9、福は服、服は福

「これはその……イタい妄想が暴走しがちなアレな子か?」

 龍星はかたわらの陽樹に小声で問う。

「なりきりとしての設定でしょ。着ぐるみで質問されたとき用の」

 陽樹も小声で答える。

「なるほど」

 そのひそひそ話が耳に入ったのか、

「そこの男子ふたりは信じておらんようじゃな」

「急に福の神だと言われても……まだ座敷童ざしきわらしですと言われたほうが信じられる」

「座敷童じゃと……まあたしかに座敷童も福を司るものではあるが、わしのほうが格が高い。なにしろ福と服を司る神じゃ。正確には神仙、さっきも言ったように天女じゃが」

 少女は自慢げに言うと、もういちワンピースの裾をひるがえすようにターンしてみせた。

  見た目も背の丈もまた振る舞いと身にまとう雰囲気もよく見積もって小学校高学年くらい。とても話の中の天女のように数百の年を重ねているようには見えない。

 まあ空想話や設定として聞く分にはなんの問題もないと考え、龍星は話を続けることにした。


「で、その……ハタオリノモエギヒメ」

「その名はちと長いからモエギでいいぞ」

「知り合ったばかりの女の子をいきなり呼び捨てにするのも気が引けるし、かといってちゃん付けで呼ぶのもなれなれしいし……」

「ならば、モエギヒメとうやうやしく呼ぶがよい。わしが許す」

「それはそれでどうなんだ……ヒメってことならヒーメちゃんでいいか?」

「それは絶対にイヤじゃ。あのようなちんちくりんのマスコット呼ばわりされるのは我慢ならん」

「じゃあ、ちびヒメってのは?」

「ちびは余計じゃ。というかちびヒメという呼び方も十分なれなれしいわ」

「だったらヒメ様ってのは?」

 陽樹の提案に、

「そうじゃな、この神社のものはそう呼ぶし、それでよい! うむ、お主らもこれからわしのことはヒメ様とおそうやまうように呼ぶがよい」

 喜色満面といった感じでモエギが可愛らしく笑顔を浮かべる。


「じゃあ、そのヒメ様に聞きたいんだが、百歩ゆずって服をつくってた天女が妖怪退治をしたのは分かったが、それからどうして福の神になる?」

倉廩そうりん実ちてすなわち礼節を知り、衣食足りて即ち栄辱えいじょくを知るというわけではないが、衣食住の一番手である衣こと服が福に通じるというのは分かるじゃろ?」

 座り直したモエギが、マーカーを手に取ってホワイトボードに『服』と『福』のふたつの漢字を書いたのち、それらをイコールで結んでみせる。

「なるほど……ん? もっともらしく聞こえるけどダジャレだよな」

「言葉遊びと言ってほしいがの。まあ言霊ことだまという言葉もあるように、言葉には霊力が宿っておる。だからダジャレなどとゆめゆめ無碍むげにするなかれ」

「まあその服の神から福の神になった、ってのはよしとして……その……容姿が絵とだいぶ違うんだが」

「お主が言いたいことも分かる。本来ならわしはもっとおごそかでもっとゴージャスでもっとずっと美人なはずじゃからな。さきほど見せた墨一色の絵や色とりどりの刺繍などでは、元々の見目麗みめうるわしさ、華麗さはおぼろげどころかまったく伝わらんじゃろうて。で、なにゆえにわしがこんなちんちくりんな格好をしているかというとだな――」

 少女モエギがそのいきさつを話し始めた。


 それを簡潔にまとめると、多くの妖怪を退治した天女モエギはこの地で福と服の神ハタオリノモエギヒメとして民に崇められることになった。そうして幾分か穏やかで平和な時代が続いたのち、人々の心からはゆるやかに信仰がうすれていき、それに伴うようにハタオリノモエギヒメの力も弱まり、いつしか顕現した際の姿も少女のものになってしまったという話だった。


「なるほどとうなずきたいところだが、納得していいのかどうか判断できん。ハルやクーコさんはどう思う?」

「僕は納得できるよ。信仰を失った神様が力を失うとかは漫画やゲームでもよくある設定だし」

 とのハルの返事に対し、

「うーん、話としては理解はできるけど、この女の子が神様本人かどうかはちょっと判断できないかな」

 と、空子は彼女なりの答えを出してくる。

「まあいきなり、この姿で『わしは神じゃ。信じろ』と言われても無理があるのは、自分自身でもよく分かっておる。元の天女姿で神様パワーとか発揮できればよかったんじゃが」

 モエギはちょっとさみしそうにぼやいたあと、

「まあ想像できないのであれば、かつてのわしの輝かしい姿を再現した絵を見せるのが手っ取り早い。というわけで、正しい姿に近いものをプリントアウトしたのがこちらになります」

 と、華やかに彩られた紙を三人の前に出してきた。


「いや、いくらなんでもこれは……」

 墨で描かれた絵巻物や糸を用いた刺繍とは違い、B4サイズのそれは完全にカラフルなCGとして描かれたものだった。

 しかも絵の中心となっている天女は目の前にいる少女の数年後というおもむきはあるものの、話に出てきたようなシンプルで古風な天女像といったイメージではなく、どこかアニメやゲームのような華美な装飾を身に着けたトレーディングカード風にアレンジされた漫画アートな絵柄だった。

「当世風でよいじゃろ。ネットのお絵描き掲示板で見かけた絵師に頼んで描き上げてもらった。もちろん相応の対価を払ってじゃが。これも当世風にいうと絵師ガチャ大当たりというやつじゃな」

「誰かさんと似た発想の人間がここにもいた」

「わしは人間ではなく天女じゃがな」

「よしよし、その設定を引きずるのなら七、八年後くらいにまた会おうな。そのころには、この絵に描いてあるくらいの美女になっているのは俺が保証してやる。まあ保証になるかは分からんが」

「なるもなにも、これはわしじゃというのにまったく信用しておらんな」

「あまり女の子の言葉を疑うのは趣味じゃないんだけどな、かといって自分の目を疑うわけにもいかんし」

 龍星の言葉に、モエギはこれまで以上にがっくりと肩を落とし、

宮参みやまいりや針供養はりくようといった祭事を行うものも減り、ほとほと力も弱り果てた挙げ句にこのような若僧にまで格下のごとく見られるとは――」


 天女を自称する少女のあまりの意気消沈ぶりを見かねて、

「……この絵のような数年後の姿なら好みのタイプだと言ったら慰めになるか」

 龍星がフォローのつもりで声をかける。

「このタイミングではあんまりならんじゃろ」

 とのモエギの答えに、

「まあそうだよなあ」

「ちょっと。とってつけるにしても、もう少しましな言葉があるでしょ」

「いや、本人の前でその言い方はどうかと思うが」

「というか、リュウちゃんにソラちゃんももう少し言葉を選んで」

「そこまで気を使わなくともよい。お主らが疑うのも無理がないことくらい、このわしが一番よく分かっておる」

 部屋の中の空気がいっそう重く寒々しいものになる。


 室内に漂うしんみりとした空気を入れ替えるように、

「まあ、それはともかくとしてだ、この神社はクモが絵馬に描いてあったり、狛犬のかわりにネコだったり、龍のモチーフのかわりにヘビだったりと、なんというか服と福の女神様を奉る神社というには統一感がない気がするのだが」

 龍星がモエギに尋ねてみると、

「分からぬものか?」

 逆に不思議そうに返された。

「分かるものなのか?」

「簡単な話じゃ。さきほど妖怪退治のためにわしが天上からつかわされたと説明したであろう。巻物にも記されておるが、それら妖怪のうちクモ・ネコ・ヘビの変化へんげをわしがこらしめたのちに召し抱えて自らの使いとしたのじゃ」

 モエギは刺繍でできた絵巻物をさらに広げて指でなぞるようにして示す。

 地上に降りてきた天女が七支刀だけでなく炎や冷気、雷をまとう武器でさまざまな妖怪たちと戦いを繰り広げている様子のあとに、猫や蜘蛛、蛇の姿をした妖怪を諭し導くような描写が色鮮やかな刺繍で表されていた。

「悪さをした妖怪がこらしめられて神様の使いになるってのはありそうな話だね」

「んー、そういう話もありなのかもしれんが、俺にはクモやネコやヘビが服と福の神様の使いってのがいまいちピンと来ないんだが」

「それにはきちんと理由がある」

 モエギは少し気を取り直した様子で、三人の方へと向き直った。

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