4、神頼み

 龍星と陽樹は境内へと戻り、敷地の片隅にある手水舎へと向かった。


 祭りの行われている境内の中にあって、清らかにして穏やかな落ち着いた雰囲気を持ち、ここも祭りの中から切り離された別空間のような印象を与えてくる。

 無人の手水舎は簡素な屋根を四方で支える柱に囲まれ、大きなかめのような水盤には鎌首をもたげた蛇を模した像の口から、とくとくと水がわき出るように流れ落ちていた。


「蛇とはまた変わってるな」

「だね。こういうのってライオンが一般的だと思うんだけど」

「それって西洋の温泉とか金持ちが入るような風呂のイメージじゃないか?」

「そう言われればそうだね。この場合、神社だとよくあるのは龍か」

「そっちのほうがイメージしやすいな。それはそれとして、ここで手を清めるとして、たしか決まりっていうか手順があるんだよな」

「あるね。鳥居を通るのにも決まりっていうか礼儀があるし」

 との陽樹のなにげない一言に、

「ウソだろ? そんなもの気にせずに通っちまったぞ。つうか、知ってたんなら教えておいてくれよ」

「いや知ってるものかと思って」

「まずいなあ、神様が機嫌悪くしてなきゃいいけど。しかし、そうなると手の洗い方くらいはきちんとしておきたいな」

「大丈夫、手順ならそこに書いてあるよ」

「おお、これは助かるな」


 水盤の傍らに置かれたプレートの説明書きどおりに柄杓ひしゃくを右手に持ち、瓶から水をすくってまずは左手を清め、柄杓を持ちかえて右手を清める。そしてまた持ち替えて今度は左手にためた水でそっと口をゆすいで、足下のみぞに静かに吐き出し、もう一度左手を清める。

 最後に、柄杓の持ち手を清めて元の場所に戻すという手順通りに一連の動作をすますと、

「よし参拝しますか」

 と、ふたりは屋台や人混みを避けるようにして、大回りで拝殿の前へと移動する。


 神社を訪れている他の人々はもう参拝をすませたのか、ふたりは特に並ぶようなこともなく賽銭箱さいせんばこの前にたどり着いた。

「どうせなら百のご縁がありますように、と奮発するか」

 五百円硬貨を賽銭箱に投げ入れようとする龍星に、

「五千円とか入れたら、千のご縁があるかもよ」

「さすがに千人とは付き合っていける自信はない」

 さらりとした龍星の答えに、陽樹は軽く声を出して笑い、

「あと五百円は逆に『それ以上効果がない』ってことでよくないみたいよ」

「ん? ああ、硬貨と効果をかけてるのか。それじゃあどうするかな、百の縁ってことで百円にしてみるか」

「百五円じゃなくて?」

「あいにくご縁同様、五円の持ち合わせがない」

「それじゃあ、僕も百円でいいかな」

「ええと、お参りの方法は……これも説明書きがあるな」

「手の清め方といい、こういうのがあると助かるね」

「だな」


 ふたりは説明書きの手順に従って、賽銭を入れ、紐をゆすって鈴を鳴らし、二回頭を下げてお辞儀をして、二度手を打ち、そして最後に一度礼をする。


 いわゆる二礼・二拍手・一礼をすませて、 

「で、結局なにを願ったの?」

「とりあえずメインは百の縁がなくてもいいから、美女美少女に囲まれて明るく楽しくブルーグレーじゃない青春が送れますようにって願っといた」

 陽樹の問いに龍星が答える。

「百円じゃあ、虫が良すぎる気もするけどねえ」

「かなわないとなると、ちょいと困るな。お前さんにも彼女ができるように、ってのもセットでお願いしておいたんだから」

「それはそれは。上手くかなって彼女ができたら恩に着ますよ」

「で、そっちはなにを?」

「んー、リュウちゃんの願い事というか、リュウちゃんの立てたプランがうまくいきますようにって」

「おいおい、せっかくなんだから俺のことより自分本位の願い事でいいのに」

「いやあ、かなえたい願い事がちょっと複雑なんでね、シンプルなほうが神様も楽かなぁと思って」

「まあ神頼みの効果は、次がうまくいくかどうかですぐ分かるな」

「巫女さんに神社の由来を聞くってやつだね」

「それでなんだけど、俺だとチャランポランに見えるから下心がばれるというか警戒されそうだ。というわけで、ハル、巫女さんへの声かけを頼む」

「僕はアニメキャラが描いてあるシャツを着ているんだけど?」

「こんなお祭りならそんなこと気にもされないさ」

「まあ、当たって砕けろって感じで挑戦してみますかね」

 賽銭箱のある拝殿から離れて、手水舎近くにあるお守りやおみくじ、鈴、絵馬などを扱っている授与所のそばへとふたりは移動した。


「じゃあ行ってくるよ」

 と、ワイシャツの前をとめてTシャツに描かれたアニメキャラを極力目立たないようにした陽樹が授与所に近づいていき、

「すいませーん」

 と中にいた若い巫女に声をかけるのを、龍星は少し離れた場所で見守る。

 陽樹の応対をする巫女と授与所内にいるもうひとりの巫女は龍星や陽樹と同じくらいの年齢に見え、化粧っ気はなく髪は短め、そしておそろいのように猫耳飾りのカチューシャをつけていた。

(狛犬の代わりにネコ、巫女さんにはネコミミ、本当に変わった神社だな)


「ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど……」

 と会話を切り出した陽樹に、

「……え? 神社の由来ですか? えーと、ごめんなさい、私たちバイトなんでよく分からないです……あ、ちょっと詳しそうな人がいるかどうか聞いてみますね」

 巫女が答えているのを聞きながら、龍星はぼんやりと授与所に並べられている品々に目をやる。

 マスコットキャラであるヒーメちゃんの手作りとおぼしきぬいぐるみや缶バッジ、蜘蛛のシルエットが入った絵馬にデフォルメされた蜘蛛が描かれている縁結びのお守り、招き猫の置物や猫モチーフの鈴のついた根付ねつけに商売繁盛のお守り、蛇をかたどったアクセサリーや金運のお守りといった各種の縁起物や様々なサイズのグッズがずらりと並んでいた。


(絵馬にクモ? 普通はウマだろ? いや、この神社的にはネコじゃないとおかしいんじゃないか? いやそもそも服と福の神の神社でなんでクモ、ネコ、ヘビなんだ?)

 話が聞けるようならそのあたりを聞いてみるのもいいだろうと思っていると、授与所内のインターホンで話していた巫女が陽樹へと向き直り、

「お待たせしました。詳しい人が中で話してくれるそうです。今からご案内しますね」

 と告げる。

「中で話をしてくれるってさ」

「お、やったな」

 龍星と陽樹はお互いにサムズアップしてみせる。

 ほどなくして、ふたりは授与所の裏手、住居になっている建物の中にいた。

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