7、ヒーメちゃんが来た
突然といえるヒーメちゃんの登場に、部屋の中にいた三人が反応できずにいると、
「これ、ヒメ様。はしたない」
ヒーメちゃんに続くようにして姿を見せた老婦人が着ぐるみに向かって、優しくたしなめるように言う。
「そうは言うがな、スズノとカガチはおろかシズカですら姿が見えんのだ。わしばかり子どもの相手をしていては疲れてしまう」
着ぐるみの主は愚痴っぽく答えながら、その大きな頭を下から持ち上げるようにして取り外す。
その首元に、七つの色違いの
「それに暑い。暑くて重い。少し休まなくては話にならん」
着ぐるみの頭に続けて胴体部分を脱ぎ捨てるようにして中から現れたのは、頭にタオルを巻きつけた十一、二歳くらいの女の子だった。
勝手知ったるような振る舞いや態度から察するに老婦人の孫だろうか。
しかし普通は孫に様をつけて呼ぶようなことはないだろう。
それに見たところ、老婦人と女の子に似たようなところはない。
「ふう、この部屋は涼しくてよいのう」
少女が頭に巻いていたタオルをほどいて首を軽く振ると、肩の少し上まで伸びたゆるやかなウェーブの髪が広がった。
くりくりとした可愛らしくぱっちりとした大きい瞳、耳はふっくらとしたいわゆる福耳で、それが余計に彼女を愛らしく見せている。
『ヒーメちゃんはこの子をデフォルメしてつくられました』と説明されたら見た者すべてが納得する容姿をした少女はグレーで縁取られた黒のハーフトップとレギンスを身につけ、そこから露出した白い手足はつい今しがたまで着ぐるみの中に入っていたせいか、ほんのりと
「マトリョーシカだっけ?」
「入れ子構造ってヤツだな」
男子ふたりが見たままを連想した単語をそのまま口に出す。
「あー、まったく暑くてたまらんっ! マスコットキャラクターというのは、思いのほかにハードすぎるわっ!」
脱ぎ捨てた着ぐるみを廊下を挟んだ向こう側にある部屋へ
着ぐるみ状態のくぐもった声からは想像もつかない澄んだ声だった。ただ、その口調はどこか外見とは不釣り合いだった。
子どもらしい外見に似合わず、落ち着いたというより老成したもののように感じる。
そして声だけでなく、その身全体に
彼女の襟元にも七つの色とりどりの勾玉状の石を紐でくくった首飾りがあり、少女の動きに合わせてそれぞれの石が軽く揺れ、部屋の明かりを反射してきらびやかに色めく。
「麦茶か、わしもそれをもらうとするぞ」
少女は言うが早いか、老婦人が持つお盆の上にあったコップに手を伸ばし、中の麦茶を一気に飲み干すと、
「あー、うまい。生き返った気分じゃ」
空になったコップをお盆に戻して和室内の三人へと向き直る。
ここで初めて、三人と少女の目がしっかりと合った。
少女を改めて見てみると、着ぐるみの可愛らしさとはまた違う感じの、どこか人懐っこい小動物を思わせる可愛らしさだった。
彼女は龍星と陽樹のふたりを品定めするような光を瞳に浮かべて、
「ほうほうなるほど、お主らがこの神社の由来を聞きたい、と申す連中か」
と聞いてきた。
その問いに、男子コンビがうなずくと、
「おお。そうかそうか。若いのに感心なことじゃ」
少しきつめに見えていた輝きが少女の瞳から消えて、その表情がいくらか
「そうじゃ。せっかくだから、わし自らこの神社の由来を言って聞かせよう。そこな助勤巫女も聞いていくがよい。メガネがなくては内勤もおぼつかないであろうし、ならばせめてこの神社の由来を聞き取って校外学習のレポートとするがよい。と、その前にちと待っておれ」
と、少女は来たときと同じような騒々しさと慌ただしさで部屋を出て行った。
「ごめんなさいね。どたばたしてしまって」
と言う老婦人に対し、
「いえ、大丈夫です」
龍星と陽樹は答える。これはその場をつくろうための方便ではなく本音だった。
「あの子の分とお嬢さんのためのお茶を用意するので、もう一度失礼しますね」
と、老婦人はしべりあの乗った皿を空子の前に置くと、空になったコップを乗せたお盆を持って部屋を後にする。
再び和室には三人だけが取り残されたかたちになった。
龍星は空子がどこか
「クーコさん、どうかした?」
と尋ねる。
「いや……あの子、どうして私がメガネなくて困ってるって分かったんだろう?」
「この神社の子なら知っててもおかしくないんじゃないか?」
「だって会うの初めてよ」
「神社の子なら誰かしら
「うーん、どうなのかしら」
空子は不思議そうに考え込んだ。
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