5、再会

 陽樹の応対をしていた猫耳カチューシャの巫女がひとり、授与所の表へと出てきて、


「それでは、ご案内します」

 と、龍星と陽樹を先導するように歩き出す。


 ふたりが彼女についていくと、授与所の裏手にある住居とおぼしき建物へと案内された。


 その玄関口で「こちらで履き物をお脱ぎください」と促され、ふたりはそれぞれ履き物を脱ぐと「おじゃまします」と会釈をして建物の中に入る。


「では、こちらへ」

 と、巫女がついてくるように示し、一行は祭りの賑やかさとは一線を画した感じの落ち着いた庭に面した板張りの縁側えんがわを進んでいく。



 しばらくして、先頭を行く巫女がとある障子戸の前で立ち止まると、すっと両ひざをついて「失礼します」との言葉とともに、きれいな所作でそれを開けた。


 その向こうは長細い座卓が置かれた畳敷きの広い和室で、そこでふたりを待っていたのは、白い髪をした穏やかそうな雰囲気の和装に身を包んだ老婦人だった。


 小柄な老婦人はにこやかに柔和な微笑ほほえみを浮かべていたが、龍星と陽樹のふたりには(お前さんたちの魂胆こんたんなど皆お見通し)というふうにしか見えなかった。


 室内のほどよく効いた冷房すら、ここまでのふたりのもくろみに対して皮肉めいた結末を届けるためだけに冷やされた空気に感じられた。


「ちょっと思ってたのと違ったな、亀の字」

 龍星が小声で言うと、


「ふむ。これは正直、想定外だったね」

 陽樹も思わず苦笑いを浮かべて答える。


「この神社、御利益ごりやくないんじゃないのか?」

「そんな言い方するとバチが当たるよ」

 小声でそんな会話を交わすふたりに、


「まあ、こちらへ来てお座りなさいな」

 と、老婦人が声をかける。


 ここまで来て引き返すわけにも行かず、龍星と陽樹は勧められるままに、部屋の中央に置かれた座卓をはさんで、老婦人と向かい合うように座布団の上へ腰を下ろした。


「ごめんなさいねえ、若い子じゃなくてこんなお婆さんが相手で」

 優しく暖かみのある人の良さそうな笑みを浮かべながら、老婦人が言った。


 ふたりはばつが悪そうに顔を見合わせたものの「いえ、大丈夫です」と姿勢を正す。


 当初の予定どおりとは行かなかったが、きちんとした話を聞くのなら年長者のほうがよいかもしれないとの考えが下心に打ち勝ったのだ。


「それでは、私はこれで」

 と、ここまで案内をしてくれた巫女が一礼をして退室する。

 

 龍星と陽樹のふたりがそれへ会釈えしゃくし、老婦人の話を聞くために真面目モードに入ると、


「失礼します」

 縁側とは反対側に位置するふすまがそっと開けられ、先ほどの巫女たちとはまた違う生真面目そうな顔つきの巫女が、麦茶らしい液体の入った透明なコップとケーキのような菓子を載せた大きめのお盆を持って部屋へと入ってきた。


 おでこを広く見せるような髪型で、彼女も巫女にしては珍しく長髪ではなかった。授与所にいたふたりと同じ年代に見えるのでバイトの巫女なのかもしれないが、彼女は猫耳帽子や猫耳カチューシャをつけてはいなかった。


「前から失礼します」

 と、コップを載せた茶托ちゃたくと長方形の菓子が載った皿、手拭きを卓上へと置いた巫女とふたりの少年の目があった瞬間、


「ん?」

 巫女は眉間みけんにしわを寄せて、目をぐっと細めるようにして彼らのほうを見つめると、


「なんで、アンタたちがここに……?」

 不思議そうに呟いたあと、


「鶴さん亀さんよね……?」

 ふたりに問いかける。


「そういうふうに呼ばれるのもなんだか久しぶりだな」

「誰? 久しぶりってリュウちゃんの知り合い?」


「知り合いって……お前、鶴さん亀さんって呼ばれてるのになんで気づかないんだよ。クーコさんだよ」


 龍星がクーコと呼んだ彼女は南須佐空子みなすざたかこ。龍星と陽樹のふたりとは小学校、中学の九年間クラスが一緒だった昔なじみとでもいうべき仲の少女だ。

 高校進学でその進路が分かれたので、会うのは中学卒業以来だった。


「え、ソラちゃんなの? もしかしてリュウちゃん、気づいてた?」

「クーコさんが入ってきたときからな。というか本当に気づいてなかったのか?」


「ソラちゃんのトレードマークでもあるメガネがないから分からなかった」

「お前、それは失礼じゃないか」


「ギャルゲーだと、メガネはオン/オフするだけで別キャラなんだよ」

「そういう言い方はなおさら悪いわ」


「この様子だと、ふたりともあんまり変わってないみたいね」

 空子は呆れたようにふたりを見る。


「そう簡単に人間は変われないさ」

「男子三日会わざればすなわち刮目かつもくして見るべし、って言葉もあるでしょ」


「僕らには適用されないみたいだね」

「とまあ、こんな感じで俺らは進歩なしといったところだ」

「でもまあ変わってなくて安心したかも」

 と久しぶりの再会に話が弾みかけたところで、


「お知り合い?」

 と老婦人に尋ねられ、「はい」と三人は異口同音に答える。


 答えておいてから、空子はハッとなって、

「すいません、仕事中なのに」

 と老婦人へと慌てて頭を下げる。


「いいんですよ。こうにぎやかなのもなんだか久しぶりでねぇ」

 と、老婦人は相変わらず柔和な表情は崩さない。


 ここで龍星は当初の目的を思い出し、

「そうだ。俺たちは話を聞きに来たんだった」

「話?」

 と尋ねてきた空子に、


「ああ。この神社、今回のコスプレOKのお祭りもそうだけどいろいろと変わってるだろ? 狛犬のかわりにネコだったり、絵馬にはクモが描いてあったり、ヘビから水が出てたりとモチーフになんか統一感がないし」

「だから、それになんか理由があるのかを含めて、この神社の由来を聞いてみようと思って」


「そういわれてみればそうねえ。そういうことなら私も話は聞いておきたいけど……」


 三人がそんなやり取りをしていると、

「そうなるとお嬢さんにもお話を聞いてもらうのがいいのかしらね」

 はたで聞いていた老婦人が提案してくる。


「え、でもそんな……」

 ためらうような態度を見せる空子に、


「いや、せっかくだし、クーコさんも参加しようよ。俺らが聞き取ってあとで説明するよりはここで話を聞いておいたほうが理解も早いでしょ」

 と、龍星が後押しをした。


 空子は逡巡しゅんじゅんした様子のまま、龍星だけでなく陽樹や老婦人の顔色をうかがうように目を動かす。


 旗振り役である龍星はもとより、陽樹や老婦人も彼女の参加を肯定するようにうなずいてみせた。


「……それではお言葉に甘えて」

 と、彼女が会話に加わる意思を見せると、


「じゃあ、ほらクーコさん、ハルの隣に座って。俺が横にずれるから」

 龍星は張り切った様子で場所をあけるため、座卓の横側に移動すると、それまで龍星が座っていた場所へ陽樹が移り、空子はその隣に折り目正しい所作で腰を下ろす。


「それじゃあ、お嬢さんの分のお茶菓子も支度しましょうかね」

 老婦人がよいしょと立ち上がり、お盆を手に取る。


「あ、それでしたら私が」

 慌てて立ち上がろうとする空子を、


「まあまあ、積もる話もあるでしょうから」

 軽く制すると、老婦人は部屋を出て行き、三人だけが室内に残された。

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