8、天女を名乗る少女

 しばらく待っていると、

「さて、待たせたの」

 部屋を飛び出していった少女が戻ってきた。

 肩紐と胸元にフリルが並んだ純白のゆったりとしたワンピースに着替えており、手にはいくつかの巻物や古そうな書物、それらにプラスしてホワイトボードを持っていた。


 少女は三人の向かい側、さきほどまで老婦人がいた場所に腰掛けて、

「それでは」

 と話し始めようとするが、言葉が止まる。

 見ると、彼女の大きな瞳は、龍星たちの前に置かれたしべりあに注がれていた。

「……半分個でよければ、食べるか?」

 なんとなく彼女の心中を察した龍星が言うと、

「もらってもよいのか?」

 少女は目を輝かせながら尋ねる。

 龍星は「ああ」と答えて、しべりあを半分に切り分けるべく、フォークをナイフのようにして菓子の上面へと食い込ませた。


 堅そうに見えた薄皮にすんなりとフォークが入っていき、カステラ、あんこ、カステラとそれぞれの層を止まることなく上から下まで切り分けていく。

 しかしながら大きさは均等とはいかずに、ややいびつな形での切り分けになってしまったが、龍星は大きい方を少女の取り分として彼女のほうへ向けて差し出す。


「お主、いい奴だな」

 少女は手を伸ばして、しべりあを受け取るとそれを一口で頬張り、至福の笑みをその年相応の瞳に宿した。

「ん~、甘い」

 そんな感想をもらした彼女の反応を見て、龍星も手元に残ったしべりあを口に入れてみることにした。


 カステラとあんこの層は分離することなく、ぴったりと寄り添うようになっていたのでそのままカステラ部分とあんこの部分を一緒に味わえるように口へと運ぶ。

 カステラはしっとりとしていながらほどよく弾力があり、あんこの部分は羊羹ほど堅くはなく、あんそのものほど柔らかくもなくといった感じだった。

 甘いもの同士を組み合わせたこのしべりあはくどくなるような甘ったるさではなく、カステラとあんこの持つほどよい甘味がお互いを引き立てていて、龍星的には好みの味だった。

「想像していたよりは控えめだけど甘いね」

「うん。でも、おいしい」

 と、同じようにしべりあを食べた陽樹と空子も感想をもらす。どうやらふたりもしべりあを気に入ったようだ。


 しべりあが全員の口の中へと消えると、少女はどこからともなく取り出した手拭きで手を拭い、「こほん」ともったいぶったような咳払いをひとつして、

「さて、それではこの神社の由来じゃが、そもそもお主たちどこまで知っておる?」

「服と福の神様の神社って以外、実はよく知らないんだ。今回初めて来たし」

「同じく」

「では、まずその福と服の神について聞かせてしんぜよう。この神社はかつてこの地で悪さをなす妖怪変化ようかいへんげたちを成敗した機織はたおりの天女、ハタオリノモエギを福と服の神ハタオリノモエギヒメとしてまつったものじゃ」

「機織りの天女って七夕たなばた織姫おりひめのこと?」

 陽樹の問いに、

「職場は違うが、まあ仕事は同じようなものじゃな」

 少女が答える。

「待ってくれ、なんで機織りの天女が妖怪退治をすることになったんだ?」

 続く龍星の疑問に、

「それはまたもっともな疑問じゃな。それについてゆっくりと説明していくとしようぞ」

 少女は持ってきた絵巻物を座卓の上に広げていく。

「スマホやタブレットといったハイテクなもので説明してもよいのじゃが、まあレトロというか、こういったアナログも乙なものよ」

 広げられた絵巻物には墨で描かれた古めかしい絵とそれを補足するように書かれた文字が交互に並んでいた。


「今よりはるか昔、まだ電気やガス、水道といったインフラ設備など無く、夜は黒漆くろうるしのように暗く、山野さんやに獣だけでなく人ならざるものが跳梁跋扈ちょうりょうばっこしていた時代……」

 少女は巻物を指さしながら、立て板に水といった感じで滔々とうとうと話し始める。 


「大地で暮らす人々は地上で自然のもたらす恩恵に喜びを感じると同時に、自然が引き起こす災厄に嘆きを覚え、日々を、四季を過ごし、子を産み育て土へと還っていく栄枯盛衰えいこせいすいを世の習いとしていた。彼らの根ざした大地よりも遙か上、雲の上の世界である天上界にはそんな大地で生きる人々を見守る神々がおり、神と人が着る衣服をつくる機織りの天女たちもいた――」

 

 絵巻物には、天女たちがクラシックな手動機織り機を操作する様子やできあがった服を神々に献上したり、人々に服の材料となる繊維についての教えを施している姿が描かれており、その情景を少女の指と言葉がたどっていく。

 そして、話はこの地方の成り立ちと暮らしぶりへと映っていった。


「古くより服飾を営んできたこの地方は天よりの恵みに感謝し、自然の災禍さいかを恐れることはあっても、地と民を見守る神への信仰というものをもっていなかった。それゆえ数多あまた魑魅魍魎ちみもうりょうがこの地と民に目をつけ、人々に害をなし始めた」

 彼女の説明どおり、絵巻物にはさまざまな姿をした怪物たちが描かれ、それらが人々に害悪をなす様子が描かれていた。


「それを見かねた天上の神々は機織りの天女からひとりを選び出し、妖怪の成敗せいばいを命じて地上へと派遣した。ここまではよいか?」 

 話を聞いている三人が一様にうなずくと、少女はさらに別の絵巻物を広げていく。

 こちらは紙ではなく布でつくられているようで、絵も墨ではなく色とりどりの糸で縫い上げた刺繍になっていた。

 巻物に縫い合わされた絵の中から、少女が指し示したのは、奇妙な形の剣を手にした色鮮やかな羽衣はごろも姿の女性が天空から地上へと降りていく様子だった。

 なぜ剣が奇妙に感じたのかというと、それは本体からまるでサボテンの枝のように数本の刃が横に飛び出しているという形をしていたからだ(龍星たちはあとで知ることになるのだが、このような形状をした剣は七支刀しちしとうと呼ばれるものだった)。

「この変わった形の剣を持ってる女の人がその天女様か」

「そう、彼女こそ神々の力を宿した神剣七天罰しちてんばつを手に地上へ降り立ち、のちにこの地で服の神ハタオリノモエギヒメとして名を馳せる天女モエギ……そして聞いて驚け――わしこそがそのハタオリノモエギなのだ!」

 少女がばっと勢いよく立ち上がると、胸を張るようにして誇らしげに主張する。

 彼女のつけていた首飾りが反動で揺れ、勾玉状の石がそれぞれ自身の存在を誇示するかのように踊った。

「この神社にたてまつられてる天女様と同じ名前か」

 龍星の素っ気ない反応に、少女はやや不服そうに、

「まあ、本人というか本物じゃからな。というか、わしの求めていたリアクションはそうではない」

「え? 本物ってことは本物……?」

 空子が小首をかしげるように問うと、

「うむ、そこそこいいリアクションじゃな。そうじゃ、正真正銘本物の天女にして福と服の神、それがこのわしじゃ」

 モエギと名乗った少女は気取ってひらりとその場でターンしてみせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る