、
「どういうことじゃ、いったい! 事の次第を詳しく申すのじゃ!」
ふたりのほうへと身を乗り出して迫った。
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