6、しべりあ
顔見知りと出会ったことで少し肩の力が抜けたのか、「ふう」と空子が目を軽く閉じて一息つく。
「いやしかし、こんなところで会うとは思ってなかった」
龍星が彼女に言うと、
「それはこっちも同じ」
と、空子は目を開いて、背筋を伸ばした正座の姿勢を崩さぬまま応じる。
「それはそうと、なんでソラちゃんが巫女さんとしてこの神社に? ソラちゃんの通ってる女子校ってそういう系統だったっけ?」
との陽樹の問いに、
「そういう系統じゃないのはたしかだけど、うちの女子校は校外学習の一環として地域貢献のためのアルバイトが奨励されてるの。で、夏休み中の自由課題も兼ねてこうしてアルバイトとして巫女さんをやってるわけ」
彼女が答える。
「授与所にいたのもそういった感じの子たちなのかな」
「そう、同じ学校の生徒」
「ところでクーコさん、メガネはやめてコンタクトにしたのか?」
龍星が尋ねる。小学校のときからトレードマークの一つにもなっていたメガネを彼女がかけていなかったからだ。
「そうじゃないけど、ちょっとメガネ壊れちゃって、近くのものしか見えなくて危なっかしいから内勤にさせてもらったの」
「なるほど。加えてすごい変なこと聞くけど、クーコさんはネコミミつけないのか?」
「つけないわよ。あれをつけてるのはネコさんチームの人だけ」
「ネコさんチーム?」
「さっきあった猫耳帽子の巫女さんが関係してるのかも」
「そう、その人のチーム」
「巫女さんにチームとかあるのは対抗戦でもしてるのか?」
「違う違う、この神社には本職の巫女さんが三人いるんだけど、それぞれ担当する場所が違うから、バイトとして入ったわたしたちがそれぞれの下に振り分けられたのをチームって呼んでるだけ」
「そうすると、ソラちゃんのチームはなに?」
陽樹に質問された空子は少し言いよどむようにしてから、
「……ヘビ」
と一言だけで答えた。
「ヘビってあんまり女の子のチームにつけるものじゃないと思うけどな」
「そう言われても、振り分けで決まっちゃったんだからしょうがないでしょ」
「ヘビさんチームはなんかヘビを連想させるアイテムとかつけてるの?」
「ううん、なにも。もう一つのクモさんチームもそれっぽいアクセサリーとかはつけてなかったはず」
「ここでも、クモ・ネコ・ヘビか」
龍星の指摘に、
「あ。となると、チーム分けにもなにか意味があったのかしら」
「やっぱり神社の由来を聞いてみないと始まらないね」
「ところで、私のことはともかく、なんでふたりはわざわざ隣町の神社まで来たの? お祭りを楽しむだけなら別にここまで来なくてもいいはずよね?」
「えーと、それは……」
今度は龍星と陽樹のほうが言いよどむ。
そんなふたりの態度を見て、
「ああ、なるほど。どうせ今回の夏祭りイベントに集まった女の子と仲良くなりたいとかモテたいって神頼みをしておこうとか大方そんなところでしょ」
ずばり正解そのものを突きつけられて、
「図星だねえ」
「なあ、バイトとはいえ巫女さんになると、霊能力っていうかスピリチュアルななにかが身につくのか?」
「つくわけないでしょ。そんなものなくても、ある意味長い付き合いだし。しかしまあ、アンタたちの行動力には感心するわ」
「感心していただけましたか」
「言葉の意味をそのまま受け取らない。ふふっ……本当、こういう会話するの久しぶり」
空子は楽しそうに微笑み、
「実はね、ちょっと肩身が狭かったというか、メガネがないせいでバイトとしての役割も果たせなくて……ほらひとりだけ休んでるみたいな状況なわけじゃない? だからふたりが来てくれてお茶くみだけでも仕事ができてうれしいというか、成り行きだけど神社の由来を聞いて課題にできるのはちょっとありがたかったりする」
と、素直な真情を
「相変わらず……」
「ソラちゃんは
「まあでもありがたいのは俺らも同じかなあ。神社の由来について話を聞くことになったけど、ここまで丁寧な応対をされるとは思ってなくて
「それはあるね」
「ところで話題は変わるけど……このお菓子はなんだろ? カステラだよな……?」
龍星は長机の上に目をやり、フォークとともに皿に置かれた菓子を指さす。
カステラで
「カステラであんこを挟んだ『しべりあ』っていうお菓子だね。シベリアに走る鉄道をイメージしたお菓子だって、テレビでやってた」
「ふーん。カステラにあんこの組み合わせとか、かなり甘そうだな。って、これ食べてもいいんだよな」
と、龍星は皿のほうへと手を伸ばす。
「ソラちゃんの分が来るまで待つべきじゃない?」
「……それもそうだな。っていうか、召し上がれとも言われてないのに手をつけるのは行儀が悪いか。じゃあしばらく待つとしますか」
と、龍星がしべりあに伸ばしかけた手を引っ込めた瞬間、廊下のほうからどたどたと騒々しい足音が響いて、
「この神社の由来を知りたいものがおると聞いてきたが、まことか?」
幾分くぐもった声とともにガラッと勢いよくふすまが開くと、さきほど境内で見かけたマスコットキャラのヒーメちゃんが現れた。
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